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第二十話 wonderful days

お久し振りです、と、申し訳ありません。

結構長い間放置してしまいましたが、復活します。

相変わらずの不定期更新ですが、よろしくお願いします。


それと、二万アクセス超えました(随分と前ですが)。本当にありがとうございます。何か要望がございましたらリクエストしてくださいませ。ある程度の無茶ぶりには答えられるかと思います。


 誰一人傷つけないで生きることの難しさは、誰よりも知っているつもりでした。

 生きることは戦いで、生きているだけでどれだけ多くの人を傷つけることになるのか、誰よりも知っているつもりでした。

 それでも、それを知っていてもなお。この温かい日常のなかで生きたいと思ってしまうことは、罪なのでしょうか。

 それでも、それを知っていてもなお。アナタと共にいたいと願うことは、罪なのでしょうか。


 ――答えなど、わかりきっていました。

 だから私は、●●●●の練習をするのです。



 ……きっと、うまく言葉に出来ないでしょうから。




――※―――※―――※――




「あはは、オバケ怖かったねー」

…義姉さん、そういうことは笑いながら言っても説得力ないですよ?



 大方の予想通り、凄まじい勢いで各アトラクションをまわる義姉さんにたじたじになりながらも、僕もまた趣向を凝らした様々なアトラクションに目を奪われていました。


 僕も義姉さんも、遊園地に来たのは、実に十年ぶりのことです。

 当時僕たちのお世話をしてくれていた孤児院の先生が、競馬でとんでもない大穴を当てたとかで、子供たちを全員を遊園地に連れていってくれたのです。


 大きな門があって、キレイなお城があって、とてつもなく速い乗り物があって。


 そこは当時の僕にとって想像できないほど煌びやかな世界で、少し怖かった反面、とても興味の惹かれる場所でした。

 それから、まぁそう都合よくギャンブルが成功するはずもなく、孤児院にいる間は遊園地にいく機会はありませんでした。

 義父さんと義母さんに引き取られてからも、一度だけいく機会がありましたが、当日になって大雨が降ってしまい残念ながら中止になってしまいました。ですから、今日は七年越しの念願が叶った形となるわけで、僕もどうしても心が踊ってしまうのです。



「何ていうかさー、こういうところのポップコーンってちょっと量が多いよね」

…映画館とかも一人で食べるには多すぎますもんね。


 プレオープンチケットの特典として、こういった軽食類が無料でいただけるとのことだったので、義姉さんが喜び勇んでキャラメル味のポップコーンを貰いにいったわけなのですが、歩きながら半ばまで食べ進めたところで飽きがきてしまったようです。


「……んんー」


 渋い顔をしながら目を細める義姉さんに苦笑していると、不意に義姉さんが指でつまんだポップコーンをこちらにさしだしました。


「ほら、アーンして、アーン」


 意味がわからないという顔をしている僕に、義姉さんが痺れをきらしたのかつまんだポップコーンを目の前でぶんぶんさせ始めたのを見て、思わずため息をつきます。


…義姉さん、さすがに人前でそんな恥ずかしいことはできませんよ。


 プレオープン中ということで、他のお客さんは少ないものの、一応ここは公共の場です。ですから、当然ながらそのような行為は恥ずかしくてできるわけがないのです。

 ですが、義姉さんは僕のその言葉に、我が意を得たりといわんばかりにニヤリと笑みを浮かべました。


「ふーん。だったら人前じゃなければヒロは食べてくれるんだ?」

…や、そういうわけではなく、てっ!?

「ふっふっふっ、隙ありだよ」


 どうにかこうにか説明いいわけを試みようとしたところで、義姉さんに新たにつまんだポップコーン数粒を正確無比に僕の口に放り込まれました。

 突然のことに思わずむせながら、涙目のまま義姉さんの方を向くと、そこには大層楽しそうに笑う義姉さんがいました。

 文句の一つでも言うつもりだったのですが、その義姉さんの笑顔があまりに眩しくて、出掛かっていた言葉を思わず飲み込んでしまいます。


「どう? おいしかった?」


 呆けて言葉を失ってしまった僕に問い掛けながら、義姉さんはポップコーンを一粒とって自分の口の中にも入れました。


…まぁ、美味しかったですが。


 何か納得のいかない気分に、自然、憮然とした表情になります。

 そんな僕の表情に気付いるのかいないのか、義姉さんは僕の頭を撫でて満足そうに笑いました。


「じゃあ行こっか。せっかく来たんだからもっといろんなとこ回らないと!」


 義姉さんはそう言うと、ぐいっと僕の手を引いて再び歩き出しました。




「うっわぁ〜! ここだけスゴい混みようだね」

…本当に凄いですね。ちょっと読み違えてしまいました。


 人、人、人。

 今、僕たちがいるメインストリートはどこを見渡しても人だかりという、今までの割合静かだった園内からは想像できない光景となっています。

 義姉さんも僕も、そのあまりの人の多さに呆気にとられてしまいました。

 今から、この場所で遊園地の目玉イベントであるパレードが始まるということだったのでアトラクション巡りを一段落させて来てみたのですが、まさかここまで人が集まっているとは思いもしませんでした。


…もっと早く来て、場所とりをしておかなければいけなかったですね。

「まぁまぁ、気にしない気にしない。遠くから見た方が落ちついて楽しめるよ」


 義姉さんはそう言うと、周囲をきょろきょろと見回してから、再び僕の手を引いて歩き出しました。

 どこに行こうとしているのか、さっぱり見当がつかない僕はされるがままに義姉さんについていきましたが、歩いていく先にあるアトラクションを見てようやく合点がつきました。




…なるほど。確かにここなら落ち着いて見れるかもしれませんね。

「そうそう。空きはじめたアトラクションに乗りながら、かつパレードがイチボウできるこの場所! まさに穴場なのだよ!」

…誰に熱弁してるんですか、義姉さん。


 腕を組んでしたり顔で頷く義姉さんに苦笑しながら、そのアトラクション――『観覧車』の窓から盛大に行われているパレードを見やりました。

 義姉さんの言うとおり、人混みにもみくちゃにされる必要がなくパレードを見渡すことができるこの場所は、確かに穴場と言って相違ない場所です。音が聞こえないというのは少し残念ですが、それはそれでおもむきがあるようにも感じられるから不思議です。


 暗闇を切り裂く色鮮やかなライト。

 様々なパフォーマンスで場を湧かせる道化師。

 大型車の上で観客に対して大きく手を振るマスコットキャラたち。

 そしてそれらに答えるようにして観客たちが振るたくさんのコンサートライト。


 しばらくの間、遠くに広がるその無音の世界に僕は見惚れていました。



「今日はありがとね、ヒロ」


 どれくらい時間が経ったでしょうか。不意に義姉さんが口を開きました。

 それに応えようと窓に向けていた視線を正面に座る義姉さんに向けたところで、僕は思わず固まってしまいました。



 ――――義姉さんが、泣いているのです。


 呆けたように開きっぱなしだった口を何度か開閉させながら、何とか言葉を繋ごうとするのですが、未だショックから立ち直れていない頭では上手く言葉を選べません。


…何故、泣いているんですか?


 ですから、こんな気の利かないストレートな物言いしかできませんでした。


「え? あれれ?」


 思わず顔を歪める僕に、義姉さんは首を傾げてから自分の頬を伝う涙にようやく気付いたのか、驚きの声をあげました。



「……あはは、あんまり嬉しくて思わず泣いちゃった」


 お互いが言葉を探している一瞬の間の後、義姉さんが苦笑いを浮かべながら口を開きました。


「嬉しすぎて、幸せすぎて。少し落ちついたらグッときちゃった」


 義姉さんは頬を伝う涙をゴシゴシと拭うと、改めて『ありがとね』と僕に言って窓の外の風景に視線を移しました。



 ――――ズキン


 そんな義姉さんの姿を見ていると、不意に鋭い痛みが走り、言い知れぬ焦燥感がカラダを蝕みはじめました。


 何故、このような感情が湧いてきたのか。心が粉々になるようなこの痛みは何なのか。嬉し泣きだと言った義姉さんの姿が、どうして今にも消えてしまいそうなほど儚く見えるのか。

 言い様のない不安と焦燥感は意識すればするほど加速していき、それに背を押されるようにして思わず義姉さんの手を強く掴みます。

 そんな僕の突拍子のない行動にも、義姉さんは柔らかく微笑んで見せました。


「大丈夫だよ。ヒロが私に約束してくれたのと同じように、私もヒロをまもるから。もう絶対にヒロに辛い思いをさせたりしないから」


 義姉さんはそう言って、空いていた方の手で僕の頭を抱き寄せました。


「大切な。言葉だけじゃどれだけ積み重ねても足りないくらい大切なこの毎日は。私が守るから」


 温かくて柔らかな感触と、少しだけ強まる義姉さんの指の力。

 呆とした頭の中、思考が上手く纏められないことを疑問に思いながらも、心地の良い感覚にそのような些細な出来事はどうでもよくなり、目を閉じて身を任せました。


 そのような状況だったからでしょうか。



「絶対に、守るから」



 ――――義姉さんの決意にも、覚悟にも。僕は気がつくことができなかったのです。




―※――※――※――※――※―



 これはいつの頃の光景だったろうか。


「ねぇ、ヒロ! ヒロはどのきせつが好き?」


 ……あぁ、思い出した。

 これはヒロが孤児院に来たばかりの頃。二人で寝転がりながら絵本を見ていた時の記憶。

 その時、見ていた絵本が四季についての内容だったのだ。


「ヒロは秋が好きなんだー。わたしは秋はあんまり好きになれないよ」


 ヒロが指差した先は、紅葉の描かれた秋のページ。私の、顔も知らない両親が私を産んだ《らしい》季節。私はどうしてもこの季節が好きになれなかった。

 捨てられるくらいなら産まれたくなかった、なんて考えることも頻繁にあった。一時期は、《アキ》という単語が入った自分の名前にすら過敏に反応していた。

 自分よりも幼いヒロの手前、何でもない風を装ってはいたつもりだけど、たぶんその時の私は堪えきれずに渋い顔をしていたと思う。

 そんな私を不思議そうな顔をして見るヒロに気付いて、急いで冷静を取り繕う。


「ヒロはなんで秋が好きなの?」


 咄嗟に出てきた質問で、帰ってくる答えにさして興味もなければ心の準備もしていなかった。


 だから、


『ボクのだいすきなアキがうまれてきてくれたきせつだから』


 こんなとんでもなく恥ずかしい言葉を、幼い子供らしくためらいなく発するヒロに、かなりませていた当時の私は、ひどく悶絶させられたのを覚えている(しかも割合頻繁に)。


「ど、どこでそんなことばおぼえてきたのかなぁ。まったく、ヒロはおませさんなんだから」


 紅くなってしまった顔を隠すようにしてヒロの頭を強く撫でる。

 あまりにわかりやすい照れ隠しではあったけれど、それ以外に誤魔化す方法が見つからなかったのだからしょうがない。


 この光景を見て改めて思う。



『ずっとずっといっしょだよ、アキ』

「うん。ずっとずっといっしょにいようね、ヒロ」


 私はこの頃からずっとヒロと一緒にいて、


『だいすきだよアキ』

「……わたしもだよ、ヒロ」


 ずっとヒロのことが好きだったのだと。




――※――※――※―――※――




「……んん」


 どっぷりと日が落ちた道をゆっくりと踏みしめるように歩いていると、義姉さんが背中の上でうめき声をあげました。

 説明する必要もない気もしますが一応説明はしておきますと、義姉さんが僕の背の上にいるのは遊び疲れて電車の中で眠りこけてしまったからです。そこから義姉さんをおぶって電車から降りるのが、予想以上に大変だったことも説明する必要はないと思います。


「……あれぇ、ここどこ~?」

…商店街を抜けたところです。もうすぐいつもの坂道ですよ。


 目を擦りながらきょろきょろとする義姉さんの言葉に、歩みを続けながら答えます。

 そっかぁ、と小さく息を吐いて再び僕の背中に顔を埋める義姉さんには、どうやら僕の背中から降りるつもりはないようです。まぁ、別に構わないんですが。


「なんかねぇ、ずいぶんとむかぁしの夢を見ちゃったよ」

…昔、ですか? 孤児院の頃とかでしょうか?

「そうそう、入ったばっかりのころ。ヒロの背中で寝てたからかな」


 浮いている両足をぶらぶらとさせながら愉しげに話す義姉さんに思わず苦笑します。


「あのころのヒロはかわいかったなぁ。『アキだいすき~』って」

…そんなしみじみと言わないでください。恥ずかしくてしょうがないの、わかりますよね?

「にゃっはっはっ、わかってて言ってますとも!」


 肩の上でグイッとサムズアップする義姉さんに、何となく何を言っても無駄になりそうなことを察してため息を一つ吐いて諦めます。

 ひとしきり義姉さんが笑い、少しだけ間が空いたところで今度は僕が口を開きます。


…義姉さん、僕の右手に黒い鞄がありますよね。

「んん? あるね。借り物?」

…はい。まぁそれは置いておいて、その中、見てみてください。

「わかったー」


 僕の背中の上をもぞもぞと動きまわり、右腕に引っかけてあった竜也さんに借りた鞄の中から包装された細長い箱を取り出したところで義姉さんの動きが止まりました。


…プレゼントです。お誕生日おめでとうございます。


 義姉さんが何かを言う前に、機先を制するようにして口を開きました。先程はやられっぱなしでしたから、ちょっとしたお返しです。


「え、えーと……」

…せっかくですし開けてみてくださいよ。

「あ、うん。わかった」


 思ったよりもいい反応をしてくれている義姉さんにニヤリとしながら、包装紙がはがされた箱を開けてみるように促します。


「これって……」


 義姉さんが箱から出したそれ――――シルバーのネックレスを見て再び動きを止めました。

 ありゃりゃ、もしかして気に入らなかったですかね。これでも選ぶのには結構時間を掛けたのですが……。


「……これ、高かったんじゃない?」

…あぁ、そんなこと気にしてたんですか。


 おもむろに口を開けた義姉さんは、僕の目の前にネックレスを持ってきました。ネックレスに通っている二つの指輪が揃って揺れています。

 なるほど、あまり反応が芳しくなかったのは予想以上に高そうなものが出てきたからですか。

 まぁ、確かにあまり安いものではなかったのですが、夏休みの間に短期でこなしていた割のいいアルバイトのおかげで妥協せずに一番義姉さんに似合いそうなものが買えました。


…自分でお金を稼げるようになったはじめての年ですからね。ちょっとだけ奮発しました。

「けど……」

…僕が贈りたくて贈ったものです。それとも気に入っていただけなかったですか?


 納得いかないといった感じの義姉さんに、少しだけ意地悪な質問をぶつけてみると、ぶんぶんと首を横に振る音が聞こえました。

 珍しくかなりうろたえている様子の義姉さんを見て、くつくつと声を殺して笑っていると、そんな僕に気付いたのか、むぅと義姉さんがへそを曲げる『音』が聞こえました。後ろを向かずともその様子があまりに容易に想像できてしまい、とうとうこらえきれず声をあげて笑うと、義姉さんはむむぅとさらにへそを曲げました。


「…………やっぱり、小さいころのヒロの方がかわいかったよ」

…はい、かわいくなくてごめんなさい。反省しています。

「反省なんかしてないじゃないかーっ!」


 自然と浮かんでくる笑みを隠すことなく、うーうーと威嚇するようにうなる義姉さんを背にいつもより少しだけ遠回りの道を選んで家に帰ることにしました。

――――刻々と迫る時に、胸が抉られるように痛む。


「まだずっと先なのに……」


思わず胸を押さえてベッドの上で身を丸めると、硬い感触が指に触れた。

それに触れると、その痛みが、焦燥が、少しだけ軽くなったような気がした。


「…………ヒロ」


呟いたその声は、暗い部屋の中で誰にも届くことなく霧散した。


次回『青空パレット』


お楽しみに

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