第十九話 義弟奮闘記
『肩凝ったわ。早く揉んで。あなたの馬鹿力で本気で揉むんじゃないわよ』
『…………』
『喉が渇いたわ。コーヒーを持ってきなさい。ちなみにインスタントはダメよ』
『…………』
『お風呂に入りたいわ。四十一度ジャストにお湯を張って頂戴』
『…………なぁ、もういい加減』
『何? 遅刻したら何でも言うこと聞くって言ったのは嘘なわけ?』
『……いや、そういうわけじゃ』
『漫画が読みたいわ。全四十巻くらいのを、丸々新品で』
『…………』
――――※※※※――――※※※※――――
体育祭は元々他の行事よりも用意するものが少ない、ってこともあって後片付け自体は結構早く終わった。
……けれど今、私は生徒会室の机に力なく突っ伏していた。
「ふむ、その様子だと義弟君に大分絞られたようだな」
机に身をゆだねてヘタる私を見て、同じく生徒会室にいたお姉ぇが口を開いた。その口調は、どこまでも愉しげだった。
さっきのお姉ぇの言葉でわかると思うのだけど、私はつい先程までヒロくんにお説教をもらっていた。
理由は、私がクイナちゃんを焚きつけたのがバレたからで、久し振りにびっくりするほど長時間の正座をさせられた。
ヒロくんの巧妙なところは、こちらの罪悪感をチクチク刺激しながらお説教をするところで(すごく残念そうな顔と声で話しをする)、あんな泣きそうな顔をされると、こちらとしてもいつものように聞き流すことができずに、真面目に話しを聞かざるをえない。で、結果的に今こうしてボロボロになっているわけで。
それにしても、だ。
「なぁんでバレたかなぁ……」
そう、何故私がクイナちゃんを焚きつけたことがバレたのだろうか?
自分でこういうのも何なのだが、私はイタズラに関しては手抜きもしないし手抜りもない。気付いてもらってなんぼのイタズラならばまだしも、今回の件はクイナちゃんの気持ちを考えても当然バレちゃいけない内容だった。
そこら辺を考慮して、皆が聞いていないことを確認してからクイナちゃんと話しをしたのに、おかしなことにヒロくんには私がクイナちゃんを焚きつけたことがバレてしまったのだ。
私がそんな話しをしていたの知っているのは、当人である私たちくらいなもので……
「ぇあ!」
思わず、変な声が出た。
けれど、そんなことが気にならないくらいに驚くべき事実に気付いてしまったのだ。
「まさか……!」
わなわなと体を震わせて首を横に向ける。
その視線の先――――お姉ぇがいる方向を向くと、さっきよりも格段に愉しそうに笑っているお姉ぇと目が合った。
……そう。私とクイナちゃんの会話を唯一聞いている可能性があり、尚且つそれをヒロくんにバラしそうな人物。そんな人、私は一人しか知らない。
「お姉ぇ! バラしたのお姉ぇでしょ!?」
「ふふふ、気付くまで随分と時間が掛かったな。平和ボケしているのではないか、奏」
声を張り上げて糾弾する私を、軽くあしらうお姉ぇの顔は、いつも以上に生気に満ち満ちていた。
「っていうか! それだけならまだしも、静ちゃんの話まで私のせいにしたでしょ! アレってお姉ぇが言い始めたことなのに!」
「はて、そうだったかな? 全く以て記憶にないな」
ふふふ、ととぼける気がないとしか思えない様子で笑うお姉ぇに、精一杯恨みを詰めた視線をぶつけてみるものの、やはり軽く受け流されてしまう。
ちなみに、本当に私のせいじゃないのに、お説教の際にヒロくんは信じてくれなかった。まぁ私が悪戯心に負けてヒロくんの前でその話を始めちゃったのがいけなかったんだけど……。
「まぁ、いいではないか。年をとるごとに人から叱られる機会は少なくなる。そういった経験を得るのも悪いことではないだろう」
「イヤだよ、あんな疲れるお説教! っていうかそれならお姉ぇが怒られればいいじゃん!」
「私は勘弁願おう。義弟君の困った顔を見るのは好きだが、怒った顔を見るのは嫌だからな」
「私だってイヤだよ!」
もう何を言っても無駄。
柳に風、暖簾に腕押し的な問答を何度か繰り返し、私は諦めて再び机に倒れ込んだ。
そんな私の様子を、紅茶を飲みながら満足そうに眺めるお姉ぇの視線を感じる。
……相変わらずだな、と思う。
いつもいつも、無関心を装いながら、その実、私のことを心配してくれている。
『奏を頼むぞ、義弟君』
音声データの整理をしているとき、偶然に聞いてしまったお姉ぇの一言。結局、誤魔化すようにして終わった会話の一欠片だけど、お姉ぇの気持ちを汲むには十分だった。
まぁ、何というか、腹が立たないわけでもなかった。
自分の預かり知らないところで、勝手に心配されて、勝手に守られて……。今回のお説教だって、今後の私の行動を心配して仕組んだことだと思う。
そのことに対して、怒りを覚えないほど私は幼くはない。だけど、自分の弱さを認められないほど、年齢もとってもいない。
弱いから守られて、強いから守って。悔しいけれど、人はその摂理の上で生きている。
だったら、弱い今は、精一杯守られてみることにする。
いつか他の誰かを、お姉ぇを、守れるくらいに強くなるために。
「……ありがと」
今は一言、感謝の気持ちを口に出すだけにした。
「ん? 何か言ったか、奏?」
「ん、なんでもなーい」
……照れくさいから、小さな声でだけどね。
――※※※※――※※※※――
時間はお昼を少し過ぎた頃でしょうか。僕は入学してから一度も足を踏み入れたことのなかった剣道場にいました。
ついでに言いますと、この場にいるのは僕ともう一人だけで、そのもう一人の方は見るからに嬉しそうにしながら剣道着などの用具を用意しています。
その後ろ姿を見て、しかめっ面をしながら深くため息をつきました。
「どうした橘。せっかくお前を剣道場に引き込んだというのに随分と浮かない顔をしているな」
…そんなことはないですよ。きっと気のせいです。
「そうか? まぁそれならいいがなぁ〜」
いつもはキリっとした表情を浮かべているこのお方――――静留さんはそう言うと、鼻歌を歌いながら再び用意を始めました。
今まで、のらりくらりと誤魔化す形で静留さんの勧誘の魔の手を避けてきた僕がこの場にいるのは、奏さんがしてしまったあの約束を守るためでした。
当初は知らぬ存ぜぬを通すつもりだったのですが、よくよく考えてみると風紀委員のエース格たる静留さんとの約束を反故にしてへそを曲げられてしまった場合、このあとに続く文化祭では、警備の負担がさらに増大してしまうのは、火を見るよりも明らかでした。
そうなれば、体育祭のときのような問題が起こった際に、即座に行動が起こせなくなります。
そこまで思い至った僕のとれる行動は、正直これしかなかったのです。
…用事がありますから、きっかり二時間だけですよ?
「あぁ、わかってるわかってる。何度も言わなくてもちゃんとわかっているさ」
――こちらから条件を提示することで、一カ月好きにしていい、という条件をうやむやにする。
それが僕がとった作戦でした。
結果的に、この作戦は成功したわけなのですが、剣道部が休みだったにも関わらず顧問の先生を口説き落としてカギを借りたり、率先して用意を進めたりする静留さんの姿を見ていると、そこはかとなく湧いてくる罪悪感に胸が痛みます。
とはいえ、僕にも用事があるのですから仕方ありません。
ですから、そのお返しとして――――
…あぁ、靜留さん。竹刀とか防具は使わないのでいりませんよ。
「……何だと?」
全力で靜留さんのお相手をすることにしました。
「……なるほどな。これは思っていたよりも本格的だ」
鍔迫り合いの状態から数歩分飛び退いて距離をとって脱出した静留さんが、目を丸くして呟きました。
「こんな軽装で、こんな『物』を振るうことに、何の意味があるのかと思っていたが……」
そう言って、静留さんは自分の手元に目を落としました。
僕と静留さんは、一般的に剣道で使われる防具などを一切身につけていませんでした。着ているものといえば、割合軽い素材でできている剣道着くらいのものです。
そして手に持っているのは、ただ新聞紙を丸めてセロハンテープで止めた『刀のようなもの』です。子供の頃に同じようなものを作って遊んだことがありますが、それよりも枚数を多く使って簡単には折れないようにしています。
そのような、おおよそ練習するには不向きそうな格好で、子供の遊びのようなものを作りはじめた僕を見て、静留さんは最初こそ猛烈に怒りましたが、僕と軽く打ち合ったところで目の色を変えました。
防具とは、斬られた時の保険です。硬度が高ければ高いほど、命が保障されますが、心には『油断』が生まれます。
武器とは、その防具を貫くものです。鋭ければ鋭いほど、相手を容易に止めることができるますが、心には『慢心』が生まれます。
持っている得物が殺傷能力のないとはいえ長いリーチを持つ竹刀、纏っているのが本物の死合いにはおおよそ不向きなほどにガチガチに固められた防具。
相手も同条件であることを差し引いても、どうしても『隙』が生まれてしまうのです。
そういった精神的優位の要因をなくした戦いは、通常の練習よりもずっと緊張感を保てるのです。
それに、剣術は触り程度ですが学んだことはあるものの、それは剣道のように明確な型を持たないものです。ですから、本気で静留さんのお相手するには剣道という土俵の上では少々難しいのです。
「……やはり面白い」
ポツリとそう呟いた静留さんは、今までとっていた、いわゆる『剣道』の型を解きました。
「少し染まりすぎていた。もう一皮剥けるには、どこかで逸脱しなければならないな」
そして次にとったのは、刀を逆手に持ち、軽くステップを踏む、見たことのない型でした。
…見たことがない構えですね。我流ですか?
「我流というほど大したものじゃない。構想はしていたが、部活のメンバーには使う機会がなかった。…………危ないからな」
静留さんは首を左右へ曲げポキポキと骨を鳴らしたあと、心の底から嬉しそうに笑いました。
「だが、せっかくのチャンスだ。色々と試させてもらうぞ、橘」
一瞬の間の後、静留さんは大きな踏みこみ音とともに、こちらに突進してきました。
今、僕は学校から一駅離れたところにある、誰もいないアパートの一室にいます。
至るところに着替えやゴミが散らばっている、生活感あふれる部屋を踏破してタンスに辿り着くと、そこからバスタオルと着替えを拝借します。
『たまの外出だろ? なら、恥ずかしくない格好しなくちゃな』
電話をしたときに、何故か僕よりも張り切ってそう言った竜也さんが見繕ってくれたものです。
…や、下着くらいは自分で持ってきてますからね、竜也さん。
たぶん、ジョークで置いていったと思われるヒョウ柄パンツに苦笑しながら、その他の着替えをまとめてバスルームへと向かいました。
勘のいい方ならばすでに気付いているかもしれませんが、このアパートの一室は竜也さんの部屋です。
義姉さんとはとある場所で待ち合わせをしているため、できれば家では会いたくない。そう考えた僕は竜也さんに連絡をとり、着替えをさせてくれないかと打診したのです。
二つ返事で了解を貰った僕は、竜也さんのついでに風呂に入っていけ、という言葉に甘えさせてもらい、着替えついでにシャワーを浴びているのです。静留さんとの練習が予想以上にヒートアップしたので、結構汗をかいてしまいましたしね。
それにしても、着替えにお風呂と毎度のことながら竜也さんにはかなりお世話になっています。今度会ったときには何かお礼をしなければなりませんね。
そんなことを考えながら軽くシャワーを浴びて汗を流すと、竜也さんが選んだ服に袖を通します。
…全体的に黒が多いのは竜也さんの趣味なんですかね。
「そうだよ。悪いか?」
…いえ、悪いというわけではないのですが、あまり着なれていないもので……って、ぇえ?
誰もいないはずの空間から返ってきた言葉に、思わず妙な声を上げながらそちらを向くと、そこにはスーツのネクタイを解いて椅子にくつろいだ姿の竜也さんがいました。
…竜也さん、確かまだ仕事だったのでは?
「あぁ、その予定だったんだけどな。同僚があんまりにウザいから全部なすりつけて帰ってきた」
竜也さんはしれっとそう答えると、開きっぱなしで置いてあったスナック菓子をつまみました。
…ダメですよ、竜也さん。お仕事の仲間は大切にしなきゃ。
「わかってるよ。……ったく、坊のそういうところは本当に親父さんに似てるな」
苦笑いを浮かべて頭をかく竜也さんを見て、僕もまた笑みを浮かべます。
「で、坊。買うものはもう買ってあるのか?」
不意に竜也さんがそんなことを言いました。
竜也さんらしい端折った言葉ですが、思い当たる節がある僕には竜也さんが何を言いたいのかすぐにわかりました。
…あぁ、はい。もう買ってありますよ。
「そうかそうか。じゃあ、それ持ってさっさと嬢のとこに行ってやれ」
…え? ですが待ち合わせの時間までまだ時間がありますよ?
竜也さんの言葉に、テレビの上に置いてある時計に目を向けます。
義姉さんとの待ち合わせが五時。今が三時を少し回ったところです。
竜也さんの家から待ち合わせの場所まで一時間も掛かりませんから、今、家を出てしまうと一時間以上も早く待ち合わせの場所に着いてしまいます。
それではさすがに早すぎる気がしないでもないのですが……。
「まったく、坊はなっちゃいないな。男ってのは『デート』の場所には一時間以上前に行かなきゃいけないもんだぞ」
…え、そうなんですか?
「あぁ、そうだ。何故なら待ち合わせに遅れると女ってのはいつまでもそのことネタに文句を垂れるからだ」
…それも実体験ですか?
「まぁ……肯定だな」
竜也さんにしては珍しく、微妙な顔をして歯切れ悪くそう答えました。
何となく、いつかの会話の再現のようになっている気がしないでもありませんが、これ以上突っ込むと竜也さんの顔がさらに歪むことは間違いなさそうなので、とりあえずスルーしておくことにします。
僕がスルーするのを察したのか、竜也さんは何とか引きつった顔を元に戻し、再び口を開きました。
「それに嬢の性格だ。お前との約束なら一時間前に待っててもおかしくないぞ」
…それは、ありえますね。
今日は、偶然にも義姉さんの学校も休日に登校した振り替えとして、半日授業だそうです。
昨日の夜に、義姉さんには目一杯釘を刺しておきましたから、忘れていることはないはずです。
案外と時間にしっかりとしている義姉さんのことですから、もしかしたらかなり前から待っているかもしれません。
「ホレ、これで間違いないか?」
竜也さんは、僕のカバンのチャックを開けて中からラッピングされた箱を取り出して僕に見せました。逆の方の手には、僕の財布も持っています。
僕が頷いて返事をすると、竜也さんはタンスの中をごそごそとあさり始めそこからカバンを引っ張り出してきました。
「……その服に合いそうなのはこのカバンくらいか。よし、これに入れて持ってけ」
そう言って竜也さんは満足そうに笑うと、僕にそのカバンを渡しました。
…え、あ、ありがとうございます。まさかカバンまで貸していただくことになるとは
「構わねーよ。ほら、もう行ってこい。荷物と服は家に届けてやるから」
…や、それはさすがに
「いいから行け。若いうちは遠慮するもんじゃねぇよ」
ぐいぐいと背中を押され、早足になりながら口を開きますが、そのことごとくが一蹴されます。
むむ、竜也さんは何を急いでるんですかね。お礼くらい言わせてくれてもいいと思うのですが……。
そうこうしている間に、玄関まで押されてしまい、しぶしぶ靴を履きます。ちなみに、靴も真新しいものがすでに用意されていました。
何と言いますか、ここまで用意されていますと、これ以上何かを言うのは失礼な気がします。なので、僕も急かされるままにドアを開きました。
「じゃあ行ってこい」
…色々、ありがとうございました。このお礼はまた今度に。
「おう、飯でも作ってくれ」
僕は深く一礼して部屋を出ると、そのまま振り返らずに目的地に向かいました。
…義姉さん!
目的地に着いたのは、待ち合わせ時間のきっかり一時間前でした。
そこには、竜也さんの読み通りすでに義姉さんが待っていました。
僕の呼んだ声を聞こえたのか、噴水脇のベンチに座っていた義姉さんが立ちあがってこちらに向かって歩み寄ってきました。
「ヒロー、早かったね!」
…義姉さんこそ、随分と早かったですね。
「家にいてもやることがなくって。ちょっと早く出てきちゃったよ」
苦笑いを浮かべる義姉さんは、僕の服を見て少し驚いた様子を見せます。
「あれ? ヒロってそんな服持ってたっけ?」
…いえ、竜也さんに借りうけました。少しくらいは恰好つけたかったので。
義姉さんは、僕の服が見慣れないものであることに、目ざとく気付きました。やはり、洗濯などを交代交代でやっていますから、そういったことに敏感なようです。
当然、僕も義姉さんの服が普段から着ているものでないことに気付いています。
…義姉さんの服も、いつもと違いますね。
「うん。滅多にないヒロからの『でぃと』のお誘いだからね―。気合い入れちゃった」
見せびらかすようにくるりと一回りすると、黒のプリーツスカートもその後を追うようにして回ります。
「ねぇねぇ。今日ってやっぱりここに入るの?」
回った勢いもそのままに、義姉さんは後ろを指差すと僕にそう聞きました。
義姉さんが指差した先――――都内でつい最近できた遊園地を見て、僕は頷きながら返事をします。
…はい。今日はここに行く予定です。
「へぇスゴイね!」
キラキラとした表情ではしゃぐ義姉さんの様子を見て、自然と笑みが浮かびます。
ですが、義姉さんは何かに気付いたような顔をして首を傾げました。
「そういえば、まだこの遊園地ってプレオープン中じゃなかったっけ?」
…そこは抜かりありません。専用のチケットはすでに入手済みですよ。
少し不安そうな顔をする義姉さんに、ふっふっふっと笑いかけながら、お財布からチケットを二枚取り出します。そのチケットにはしっかりとプレオープン入場券と刻んであります。
何を隠そう、これをくれたのは美佳さんなのです。何でもこの前、料理を教えてくれたことへのお礼だそうで、ぜひ受け取ってほしいと渡されたものでした。
僕が教えたことといえば、基礎とちょっとした応用程度のものなのですが、それでも十分に満足していただけたようで、美佳さんは大変嬉しそうに僕の手に(半ば強引に)渡してきたのです。
なんだか、気を遣わせてしまったようで申し訳ない気持ちなるのですが、こうやって義姉さんのはしゃいでいる姿を見られたのは何よりも喜ばしいことです。
「よーし、じゃあ善は急げだ! さっそく中に入ろう!」
…あ、義姉さん。ちょっと待ってください。
居ても立ってもいられなくなったのか、僕の手を引っぱってゲートに向かおうとする義姉さんを止めると、少しだけ息を吸いました。
…おめでとうございます。
「へ?」
何を言いたいのかわからないといった様子できょとんとしている義姉さんに思わず苦笑したあと、今度はもっとわかりやすく言うことにしました。
…お誕生日おめでとうございます、義姉さん。
そうです。今日、九月二十日は義姉さんの誕生日なのです。
ですから、今日は盛大に義姉さんのお祝いをするのです!
「…………えっと、そうだったっけ?」
当の本人は忘れてしまっていたようですが…………。
胸クソが悪かった。
煙草を吸ってもどうにも落ち着かないこの気分を、空を見上げてどうにか落ちつけようとしたものの、やはりというか何と言うか、一向に収まる気配を見えなかった。
「……?」
ぽとりと煙草が足元に落ちる。どうやら、煙草を噛み切っていたらしい。
口の中に残っていたフィルターを吐き出し、落ちた煙草と一緒に灰皿に放り込む。
「……頼んだぞ」
頭をかきながら誰にともなくそう呟いて、俺はまた空を見上げた。
次回『wonderful days』
お楽しみに。