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第十八話 大運動会編 七・後始末

一、……や、もう何て言いましょうか。しばらく放置みたいな形になってしまい、申し訳ありませんでした。とりあえず作者は生きています。


二、今回より、文章ルールが少しだけ変わります。とはいっても視点変更の際に何らかの印を残すだけなので大した変化はないのですが……。


三、『なろう』の新システムにてんてこ舞いです(でした)。ちゃんと文章が反映されているか、激しく不安です。


四、それでは、長かった大運動会編、最後のお話です。どーぞー。

 各々の想いは無限に交差して交錯する。

 願いが常に叶うとは限らず、叶わないとも限らず。

 揺らぎ、彷徨うこの世の中で、常に同一の回答を出せる者などいない。

 それが世界の条理であり、真理である。

 しかし、その常識を根底から覆す存在が発見された。

 それが――――


 ……以下、損傷が激しく、解読不可能(著者不明の論文、冒頭より抜粋)




※※――――※※――――※※




…これは、いったいどういうことですか?


 ――――僕は、目の前の光景が信じられずにうわ言のように呟き、


…そんな、そんなことがあっていいんですか!?


 ――――誰に言うでもなく、それでいて誰かに訴えかけるように声を張り上げ、


…こんなことが、許されるなんて!


 ――――耐えきれずに膝をつきました。




「おお、義弟君にしては非常に新鮮なリアクションだな。義弟君はいつもどこか醒めているからな、このようなリアクションは非常に癒される」


 隣で腕を組み、したり顔で頷く琴音さんを見て、わなわなと身体を震わせて口を開きました。


…な、何故そんなに余裕が?

「行事ごとにもはや定例と化しているからな。まぁそれにしても今回は多いな、さすがに」


 そこで琴音さんは顔をあげて生徒会室を見渡します。それにつられて僕も膝をついたままそちらに視線を送ります。



 そこには『しろいあくま』がいました。生徒会室いっぱいに。

 机や床など生徒会室中に所狭しと整列してみせるその様は、さながら統率のとれた軍隊です。

 そしてそれらは、兵隊らしく圧倒的な数の暴力でこちらを攻め立てるのです。


「世の条理だな。好き勝手に動けば、その分ツケが重くなる」


 琴音さんは生徒会室に軽い足取りで入っていくと、見上げるほどに積まれているしろいあくまこと『書類』(アンケートや陳情書、学校に提出する報告書など)の数枚引き抜くと、そのうちの一枚を読み始めました。


「……なになに、『会長殿、くだんの話はどうなりましたか。俺としては明日からでも橘と練習をしたいのですが』か。私としては、コレがどういった話なのか理解できないのだが……わかるか、義弟君?」

…絶対にわかってて聞いてますよね、琴音さん?

「いやいや全く、さっぱりだ」


 こちらを向きながらわざとらしく眉を寄せる琴音さんに、頬を引くつかせながら聞き返すと、これまたわざとらしく肩をすくめて持っていた書類を元の山に戻しました。


「とはいえ、提出書類の類は来週のはじめまでに終わらせればよいだろうから、あまり急く必要もない。明日、明後日くらいは休んでも構わないだろうな」

…そ、そうだったんですか。それは良かったです。


 心底ほっとした僕は、ようやく落ち着きを取り戻し、一時期の妙なテンションを何とか収めることに成功しました。

 今日は火曜日ですから、約一週間ほどの猶予があることになります。それだけあれば何とかこの軍勢を退けることが出来るでしょう。ちなみに、明日は全生徒で体育祭の後片付けをするだけの半日授業なので、少しばかり余裕ができそうです。


「それはそうと、クイナ嬢はどうした? 姿が見えんが」

…クイナさんなら屋上で通信機器の撤去をしています。せめて最後くらいはちゃんと仕事がしたい、と。

「ふむ、クイナ嬢も存外に意地っ張りだな。ういものだ」

…初って何がですか?

「あまり気にするな。義弟君はそれ以前の問題だからな」


 呆れといいますか、諦めといいますか、そういった感情が存分にこもっていそうな顔で琴音さんにそう言われました。

 言っている意味も分かりませんし、何よりも馬鹿にされている感がもの凄くしたので、何事か言い返そうとしたところで、あることに気付きました。


…そういえば、琴音さんは閉会式に出なくていいんですか?


 そうなのです。開会式ではアレだけ大暴れした琴音さんですから、閉会式でも何らかのアクションをとるかと思ったのですが……。


「しなければならない話は開会式の時に済ませておいた。それにこの時間はそれぞれが余韻を楽しむ時間だ。私が水をさすべきところではない」

…そうです、か。


 窓からグラウンドを見渡す琴音さんの後ろ姿は、心なしか寂しそうに見え、それ以上何かを言うのは憚られました。



「私が卒業したら、奏を頼むぞ、義弟君」


 幾秒か経ち、琴音さんの口から出たのは、少しだけ意外な内容でした。


…何でまた、そのようなことを?

「……何故だろうな。柄にもなく、少しセンチメンタルになっているのかもしれない」


 自嘲するように、苦い笑みを浮かべる琴音さんがこちらを向きました。

 どこか独白のようにも思える琴音さんの言葉。

 常の琴音さんを知っている人ならば、驚かざるをえないほど、その呟きは憂いを帯びていました。


「まぁ要約すると、私が卒業した際に奏のストッパー役を頼む、ということだ」

…そう、なんですか?

「あぁ、そうなんだ」


 冗談っぽくそう言ったきり、こちらに背を向けて黙り込んでしまった琴音さんに、僕は声をかけることができませんでした。




 ちょっとした後片付けと集会が終わり、帰宅の許可が下りたので教室で帰り支度を済ませていると、ちょうど部活のミーティングが終わったらしいタロ君に会いました。

 出会い頭、『とりあえず、すまんかった!』といきなり頭を下げたタロ君に、意味がわからず首を傾げていると、タロ君はバツの悪そうな顔をして口を開きました。

 何でも、他の奴らは任せとけ! と格好良く宣言した割に簡単に波音さんに出し抜かれたことに責任を感じていたらしいです。

 もともと、心が読める波音さんを完全に抑えることは不可能に近いですし、茜さんが来てくれなければもっと厄介なことになっていた可能性があるわけで、結果的に非常に助かりました。

 そんな旨の話しをタロ君にすると、見るからに納得できていない、といったような顔でぶつぶつと何事か呟いていましたが、僕の顔を見ると大きなため息をつきました。


 んん? 僕、変なことを言いましたかね?


 タロ君は頭の上に疑問符を浮かべる僕を見てもう一度大きくため息をつくと、そのまま教室の外に向かって歩き出しました。そんなタロ君の背を追って、僕も慌てて教室をあとにしました。


 すでに夕日が差し込みはじめた校舎の中を歩きながら、体育祭の様子などを聞いていると、校門に差し掛かった辺りで不意にタロ君の動きが止まりました。


…あれ、どうしたんです? 顔色が悪いようですが。


 ぴたりと動きを止めたタロ君の顔は、なんと形容すればいいのでしょうか、とても……微妙な顔をしていました。例えるなら、見てはいけないものを見てしまったときの顔でしょうか。


「……あぁ、悪い。俺、部室棟に忘れもんしちまったからとりにいってくる。先に帰ってくれ」

…え、だったらここで待ってますよ?

「いや、いい。というか待たないでくれ」


 タロ君はそう言ってそのまま反転すると、急ぎ足で今来た道を戻っていきました。

 んん? 確かそっちからいくと部室棟って遠回りになりませんでしたっけ?

 首を傾げてタロ君の後ろ姿を見ていましたが、待つなと言われたのに待ち続けるのはさすがに悪い気がしたので僕もきびすを返して歩き始めようとしたところで――――



「…待ってた」

「……ま、待ってたっす」


 いつの間にか、目の前には大層機嫌の悪そうな波音さんと俯いてもじもじとしているクイナさんが立っていました。


「…怪我」

…え、えっ?

「…怪我をしてる」


 妙な迫力オーラを醸し出している波音さんに気圧されながらも辛うじて返事をすると、波音さんは絆創膏が貼られている僕の顔を指差して目を細めました。


…え、あ、これですか。これはただの切り傷ですから大した問題では

「…頬に切り傷ができるのが問題ないわけない」

…は、はい。

「…他に怪我は?」


 僕の返事を待たずに腕や脚、果ては首元までチェックをされ、ようやく納得したのか、波音さんは一呼吸ついて僕から離れました。

 ひんやりとした冷たい手が首や顔に触れるたびに出そうになった声をかみ殺していたので、かなり涙目になっている僕をどこか満足そうにしながら波音さんが見ています。先程までのオーラが消えたのは何よりなのですが、僕が首が弱いのが知られてしまったため、これからこんな形でいじめられることが多くなりそうで怖いです。


「……あ、あの橘さん!」


 今後のことを割と真剣に悩んでいると、それまで黙っていたクイナさんが意を決したように口を開きました。


…はい、何ですか?

「えと、あの、その……今日はっすね…………」


 口を開いたはいいが言葉の続きが出ないといった様子のクイナさんの様子に、首を傾げながら次の言葉を待ちますが、なかなかいい言葉が見つからないようです。

 快活に物事を話す常のクイナさんらしからぬその様子を見て、少し不安になっていると、その隣にいる波音さんがじれったげに横槍を入れました。


「…何も言えないのならこの時点で脱落」

「わ、わかってるっすよ!」


 クイナさんが慌てた様子でそれに応じると、今度こそとこちらに向き直りました。

 何といいますか、そんなに睨まれると怖いんですが……。


「今日は助けてくれてありがとうっす! ……凄く……恰好良かったっす…………」

…え、は、はい。それはどうも……。

「そ、それじゃあ私は用事があるんで帰るっす!!」


 尻つぼみになりながらも、とりあえずは聞こえてきた意外な内容に呆けた返事を返す僕に、クイナさんは早口で捲し立てるとそのまま学校の外に走っていってしまいました。


 一体、何だったんでしょうか…………?


「…逃げた。まぁギリギリライバル認定」


 呆然とその背を見送る僕に、ぽつりと呟いた波音さんの一言を理解することができませんでした。




 ――――とりあえず立ち直った僕は、ごねる波音さんを電車に乗せ、帰路につきました。

 さっきの一言について波音さんに聞いてみましたが、乙女の秘密だ、と軽くあしらわれてしまいました。不可解です。


 まぁ……、とにもかくにも非常に濃い一日が終わりを告げました。

 これで今日の晩御飯の当番が僕であったら泣き言の一つ二つ漏らしていたかもしれませんが、今日は義姉さんの当番です。今日は腕によりをかけると言っていたのでとても楽しみです。

 まだ夜の七時にもなっていないのに夜のとばりが降りはじめていることに、秋の深まりを感じながら河川敷を歩いていくと、向こう側から人影がこちらに向かってくるのが見えました。


「んん、もしかしてヒロー?」


 暗いうえに距離もあったのでご近所の誰かが散歩でもしているのだと思っていたのですが、非常に聞き覚えのある声が聞こえ、その人影が誰かはっきりとしました。


…義姉さん!

「あ、やっぱりヒロだった」


 その人影――――義姉さんに声をかけると、義姉さんは履いているサンダルをぺたぺたさせながらこちらに走ってきました。

 義姉さんが履いているサンダルは一応フリーサイズなわけなのですが、僕が買ってきた男性用のためかなりブカブカのようです。歩くのには問題はないものの、走るのはさすがに辛いようで、はじめて自転車に乗った子供のようなよたよたとした状態でこちらに走ってきて――――


「うわっ!」


 ――やっぱり転びました。

 何となくこういう結末が予想できたので、あらかじめ駆け寄って、倒れてきた義姉さんを受け止めます。


「……あはは、やっぱり慣れない靴で出るもんじゃないね」

…当たり前です。自分用のサンダルがあるんですからちゃんとそっちを履いてください。

「それは言いっこなしだよワトスン君!」


 顔を上げ、いたずらっぽく笑う義姉さんに注意すると、いつものように笑って聞き流されてしまいました。

 ため息をついて義姉さんを立たせて手を放しましたが、義姉さんが僕に抱きついた格好のまま離れようとしませんでした。

 もう一つため息をつき、義姉さんに声をかけようとしたところで、先に義姉さんが口を開きました。


「……ヒロの匂いがする」


 胸に顔を埋めながらそんなことを言われ、思わず顔が赤くなったのが自分でもわかります。

 今が暗いことに、内心もの凄く感謝しつつ、せめて声だけでも冷静を保とうと意識しながら義姉さんに声をかけます。


…今日はさすがに汗臭いと思うのですが。

「それも含めてヒロの匂い。今も、昔も変わらないヒロの匂いだよ」


 一際、ギュッと抱きしめられてからようやく解放された僕は、どうしようもなく混乱している頭をどうにかして鎮めようと奮闘して――――


「あれ? どうしたの、その顔?」


 ――――撃沈しました。

 何かいい言い訳はないものかと半ば恐慌状態の頭で色々考えていたわけなのですが、


「またケガしたの?」


 続く義姉さんの一言で、僕の勘違いだったことがわかりました。


…えぇ、ちょっとした切り傷です。

「やっぱり、誰かを守るために?」


 僕から数歩離れたところで、こちらに背を向けたまま義姉さんが問いかけてきました。


…まぁ、そうですね。

「そっか……。そうだよね、うん」


 義姉さんは何かに納得したように小さく頷くと、くるりとこちらに向き直りました。


「ヒロはやっぱり、みんなを守る『ヒーロー』なんだね」


 そう言って笑う義姉さんの姿は、どこか小さい頃の義姉さんに重なります。

 何といいますか、そんなことを臆面もなく言われるとさすがに恥ずかしいです。


…そんな大層なものに僕はなれませんよ。

「あはは、そうやって言うのもヒロらしいね」


 うんうんとしきりに頷く義姉さんは手を伸ばして僕の手を握ると、くるりときびすを返しました。


「じゃ、帰ろ。もうご飯はできてるよー」

…まぁ、そうしましょうか。ところで、今日のおかずは何ですか?

「ふふーん。何が出るかは帰ってからのお楽しみ~。ヒントは鶏肉だ!」


 得意気に鼻歌を歌いながら歩く義姉さんの横に、小走りで並びます。

 ふと空を見上げると、半分欠けた月が静かに辺りを照らしていました。

…あぁ、義姉さん。確認するのをすっかり忘れていましたが、明日はちゃんと空けてくれてますか?

「へ? 明日?」

…そうです、明日です。先週、お話しましたよね?

「え……。あぁ! うんうん、話したね! 覚えてるよ、ちゃんと!」

…ま、まさか義姉さん。

「何、そのすごく残念そうな顔!? ちゃんと覚えてたからね! 別に偶然ヒマだったわけじゃないからね!」

…いえ、まぁいいんですけどね。

「待って! そんな泣きそうな顔されると罪悪感で押し潰れそうになるんだけどっ!?」


次回『義弟奮闘記』


…お楽しみに。

「覇気がない! 覇気がないよヒロ!!」

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