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第十七話 大運動会編 六・ゴーレムVSバーサーカー R2

訂☆正☆祭☆り


思ったよりも誤字だとか、文章の流れがおかしい部分が多かったです。

大きく話しが変わるというわけではないのですが、更新のはじめの方で読んでくださった方、申し訳ありませんでした。


やはり推敲せずに即出しはいけませんね……。

 さぁ、動くぞ。

 今まで遅々とした動きしか見せなかった『君』の物語が、大きく、とても大きく動く。

 君は今までこの事実を認めなかった。

 けれど、今日。決して疑いようのない形で、君はこの事実を告げられる。


 さて、君はこの真実を得て、どのような選択をするのかな?




――――※――――――――※――――




 半身の姿勢で御堂と名乗った不良の攻撃を捌いていく。

 一撃が重く、それでいて速い攻撃だが、回避に全力を注げば避けきれないほどではない。

 問題はどう攻撃を当てていくか、だと思う。

 幸い利き腕である左腕は問題なく動くが、右手はまだ使えそうにない。

 本来、手数で押していくスタイルの私にとって、これは致命的だった。


「クハハ! さっきまでとは動きが段違いじゃねぇか」


 間断なく放たれる拳と蹴りの弾幕が、一瞬だけ弛む。

 その瞬きの間の隙に私は――――後ろに飛び退った。


「それにフェイントにもかからねぇ。いいカンしてるわ」


 瞬間、唯一私が飛び込んで相手に一撃を与えられた空間を、強烈な蹴りが薙いでいた。

 私が決死の覚悟で飛び込んでいたなら、お互いに一発ずつを当てあい、私が倒れていたと思う。相手は典型的なパワーヒッター。肉を切らして骨を断つの理屈は通用しないのは、スピードを乗せた多段蹴りを当ててなお立ちあがってこられたことからも明白だった。


「ん、まぁそっちのが楽しめるからいいんだけどな」


 そう言ってまた突進を敢行してくる。

 ぎりぎりでかわせるように身体を動かしてから気付く。


 相手の動き、これほど遅かっただろうか?

 初見の時よりも目が慣れはじめているから遅く感じるのか、とも考えたが何か違う。

 そう、筋肉の動きがどこかぎこちなく……


「…………っ!」

「気付いたようだが遅せぇ!」


 僅かにかわせるように身動みじろぎをしたのに、直線的な動きである体当たりをかわすことが出来なかった。

 咄嗟に後ろに飛んで威力を殺すが――――足りない。

 壁に叩きつけられこそしなかったが、息が詰まり、後方に飛ばされて床を転がる。


 完全な油断、相手の攻撃をかわせる事を自覚した故に生まれた心の隙だった。

 相手が行ったのは、単純に攻撃に緩急をつけただけ。

 油断していた私は、最初の頃よりかなり抑えられていた攻撃スピードに気付くことが出来ず、急激に速くなった動きに対応できなかった。


 左手で地面を強く叩き、その反動で態勢を立て直して起き上がる。


 ……前、二歩先。

 直感だけで前に出された手は、幾十万も繰り返された型を忠実に再現する。

 予想通り前方から撃ち込まれた右ストレートを、左手で絡め取るようにして受け流すと、勢いのまま後方に投げとばす。


「……ん、なぁ!?」


 驚愕の呻きが後方に流れていく。


 一瞬、このままクイナちゃんを連れて逃げれば振り切れるのでは、という考えが頭をぎるが、即座に却下する。


 クイナちゃんを担いで逃走に全力を尽くせば、この場からは逃げきれるかもしれないが、そうなれば今相対している不良がどこに向かうかは火を見るよりも明らかだ。

 橘さんがあの不良に負けるとは思わないが、他の不良の相手をしながらどうにかなるとも思えない。作戦とは違うが、ここで引いてこれ以上橘さんの負担を増やすわけにはいかない。


「どおりゃあぁぁぁぁ!!」


 安全圏まで投げ飛ばしたはずの不良から、雄たけびと何かが破壊される音が聞こえてきた。

 弾かれるようにそちらに視線を移動させると、土煙と埃が舞い上がり視界が利かなくなっていた。

 おそらく、長い間使用されていなかったせいで埃まみれになった床を粉砕して煙幕として利用したのだろう。

 咄嗟のことで少し動揺するが、その動揺を心から追い出すように息を大きく吐き出し――――目をつむった。



 母方のじい様から教わった武術、『遠坂流』の極意は”明鏡止水”だ。

 私にその遠坂流を教えてくれていたじい様は、昔から私には甘かったが、この武術に関してだけは甘やかしたりはしなかった。生兵法は怪我の基、ということらしい。

 如何なる時でも焦りを見せることなく柔軟に相手を捌いてみせるのが、遠坂流の『理想形』だ。

 故に、どのような事態に陥っても一つの呼吸で心を落ち着けられるようにするのが、この武術を学ぶ上で最も最初に教わることだ。

 そして、次に教わるのは五感の強化。

 触覚。

 嗅覚。

 視覚。

 聴覚。

 味覚。

 全てを鍛え上げ、どれかが機能しない状況でも、代わりの感覚でそれをカバーする。

 一見、戦闘に必要のなさそうな味覚まで鍛え上げるのは、吐いた血の味で身体のどこを痛めたのか知るためらしい。


 この場合、死んだのは視覚。代替となるのは触覚と聴覚だ。

 流れる土煙を限界まで心を落ち着かせて肌で感じる。無限にその姿を変える煙にも、決まった流れと形がある。

 小さい足音を限界まで心を落ち着かせて耳で聞きとる。人が移動をするには、どのような手段を用いても音がする。


「あ、茜さんっ!!」


 クイナちゃんの悲鳴にも似た叫び声。同時に、地面を叩く硬い音が耳に入り、煙が形を変えたことを肌で感じる。


「死ねやぁぁぁああ!!」


 構えは既にとっている。

 相手の力を、私の全力を乗せて返す。零距離からの加速を瞬時に成しえる構え。

 私のリーチの長さを生かして放たれた掌底は、相手の拳が私に対してその凶悪な威力を発揮する前に、相手の胸に当たる。


「……がぁっ!」


 今までとは段違いの手応えと短い苦鳴の呻きを残して不良が後方に吹き飛ぶ。

 やり過ぎた……?

 そのような考えが頭を過ぎるほどのクリーンヒットだった。


 しかし、それでも――――


「……ま、だだぁぁぁ!!!」


 ――――倒れない。


 衝撃でボタンが飛び、学ランの下に巻いていたサラシ越しに胸を押さえながらも、口に笑みを湛えて立っていた。


「最……高だっ! イツぶりだろうなぁ、自分の血ぃ飲んだのは!」


 口の端からは血を流しているのに、胸を押さえる手には骨が浮かぶほど力が込められているのに、それでも心底嬉しそうに笑って見せた。



 昔、じい様に聞いたことがあるが、この世には肉体を精神が凌駕する人間がいるらしい。

 そういった人間には半端な攻撃は効かない。脳内の一部が完全に麻痺し、痛覚が働いていないからだ。

 武術をかじったことがある人ならばわかるかもしれないが、そういった感覚はよく体験することだ。だが、それにも普通は限度がある。

 今、あの不良のように、明らかに立つことすら困難なほどのダメージを受けて尚、立ちあがってくるような人間はそうはいない。


 そうなった人間への半端な攻撃は自らの首を締めることになる。

 それを知っているから、私は全身全霊で迎撃する覚悟を決める。


 こんなところで倒れるわけにはいかないのだ。


 ――――私を待ってくれている、大切な人がいるから。



「いくぞオラァ!!!」

「ハアアアアア!!!」


 全力で放たれた拳に、私もまた全力を込めた拳で応戦する。

 同射線上に放たれたそれは、轟音を響かせて激突し、離れた後にまた激突する。


 連打。


 守るために拳を突き出し、攻めるために拳を突き出す。

 打ち合って打ち合って打ち合って。

 生まれた奇妙な均衡は、次の瞬間に崩れ去った。

 射線が違えたのだ。

 これで守ることも出来ず、防がれることもない。

 あとはどれだけ速く相手にこの拳を当てられるか。


「っだあぁぁぁぁ!!!」

「っらあぁぁぁぁ!!!」


 一瞬の交差。

 どちらの攻撃が当たったのかを視認する前に、私の身体は勢いよく飛んでいた。


 ――――横に。


「…………え、クイナちゃん?」


 そう。私が吹き飛んだのは、不良に攻撃されたからでも、自分で攻撃した反動でもなく、クイナちゃんが私に体当たりをしたからだった。



「ダメっす! ダメっすよ、こんなの! 私なんかのために、茜さんが体を張る必要なんてないんす!」


 突然の展開に尻もちをついてぽかんとしている私の上で、クイナちゃんは声を大にして一気に捲し立てはじめた。


「それに茜さんには小川君っていう大切な人がいるんす! こんな、こんな場所で怪我なんかしちゃ……!」


 そこまで言ったところで涙を流しながらクイナちゃんはしゃがみこんでしまった。

 本人も驚いたように自分の足を見ていたが、震えで足に力が入らないようだった。


「…………なんで、どうして! 自分でどうにかしたいのに、どうして私にはこうやって震えることしか出来ないの……」


 クイナちゃんは悔しそうに震える両足を叩き、何度も立ち上がろうとしている。


「いつも誰かに頼って生きるのは嫌なのに! 私だって誰かを助けたい、力になりたいのに!! なのに、なんで今、立てないのよ……!」


 何度も足を叩いていた両手を強く握りしめ、自身に憤りながらも恐怖に震えるクイナちゃんを見て、思わず抱きしめてしまった。



 ……昔、私にも、助けられなかった大切な人がいた。

 今ならわかる。きっと、私がどんなに頑張って、何でも出来るような人間になったとしても、その人は助けられなかっただろう。それでもたまに思い出して泣いてしまうことがある。

 だから、クイナちゃんのその気持ちは、痛いほどわかった。


「……く、苦しいっす」

「あ、ごめん!」


 力加減をせずに思い切り抱きしめていたクイナちゃんから苦鳴が漏れ出し、私はようやくその腕を離した。


「ひ、酷いっすよ、いきなり……」

「あははは……」


 息苦しかったからか頬を赤らめながら上目使いでこちらを睨むクイナちゃんに、笑いかけて誤魔化そうとするが上手くいかなかった。


 ……おかしいな、真君の時は大抵これで許してくれるのだけど。


「うん、やっぱりクイナちゃんはその口癖がらしいよね」

「…………え? あ、って、そんなことじゃ誤魔化されないっすよ!」


 何となくバツが悪い気分を、冗談を言って有耶無耶うやむやにすると、埃を払いながら立ちあがった。


「……お願いっすから、もう怪我はしないでほしいっす」

「うん、わかった」


 後ろから聞こえてくる声に、振り向かずに返事だけする。

 少しだけ心に余裕が出来た。改めて誰かを守る覚悟も決まった。

 今はそれだけで十分だから、私は一歩前に出る。


 視線の先、私達が殴りあっていた場所から少し離れたところで、今日日あまり見ることのなくなったいわゆる『ヤンキー座り』をしている不良がいた。

 ぼーっと視線をさまよわせていた様子だったが、前に出てきた私を見て立ち上がった。


「おう、もういいのか」

「わざわざ、待っててくれるとは思いませんでしたが……」

「動けねぇヤツを殴って勝ったって意味ないだろ」

「意外と真面目なんですね、『不良さん』」

「あん? オレには昌って名前がある。なんだその不良さんってのは」

「さぁ? なんだかこっちの方がしっくりくるので」


 肩をすくめてそう言うと、少しだけ笑う。それにつられるように不良さんもクハハと笑う。

 一頻り笑い、それを納めると、申し合わせたようにお互いに一歩、また一歩と踏み出す。

 元よりあまり距離が開いてなかったこともあり、ものの数歩でお互いを射程圏内に収める。


「……では、いきます!」

「おぉ、行くぜっ!」


 仕切り直しの一戦。

 再び、拳を交えようとしたところで



「そこまでだ、馬鹿者ども」


 ――――よく通る女性の声が

 ――――そしてその女性をおぶる見覚えのある男性の姿が


 私達の間に飛び込んできた。


「た、橘さん!?」

「げ、伊田ッ!?」


 思わず叫びながら拳を止めようとするが(何故か不良さんも私と同じようなリアクションをとって拳を止めようとしていたが)、全力で放たれた攻撃はそう簡単に止められるものではない。

 振り切られた拳は私達の間にいた橘さん達に襲い掛かり



 ……いとも容易く受け止められていた。




――――※――――※――――※――――




…んん、危機一髪といったところでしょうかね。

「どちらかというと既に事後な気もするがな」


 僕の呟きに琴音さんがやれやれといった様子で訂正を加えると、やおら辺りを見回しました。それにつられて僕も辺りを見回します。

 いまやその用途を果たしていない壊れた壁。クモの巣状にクレーターを作っている床。そしてぼろぼろになっている茜さんと、典型的な不良スタイルをしている方。


 あー、やっぱり遅かったですかね……?


「……しかし、意外だな」

…何がですか?


 不意にそんなことを言い出した琴音さんに、後ろを向きながら尋ねると、琴音さんは僕の二の腕をつまみながら首を傾げました。


「義弟君の背中は、意外と固いのだな。二の腕はこのように柔らかいのに」

…それって今改めて言うほどのことじゃなくないですか?

「しかしまぁ乗り心地は悪くない。揺れも少ないしな」


 琴音さんは感慨深そうに呟く琴音さんにツッコミを入れてみるものの、予定調和の如く無視されました。

 頭を振って、いつものことと強引に納得すると、受け止めていた茜さんの手を離してそちらを向きます。


…申し訳ありません、茜さん。少し時間がかかってしまいました。

「……い、いえ! 構わないんですが!」


 一瞬きょとんとした表情をした茜さんが、盛大に首を振る姿を見て少しだけ笑みが浮かびます。

 体力的には限界に近そうですが、大きな怪我はなさそうです。右手の動きが若干鈍そうですが、それについてはあとで聞きましょう。後々まで残るような傷があっては、真君に会わせる顔がありませんからね。


「……い、伊田。お前、なんでこんなとこにいるんだよ」


 戦々恐々。そんな心情を濃厚に感じさせる声音で声を掛けてきたのは、あの不良さんでした。


「それはこちらのセリフだ。簡単に担がれおって」

「……そりゃ、どういうことだ?」


 今度は心底不思議そうに琴音さんに尋ねる不良さん。喜怒哀楽がわかりやすく表に出るタイプのようで、何となく好感の沸きますね。



 今更ですが、琴音さんがこの場にいるのは、僕が八割ほど不良の方々を地に沈めたときに、数人の近衛兵の方々と一緒に廃工場に現れたからです。

 突然の乱入者に僕が面喰っていると、その近衛兵の方々は手際よく残った不良を掃討していきました。黒装束を纏ったこの方々は、琴音さんが後から呼んだ別動隊らしく、普段は琴音さんを周辺を守ることに徹している少数精鋭の部隊だそうです。

 一学生である琴音さんが、どれだけの戦力を有しているのか、少し想像してみて……、やめました。きっとこの世には深く考えてはいけないこともあるのだと思います。

 そんな思考の残滓を捨て去り、渋面を作りながら琴音さんに苦言をていします。

 総大将たる琴音さんがこんな戦場の真っただ中に来てはいけない、とまぁそんあ感じの内容だったのですが、


『人のことが言えるのか?』


 という一言とともに軽く一蹴されました。文字通りぐうの音も出ませんでした。

 数分後、この場を任せた、と近衛の方々に告げると、琴音さんは何の予告もなくよじよじと僕に背に登る出しました。


…何で僕の背中に登るんですか?

『愚問だな、義弟君。そこに背があるからだろう』

…僕の背は山ですか。それに山みたいに背も高くないですよ。

『ふむ、アレだな。これは未来の義姉とのスキンシップだ』

…僕はもうお腹いっぱいです。危ないですし降りてほしいのですが。

『私はまだ五分程度、圧倒的に足りないな。それに危ないなら義弟君が守ってくれればいい』

…いや、ですからね、


 何となく意味がないとわかっていた問答を何回か繰り返した後、予想通りといいますか予定通りといいますか、琴音さんを降ろすのを諦め、しょうがなくその場をあとにしました。

 その道中に、どうやら琴音さんの知り合いがこの抗争に担ぎ出されている可能性があるという話を聞きましたが、どうやら茜さんと戦闘していた人が琴音さんの知り合いだったようですね。

 ちなみに、お二人の拳を同時に受け止めるなどという荒業的な介入が出来たのは、お二人ともかなり消耗していて全力での攻撃ではなかったのと、二つの拳が限りなく近い威力であったため身体を通して相殺出来たからです。

 そうでなければ超スペックを誇る茜さんと、それと真っ向からぶつかっていたスーパースペックな方の全力パンチを受け止めることなど出来るわけもないですしね。



「オレはお前の学校の奴がウチの学校の奴をハメて抵抗できない状況にしたあと、ボコボコにされたって聞いたぞ?」

「前提から間違っているぞ、馬鹿者。お前もいい年の女なのだからその猪突猛進な性格とがらんどうの脳味噌、どうにかしたらどうだ?」

「うるせーよ! それにオレが女だとかは今関係ぇねーだろ!」

「普段からの生活も含めて言っているのだ。お前は本当に昔から……」


 とうとうとお説教をはじめた琴音さんに、何となく小さくなったように見える不良さん。

 このパワーバランスはたぶんだいぶ前から形成されていたのだと思えるほど、しっくりときていました。




 って、アレ?


「お、女……?」


 あまりに自然に振られた話題に、思わずそのまま聞き流してしまいそうになりましたが、茜さんが数秒遅れでそのワードを復唱しました。

 そうです、僕にもそう聞こえました。

 しかしです。こればかりはさすがに聞き間違いであるとしか思えませんでした。

 あの肉食獣のような激烈な殺気。茜さんと張り合えるだけの力や体格。ついでに僕などよりもずっと男らしい言葉使い。

 以上のことから、不良さんは当然の如く男性であると思っていたのですが……。


「ああ、そうだ。御堂晶みどうあきらは女だぞ。人前ではあきらなど男のような名前を名乗ったり、無い胸をさらに押しつぶすようにサラシを巻いたりはしているが、歴とした女だ」


 琴音さんは何事もないようにその事実を肯定しました。

 少し高い声や、セミロングほどの長さの綺麗な髪など、言われてみれば確かに納得なのですが、やはり驚きです。

 茜さんもまさか相手が女性だったとは思わなかったのか、口をぽかんと開けたまま固まっていました。


「だからうるせーって! てか無い胸とかいうんじゃねぇ!」

「ふん、お前が貧乳でであることはすでに如何ともし難い事実であろう。それに男のように振る舞っておきながら、その実、胸の大きさを気にしているとはおかしな話だ」

「そ、それは、だな……」


 とてもとてもとてもご機嫌な様子で不良さん――――晶さんを言葉攻めにする琴音さんを、出来るだけ視線の外に置き、少しだけため息を吐いてから、今一番に確認したい人を探すために辺りを見回します。



…クイナさん、無事でしたか!

「……っ! た、橘さん!」


 程なくして見つけた探し人、神津クイナさんに近づきながら声を掛けると、一瞬びくりと体を震わせました。

 うう……、まだ機嫌を直してもらえないのでしょうか。


「…………その傷、もしかして外の戦いでついたっすか?」

…え? ああ、これですか。そうですね、ただのかすり傷ですからすぐに治ると思いますけど。


 クイナさんはおずおずと言った様子で僕の頬を指差しました。

 時間の関係上、効率よく敵戦力の殲滅をしなければいけませんでしたからね。

 常に紙一重二重で相手の攻撃をいなさなければならない戦いの中で、むしろこれくらいの傷で済んで良かったです。

 どちらかというと所々破れてしまったジャージの方が問題です。幸い、大きな穴はないですから、当て布をして何とか、というところでしょうか。


「…………何で、私なんかのためにそんなに頑張れるんすか?」


 小さな声で、クイナさんが不意にそんなことを口にしました。


「……私なんかを助けるために、橘さんも、茜さんも、何でそんなボロボロになれるんすか?」


 少しだけ大きくなった声には、どこか自身を攻めるような雰囲気が感じられました。


 自分のために誰かが傷つくとこは、やはりとても辛いことです。

 僕自身、その罪の意識で潰れそうになってしまったこともあります。

 けれど、その事実は同時に、ある一つのことを表しているのです。


…それだけ、クイナさんのことが大切なんです。


 どのような怪我をしたとしても、どのような境遇に陥ろうとも、その人のためなら躊躇なくその一歩を踏み出せる。

 自分のために誰かが身を挺して守ってくれるということは、それだけその人に大切に思われているということなのです。


「……私が、大切?」

…そうです、とても大切なんです。だから守るんです。


 大切だから、失いたくない。


 もしかしたら、それはとても自分勝手で、とても傲慢な考えなのかもしれません。

 けれど、それでも、僕はこの考えを曲げるつもりはありません。


 僕は我がままですからね。



 ぽすん、と小気味の良い音を立てて、クイナさんの頭が僕の胸の辺りにぶつかりました。


「少しだけ……泣いてもいいすか…………?」

…はい。


 僕が短い返事を返すと、クイナさんは小さく、本当に小さく嗚咽を上げ始めました。


「ふむ、『先客』がいたか。ならば譲らねばな。晶、こっちに来い。お前にはまだ話がある」

「いってぇ! 耳を引っ張んなって前から……、って髪もやめろぉ!」


 セミのように引っ付いていた琴音さんが僕の背から降りると、晶さんを連れて建物の外に行ってしまいました。

 先程まで固まっていた茜さんも、僕に視線を送った後、一つ頷いてからその後に続きました。


「……ぅ、ぁ。うああああぁぁぁッッ!!」


 扉の閉まる音が響いたあと、クイナさんの堪えきれなくなった声を上げました。

 僕は出来るだけゆっくりと、今にも壊れてしまいそうな小さな背をさすりました。

色々な思いが溢れていた。

整理出来ずに散らばった感情の欠片が、しくしくと私の心を痛めつけた。

彼は、私にとっても大切な人だ。

そんな大切な人の前で泣きたくなんかなかったけど……駄目だった。


今だけは、この時だけは。

これが終わったら、きっといつも通りに笑えるから。


だから、


……少しだけ、泣いてもいいよね?


次回『大運動会編 七・後始末』


お楽しみに。

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