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第十五話 大運動会編 四・フルバーニアン

『人ってさ、意外と何でも出来ちゃうんだよね』


 陽溜まりの中、男は常のようにゆっくりと口を開いた。


『だからね、つい何でも背負い込んじゃうんだ。例え結果が目に見えていても、最後までやりきろうとするんだよ』


 男は大人しく話しを聞く二人の子供の頭を撫でながら、穏やかな笑みを浮かべる。


『僕は二人にはお互いを助け合ってほしいんだ。一人じゃ出来ないことも、きっと二人なら乗り越えられるからね』


 わかったかい? そう聞くと、子供たちは男の顔を真っ直ぐ見返しコクリと頷いた。

 男は満足げに笑うと、子供たちの手を引いて帰路についた。




――――※※――――※※――――




『義弟君、聞こえるか?』


 美佳さんと茜さんの因縁の対決を苦笑しながら見ていると、腰に下げていたトランシーバーから琴音さんの声が聞こえてきました。


…はい、聞こえています。どうかしたのでしょうか?


 指定された時間である一時までは、まだ幾分か余裕があったはずです。基本的にも応用的にも、琴音さんは自身が放った言葉に責任を持つ方です。そんな信念を置いてでも時間前に連絡をしたということは、即ち緊急の事態であるということです。


『ああ、緊急の用件だ。悪いがすぐに生徒会室に来れるか?』

…了解しました。すぐそちらに。


 琴音さんの声音は平時とほとんど変わりません。

 ですが、それこそが逆にその用件が抜き差しならない問題であると告げていました。


「何かヤバそうなことがあったみたいだな」

…はい、そうみたいですね。


 隣で同じように美佳さんの奮闘ぶりを眺めていたタロ君が、他の人たちには聞こえないように呟きました。

 ちなみに真君も先程まで隣にいたのですが、美佳さんに審判として担ぎだされてしまい、今は教室の中央であたふたしています。


「見当はついてるのか?」

…はい、おそらくですが。


 手首足首の柔軟をしながら、出来るだけ感情を表に出さないように心がけながら返答します。


「そっか。……それにしてもお前はすぐに顔に出るな」

…え? 本当ですか?

「あぁ、不安でしょうがないって顔してるぞ」


 顔に手をやって表情を確認してる僕を見て、タロ君が笑みを浮かべています。それにつられて僕も苦笑いを浮かべます。


…ままならないものですね。隠しているつもりだったのですが。

「ま、お前はウソがつけるほど器用な人間じゃねぇからな」

…むぅ、何かバカにされた気分ですねぇ。

「お、気がついたか? つまりはバカ正直だ、って言いたいわけさ、俺は」


 二人でもう一度笑い、身体の余計な力が抜ける頃に、タロ君が少し真剣な面持ちで口を開きました。


「怪我とか、すんなよ。お前が怪我するとお前以上に辛い思いをする奴だっているんだからな」

…はい、わかっています。


 即答した僕に満足したのか、タロ君は、よしっ、と笑って呟くと僕の肩を叩きました。


…じゃあ、行ってきますね。

「おう、こっちは任せとけ。特に新宮のこととかな」


 冗談を言いながら何事もなく応じてくれるタロ君に感謝しながら、校舎に向けて走り出しました。




「クイナ嬢はどうやら敵に見つかったらしい」

…やはり、そうでしたか。


 第一声。少々乱れてしまった服装を整える間もなく、琴音さんが口を開きました。

 一応、予想した通りの事態でしたから、余計な動揺はせずに済みました。


「……少し、意外だな」

…何がですか?

「義弟君ならもう少し動揺するかと思っていたのだが」


 琴音さんが予想外といった表情をしながら首を傾げているのを見て、思わず苦笑を漏らします。


…きっと、タロ君のおかげですよ。

「アレのおかげ……?」

…タロ君がいつも通りに話しをして、笑ってくれたので、僕も冷静になることが出来たんです。タロ君には感謝してもしきれません。

「……そうか。アレはどういうわけか人に取り入ることに長けているからな」


 未だ琴音さんに『アレ』呼ばわりされるタロ君に深く同情しながら、話しの続きを促します。

 琴音さんもそれに頷くと、何事か走り書きされたメモを持ち上げて状況の説明を始めました。


「クイナ嬢から入った最後の連絡だ。敵の総数は六十、例の廃工で決起集会をしていたようだ。その様子を窺っている最中に見つかったらしい。廃工からの脱出は出来そうにないが、何とか身を隠しているとのことだ」

…六十人ですか。ずいぶんと集まりましたね。

「あぁ、予想していた数の二倍から三倍だ。どうやらあちらは総力戦にするつもりらしい」


 呆れたようにため息を吐く琴音さんに、出来るだけ心情を悟られないように口を開こうとした直後、手を出して止められました。


「じゃあ僕が相手の数を減らしておまけにクイナさんも助けてきます、などと言う気か?」

…や、何で僕の言おうとしたことがわかったんですか?

「義弟君は考えていることがすぐ顔に出る。誰にでもわかるだろう」


 眼鏡の奥から冷めた視線を僕に送りながら、くいっと僕の頬を摘む琴音さん。

 あれれ? こんなやりとり、さっきもありませんでした?


「とはいえ、こちらも切れるカードは少ない。残念だがその方法しかないだろうな」

…え? いいんですか、勝手に突っ込んでしまって?


 僕が素っ頓狂な声を上げて聞き返すと、頬を摘む手に力が入りました。痛いです。


「……ここで許可しようがしまいが義弟君は勝手に行くだろう?」

…バ、バレてましたか?

「当たり前だ。冷静になるのはいいが、なったらなったで平気で無茶をするな、義弟君は」

…一応、責任ある立場なので独断専行はよくないかなぁ、とも思ったんですが。

「心にも無いことを言うな」


 琴音さんは不機嫌そうに言ってから、一際強く頬を引っ張ってからようやく手を離してくれました。やっぱり痛いです。


「まぁ、行くからにはクイナ嬢の奪還は絶対だ。わかってるな?」

…はい、もちろんです。

「とにかく、少しでも時間を稼げ。こちらも目処が立てばすぐそちらに援護に行く」


 頷く僕を見て、琴音さんも小さく頷きます。

 話はつきました。あとはいかに速くクイナさんの元にたどり着くか、いかに長い時間クイナさんが追っ手から逃げることが出来るかです。

 目的地となる廃工はなかなかに広いです。すばしこいクイナさんならば僕が到着するまで逃げまわることも可能でしょう。

 何にせよ、少しでも速くあちらに飛び込んで僕に注意を向けないといけませんね。




 少し息を吐いてから生徒会室を出て、走りだそうとしたところで通信機から声が聞こえてきました。


『ヒロくん、聞こえる?』

…はい、聞こえますよ。奏さんですよね?

『正解。さすがだねー』


 通信機ごしに笑い声が聞こえてきましたが、その声には心なしかいつものような元気が足りない気がします。


…どうかしましたか? 何か疲れているようですが。

『……あはは、相変わらず変なところで鋭いなぁ』


 身体を冷やさないようにゆっくりと歩きながら会話を続けます。

 奏さんは『やっぱりなぁ』とか『そうだよねぇ』などと自身を納得させるように二、三呟き少しだけ沈黙したあとに思い立ったように


『ゴメン!』


 と口に出しました。

 何故謝られているのかがわからずに返答に窮します。


『やっぱり私がしっかり止めなきゃいけなかったんだよね。危ないのがわかってたんだから、なおさらだよ』


 続く言葉で、ようやく奏さんが元気のない理由がわかりました。


 クイナさんが危機に陥ったのは自分の責任だと思ってるわけですね。

 おちゃらけているように見えて、実は人一倍責任感が強い奏さんですから、らしいといえばらしいのですが。


 だからこそ、


『お願い、ヒロくん。絶対にクイナちゃんを助けてあげて!』


 この言葉にどれだけの想いが込められていたのか……、想像に難くないです。


…はい、必ず。


 きっと、その想いに応えるのに余計な言葉はいらないのだと思います。

 出来る限り安心できるようにはっきりとした声で返事をします。

 通信機越しの気配が、少しだけ柔らかくなったのを確認すると、今度こそ止まることなく走り出しました。




 歩けばおよそ十五分ほど、走れば五分ほどで着く目的地まで、ショートカット(佐々木さん宅と池田さん宅にはあとで謝罪に行かなければなりません)と全力疾走を駆使して二分と少しでたどり着くと、走ってきた勢いのまま工場内にいた帝陵の制服を着ている三人組のところまで向かいます。

 本当はこういう荒っぽいことしたくないのですが、いかんせんこちらは情報が足りなければ、時間もありません。


「あっ! おまっ」


 三人組の内の一人が僕に気付き何事か叫ぼうとしましたが、最後まで言えずに吹っ飛びます。

 スピードの乗った僕の膝が、いい感じに入ったからです。


「っ! テメェは!」

「まさかっ!?」


 仲間の一人が吹き飛ばされたのを見て、残った二人もようやく状況を理解したようです。

 が、残念。何もかも遅いのです。


 構えていた一人の足元を、勢いを殺すためにしゃがんだ姿勢から回転しながら一気に払い、相手の姿勢が崩れたところで、跳ね上がるようにして勢いをつけた掌底で顎を狙います。

 狙い通り、顎を打ち据えたその人が膝から崩れていくのを確認して、最後の一人の方を向くと――――


「……ぶはっ!」


 爪先が顔にめり込んでいました。


 一瞬呆けたあと、驚いてその飛び蹴りを放った人物の方を見やり、そのあまりに意外な人物に思わずうめき声をあげます。


「お待たせしました。クイナちゃんを助けに行きましょう」


 強すぎる日差しの中でも、その凛とした雰囲気を崩さない彼女――立川茜さんがこちらに手を差し出していました。

 その一種超然とした雰囲気に飲まれ、数瞬の間言葉を発することが出来ずに口をぽかんと開いていました。


「……え、えーと。大丈夫ですか、橘さん?」


 そう茜さんに心配そうに聞かれ、ようやく正気に戻ります。


…な、何でこんなところにいるんですかっ! それに何故クイナさんのことを!?


 あまりに想定外の展開に泡を食って茜さんに質問をぶつけると、差し出していた手で僕の手を掴んで立ち上がらせながらゆっくりと答えました。


「ここにいる理由はクイナちゃんを助けることで、クイナちゃんが危ない状況にあることを知ったのは波音ちゃんから聞いたからです」


 立ち上がらせてもらってもなお、見上げるほど背がある茜さんに視線を送りながら必死に今の状況を纏めようと思考します。


「波音ちゃん、本当は自分で助けに行きたいと言っていました。でも、自分が行ったらきっと邪魔になっちゃうからって私にお願いしたんです。『彼を助けてほしい』って」

…波音さん……が?

「はい。波音ちゃんが私に何かを頼むなんて初めてでした。それにあんな真剣な顔を見せたのも……」

…で、ですがっ。


 諭すように続ける茜さんに、食い下がろうと口を開きましたが二の句を継げずに黙り込みます。


「それに私だって友達を助けたいんです。クイナちゃんも、もちろん橘さんも」


 そんな僕を気遣ってか、苦笑いを浮かべながらそう続けました。

 その心遣いが、嬉しくて、嬉しくて、少しだけ悲しくて。


 目を閉じて心の整理をつけると、ゆっくりと目蓋まぶたを開けます。


…皆さんは、このことを?

「北条さんはしょうがないですから今日のところはドローにしておいてあげますわ、と。伊田さんは…………妨害されるらしいので話せませんでした」

…真君は?

「……自分が納得できるように頑張って、と」

…そう、ですか。


 少しだけ息を吐き、覚悟を決めて茜さんの目を見ながら口を開きました。


…僕からもお願いします。一緒に、クイナさんを助けてください。


 僕の言葉がよほど意外だったのか、茜さんは一瞬固まりましたがすぐに嬉しそうに笑みを浮かべ、


「……はい、もちろんです!」


 弾んだ声で返事をしてくれました。

 自然と浮かぶ笑みを心地良く思いながら、頭に浮かんでいた作戦の説明を始めました。




――※※――――※※――




「この女のジャージ……、あの高校の生徒か」

「チッ! やっぱりこっちの情報筒抜けだったのかよ!」


 …………自分で自分が許せなくなったのは、これで何度目だろうか。


 勝手な行動をとって、意味もなく敵に身をさらして、こうやって捕まっている。

 針金で後ろ手に縛られた両腕が、予想通りビクともしないことを確認しながら、私は自己嫌悪に陥っていた。


「しっかし、ガキ一人逃がすために捕まるたぁ、大バカだな!」


 眼前の、頭の悪そうな茶髪の男がしゃがみこんで気持ちの悪い笑い声をあげた。


 今、私は奴らが集まってバカ騒ぎしていた建物の中に転がされていた。

 奴らに見つかったあの後、必死に逃げ回って隠れ回ったが、結局あの子を逃がすことしか出来ずに私は捕まってしまった。


 建物の中が段々と騒がしくなっていく。私を追うために散っていた人間が戻ってきたのだ。

 すでに二十人程は集まっているだろうか。それなのに私に何もしないのは、リーダーの到着を待っているのかもしれない。



「エェ、オイ! 黙ってねーで何か言えよ」


 私が現状を把握するために黙っていたのが気に食わなかったのか、茶髪の男が私の服を掴んで無理矢理引き起こす。

 出来るだけ感情を殺した表情でその男の顔を見返すと、男の顔に一瞬怒りがよぎったが、次の瞬間にはニタリといやらしい笑みを浮かべていた。


「テメェ……びびってんのかよ?」


 そう言われてようやく自分でも気付いた。


 ――私は震えていた。


 情けないことに、自分一人で立つことすら出来ないほど、腕も足も恐怖に拘束されていた。


 勝手だ……。勝手すぎる。

 自分から危険な場所に身をさらしておきながら、恐怖に身を震わせて……


 あの人に、助けを求めている。



 その感情を自覚してしまったら、もう止められなかった。

 怖くて、情けなくて、どうしようもなくて。自然と涙が溢れてきた。



 そんな私を見て、男たちは愉快そうに笑いだした。


「やっぱただのガキだな! 泣いてやがんの」

「安心しろよ! 御堂さんの目ぇ盗んで、お前のことたっぷりと可愛がってやるからよ」


 ……悔し涙で、前が見えない。


 それでも……。

 それでも…………。

 曲げたくないものが、私にもあるから。


 目だけは、決して逸らさない。

 たとえ怖くても、逃げたくても。

 唇を噛みしめて、拭えない涙をそのままに私は前を向く。

 それが私の信念。いつかした、あの人との約束。


「アァッ!? テメェ、なんだその目……」

「や、やべぇ!! あの高校の奴が攻めてきやがった!!」


 私の意志を挫こうと、男が凄もうとするが、ドアにぶつかる勢いで中に入ってきた男子があげた叫び声にかき消される。

 憎々しげに私を見下ろしてから、私の目の前の男たちが未だ混乱している様子の男へ質問をぶつける。


「おい、それであっちは何人で来てるんだ? 十人か? 二十人か?」

「それが……」

「んだよっ! はっきりしろよ!」

「……たったの一人なんだ。一人で何人もぶっ飛ばしながらこっちまで来てるんだよ!」


 その男の言葉に、建物の中が一気にざわつく。


 私の心にも、波紋が生まれる。

 ……まさか。まさか、彼が助けに来ることなど。


「……で、そいつは何者なんだよ」

「…………やけに丁寧な口調で『鷹』です、とか言ってやがった」

「ずいぶんと舐めた名前じゃねぇか……っ! おい、全員外に出ろ! そのすかした野郎をフクロにするぞ!!」


 その男の言葉を合図に、ぞろぞろと武装した集団が外に出ていく。



 ……さっきの会話で、確信した。

 誰がここに来て、私を助けに来たのか。



「馬鹿っす……。やっぱり、橘さんは馬鹿っすよ…………」


 思わず溢したのは、いつものような憎まれ口だった。

 こんな時まで素直になれない自分に呆れながらも、心のどこかが温かくなるのを感じた。

「さあ、とうとう運動会編も佳境に入りました!」

ドン!

「『アレ? 体育祭の話なのに全然運動してなくね?』とか言いっこなし!」

ドーン!

「ヒロの消費カロリーは体育祭全競技に出た人とかよりもたぶん上になるからそれでいいのです!!」

ドドーン!!

「次回『大運動会編 伍・ゴーレムVSバーサーカー』! おっ楽しみに!!」



「えっ? ゴーレムってまさか私のことですか?」

…まぁ、その、あれです。頑張りましょう、茜さん。

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