第十四話 大運動会編 参・女の戦い
・どの部活でも参加可能。
・各部活から五人を選出し、その内の一人を大将として更に選出。
・各部員は風船付きのヘルメットをつけ、その風船が割れると死亡判定。ゲームから除外される。
・勝敗は大将の風船(色付き)の破壊のみ。
・フィールドはグラウンド全域。ただし、客席まで飛び込んだチームは即時失格とする。
・武器等は支給されたもの以外は使用禁止(素手での攻撃、自然物の利用は可能)。支給されるのは、モデルガン(ペイント弾、五発装填済。使う場合は両チームにゴーグル支給)、刀(スポーツチャンバラ用)、盾(縦横一メートル半)、予備の風船(大将は選択不可。どこにつけるかは自由)、各部の特徴となるような物(要申告)の五種。そこから各部自由に五つを選ぶ。
……etc.
(ブリッツ・ルールブック『来たれ、ぐらでぃえーたー!』より抜粋)
――――※※※――――
第三種目の呼び出しを遠くに聞きながら屋上への扉を開けます。
校内にこもっていた少し冷えた空気が逃げだすかわりに、夏もかくやという熱風が滑り込んできました。
…あうあ〜。
誰に言うでもなくそう呟いてから、覚悟を決めていやに張りきっている太陽の下に歩みを進めていきました。
「あ、ヒロくん。意外と早かったねぇ」
扉の開閉音で気付いたのか、簡易テントが張ってある屋上中央部にいた奏さんがこちらに手を振りながら小走りに向かってきました。
他にも数人の方々がこちらに気付いたようで、手を振っていました。それに会釈を返しながら、予定調和の如く飛び込んできた奏さんの両肩を掴んだまま回転します。
一回転して飛び込んできた勢いを殺すと、そのまま地面に立たせます。
「ぶ〜。なんか手慣れてきてるみたいな対応で悔しい」
…会う度に飛びつかれているんですからさすがに慣れますよ。それより、これ、差し入れです。
両肩にかけていたクーラーボックスを開けて中の飲み物と軽食を見せるとぶーたれていた奏さんの顔が輝きました。
こういってはアレなんですが、琴音さんと違って大変御しやすいです。
「じゃあAグループとBグループの人は十五分休憩してー。食べ物は自由に、飲み物は絶対持って行ってね!」
『はーい』
奏さんが振り向きながら手早く指示を出すと、AグループとBグループの方々が手を挙げて近づいてきました。
そういった指示をほぼノンタイムで出せるところに伊田家の血を感じながら、クーラーボックスに入っている飲み物や食べ物を手渡していきます。
三年の方、二年の方、同級生の方と手渡していくうちに、ここにいなければならない人がいないことに気付きました。
…えー、と。クイナさんはどこに行ったんですか?
本来、ここにいて奏さんとともに指揮をとっているはずのクイナさんがどこにもいないのです。
クイナさんは小さいので、誰かの影に隠れてしまっている可能性も考慮して注意深く周りを見渡してみましたが、やはりその姿を見つけることは出来ませんでした。
「んー? 気になる?」
琴音さんがよくする、愉しげな表情を浮かべ、奏さんが首を傾げました。
…はい、気になります。クイナさん、昨日から何やら怒っているようですし……。
「……いやぁ、さすがに鈍いなー」
僕がうなだれながら先程のクイナさんの状況を説明すると、奏さんは頬をかいて苦笑を浮かべました。
何でしょうか? スゴく呆れられているように感じるのですが……。
「……クイナちゃんは帝稜の様子を見に行ったよ」
更にうなだれる僕の頭に腕を乗っけながら、耳元で奏さんが呟きました。
その内容に思わず眉根を寄せます。
…帝稜、ですか。危なくないでしょうか?
「もちろん危ないよ。けど止めても聞かなくって……」
深追いはしないようにとは言っといたんだけどねぇ、と呟くと奏さんにしては珍しく大きなため息を吐きました。
今年の体育祭は、例年の体育祭よりも大分警備に手を入れています。
去年、一昨年と警備についたのは数人の父兄の方々や、手の空いた教師の方々だけらしいですからかなりの強化といえるでしょう(人知れず琴音さんが私兵の方々を出していたそうですが)。
ここまで露骨に警備の人数を増やしたのですから、帝稜の方々も情報が漏れているのにはさすがに感づいているでしょう。そうなるとガードが厳しくなるのは当然ですし、情報収集に伴う危険が増すのも当然です。
「橘さんには言わないでほしいってさ」
渋面を作りながら、携帯に手を伸ばしかけたところで奏さんにその手を握られました。
「信じてほしいって」
一言。奏さんにそう言われて思わず動きを止めます。
そんな僕の反応を見ながら、諭すような口調で奏さんが続けます。
「ヒロくんは何でもかんでも背負っちゃうからね。まぁ今回の件はお姉ぇが悪いけど、本当はもっといろんな人に頼っても良かったと思うよ」
…ですが、
「だーかーらー、そーゆうところがダメなんだよ。……誰かを信じて待つことも、時には必要なんだよ?」
そうビシッと言われ、反論も出来ずに口ごもります。
「たまにはさ、誰かに頼ってみなよ。『君』の背中も手のひらも、そんなに大きなものじゃないんだから」
『君』。初めて奏さんにそう呼ばれて少しばかり動揺します。その反面、心の別の部分は少しだけ冷静になっていきます。
…クイナさんは、大丈夫でしょうか?
「あはは、まぁだ言ってる! 大丈夫だよ。クイナちゃんはああ見えてもたくましいんだから。それに……」
奏さんはそこで言葉を切ると、僕の背中を軽く叩きました。
「もし何かあっても王子様が助けにいけばいいんだからね」
そう言うと、頭にかかっていた重量感がなくなりました。
下げていた頭を上げ、奏さんの方を向くと、奏さんはすでに僕に背を向けて簡易テントの方へと歩いて行くところでした。
その姿を確認し、僕も小走りでそれに追いかけます。数歩走って奏さんに追いついたところで、他の方に聞こえないように呟きました。
…ありがとうございました。
「うん、どういたしまして! じゃ、行こ!」
振り返った奏さんは満面の笑みを浮かべて返事をしたあと、僕のジャージの裾をつまんで再び歩みを進めました。
「南西、明らかに学生ではない人間を確認しました!」
僕が屋上に来てから十分ほど経った頃でしょうか、屋上の一角が、にわかに騒がしくなります。
どうやら、監視についていた方が侵入者を発見したようです。
「オーケー! 目ぇ離さないでね」
「はい! ……あっ! どうやら森の中に進入するようです」
「……森かぁ。じゃあ集音マイク向けて。悲鳴が聞こえたら教えて。『回収』に向かってもらうから」
「ひ、悲鳴ですか? わかりました」
その方が僅かに顔を引きつらせながらも言われたとおり集音マイクを向けた直後、少し離れたこちらにまで悲鳴が聞こえました。
この学校の校舎の南西側には山と隣接した森があり、その部分には簡易のシャッターしかありません。自然から学ぶことも多い、というモットーのもとにこういった特異な形で学校が創られたらしいです。
大樹が所狭しと生えているこの森は昼といえども相当に薄暗く、かつ何も考えずに歩みを進めれば十中八九迷うほど広大です。
人の目につきづらいこの土地は、潜伏にはうってつけの場所であることは言うまでもありません。
守るにしても、攻めるにしても、この森が急所であることは間違いないでしょう。
かといって、かなりの広さであるこの森全域を見て回ることは当然出来ません。
そこで考えたのは、森の中、特に学校付近の森に大量の『罠』を仕掛けることでした。もちろんただ仕掛けるのではなく、どこに、どれだけ、どのような罠が仕掛けられているかを完璧に把握しなければいけません。
そして、今回その大役をお任せしたのが、
「ふふん、これで今日三人目だね」
隣で得意気に笑っている奏さんでした。
当初、僕がある程度罠を仕掛ける場所を地図に起こしていたのですが(三日ほどかけてフィールドワークしました)、奏さんから言わせれば、甘い、とのことで今日の朝には大幅に罠の位置と量が変更されて設置されており、かつそれが全て地図の上に正確に印されていました。
僕としては、作ってきた地図に手直しを入れてもらおうと考えていただけだったのですが、まさかその日のうちに設置まで終えてくるとは欠片も考えていませんでした。
奏さん曰く、得意分野だから、だそうです。
「非殺傷の罠は作りづらかったけど頑張ったかいがあったね。……いっそのことちょっと怪我させちゃった方が楽なんだけど」
さらっと恐ろしいことを奏さんが呟いた気がしますが、きっと気のせいです。
「えー、と。あそこの近くにいるのは…………『隼』だね。隼の人たち、聞こえてる?」
奏さんは地図を眺めてから、無線機を掴みました。
今回の作戦は、部隊数がやたらと多いため、小隊毎に名前がついています。電撃参戦となった琴音さんの部隊にはアルファベットを、もともと組んでいた風紀委員の部隊(+補充に回った琴音さんの部隊の方々)には鳥の名前がつけられています。今し方呼ばれた『隼』という部隊は、確か二年生の方々が中心となった小隊だったはずです。
ちなみに遊撃隊として個人行動する僕にも名前がついていたりするのですが、ちょっと恥ずかしいので内緒です。
『……あぁ、聞こえるぞ』
無線機から聞こえてきたのは小さなノイズと落ち着いた声でした。
確か、この声は……
「あー、隼隊は静ちゃんだったね。じゃあ安心だ。ポイント・セブンの辺りにいる獲物の回収に向かって。どうせ盗撮にきた変態さんだろうけどねー」
『……了解した。あと、俺の名前は静留だ。そこで略すな、女みたいだろ』
「静留だって十分に女の子みたいな名前だよ。それに外見だって綺麗だし」
『…………』
奏さんの主張に、無線機の向こう側にいる人物が黙り込みます。
確か、隼隊のリーダーは獅子道静留さんだったはずです。
静留さんは剣道部の新部長であり、個人の部で全国大会に進出したこともある凄腕です。
外見は奏さんの語るように、女性が嫉妬するほど女性らしいのですが、静留さん自身はそれを気にいっていないようです。
ちなみに奏さんとは同じクラスらしく、度々先程のように絡まれているらしいです。励ましの言葉の一つでも掛けたいところなのですが、静留さんとは僕も面識があり、かつちょっと話しづらい事情があるので、心の中でエールを送るに留めておきます。
『もしやとは思うが、隣に橘がいるか?』
ですから、静留さんがそんなことを言いだした時には、思わず声が漏れそうになりました。
な、何故急にそんなことを……? 声に出ていた、なんてことはないはずなんですが。
「どしたの、いきなり?」
そんな僕の心境を察してくれたのか、奏さんが疑問を投げかけました。
『…………勘だ』
少しの間のあと、返ってきたのは非常に単純明快な言葉でした。
『何となく、頑張ってください、と慰められた気がした』
ニュータイプばりの反則的な直感を見せつける静留さんに、盛大に頬を引きつらせます。
『橘め……、いつまでも逃げ回れると思うなよ。絶対に我が部に入部させてやる』
続く言葉に、今度は頭痛までしてきました。
静留さんとは一学期の頃の合同体育の授業の時に出会ったのですが、その時に目をつけられ、以降、顔を合わせる度に剣道部の入部を迫られています。体育の授業の時などは、基本的にのらりくらりと軽くこなすようにしているのですが、それでも静留さんには見破られてしまったようです。
決め文句は『俺ならお前に(剣道をやることの)幸せを感じさせてやれる!』というものです。
()の中身を言わない、いつも冷静な静留さんが情熱的にこのセリフを言う、放課後の教室、という色々な状況が重なり、その方面の方々に勘違いをされる事態となったのは記憶に新しいです。
「……んー、いないよ。今はお姉ぇのとこじゃないかな」
『会長か……。しょうがないな、今日は諦めよう』
おそらくしかめっ面をしているであろう僕の顔を見た奏さんは、さらりと嘘をついて僕を匿ってくれました。
驚いて奏さんの方を見ると聖母のように慈愛溢れる笑顔を浮かべていました。 常の奏さんならば何かしらイタズラを仕掛けてきてもおかしくないのですが、今回はそのような誘惑に負けなかったようです。
義姉さんと違って大人です。さすがですね。
「あっ、そういえば」
などと、思ってたのですが。
「頑張り次第ではヒロくんを一カ月好きにしてもいいって。お姉ぇが言ってたよー」
『な、何だと……? 了解した。隼隊、至急現場に向かう!』
絶句、です。
穏やかに済みそうであった話題が奏さんの一言で予想だにしなかった展開に発展しました。
声を出そうにも、出した瞬間に静留さんに気取られてしまうので抗議の一つもロクに出来ません。
「お姉ぇのせいお姉ぇのせい〜。私は悪くないよ〜」
誰にともなく、白々しく呟く奏さんの声と、
『待ってろよ橘ぁぁぁあ! お前は必ず俺が頂くからなぁ!!』
通信機ごしに聞こえてくる静留さんの雄叫びだけが、妙に大きく頭に響きました。
「……あー、あの先輩も相当変わり者だからなぁ」
「何で言うか……、キャラ変わっちゃってるもんね……」
太陽が頂点に上る頃、手が空いた僕は癒やしを求めてタロ君と真君の元にやってきていました。
普通、警備の責任者をしている僕の手が空くことはないはずなのですが、奏さんが
『休憩にいってこーい! 異議は認めん!』
と言って僕のことを屋上から追い出したのです。手持ち無沙汰になってしまった僕は、琴音さんがいる本部(校庭の一角です)に向かおうとしたところ、腰にぶら下げていた本部直通のトランシーバーから琴音さんの声が聞こえてきました。
『こちらにも来なくていいぞ。そのまま休憩、一時には戻ってきてくれ』
僕の行動を見透かしたように琴音さんに釘を刺され、呻き声をあげてしまいます。
お二人が気を使ってくれているのはよくわかるのですが、さすがに他の方々に申し訳ないような気がします。
とは言え、お二人の言葉に僕が反論など出来るわけもありませんし、実際問題それなりに疲れていたので、お言葉に甘えさせて頂いたのです。
「そういや、あと何の競技が残ってたっけか?」
午前の部の最後の競技が終わり、お昼を食べるために方々に散らばっていく人たちを見ながら、不意にタロ君がそんなことを口にしました。
午前の部をクラス対抗戦とすると、午後の部は部活対抗戦といった様相で行われます。
運動部にとって来期の部費を査定する意味合いもあるので、午前の部以上に盛り上がることもあるようです。
もちろん、クラス対抗の競技も最後の最後にあるのですがそこまで体力が保つのかは微妙なところです。
…確か部活対抗リレー、部活対抗障害物競争、あとブリッツなんかがありましたね。
「あーそうだ、ブリッツか。俺、出ないといけないんだよなぁ」
「えと、ブリッツってなに? 初めて聞いたんだけど」
首を傾げてこちらに問いかける真君の反応は、一学年で、かつ部活に所属していない人間としてはある意味当然の反応です。たぶん、日本中のどこを探してもこれほどフリーダムな競技を実施する体育祭はないでしょうからね。
ざっと真君に競技内容を話すと、しばらくぽかんとしたあと、おもむろに口を開きました。
「……そ、それってさ、危なくないかな、スゴく」
「危ないだろうなぁ、スゴく」
事もなげに応じるタロ君に、真君は声も出ないといった様子で驚いています。
まぁ、気持ちは痛いほどわかります。僕も関係者ということで、事前に情報を得ていなかったならば、同じような表情をしていたかもしれません。
…けど人気なんですよ、この競技。
「え、こんなに危なそうなのに?」
「やっばり普通の学園生活じゃガチンコで勝敗を決めるって機会がないからなぁ。みんな何だかんだで楽しみにしてんのさ」
…それに皆さんの凝りかたも楽しいんですよ。去年なんか弓道部の方々、赤い服を着てみんなで弓を持って来たらしいですからね。
「本当は双剣がよかった、とか言ってたらしいな。さすがに許可が降りなかったらしいが」
「……へぇ、それはちょっと楽しそうかも」
「皆様! お待たせしてしまいましたわね!」
真君が少し表情を柔らかくしたところで、不意に声が掛かりました。 声につられてそちらを向くと、巻き髪とクラスカラーのハチマキを風になびかせている美佳さんと、げんなりといった様子でそのあとに続く茜さんと波音さんが目に入りました。
「さぁ! 決闘の時間ですわ、茜さん!」
「は、はぁ……」
さながら、台風のような存在感を放つ彼女に、つい苦笑を浮かべてしまいました。
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情報は命である。
私の座右の銘だ。
大げさな物言いではなく、情報の真偽は時に人の命をも左右する。
私が幼い頃、父は多額の借金を背負っていた。
理由はあまりに単純。普通に考えれば、あり得ないことだとすぐにわかるようなふざけた情報に踊らされて、見込みのない物に投資をした。
奇跡は、当然のように起きなかった。
綺麗な家も、大きな家具も、私の服までも。
全部全部持って行かれて、残されたのは当時の私では数えることが出来ないほど膨大なゼロが並ぶ借金だけだった。
……結局のところ、そんな私達を助けてくれたお人好しがいて、その人のおかげで今こうして生活が出来ているのだから、奇跡は別の形で起こったのかもしれないのだけど。
まぁ、そのような過去を持っているだけに、正確な情報がいかに重要なものであるかは他の人間よりもずっと理解しているつもりだ。
そんな私が、現在、息を殺して潜伏しているのは学校にほど近い廃工場だ。
人目が少なくて学校に近く、かつ適度な広さを持つこの建物は学校に攻め込む前の決起場としては絶好の条件を揃えている。
そんな見るからに危険なスペースをそのままにしておいたのにはもちろん理由がある。
まずは、単純にこちらの頭数が揃わなかったことが挙げられる。頭数として換算出来ないと思われていた女子を屋上からの監視役にして全体の動きをスムーズにしたり、生徒会長がどこからか軍服の人を連れてきたりしたものの、外に攻めていけるほどの人数が揃っているとはとても言えない。というか、あくまで大切なのは学校を守ることであり、生徒を守ることなのだから目的を履き違えてはいけない。
また、この廃工場がかなり寂れているとはいえ、人の出入りがまったくないわけではない。ここで大人数が激突すれば、一般人を巻き込む可能性が出てくる。学校を守るためとはいえ、そのために他の誰かを傷つけたのでは話しにならない。しかも、最近では小学生の遊び場にもなっているようで、うかつに罠も仕掛けられなかった。
……小学生というワードで嫌なことを思い出した。
頭に浮かんできたのは、よくよく微苦笑する男子の顔だった。前に、小学生みたい、とからかわれたからだ。
最近、その男子の顔を度々思い出してしまい、その都度顔を赤らめてしまう。
恥ずかしい話だが、たぶん惚気ているのだと思う。
『オオー!!』
大音量の鬨の声。
瞬時に思考を打ち切り、頭も切り換えて、その声がした方へ気配を殺しながら歩いて行く。
「テメェ等ァァ! 汚ねぇ手使われて負けたんだよな!? なら全面戦争だ!! 遠慮はいらねーぞ!!」
『オオー!!!!』
建物の中、学ランを着た人物が鼓舞するように声を張り上げていた。
それに応えるのはまたも大音量。
しかし……、
「多いっすね……」
事前の調べでは二十人、或いは三十人ほどが集まると思われていたが、今この場には軽く六十人は集まっている。
……これは、致命的な失敗だ。相手戦力を測り間違えることは、説明の必要もないくらいにマズイ。
舌を打ってUターンしようとしたとき、ドサッと物音がした。
「……あ、ぁ…………ぁ」
小学生の低学年だろうか。集団から見える位置で、幼い女の子がこの場の雰囲気に中てられたのか腰を抜かして座り込んでいた。
「ああん? 何だ、このガキは?」
サングラスを掛けた男子がその女の子に気付き、近寄っていく。
帝稜の人間が如何にガラが悪いとはいえ、これほど小さな子供に何かするとは思えない。
きっと廃工場の出口まで追い返してそれで終わりだ。
だから、ここでその子を助けに行ってむざむざ見つかる必要はない。第一、子供一人を連れて逃げきることなど到底無理だ。
論理立てて、今の状況を整理して。自分が行く必要がないことを何度も確認して。
そちらに構うことなく廃工場の出口に向かう――――
「あ! 何だ、テメェ!?」
――――ことは出来なかった。
「お、おねえちゃんだれ?」
「いいから! 早くつかまって!!」
我ながら甘すぎる……!
思わず浮かぶ自嘲の言葉を頭を振って掻き消しながら、うろたえる子供の手をつかんで一気に出口まで走りだした。
「運動会編もついに動き出しました!」
ベンべベンッ!
「敵地で発見されてしまったクイナちゃんは果たして無事なのか!?」
べべベンッ!
「そして、謎の競技『ブリッツ』はどのような展開を見せるのか!!?」
ベンベンベンッ!!
「次回『大運動会編 四・フルバーニアン』! お楽しみに!!」
…義姉さん、どうやらブリッツという競技にはもう触れないらしいですよ?
「え? じゃあ何であんなに細かく設定したの!?」