第十三話 大運動会編 弐・彼の気持ち
1.オマケ編はもう少しお待ちください(七割は完成しているので)。
2.携帯執筆→左キーを押す→消える、の工程を二回ほど繰り返しているのでクオリティが三割減位しています。生暖かい目で見ていただけると嬉しいです。
自信がなかった。
周りにはいつも宝石みたいに輝く友達がいて、その中に僕はいた。
わからなかった。
僕なんかがみんなの隣にいていいのか。
怖かった。
みんなが、彼女が僕から離れていってしまうのが。
けど、わかってたんだ。
そんな考え、ただの甘えなんだって。
――※――※――※――※――※――
「と、いうわけだ。君達が自分の競技に出ている間の増援として、彼等を配置する。まぁ、君達は予定通りに動いてくれれば構わん」
前に出て軍服の方々の説明をした琴音さんが白板の前から移動すると、代わりにリーダー格らしき一際大きな体をした方が前に出てきて挨拶を始めました。
…この方々が前に言っていた『私兵』の方々ですか。
「ふむ、二十人程度しか連れてこなかったがそれなりに『調教』を積んでいるからな。役には立つはずだ」
…気のせいですかね? 『訓練』じゃなくて『調教』と聞こえたのですが。
…気のせいだろう。義弟君も疲れているのだな。
窓際に立っていた僕のところまで下がった琴音さんは、くつくつと楽しげに笑っています。
眼鏡をきらりと光らせて浮かべる笑顔が限りなく黒いわけで。きっと触れてはいけないことなのだと一瞬で理解しました。
「今回、帝稜以外にも注意しなければいけない存在も多い。文化祭のためにもここで幾つかは潰しておきたいな」
小声で他の方々に聞こえないように話す琴音さんの横顔は、珍しいと言っては何なのですが、薄く憂いを帯びていました。
そんな琴音さんの横顔を眺めていると、ふと琴音さんと目が合いました。
「……ふふ、義弟君は何で笑っているんだ?」
…笑ってましたか?
琴音さんに言われて両手で自分の顔を確認します。
いつもどこか人間味の欠ける琴音さんの人間らしい部分が見れたので、ついつい笑みを浮かべてしまったのかもしれません。
「酷いな、義弟君は。義姉の悩んだ顔がそんなに好きなのか。困ったな、禁断の関係に発展だ」
…いえいえいえ、何急にそんなこと言ってるんですか? まだお昼ですよ?
「夜ならばいいのか? ふふん、意外とエッチなんだな。このむっつりスケベめ」
…いえ、だからそうじゃなくてですね。
「おっと、顔が赤くなっているぞ? そうか、義弟君は罵られると劣情を感じるのか。それとも他の人間に見られるのがそんなにいいのか? ん、どうなんだ? 言ってみるんだ、『私は見られて興奮する変態です』、と」
…もうイヤァぁぁあああ!
声を抑えながら哭く僕を、この上なく愉快そうに眺めている琴音さんからは先程見えた憂いは微塵も感じられません。
あれ? 僕、ストレス発散の道具としていいように使われてませんか?
「ほら、義弟君。鳴くのはいいが、直に話が振られるぞ」
…へ? どういうことですか?
僕が伏せていた顔を上げ、琴音さんの方を向くと前に向かって視線を飛ばしていました。
それにならって前を向くと、琴音さんが連れてきた部隊の隊長さんの話がちょうど終わるところだったらしく、こちらにアイコンタクトを送ってきていました。
その視線にはそこはかとなく殺意が籠っているような気がしましたが、気のせいなのでしょうか。
「それでは、今回の任務で総監督を勤める一年の橘君の話だ。皆、心して聞くように」
…え、は、はい。
急に話を振られ少しばかり動揺しながらも、隊長さんの代わりに前に出ます。
ここでしっかりとした志しを見せることが出来れば、後々、意思の疎通がスムーズになるはずです(士気が上がる、とも言えますね)。
とはいえ、僕はお世辞にも口がまわる方ではありません。それならば、せめて精一杯の誠意を込めて皆さんにお話しをしよう、そう考えたところで、
「ちょっと待てよ」
そんな言葉が掛かりました。
声のした方――――琴音さんの連れてきた部隊が固まっているところに視線を向けると、僕と同い年、もしくは少し年上に見える、髪をツンツンに立てている男の子が前に出てきました。
制止された理由がわからずに、はて、と首を傾げるとその男性は苛立たしげに顔を歪めました。
「すっとぼけた顔しやがって、何でテメェみたいな優男がリーダーなんだ? 納得いかねーんだよ」
その男の子は僕の近くまで歩いてくると胸ぐらを掴まんばかりに詰めより、不満をまくし立てました。
困惑を隠さずに顔に出しながら、琴音さんの方を向くと、琴音さんはアゴに指を沿わせ、ふむと考え込んでいました。
「忠誠心が強すぎるというのも問題だな」
ポツリと漏らした琴音さんの言葉で、何となくですが要領を得ました。
つまり敬愛してやまない琴音さんが、自分たちではなく、どこの馬の骨とも知らない人間に仕事を任せたことに納得がいかない、ということでしょう。
隊長さんや他の部隊の方々が、困惑を顔に出しながらもそれを止めないということは、つまり同じ意見であるということですかね。
さて、どうしましょうか?
いたずらに刺激すれば一触即発の状態になりかねませんし、かといってここで簡単に引いてしまっては全体の士気が下がることは火を見るよりも明らかです。
あと十分少々で第一種目開始の合図である予鈴がなります。つまりは時間があまりないのです。
いっそのこと文句がある人全員をのしてしまおうか、などと物騒なことを考え始めていると、琴音さんが不意に口を開きました。
「……ふむ、ならばどうだ。お前が義弟君に片膝でもつかせることが出来たならば全権をお前に委ねようではないか」
相変わらずの気まぐれっぷりで琴音さんがそんなことを言い出したため、会議室全体が一瞬ざわめきます。
「本当ですかッ!? 琴音様!!」
「ああ、勿論だ。私が嘘を吐くとでも思うか?」
常のようにくつくつと笑いを噛み殺してそう言う琴音さんを見て、思わずため息を吐きました。
――――――※――――――
「お、おい! 何やってんだよ」
これから始まるショーに私が心を踊らせていると、近くにいた三年の男子が不安げな様子でこちらに話しかけてきた。
名前は…………忘れたな。
「何やってる、とは何だ?」
「『何だ?』じゃねーよ! 何で変に焚き付けてんだよ! お前が橘の味方にならねーでどーすんだよ!」
その男子――仮に男子Aとしよう――が猛烈に捲し立ててくるので、思わず顔をしかめてしまう。ツバが飛んで眼鏡が曇るのだ。
それにしても、ほとんど義弟君の素性を知らないとは。義弟君は相変わらず日陰に隠れて生活をしてるらしい。
「大丈夫だ。問題ないだろう」
私はそれだけ言うと、話しは終わりだという意思を込めて前を向いて眼鏡をハンカチで綺麗に拭く。
その私の姿を見て、男子Aは舌打ち一つして前を向いた。その身体には何かあった時に飛び出して止めるためか、力が漲っているのがわかる。
他にも運動部と思われる男子が数人、四肢に力を溜めていた。心積もりは男子Aと同じなのだろう。
……何と言うか、少し感動した。
我が校にはこれだけ後輩を思いやれる人間がいるのだ。彼らの所属する運動部には次回、多めに予算を配分しようと思う。
名前はわからないのだが。
「ハッハッハッ! 俄然やる気が出てきたぜ」
両の拳を打ち付け、大分張り切っている我が部隊の新人、古賀の様子を見てから私を見て、義弟君は深い溜め息を吐いていた。大変失礼だと思う。
まぁ正直、その気持ちも分からないでもないのだが、下手な言葉を吐き出すよりも簡単に自分の力を見せつけることが出来るのだから、口下手な義弟君にはこの展開に発展させた私には感謝してほしいものだ。
例えば私が、義弟君には絶対服従だ、と命じれば我が部隊の人間は義弟君がどんな人間であれそれに従うだろう。そう、調きょ……訓練してきたからだ。
だが、それでは意味がない。
人を率いる、とはそう言うことではないからだ。
大袈裟に言えば人を従えるというのは、その人間の命を預かるということだ。ならば、相手には自身の力を見せつけなければいけないし、真に自分に忠誠を誓わせなければならない。
良い例悪い例は数あるが、それが上に立つ者の責務なのだ。
義弟君には確かに人の上に立つ資質はあるが、性格も相まってかどうしても強気に出ようとしない。それでも男子Aの様に気のいい人間はついてきてくれるが、古賀の様な我の強い性格の者はついてこない。
纏まりのない集団はたやすく瓦解し、忠誠のない部下は常に背を狙う。
『優しさ』と『甘さ』は、似ているようで全く違うのだ。
仮にも、我が妹の婚約者、そして私の義弟となる男だ。そのようなひ弱な精神では困るのだ。
少々手荒ではあるが、今からでも鍛えていかねばなるまい。
断わっておくが決して楽しそうだからという理由ではない。
「ハッハッ! お前には恨みはないが、この田島一の下克上のために散ってもらうぜ」
獣のように笑って義弟君に向き直った田島――古賀ではなかった――は姿勢を低くして戦闘体勢を整えた。
一応、私の部隊の人間には、幾つかの格闘技を学ばせている。何をするにしても、身体能力は必要であるからだ。
そして、あの体勢は後の先、カウンターを狙う体勢だ。
「愚か者め……」
「は!? お前、いったい何を…………っ!?」
思わず漏らした感想に、男子Aがすかさず反応する。が、その合間に、決着はついていた。
刹那の一撃。
義弟君の右腕が霞む。
軽いタッチ、それだけだ。
田島の顎に撫でるように当てた一撃は、それだけで勝敗は決する一打となった。
カウンター、というものは格闘技術の極致である。
相手に合わせてから自身の動きを決める。故に、それを狙うには優れた動体視力と冷静な判断、そして何よりも経験が必要なのだ。
田島は、鳴り物入りで我が部隊に入ってきた新人で、身体能力及びその他の能力は折り紙つきだ。ストリートファイトでも先のようなカウンター戦術を多用していたのだろう。
だが、例えそうだったとしても圧倒的に経験が足りない。
ただの喧嘩とは違う、一点の技術のみに心血を注いで繰り返しを行う反復練習の経験値。そういったもののない田島のカウンターは、どこにでもいる凡夫が相手ならば多少は通用するかもしれないが、義弟君が相手ではとてもではないが通用するものではない。
事実、田島は自分から義弟君に触ることすら出来ずに地に伏している。しかも、意識を刈り取られただけでほとんど無傷で、だ。
実践は、時に十も百も経験を得ることが出来るが、その土台となる基礎がなければ幾ら勝利を積みあげようが全くの無意味なのだ。
しかし、私の部隊の者と義弟君の能力の差が、未だこれほどあるとは……。調教……ではなく訓練の計画を見直さなければなるまい。
そんなことを考えながら、倒れた田島の介抱をしている義弟君の元に歩いていった。
※――――※――※――――※
「さて、これで義弟君が指揮を執ることに異議がある者はいないな?」
昨日、久しぶりに竜也さんと組み手をしたせいか、思ったよりも身体が動いてしまい、ちょっといい角度で入ってしまったハジメ君の様子を見ていると、いつの間にか隣まで来ていた琴音さんはそう言って他の部隊の方々を見回しました。
『……はっ! ありません』
「よし、ではコイツを連れていけ。水でもかければ目も覚ますだろう」
部隊の方々はきれいに詠唱して敬礼をすると、失礼します、と僕に言うと数人がかりでハジメ君を運んで行きました。
手のひらを返したようなその態度に呆気にとられていると、琴音さんが僕の耳元で囁きました。
「……もう義弟君に不信の念を持つ者はいない。次の指示を出すんだ」
…は、はい。わかりました。
琴音さんの言葉にどもりながらも、手短に皆さんに説明を始めました。
「で、今に至るわけか」
…はい、まぁそういうわけで。正直、朝からヘビー過ぎて胃もたれしそうです。
「姉貴たちの関係者はどいつもこいつもコユイからなぁ」
悪い奴らじゃないんだけどな、と引かれたブルーシートの上に横になりながらタロ君が付け足しました。
第一競技からいきなり出番な僕は、とりあえずクラスごとに分けられたグラウンドの一角に戻り、競技開始の時間までタロ君と愚痴の言い合いっこをしていたわけです。
まぁ、言い合いっこと言っても愚痴の対象は同じ人なのですが。
…あっ、だけどタロ君も関係者ですよね。やっぱりそうなるとタロ君もコユイんですか?
「HAHAHA、面白いこと言うな。だがお前もすでに関係者入りなんだZE?」
…AHAHA、けどタロ君には負けますよ。何たって関係者どころか血縁者ですからNE。
「よーし、いい度胸だなヒロ。お前をコチョコチョ一分間の刑に処してやる。覚悟しろよ〜」
…イヤー、オ助ケー。
「…………ね、ねぇ、どうしたの二人とも?何かものスゴく哀愁を感じるよ?」
虚ろな瞳で鬼ごっこを始めた僕とタロ君を見て隣に座っていた真君が引きつった顔でこちらに声を投げかけてきました。
…そうですカ? それはきっと気のせいですヨ、真君。
「あぁ、絶対に気のせいダ。俺たち、笑ってるだロ?」
「そ、そうなのかな?……笑顔が逆に怖いよ」
壊れた人形のようにカタカタと笑うと、心なしか視界がにじみはじめたような気がします。
これが噂に聞いた『心の汗』なのでしょうか?
…それよりも、真君は準備出来ていますか? すぐに僕たちの競技も始まりますよ。
心の汗を止めるために上を向きながら話題を変えます。
体育祭の第一種目は、多人多脚です。
簡単に言ってしまうと大人数による二人三脚でして、三人四脚が二組、四人五脚が二組、五人六脚が一組で行う二百メートル走です。
体育祭の種目の中ではかなり大きな種目で、午前の部の最初にして、最大の目玉となっています。
その中の五人六脚に僕とタロ君、茜さんに波音さん、そして真君で出場することになっているのです。
「……う、うん。一応覚悟は出来てるかな」
…覚悟とはまた悲壮な決意ですね。
「もっと気楽にやれよ。転んだって別に誰も文句なんか言わないぞ?」
「けど、やっぱり僕が足を引っ張っちゃうんじゃないかな、って……」
真君にしては珍しく、暗い顔をしていることには僕もタロ君も気づいていましたが、そのことには触れませんでした。
真君は普段から笑顔を絶やさない、いつも他の人のために一生懸命になれるとても優しく、とてもまっすぐな人です。
真君のそんな姿を見ていると、こちらも自然に笑顔になってしまう――いつかも例にあげましたが、まるで天使のような存在なのです。
ですが苦手意識があるらしい運動関係では、いつものような笑顔はなりをひそめ、憂鬱そうに肩を落とすのです。
僕が見る限り、それほど運動能力が劣っているわけではないのですが、心に植え付けられた苦手意識は思いのほか強いらしく、人前で走ったり飛んだりと運動をするときには、緊張からガチガチに固まってしまうのです。
もしかしたら、過去に何か辛い出来事があったのかもしれません。ですが、それを知る術を僕は持ち合わせていません。
真君に無理に聞き出すことも出来ないことはありませんが、それをしたところで意味はありません。
乗り越えなければならないのは、他ならぬ真君自身だからです。
僕たちに出来ることはほんの少し、迷う真君の背を押してあげることくらいです。
「……真君」
凛とした声が、体育祭の喧噪の中、妙にはっきりと聞こえました。
「……茜、ちゃん」
変声期を迎えていないと思えるほどの幼い声もまた、他のソレにまぎれることなく響きました。
今や、クラスの誰よりも真君のことを理解しているであろう人、茜さんが真君の隣に座りました。
…先、行ってますね。
「……はい。私たちの順番までには、必ず行きます」
僕とタロ君は立ち上がると、そのまま競技者の集合場所に向かって歩き出しました。
「…珍しい」
タロ君と無言のまま目的地に歩いている途中、いつの間にか隣にいた波音さんが僕の方を見上げてそう言いました。
…何がですか?
「…お節介を焼かないから」
…波音さんの中では僕はそういうイメージなんですか?
「…当然。それに優しくて格好いい」
さりげなくスゴく恥ずかしいことをさらりと言ってくれる波音さんの頭を照れ隠しの代わりに撫でます。
「まぁ、実際俺たちに出来ることなんてないからな。ヒロにしてはいい判断だ…………痛っ! 新宮っ、砂はヤベェ!」
「…何もしなかったくせに……偉そうに」
「けどヒロは他人のことに何でも首突っ込むから…………って、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
まだ競技が始まってもいないのに砂まみれになっていくタロ君と、一心不乱に、かつ的確にグラウンドの砂をぶつける波音さんの様子に苦笑いを浮かべます。
とはいえ、僕たちにだって出来ることはあるのです。
慰めるのではなく。 励ますのではなく。
一人の親友として、彼を信じるのです。
真君ならば、そんな気持ちに応えてくれる。
そう自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返し、
「…殲滅」
「新宮……さすがにそれは死ぬぞ…………」
どこからか持ってきた、水分がたっぷりと含んだ砂(泥、と一般的に呼びます)の投擲体制に入った波音さんを見て、さすがに止めることにしました。
僕たちの前の方々が、乾いた音を合図に走り出した直後、慌てた様子で真君と茜さんが走ってきました。
「ゴメン、遅れちゃって」
…構いませんよ。それより、早く足を結びましょう。
「うん!」
クラスカラーである青のハチマキを渡すと、真君はしゃがんで右隣の茜さんと足を結び始めました。
その真君の様子を見てから、茜さんの方を見ると、真っ直ぐにこちらを見据えながらコクリと頷きました。
その頼もしい様子に自然と笑みを浮かべつつ、僕も真君と足を結び始めました。
…全力で走って、ぶっちぎりますよ。
隣にいる真君にだけ聞こえるような大きさで呟くと、真君は一瞬驚いた様子でこちらを見たあと、いつもよりもずっと頼もしい笑顔を浮かべて返事をしました。
次回『大運動会編 参・女の戦い』
「…………あれ? 私の出番は?」
…今回はお休みですよ、義姉さん。
「な、なんだってー!?」
お楽しみに。