第十二話 大運動会編 壱・開会式
1.はい、というわけで、天気予報並に当てにならない次回予告なわけです。今回もタイトル変更してしまいました。申し訳ありません。
2.春休みのくせして更新がいつもより遅くなりました。悪気は一切ないのですが、短編の下地を幾つか作っていたら遅くなってしまいました。……まぁ他にも色々と理由があるのですが言い訳にしかならないので黙ります。やっぱり申し訳ありません。
3.地味にユニークが一万ヒットしました。コメディスゲェっす。一応、記念に外伝でも書こうかとも思うのですがリクエストありますか? よほど無茶なシチュでなければ実現できるかと思います。
血潮吹き出し、肉片弾けて、骨がめっきゃんめっきゃんになる学校行事、体育祭!
液体窒素ばりに心が凍りついた文系人と、赤道直下でサンバを踊りまくるみたいな暑苦しい体育会系人とが一堂に会する学校の大、大行事です!!
文化祭と並ぶ学校行事ですから、皆さん力の限り頑張りましょうね!!(生徒会副会長)
私は来年で高校卒業となる。
これはそんな私が手掛ける最後の体育祭だ。
気の利いたサプライズなどは用意出来なかったが、皆が楽しめる場くらいは死守しよう。
何の心配もいらない。好きなように楽しむといい。
最後になったが、目に余るような手抜きが発見された場合は…………、まぁ、皆まで言うまい。(生徒会会長)
―――(ひいらぎ通信9月号・体育祭特集から)
※――――――――※――――――――※
もう秋だと言うのに、ジリジリと肌を焼く太陽は未だ健在です。
「今日という日は皆の魂に刻まれる運命の日となるだろう」
そんな中、汗一つかく様子もなく、朝礼台の上に乗って全校生徒の前で演説をしているのは、本校指定のジャージを着た琴音さんです。
「皆が欲しい物は何だ? 地位だろうか? それとも名誉だろうか?」
ちなみにこの時間、本当は生活指導の先生が体育祭開催についての諸注意を話す予定だったのですが、琴音さんがそのマイクを奪いとり、今のゲリラ演説に至るわけです。
「ならば奪い取れ。この日、この時間ならばそれが許される。否、許そう、この私が」
一応、補足しておくのですが、琴音さんが先生からマイクを奪ったといっても力ずくで奪ったというわけではありません。急に壇上に上がった琴音さんが、先生に二三耳打ちをした結果、先生自身が恭しく両手で琴音さんにマイクを渡したのです。
「一年は死ぬ気でもがいて生を掴め。二年は下(下級生)を蹴落とし上(上級生)に媚びを売れ。三年はその権力でもって総てを潰せ」
まぁそういったことはこの学校では珍しいことではないようで、ざわざわとした雰囲気は琴音さんが演説を始めるとピタリと静まりました。こういったところから琴音さんの求心力が垣間見られます。
「前置きはこの位にしよう。皆、悔いを残して散るなよ」
『オオオオオオッッ!!!』
後半はいつものようにシニカルな笑みを浮かべ、琴音さんが演説を締めると、それを待っていたかのように生徒の一部……、いえ、大部分の怒号が学校を包みました。
…何て言うんでしょうか。皆さんやる気満々ですね。
「な。いくら二学期の成績にも影響が出るっていっても度が過ぎるよなぁ」
未だ興奮冷めやらぬといった様子で方々に散っていった他の方々(ほとんどが上級生の方たちです)を見ながら隣にいるタロ君と僕はそんなことをぼやいていました。
『はぁ……』
僕とタロ君、どちらからともなく大きくため息を吐きました。
とにもかくにも、一騒動も二騒動もありそうな体育祭が始まりました。
開会式が終了してから、始めの競技が開始されるまでには三十分ほどの間が空きます。
その時間に風紀委員の方々、総勢六十名に仮設テントまで集まってもらい軽く今回の活動の概要を説明します。
本来、こういった作戦会議は何日か前から段取りを組んで説明していくものなのですが、今回は少しばかり事情が違います。
簡単に言ってしまうと、敵の攻め手がわからないためです。攻め手がわからない以上、この中に帝陵高校の方々と通じている人がいて、何らかの妨害工作に時間をかけられてしまう可能性もあるのでこのように直前まで作戦内容は伏せられていました。
また、いくら内密に事を運んでも多人数にそのことを話せば必ずどこかから話しは漏れます。そうなれば皆が心置きなく体育祭を楽しめなくなるだろう、といった琴音さんの配慮もありました。何と言いますか、つくづくいい人なのだと感じます。味方の間だけですが。
「各自、今渡したスケジュール通りに行動してね。じゃあ女子は私と神津さんに、男子は橘くんについていってくださーい」
僕が思考にふけっている間に、集まっていた風紀委員の方々をまとめた奏さんが女子を連れて校舎のある方に歩いていきました。
「…………」
何でしょうか? しばらくその場を動かなかったクイナさんが射殺さんばかりにこちらを睨み付けているんですが……。
…な、何でしょうか? クイナさん。
「……何でもないっす」
僕の問いかけにぷくっと頬を膨らませてからそう答えると、そのまま奏さんの後を追って校舎の方に走っていってしまいました。
やっぱりまだ何か怒ってるんですかね……?
「まぁ、あれだ。男にはそういう時もあると思うぜ!」
「おうおう。女に振られたくらいでくよくよすんな!」
うなだれる僕の背を叩いて励ましてくれる先輩方の心配りが胸にしみます。
何か勘違いをされているような気がしないでもないですが、たぶん気のせいだと思います。
風紀委員男子の方々を連れ、人がまばらになりはじめた学校内に入り、とある場所を目指して歩いて行きます。
「なあなあ、これからドコ行くんだ? やることは学校の警備だってのはわかるんだけどさ」
後ろを歩いていた先輩の一人にちょいちょいと背中をつつかれ、そんなことを聞かれました。
…伊田会長のところです。今は教員会議室にいるはずです。
「……あの会議室か。いくら体育祭の日だからって普通は貸し出さないよな」
…そこは伊田会長ですから。
「なるほど。あの伊田だもんな」
「まぁ確かにアイツならな」
「大魔王だもんな。ウチの学校の」
その先輩だけでなく、近くにいた他の先輩方もうんうんとうなずいて納得しています。その様子から、琴音さんが学校でどれだけ畏怖されているかわかるというものです。
立場上、琴音さんの肩を持ちたいところなのですが、他ならぬ僕自身が皆さんと同じことを考えていたので何とも言えません。
苦笑いを浮かべてそんな気持ちを誤魔化していると、突然、前方――もうすぐ目の前に見えていた教員会議室から鬼気迫るほど大きな敬礼が聞こえてきました。しかも軍隊式の声を張り上げるアレです。
「…………」
「…………」
「…………」
僕を含めそこにいる皆さん全員が、それはもう盛大に引いているわけなのですが、いつまでも廊下に立っているわけにも行きません。
動きたくないとごねまわっている心と体を叱咤し、一息に教員会議室のドアを開けて――――閉めました。
変な人がいました。それも一杯。
「アレって軍服か……?」
「……しかも結構な数いたぜ?」
「いや、さすがにないだろ? きっと見間違えただけ……」
「なるほど、じゃあ今のは夢か?」
「ありえるな。最近部活が忙しくって疲れが抜けなかったんだよな、俺」
「俺もだ」
「俺も」
「何をしている? さっさと入って来い。あまり時間が無いのだぞ」
今見たものはすべて幻であったという先輩方の希望的観測を、再び開いたドアから顔を覗かせた琴音さんがものの見事に粉砕しました。
痛恨、といった言葉しっくりくる顔をして眉間を抑えてため息をつく先輩方を一瞥だけして、琴音さんがこちらに視線を向けます。
「ほら、義弟君も早くしろ。時間は有限だぞ」
…今さらで何なのです、その呼び名、せめて皆さんの前ではやめていただけませんか?
「何を今更。既に校内掲示板にも張り出したことがある公然たる事実であろう」
…えっ! ちょ、そんなこといつしたんですか!! 初耳ですよ!?
初めて聞く、さりげなく僕の今後の人生を左右する事実にさすがに動揺を隠せずに琴音さんに詰め寄ります。
「……ふふふ、相変わらずいい顔をするな」
…いえいえいえ、そんなことを言われても嬉しくも何ともないですからね!? って言いますかさりげなく僕の質問を無視しないでください!
「安心しろ、ちょっとした冗談だよ」
琴音さんは詰め寄っていた僕の頬を軽くひっぱり、楽しげに笑ってからそう言うと、『さっさと来い』とだけ残し、僕の額を小突いて会議室に戻っていきました。
狐につままれたような心持ちで、それでも皆さんを会議室の中に誘導しようと後ろを向くと、皆さんがまさに、『絶句』といった様子で僕の顔を見ていました。
何の前触れもなく、そんな視線を大量に浴びて思わず顔が引きつります。
…な、何でしょうか?
「お前スゲェよ」
「あの氷の女が笑ったぞ……」
「……魔王があんなことするのか」
口々にそんなことを呟いている先輩方の後ろでは、一学年と二学年の方々が顔を赤らめて、ぼーっとしています。
どうしたんでしょうか?
琴音さんがあのような表情をすることがそんなに珍しいのでしょうか?
確かにいつも不敵に笑っているようなイメージがありますが……、と考えたところで当初の予定を思い出しました。
…じゃあ皆さん、とりあえず会議室の中に入ってくださーい。
琴音さんに怒られる前に、風紀委員の皆さん方を会議室の中に誘導することにしました。
――※――――――※――
「むぅぅ…………」
屋上についてから、あらかじめ用意しておいたパソコンを立ち上げて調整をしていると、隣で同じように通信機具の調整をしていた少女――神津クイナちゃんが唸り声をあげていた。
クイナちゃん、どうしたんだろ……ってまぁ言うまでもないよね。
他の子達にはテーブルとか望遠鏡の設置をお願いしているから、しばらくの間は二人きり。
んふふふ、せっかくだからオネェチャンがクイナちゃんの心の深遠を覗いちゃおうかしら。
「ヒロくんのことで悩んでるのかなぁ?」
「…………!」
遠回しなことは嫌いだからさらっと直球に。けど効果は絶大だったらしく、クイナちゃんはビクッと肩を震わせた。
「な、何言ってるっすかー……」
「好きだけど今さらどんな顔すればいいかわかんないの、って感じかな?」
「……!」
余裕ぶって取り繕おうとしたクイナちゃんの顔がピシリと音を立てて固まった。
いやはや、色恋沙汰には免疫が無いのか、いちいちわかりやすいなぁ。
「けどヒロくんはなかなか倍率高いからなぁ。後手後手に回ってると誰かさんに持ってかれちゃうかもよー?」
「……あ…………ぅ」
「私自身も気に入ってるし、あのお姉ぇすらも心を許してるぐらいだからねぇ」
腕を組んで、目を閉じてもっともらしく頷いてみる。その私の一つ一つの動きに、クイナちゃんはわかりやすく呻き声をあげている。
もっともらしく、とは言ったものの、ヒロくんがモテるというのは本当の話だ。
本人は気付いていないかもだけど、アレだけ顔も性格も良くて、気配りも出来る人間がモテないわけがない。どこか浮世離れしているところや、逆にへんに所帯染みているところも好感度アップである。
なのに、特定の相手との関係が一切浮上してこないのだから不思議なもので。そのため一時期、いつも一緒にいる我が弟と良からぬ関係に発展しているのでは、という話題が学校中に流れたのだが、裏を取った結果、それもデマであることがわかったわけで(裏を取るために行われた手段は各人の想像にお任せ。ヒントはお姉ぇと拷問器具)。
てか、抱きついたりしたらきっちりと恥じらってみせるとこから、男女関係に全然興味がないというわけではなさそうなんだけどねぇ。
「今まで、誰かを好きになったことがないから、どうすればいいのかわからないっす……」
私がヒロくんについての考察を頭の中でまとめていると、クイナちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をして、そんなことを呟いた。
なるほどなるほど。
まぁそうだよねー。最初のうちってどうやって相手に接すればいいかわからないもんだよね。
しかも相手があの掴み所のないヒロくんじゃちょっと大変かもねぇ。
「……さっきも、こう、視線で、の、悩殺してみようとしたっすけどやっぱりダメで」
え、アレってそういう視線だったの? 悩殺っていうよりは本当に殺してしまいそうな目だった気が……。
項垂れて溜め息を吐く、頭一つ二つも小さい彼女を見て、本当に初々しいなぁ、と感じてしまった。
私にも、こんな時があったのだろうか? いや、たぶんあったんだろうなぁ。
そんな懐かしい気分に浸りながら、どうアドバイスすればクイナちゃんが真っ直ぐヒロくんと向き合えるか考えてみる。
わざわざアドバイスをあげてライバルを増やす必要もないんだけど、変な方向にノンストップで突っ走っていく可愛らしい後輩を放っておくのはやっぱり可哀想だしね。
斯くして私は彼女に出来る限りのアドバイスをした。
何の変哲もないアドバイスだったんだけど、それでも、何も言わずに悶々とさせるよりはいいかなぁ、とか思ったりしたわけで。
結果的に、この時のアドバイスが彼女の暴走に拍車をかけることになったりするのだけど、それはまた後々の話。
そのせいで、私がヒロくんにこんこんとお説教されたりもするんだけど、それもやっぱり後々の話。
「さあ、とうとう体育祭編が始まっちゃいました」
ベンベンッ!
「相変わらずヒロは流されに流されまくっているわけだけど、果たして任務を遂行できるのか!?」
べベンッ!
「そして恋に恋い焦がれる少女の運命は!!?」
べべベンッ!!
「次回『大運動会編 弐・彼の気持ち』! お楽しみに!!」
…義姉さん、さっきから何やってるんですか?
「うるさーい! 出番ないんだから次回予告くらいやらせろこのヤロー!」