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第十話 第一次お弁当戦争《特訓編》

第九話で予告しましたタイトルを変更します。ついでに第九話のタイトルも変更しまーす。


…それはそうと、更新が大変遅くなりまして申し訳ありません。しかも年内更新を目指してかなり急ピッチで仕上げましたので、後々手を加えていくかも知れません。またまた申し訳ありません。

 とりあえず頑張ってみよう。


 義父が彼らに言った言葉である。

 報われるか、救われるか、それに意味があるか、そんなことはわからないけど、今、出来ることを精一杯やってみよう、と。

 そして義父は優しく笑みを浮かべてこうも言った。


 足掻くだけ足掻いても駄目だったなら、きっとその時は誰かが助けてくれるから、と。




――――――――※―――――――――




 今回、僕が義姉さんを援軍として呼んだのは義姉さんが僕よりも料理が上手というのもありますが、それ以上に別の理由がありました。


「こ、こんな感じで如何でしょうか?」

「んー、包丁はこう持って逆の手はこんな感じ。その持ち方だと木の彫り物みたいになっちゃうよ」

「…こう?」

「そうそう。波音ちゃん上手だねぇ」

「…当然」

「に、新宮さんにも負けてるのですか。さすがにショックですわ……」


 義姉さんには人に物を教える天性の才能があるのです。義姉さん自身はそのことに気付いていないのですが、小さい子に算数を教えたり漢字を教えたりするのが相当に上手かったりします。

 とは言ったものの、小さい子がする勉強と大人が作る料理とは違いますから多少なり不安があったのですが、あの様子を見るかぎり問題はなかったようです。


 僕はその何とも形容しがたい暖かな場面に、自然と笑みを浮かべながらもうそろそろ必要になりそうな物を取りに二階に向かいました。


「……痛い!!」

「…っ!」


 後ろから聞こえてきた美佳さんと波音さんの苦鳴に、今度は苦笑を浮かべながら足を早めました。




 料理を作る際には、レシピより、材料より、才能(センス)より、まず必要になるものがあります。

 それが経験であり技術(スキル)です。

 如何にすばらしい料理本があろうとも、如何に豪勢な材料があろうとも、如何に優れた料理器具があろうとも、料理の経験がなければカレーライス一つ満足に作ることは出来ません。

 そしてそんな料理ビギナーが最初に積む経験は言わずもがな、包丁の扱いであり、野菜などの皮むきです。

 この包丁の扱いというものは意外と言いますか当然と言いますか非常に難度が高く、ハンター稼業における桃色怪鳥の討伐のように初心者に最初に立ちはだかる登竜門的な存在なのです。


…と、言うわけでこれも経験なのですよ。

「うぅ、わかってはいますがやっぱり痛いですわ……」

「…油断した。痛い」

「最初の間はやっぱりしょうがないよ〜。私達もそんな感じだったもん」


 絆創膏が巻かれた親指を忌々しげに見つめている美佳さんと波音さんに義姉さんが笑いながら言いました。

 確かに僕たちも義父さんに初めて料理を習った時は酷く痛い思いをしたものです。今となっては良い思い出ですが。


…じゃあ、諦めますか? まだ何も始まってませんが。


 珍しく弱音を吐くお二人に、僕は努めていやらしい笑顔を浮かべてそう訊ねました。


「んんー、美佳ちゃんも波音ちゃんもこんなところで折れちゃうほど意志が弱い子なのかなー?」


 僕の狙いに気付いたのか、義姉さんは首を傾げながら二人に問いかけたあと、僕に続くようににやにやと笑みを浮かべ始めました。


 まぁ、あれです。僕も義姉さんもお二人を挑発しているわけです。

 美佳さんは当然ですが、波音さんも意外と負けん気が強いのです。こうやって二人でにやにやしながら挑発していけば……と考えていると美佳さんと波音さんが俯いて顔を伏せてしまいました。その肩は心なしか震えているようです。


 もう少し、ですかね。


…こんなところで諦めているようでは茜さんには一生勝てないんでしょうねぇ。

「簡単な料理くらい出来ないようじゃ男の子にはもてないんだろうなー」

…こうしている間にも茜さんとの実力差は開いていってるんでしょうねぇ。

「将来、仕事で疲れて帰ってくる大好きな人に美味しいものを食べて欲しくはないのかなー?」

「…………なところで」

「……………だまだ」


 棒読みよろしく、淡々とお二人を挑発していると肩の震えが次第に大きくなり、何か声が聞こえたと思うとピタリと震えが止まりました。


「んー? 何て言ったのか聞こえないなー」

「…………こんなところで」

「…まだまだ」


 美佳さんと波音さんはそこで一旦言葉切ると、まるで申し合わせたように顔を上げました。

 その表情は……


「負けてられませんわッ!!」

「…出来る。諦めない」

「んん、いいねぇ。よーし、じゃあ実践編に行こー!」


 あー、いい感じに瞳に炎が灯ってますね。

 義姉さんはその表情を見て今まで浮かべていた笑みとは雰囲気の違う、いつもの太陽のような笑顔を浮かべると、二人のことを引き連れて台所に向かいました。

 某RPGの勇者のように、後ろに美佳さんと波音さんを連れている義姉さんの背中を見ていると、何となく昔の自分を思い出しました。

 自然と頬が弛み、胸が暖かくなるのを感じながら、僕もお手伝いをすべく台所に続きました。




 先に皮をむいておいたじゃがいもをざっくりと切り、お湯を張ったお鍋に入れます。本当はお湯で茹でたあとに皮をむいた方が栄養が逃げないのですが今回は熱いので先に処理をしておきます。

 同時進行で軽く油をひいた(バターでもよいのですが後々に使うのでここは油を使います)フライパンに細かく刻んだタマネギとニンジン、牛挽き肉を入れて軽く炒めます。

 炒め終わる頃にはじゃがいもも茹であがっているのでそれをボールに入れて潰し、炒めたものと混ぜ合わせます。この時にバター、塩、コショウ、その他調味料(うちでは少量のケチャップを入れたりします)を入れて味をつけます。

 それらをよく混ぜたら小判形に形成し、小麦粉、卵、パン粉の順番でしっかりとつけます。ここで面倒がると後で油で揚げる時にバラバラになってしまうので注意が必要です。

 あとは190度程度まで熱した油で黄金色になるくらいまで揚げたら、晴れてコロッケの完成! というわけです。


…と、まぁこのような感じで実践終了です。大丈夫ですか?

「……ええ、まぁ、何とか」

「……疲れた」

「二人ともお疲れさま〜。はじめての料理は疲れたでしょう」


 舞台は再びリビングです。先程と違うのは美佳さんと波音さんがテーブルに突っ伏していることと、そのテーブルの中央に出来立てのコロッケが乗っているお皿があることでしょうか。


「お二人とも手際が良すぎです……」

「料理っていうのは基本的に無駄な時間をかけないように作るもんなんだよ。素材の鮮度が下がっちゃうからね」

「……そ、そうなんですか」

「そうなんですよー」


 突っ伏したまま、絆創膏が増えた手のみを動かしている美佳さんの頭を撫でまわしている義姉さんの表情は満足げです。


「なんかねー、妹が出来たみたいで楽しいよー」

「……あぅあぅ」

…それは良かったです。あと、さすがに美佳さんの頭がぐりんぐりんなっているので撫でるのは止めてあげてください。

「んん、残念」


 義姉さんをどうにかなだめつつ、壁に掛かっている時計を見るといつの間にか七時になろうかという時間になっていました。

 よい頃合いでしょうかね。


…波音さん、美佳さん。お二人が迷惑でなければこのコロッケを試食がてら、うちで夜ご飯を食べていきませんか?


 僕の言葉の後に、キッチンの方でピーと炊飯器の音がタイミングよく鳴りました。



 いつもよりも多めに炊いておいたお米が完全に無くなったことに少しだけ歓喜しつつ、水に浸しておいたジャーを洗います。あとはこれに新たにお米を入れてタイマーをセットすれば明日も問題ないでしょう。


「…これで大丈夫?」

…はい、完璧です。お手伝いありがとうございます、波音さん。

「…当然」


 お米の研ぎ方をマスターした波音さんはどこか誇らしげに頷きます。

 濡れた手をエプロンで拭こうとする波音さんの手をタオルで拭きつつ、洗い物にかかろうとしたところで腕をつかまれて行動を制されてしまいました。止めたのは当然、隣にいる波音さんです。


「…それもする」


 覇気すら感じそうな力強い言葉と腕をつかむ力に幾分驚きながらも、その理由を聞こうとしたところで


「…これは私の戦いでもある」


 とピシャリと一蹴されてしまいました。

 何故にそこまでお皿洗いに情熱を傾けているのかはわかりませんが、そこまで言われてしまっては手を出す方がヤボというものです。

 こういう心境は何て言うのでしょうか、巣立つ雛鳥を見守るような、一人で立てるようになった娘を見守るような、そんなほの温かい心境です。

 さぁ、どんなことがあっても黙って見守りましょう、という僕の心模様は、波音さんがスポンジに食器用洗剤を大量噴射しようとしたところで早くも心変わりしてしまったのでした。




「包丁の扱いの基礎は今日教えた通りね。あとは練習練習」

「はい、分かりましたわ。……しかし、これだけですか?」

「ん〜……物足りないって顔だねぇ。大丈夫だよ、っていうかこれ以上はやるだけムダ!」

「む、無駄ですか?」

「一日に覚えられることなんてそんなに多くないんだよ。それに何事もまずは基本から!」

…作戦会議、お疲れさまです。どうぞ、お茶です。


 白熱している義姉さんと美佳さんにお茶を出して、僕と洗い物が終わった波音さんもテーブルに座ります。テーブルの上にはどこから持ってきたのか、大きな模造紙が広げられていました。

 書かれているのは……、日程ですか。


「…スケジュール表?」

「そ。敵は強力だからね〜、きっちり予定を詰めてかないと」


 義姉さんは洗い物が終わりテーブルに戻ってきた波音さん抱きつきながらさらに二三書き加えていきます。

 その状況から何とか脱しようと波音さんはパタパタともがきますが逆にどんどんときつく抱き締められ、抵抗することを諦めたのかされるがままになっています。その光景はクモの巣にかかった蝶を彷彿とさせます。


「はい、このあとの日程はこんな感じで進むから。以後精進するように!」

「は、はい! わかりましたわ、頑張ります!」


 いつの間にか奇妙な師弟関係が出来上がっていることに苦笑いしつつお茶をすすっていると、不意に義姉さんが時計を見て首を傾げました。


「そういえば二人は家に帰るのが遅くなってもよかったの? もうけっこうな時間だけど」

「…………ぁ」

「……」


 義姉さんのその言葉に美佳さんははじかれたように時計のかかっている方に視線をおくり、絶句しました。波音さんは特に変わらずに義姉さんに捕縛されたままお茶を飲んでいます。


「…………た、大変ですわ」


 しばらくの沈黙のあと、美佳さんそう呟いて膝をつきました。


 五秒ほど時が止まったでしょうか。義姉さんがはたと思い出したように手を叩きました。


「あっ、あの時計って三十分くらい早くなってたかも」

「……そ、それは本当ですのッ!?」


 手をついて典型的な絶望の姿勢をとっていた美佳さんが義姉さんの言葉を聞いて起き上がると義姉さんにすがりつきました。

 女性三人が絡み合ってる図は何と言いますか、ある種壮絶です。


「うん、確かそうだったけど……。違ったっけ、ヒロ?」

…そうでしたっけ? えーと……、あっ本当に遅れてますね。


 ポケットの中の携帯を取り出して確認すると確かに三十分ほど遅れていました。今まで気付かなかった自分に驚きです。


「それならまだ間に合いますわッ! 今日は本当にお世話になりました、申し訳ありませんが今日はこれで!! 新宮さんは後でうちの車を一台行かせるのでそれで帰ってくださいまし!!」


 美佳さんはバッと立ち上がり、ガバッと頭を下げてそう言うとカバンをひっ掴んで一気に家を飛び出しました。


「まるで嵐みたいな子だったねぇ。んー、にぎやかで結構!」


 その姿を見ていた義姉さんが楽しそうに笑ってそう言いました。

 正直なところ、僕としては賑やかさなら義姉さんも負けてないと思うわけですが。


「…同意」

…ありがとうございます。波音さん。

「え? 何の話?」


 僕と波音さんのやりとりに義姉さんが何のことかわからないといった様子で眉根を寄せて首を傾げました。

……はい、恐らくそうでしょう。こっちでも強力な磁場の発生を確認したので間違いないと思います。

……今のところ大きな混乱は無いようです。とはいっても俺達も何が起きたのかすぐには把握できませんが。

……はい、俺にとってもアイツ等は兄弟みたいなもんですから。出来る限りは。

……それでは、また一週間後に。失礼します。


次回『大運動会開催前日』


お楽しみに。

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