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九問珍一の都市伝説 チュパカブラ探索記

作者: グフタス


2008年12月3日


 一本の電話に、私は悩まされることになった。チュパカブラの目撃情報を、ある機関から提供され、その職員の一人とメキシコに飛び立ってくれないか、と尋ねられたのだ。

 正直、迷っていた。もちろん、人生こそ最大の迷宮であることは言うまでもないが、私が日本を離れることは、ある生物の絶命を意味する。チュパカブラの研究に没頭するあまり、外界との接触を断っていたことが、そもそもの原因なのだが、仕方ない。

 誰か、私がメキシコにいる間、ハムスターに餌をあげてくれませんか?


 2008年12月5日


 この前のハムスターの件ですが、解決しました。チュパカブラの情報提供者である、バイオ生物研究所の方が、預かってくれるとのことです。これで心置きなくメキシコに飛べます。

 紹介しておきます。快くハムスターを預かってくれた、バイオ生物研究所のチュパカブラ捜索部担当のジムです。彼とは私も初対面です。ジムはフレアカラーのバンダナにサングラス、イカにもタフガイっていう髭と、はちきれんばかりの筋肉を着ています。ハーレーにまたがっていないのが不思議なくらい強そうな白人男性です。今回のチュパカブラ捜索及び捕獲任務は、資金を全面的にバックアップしてくれるという話です。

 早速ですが、ジムは私に一通の封筒を手渡した。厚みから航空機のチケットということは、容易に想像できます。私はジムに何日後に出発か聞くと「アシタダ、バカヤロー」と笑みを浮かべていた。

 急な展開だが、特に問題はありません。メキシコ行きにあたり、私に研究所の職員一人を同行させると告げ、ハムスターをスーツの内ポケットに突っ込むと、彼は踵を返し立ち去って行った。


 ハム太君  グッバイ マイ オールド パートナー 日本に帰るその日まで。


 2008年12月6日


 昨夜は興奮してよく眠れませんでした。私の心の中で小さな私が、研究所のパートナーであるまだ見ぬパートナーとワルツを踊っています。おっと、先走りすぎました。小動物をパートナーと呼んで三年も経過すると、個人への配慮が散漫になりがちになるのかも知れませんね。まだ、相手の性別すら分からない状態で、私としたことが、愚かです。

 バイオ生物研究所には資金提供の面や、私に研究の機会を与えてくれたことに、いくら感謝をして足りないくらいです。なので、パートナーに失礼の無いよう、タンゴが好みなら私はマタドールのように手を弾き、クランプミュージックを好むなら、幼少期に過ごした本場アメリカ・サウスセントラルの記憶を蘇らせるまでです。

 しかし、サウスセントラルでの思い出は、とても辛いものでした。私はあの貧民層でただ一人の日本人ストリートチルドレンとして、生きることを余儀なくされ、黒人の少年達とのコミュニケーションといえば、一方的に石を投げつけれるくらいでした。なので、何年か暮らしたものの英会話は出来ません。ただ、一つだけ私が覚えた言葉があります。

 それは、ファッキン・ジャップ。彼らが私を指差し使っていた言葉です。

 パートナーの存在は大きなものですよね。英語はおろか、メキシコで使われるスパニッシュを私は話せません。きっと、ジムはそれを察し、語学に長けたパートナーを同行させてくれることでしょう。

 彼は明日の午前十時に来てくれと言っていました。今日です。今すぐ出発しろとは、さすがに言いづらかったのでしょう。成田に着くには二時間ばかり必要です。私はバックパックを背負うと、昨日の封筒からチケットを取り出しました。

 チケットが・・・入っていません。変わりに、コピー用紙に地図が印刷してありました。それを広げると、自宅から荒川までのルートと、合流地点と書かれた×印が載っていました。

 私はバックパックから携帯を取り出し、ジムに連絡してみると女の人が出ました。「どういうことだ?ジムを出してくれ」と伝えたが、女は一方的にこう言った。

「この電話番号は現在使われておりません」

 私の指は絶望を食い物にする死神に動かされたように、そっと電源をオフにした。

 全部嘘だったんですか。嘘をつき、私が傷つくことは構わない。しかし、ハムスターを返して欲しい。私の脳裏はハムスターの群れでいっぱいです。とりあえず、記載された場所に行ってみるしかありません。


 私はがむしゃらに自転車を走らせた。荒川の×印までは約一時間で付いた。汗だくです。自転車を飛ばす途中、私をからかう嘘だということ意外のポジティブなことも考えました。

 荒川・川沿い・滑走路・水上飛行機。ネガティブなことも考えました。ハムスター・バイオ生物研究所・モルモット。

 合流時間より少し早めに×印に着くと、私の頬は9割以上の水と1割以下のたんぱく質とリン酸塩など、つまり涙が流れ、止まりませんでした。視界が蜃気楼のように歪みます。泣いても、もうハムスターは帰ってこない。私はそう自分に言い聞かせ涙を拭うと、ハムスターの分まで生きようと、凛とした眼差しを太陽に向けました。

 眩しい。私の膝はハードパンチを食らったボクサーのように落ちると、黄色いスウェットが土で汚れてしまった。眩む目を押さえ「誰か、目薬をくれ。ドラゴンボールのケースに入ってる奴がいい」と叫びました。

「ソンナノンモンネ~ヨ、バカヤロー」

 走馬燈のように写る外国人。聞こえるジムの声。私は死ぬのか。

 死兆星を見たものは、死期が近いことを現しているそうです。いま思えばあれは太陽だったのでしょうか。太陽のように強く光る、死兆星だったような気もしてきました。

 いまだにその輝きで目を開けずにいる私ですが、なんだろう、猿の鳴き声がします。走馬燈が過去を振り返るといっても、類人猿の前世まで蘇らせる必要はあるのでしょうか。

「サッサト、オキヤガレ、ファッキン、ジャップ」

 幼少期の辛い過去のような、現実なような気もします。すると背中に背負っていたバックパックが急に軽くなりました。

 そうか、天国に行くのに翼が生えたんだ。いや、違う。やっと目がなれてきた。私のくだらない被害妄想ではなく現実に戻ると、荒川にジムが私のバックパックを投げ捨てていた。そして、猿が私を見ている。私も猿を見ている。ジムは言った。

「コレ、オマエノ、パートナー、モンキーチャン、OK」

 私はノリで666のサイン、つまりOKサインをした。

 パートナーだというなら、お猿さんを彼と呼んだ方がいいのでしょうか。彼は裸体です。その多くは体毛で覆われていますが、尻が丸見えです。彼の股間には世にも珍しい青い金玉がぶらぶらと揺れていました。これもバイオ生物研究所の成果なのでしょうね。

 ジムは震える私を見て、薄ら笑いを浮かべ、満足した様子で頷いた。

「ソコヲ、ミロ、ゴミ」

 そこには黒ずんだロープと、適度に太い丸太が4本置いてありました。その一本にサバイバルナイフが突き刺さっている。ていうか、なんだこの猿。やたらと私を威嚇します。

「ワガシャカラノ、ケンキュウシセツノ、シキュウ、ネ」

 最後のネがやたらと力強かったことが印象的でした。そして、彼は足早に去って行きました。てか、これイカダ作れってことだよね。ジムの姿はどんどん小さくなっていく。伝え忘れたことがあったのでしょうか。振り返りました。

「パスポートハ、フヨウデ~ス」

 不要も何もバックパックに全部入れてありました。


 前回までのあらすじ


 私の名はマイケル・珍一・スコフィールド。チュパカブラ探索研究に人生の99パーセントを捧げている男だ。残りの1パーセントはなんだって。そうだな、己の殻を破る脱獄者ってところだ。もちろん、クレームは一切受け付けておりません。

 だが、今回はそう簡単に脱出できる代物ではなさそうだ。

 荒川河川敷でバイオ生物研究所の社員を名乗る外国人、ジム・キャシーからの支給品はぼろいロープと丸太4本、それにサバイバルナイフ一本と猿。

 これでメキシコまで行けってことか。あなたは私のことが哀れだと思いますか?

 答えはNOですね。

 そうです。ご察しの通り、荒川を降れば太平洋に出ます。その先こそチュパカブラの生息地、南米メキシコ。あの忌々しいクソったれメキシカンどもの巣窟、失礼。タコスの聖地です。

 中には無謀だと思われる方もいられると思いますが、ご安心ください。私の歩む道こそ、沈みかけるタイタニック号のようなものなんです。つまり、この先、イカダで太平洋を進まなくても、生存確率はその程度です。しかも、今回は相棒のハム太君もジムにさらわれる結果になりました。ジムって何者なんでしょう。彼は出航の為の材料と胡散臭さを残していった。

 だが仕方ありません。右の頬だしたなら左の頬を差し出すのが、私のポリシーです。

 今回は支給品を駆使してイカダを作るつもりです。がんばろうね、お猿さん。手を噛付かれました。ばい菌が入ってないかとても心配です。しかし、私が思うに、心の通ずる相棒となる条件は、恐らくいがみ合うことから始まると思います。ハム太君の時もそうでした。この状況こそ相棒のポテンシャル100点満点なのです。私達はきっと上手く行く。

 お猿さんが何処かへ行ってしまいました。

 構いません。では、気を取り直してイカダ作りに励みたいと思います。丸太にはレシピと書かれた一枚の紙が張ってありました。ジムって意外と親切ですね。


 丸太×4 ロープ適量 サバイバルナイフ 以上

 備考・ロープは一度水を染込ませてから結びましょう。


 その方が結び目が強くなりますからね。太平洋のど真ん中で縄がほどけてしまうようなことがあれば死活問題です。クオリティの高さを求めていきましょう。


 まずは、丸太を・・・。

 すっかり暗くなってしまいました。明るいうちにイカダが完成してよかったです。街灯もなく、辺りは静かなものです。草木の二重奏、静流がもたらす旋律、野良犬の遠吠え。今日はここで一泊することになります。明日の早朝、私はメキシコへと旅立つ。そうだ、ビンに手紙を入れて流そう。そう思った私はペンも紙もジムに捨てられたことを思い出した。

 くそ、ビンは落ちてたのに。私は思考錯誤した結果、レシピの裏に書くことにしました。裏レシピが裏に書かれていなくてよかったです。

 サバイバルナイフで指先を切ると「タ・ス・ケ・テ」と書きました。それを書く私の表情は、いたずら心でにんまりと歪んでいます。ビンを川に流がし、ゆっくりと太平洋へ向かう姿に手を振り見送りました。

 その時です、草陰に何やら気配が。風で揺れる茂みの中、ハイエナの群が獲物を狙っているような殺気。

「お猿さん?」

 私が訪ねても返事はありません。その代わり、暗がりから草を踏みつける足音が近づいてきます。2、3、5、6。少なくても足音は6匹以上します。そういえば、野良犬の遠吠えが聞こえなくなっています。

 私はサバイバルナイフを逆手に構え、軽いステップを刻み、親指で鼻を二度ほど擦った。私の心臓はドラのように何度も響き、血沸き肉踊った。対チュパカブラ戦に備え、毎朝シャドーボクシングをしていた私にとって、少し早いデビュー戦になりそうです。

「ホォォワァタァァァァァ」

 これは犬の遠吠えではありません。言うならば、東洋龍の咆哮。黄色いタイツでないのがとても残念ですが、黄色のスウェット上下を着ていたのがせめてもの救いです。

「ブルース・リー。私に力を」

 すると、茂みから人の声がした。

「お前、ブルース・リーが好きなのか?」

「いや、俺がブルース・リーだ」私は再度鼻を擦った。

「いいから、そんな物騒なもん捨ててくれ。俺達はここの住民だ」

 暗がりの茂みから現れたのはホームレスの方々だった。                                        


 ホームレスの方は全部で8人いました。彼らは荒川河川敷の一部を集落と呼び、肌が黒くアフリカの部族のようでした。しかし、ここにいる方々はみな日本人のようです。

 彼らは股間にサイの角を装着しています。リーダー格の後藤さんという方は、誇らしげに一番でかい角を着けていました。

 私はツッコムか悩みましたが、逆にお尻めがけて突っ込まれそうなので、その件について終始触れないよう心がけます。

 彼らの服装はジャージなどラフな格好が多い中、まだ肌も白く、スーツ姿の中年男性もいました。リストラでしょうか。スーツの方はまだ角を貰えないのか、ローラースケートでよく並んでいる小さなパイロンを着けています。客人用の角のレンタルもあると言っていましたが、有料だというのでお断りしました。

 彼らは私を快く迎えてくれています。後藤さんとブルース・リーの話で意気投合した私は、住居で晩御飯を頂くことになりました。

 住居と呼ばれるダンボールまで、歩くこと5分。草木の生い茂る道なき道を進みます。途中、後藤さんは私に尋ねました。

「この草は俺たちが栽培しているんだが、何だか分かるか?」

 いつのまにか天狗のうちわのような葉が、辺りに敷き詰めてあった。

 なんだろ。後藤さんは私の困惑する表情に深いため息を付き「知らなくて良かったな」と笑っていました。

 この畑は一体なんだ。よく見るとベレー帽を被った迷彩服姿のアフリカ人が警備しています。

「後藤さん。あの人、銃もってませんか?」

「あれ。あぁ、あの人はあれだよ、その、まだ終戦したことを知らないんだ。大丈夫。この草に触れない限り、撃たれることはないからさ」

 多少の疑問を持ちながらも住居に着くと、夕食が出来るまでポータブルDVDプレイヤーで燃えよドラゴンが放映された。私は後藤さんとそれに熱中し、あぁでもないこうでもないとジークンドーについて語り合いました。

 ガソリン式の発電機がやたらとうるさく、ポータブルDVDプレイヤーの音量は完璧に負けています。しかし、ここまで話がかみ合うと、それはテレパシーのようなものでした。

 彼が「アタァァ」と叫び、「ホォオォォ」とそれをいなす私は柳。「アタッタ、アチャ~」と訴えかけると、彼はすかさず「ホォォォ」と返す、押し寄せては引く静かな波。私達のブルース・リーという大海がなぎることはありませんでした。

「そろそろ夕食の時間です」

 その声に私達は一瞬で表情を変えました。

 心中でドラが鳴り響いた。私と後藤さんは同時に顔を見合わせた。お互い同じドラの音色を聞いたようです。私が夕食に向かって力強く地面を蹴ると、後藤さんは私の顔面を蹴り飛ばそうとしていた。間一髪でした。先ほど、ブルース・リーを見ていなかったら、避けられなかった。

 ありがとう、リー様。

 感謝をしている場合ではありません。私としたことが。早く食卓にありつきたい。もしも、無事たどり着くことができたら、水ですら勝利の美酒に変わる。無銭で酒にありつこうする気持ちは同じなんですね、後藤さん。

 分かりました。お相手しましょう。

 私と後藤さんは食卓に駆けながら、カンフーで戦った。彼の技、一つ一つが私にとって勉強だった。関心するばかりです。後藤さんがこれほどの達人になるまで、どれほどの時をついやしたのか、想像もできません。例えるなら、漠然としたニュアンスで彼には申し訳ないと思ういますが、これこそ中国四千年の歴史の集大成なのか知れません。これほどまでの達人が、家を失うってことは、よほど性格に問題があると見ていいでしょう。

 私達の実力は均衡していた。後藤さんが若く、全盛期なら既に勝負は付いていたでしょう。しかし、当面の問題点は戦いが長引けば長引くほど料理が冷めてしまうことにあります。

 その時、後藤さんの手が阿修羅観音のように神々しく残像した。

 なるほど、あなたも12月の寒い夜に、冷めたご飯を食べたくないんですね。分かりました。私も全力を出しましょう。

 決着の時です。私は敬意をこめ、無業の位に構えた。つまり、ボーっと突っ立った。

「あなたに出会えてよかった。後藤さん」

「ミーもこんな素敵なボーイに会えてうれしいよ」

 後藤さん。肌は薄黒いけど日本人ですよね。何故、ルー大柴ぶっこんだんですか。

 阿修羅の化身は千を超える拳の連打で、私に襲い掛かろうとしていた。だが、私は知っている。攻撃に転ずるその瞬間こそ、隙が生じる。

「ここだ。阿修羅敗れたり。これが、中国四千、一年目だ!」

 私達は眩い光に包まれた。激しい爆発音が辺りを震わせている。どうなったんだ。私の拳は、残念ながら空を切っていました。だが、私も阿修羅マンじゃなくて後藤さんの千の拳を封じたようです。

 もしかして、お前はもう死んでいる、的な感じか。しかし、それは違っていました。眩い光から開放された私はゆっくりと目を開いた。そこに後藤さんはいませんでした。変わりに後藤さんであろう、肉片が散らばっている。

 先ほどの迷彩姿の男が騒動を嗅ぎつけ走ってきた。

「ココハ、ジライチタイ、ユッタロ、バカカ」

 散らばった肉片の中で、後藤さんの顔が地面から私を見ていました。未だに必殺技の最中だって表情が笑えます。

 空から何かが降ってきました。後藤さんを迎えに着た天使というには、黒く尖がりすぎている。そうです。サイの角です。角はそのまま、後藤さんの口を貫き、地面に刺さった。迷彩服のアフリカ人はゲラゲラ笑いながら言った。

「ソノママ、シャブッテナ」と一歩踏み出した。

 ボン!彼はアフリカの地を目指し、吹っ飛んで行きました。実際にはそこら辺に散らばっているんですが、この方が夢がありますよね。

「後藤さん。千の拳は、千の風になった、か」

 私はそう締めくくると夕食に向かった。

 ホームレス体験もいいものですね。まるで、キャンプに来たようで気分が高まります。外で食べる食事っていうのは、それ自体が旨み成分です。

 彼らは何をご馳走してくれるんでしょうか。スーツの方に尋ねてみます。

「今日はとても珍しいものが捕れた」と山本さんという高齢の方が答えた。

 珍しいもの。ていうか、この人たちは普段何を食べているのだろう。山本さんは今日のメインディッシュを見つけた時の話をしてくれた。


 あれは、俺が畑に水をやってる時だった。

 そいつは、突然現れたんだ。

 俺達の大切な草をそいつは掴んだ。

 その瞬間、マシンガンの音がして、そいつは地面に倒れた。

 俺はジョウロを置いて、その得たいの知れないものに近づいた。

 まだ息をしている。

 怖くなった俺はジョウロを取り、そいつの口に水を流しこみ続けた。

 次第にそいつは動かなくなった。

 そして、俺はこいつを撃った奴に食うから譲ってくれといった。

 彼は何も言わなかったが、まぁ、いいってことだろ。

 俺はすぐに肛門から口まで棒を突っ込み、火を起こした。

 それがあれだ。


 そこにはジムが置いていったお猿さんの無残な姿があった。私はあまりのことに口をあんぐりと開いたまま動けません。なんてこった。私はパートナーを失った。航海は一人ということです。寂しすぎます。

 ゆらゆらと揺らめく炎のように、ゆっくりと串焼き猿に向かいました。誰かに背中を押される感覚もありました。せめて食ってやれって、後押しをされたのです。私は崩れるように膝を着くと、パートナーであったものにあんぐりと開いていた口を閉じた。つまり、噛み付いたってことです。

 私は猿を食しながら、山本さんに言ました。

「とても、とても塩味が効いてて美味しいです」

 山本さんは味付けはまだしていないと言った。

 涙というスパイスが効いているんです。お猿さんのことで、私が山本さんを恨むことはありません。だって、そうでしょ。山本さんはお猿さんを食べたいと思うほど飢えていたんだから。ホームレスは野生の獣なんです。食べない生き物は殺しません。私はそんな山本さんに悪いと思いながらも、ご飯と焼肉のたれを請求しました。

 その時、不意にサイレンが鳴り響いた。サイレンに合わせて迷彩服姿のアフリカ人達が現れました。円状に私達ホームレスを囲んだ

 アフリカ人は仲間が一人消えたと、片言の日本語で怒鳴ると、私はドナルドの真似をしながら「知らないよ」と言いました。一瞬ですが記憶が飛び、鼻血が出ています。

 彼らは後藤さんの姿が見えないことに疑問を持ち「ドコニイル?」とまた怒鳴るので、私もまたドナります。彼らはドナルドを知らないのでしょうか。私は地面にキスをしています。不思議ですね。愛する地球の味は鉄分が多く、その上、泥くさい。

 彼らは無線でやり取りすると、舌打ちし、私に言いました。

「ヒトリ、ケツインガデタ。オマエモ、ココデ、ハッパヲサイバイシロ、ナ」

 最後のナがやたらと強かった。こういう時はどうするか覚えていますか。OKサインをしておけば、大体の問題は片付きます。

 かくして、私はアフリカンの監視の中、天狗のうちわみたいな草を育てることになったのです。


 2008年12月7日


 今日は初出勤なので緊張していますが、住居をともにしている同僚もいるので、案外気が楽です。

 仕事場に着くと小さなパイロンとじょうろが渡されました。どうやらこれはあのスーツ姿の方が使っていた物のようです。彼は昇格したのか、パイロンより少し大きめな子サイの角を、股間で反り上げていました。

 とてもうらやましいです。私も早く角を着けたい。その一身で、この草に水を与えています。あの時レンタルしておけばよかった。悔やむことがあるならその点ですね。

 しかし、植物を育てるのもいいものです。心が安らぎます。こういった職業は案外、私に向いているのかも知れません。ジョウロの水は荒川から汲んでいるので、往復する効率の悪さは我が社、最大の欠点です。朝はある程度、水を撒くとお昼に一回、夜に一回づつ水を与えます。

 そういえば、今日朝ごはんを食べていません。ただ、いつの間にかテーブルにドックフードが置いてあったんですが、あれはなんだったんでしょうか。

 お昼御飯は山本さんが昨日の残りを譲ってくれるので安心ですが、これから先はどうしたらいいか分かりません。でも、この環境にもすぐ馴染むと思います。なぜなら、人はそうやって環境に適応していく生物だからです。さて、そろそろ朝の作業も終わったので、社宅と呼ばれるダンボールに戻りたいと思います。

 ダンボールの前では山本さんが串刺しのものを再加熱していました。表面は焼け焦げ、原型を留めていません。あれ、これなんだっけ。私はそれよりお腹が空いていたので、焼肉のたれにつけて食しました。タレか塩かって聞かれたら、やっぱりタレ派です。でも、塩も美味しかったような・・・。

 山本さんの話をします。もう60歳を超える年齢ですが、自分のことを俺と呼び、高齢のわりにいきがった感じが鼻につきます。でも、右も左も分からない新人に、ご飯を食べさせてくれる良い人です。山本さんはこの職業を35年間続けているそうです。かなりのベテランです。ここのリーダーが昨夜不在になったとのことで、代わりに山本さんがこの職場で一番大きなサイの角を股間に着けています。何か小さなパイロンだと、男としての自信を失います。

 山本さんの仕事は、私達のようなパイロンや、子サイの角を着けているものが育てた草を収穫し、地下の工場で魔法の粉に変える、といった作業のようです。まだ初日なので詳しくは分かりませんが、出荷はトラックではなく、ジュラルミンケース片手に黒服サングラスという作業着の運送業者が、先頭に天使みたいなフィギアが着いた車で運んで行きます。つまり、ロールスロイスですね。

 しかし、初日だからか知りませんが暇ですね。

「山本さん。家電製品でもあさりにいきますか?」

 自然とでた言葉に私はハッと我に返りました。溶岩の中へと溶け込む自尊心を寸前で救い出したのです。

 危なかった。本当に危なかった。危うくホームレス色に染まるところでした。私は串焼きになったものを見て、切ない気持ちを取り戻しています。人はあまりにも耐え難い出来事があると、記憶をなくして自己防衛することがあるようです。

 ごめんね、お猿さん。一応、火葬はされてますので化けてでないでね。でも、チュパカブラを見つけて、金持ちになったら、失礼。何らかの形で、中華料理の珍味、猿の脳みそを食べてみようと思います。


 お猿さんのことジムになんて言い訳をしましょう。最悪、航海中に鮫に襲われたといえば許してもらえる気がします。ハム太君は無事なんだろうか。お猿さんが亡くなったことを知ったら、返してもらえないのでは。何か手を考えなくてはいけませんね。それよりもいまはここから逃げなければなりません。

 辺りを見回すもアフリカンの監視下にあることが露見しただけでした。私はチュパカブラの研究家として、ここで天狗のうちわみたいな草を育てている訳にはいきません。

 山本さんに尋ねました「ここを脱走しようと思ったことはないんですか?」答えはNOでした。彼はアフリカ人から支給されるドッグフードに慣れ過ぎたようです。

 さて、そろそろ畑に水をあげる時間なので行きます。あの草に罪はないので、せめて今日だけは私がお水を。

「本当はとても心は脆く誰もが傷ついている、FUuuu・・・u」

 ラルクアンシェルの虹を口ずさんでいる内に、夜の水やりも終わり、ダンボールハウスに戻ってきました。

 山本さんレベルになると、明かりの無い夜でも肉眼でナイトスコープできるようですが、私には無理です。「夜に明かりが無いとトイレに行くのが怖い」と言うと、これを山本さんから貰いました。懐中電灯。NO。たいまつです。後はアフリカンに見つからないように畑を抜け、イカダで脱出します。

 脱出しても日本にいたら、一生アフリカ人に追われ続けるでしょう。もう私は祖国を捨てるしかなくなってしまいました。別にかまいません。行きましょう。

 その前に、長い航海にはポータブルDVDプレーヤーが欠かせません。後藤さんの墓から掘り出し、拝借して行こうと思います。幸いブルース映画は全巻揃えていたようなので、海の上でもリー様と修行できます。

 後藤さん、拳法を極めしあなたはきっとあの世でリー様と拳を交えているんでしょうね。羨ましい限りです。だがら、これはポータブルDVDプレイヤーは頂きます。化けてでないでくださいね。あなたの一番弟子・珍一から天国の後藤さんへ。では、さっさと行きましょう。くわばらくわばら。

 畑の前に着くとあたりは本当に真っ暗になってしまいました。ここで私はたいまつに火を灯します。そうですね。そんなことをしたらアフリカ人に気付かれてしまいますね。でも、いいんです。前が見えないんですから。

 案の定、見張りの一人がサイレンを鳴らし、強力なスポットライトで私を照らされた。私は静かにこう呟きました。

「サンキュー、サファリパークども」

 後ろから追い駆けてくるアフリカ人は数十人。けっこういますね。私はたいまつを天高くかかげると、迫り来る屈強な男たちに、かの有名なセリフを叫んだ。

「人生は舞台で、人はみな役者である」

 そうウィリアム・シェイクスピアの言葉です。私がサンキューと言ったのは、絶体絶命の危機に狂ったからではありません。舞台を照らす明かりをくれた黒い友人に感謝したからなのです。

 これで彼らにも見えるでしょう。私の姿は自由の女神と同じスタイルです。たいまつをかざし、独立宣言書のようにポータブルDVDプレーヤーを持っている。そして、彼らは知らない。このたいまつを落とすとどうなるか。

 私は過去にこう名乗りましたよね。マイケル・珍一・スコフィールドだって。私がジョウロで撒いていたもの。それは水ではありません。そうです。正解です。もしも、あのアフリカ人の中にあなたのような者がいたらと思うと寒気を覚えます。私が撒いていたもの、それは発電機から拝借した、ガソリンです。覚えておいてください。新人に一人で作業させると、思いもよらないことを仕出かします。

 たいまつの炎は一瞬にして畑を火の海にした。私はイカダへと駆ける。どよめくアフリカンを嘲笑うように駆け出す私でしたが、意外なことが起きました。アフリカン達がハイテンションに笑っているのです。しかも、お祭りのようにマシンガンを空に放つ者もいます。

 私が彼らを見て鼻の奥を鳴らすような微笑も、次第に音量を増していきました。なんだろう。愉快でしかたない。この煙のせいかな。気持ちがいいです。

「えっ!小人が追ってきてる!」

 誰かにそう耳元で呟かれた気がしました。そんなわけがない。ないのだが、私は笑っている脱力でヘロヘロになりながら、イカダへと走った。そう、なぜなら、小人の大群が果物ナイフを持って襲い掛かろうとしてくるからです。

 ようやくイカダが見えると、その上で山本さんが正座しています。小人といい、何かがおかしい。けど、楽しい。小人は私に追いつくと、そのナイフを私に突き刺しました。

「もっとだ。もっと刺せよティンカーベル!そんなんじゃ感じねぇよ」

 口元からよだれをたらし、哀願する私の願いは通じませんでした。小人はするりと私の足を抜け、荒川に落ち溺れています。

 幻覚だったのか。刺されたはずの傷がない。私はイカダに飛び乗りました。山本さんに触れると、ちゃんと感覚があります。こいつは本物ですね。とても迷惑です。山本さんは「俺も連れて行ってくれ」といい、そのままばしゃばしゃと手でイカダをこぎ始めた。旅は道連れ世は情けです。私はイカダの上でマイケル・ジャクソンのように踊りまくると、ぴたっとつま先立ちになり、股間をさすりあげ「ポゥ!!」と汽笛を鳴らした。


 2008年12月8日


 おはようございます。


 私はペットのお猿さんと一緒にメキシコへと向かっています。お猿さんはお前が食ったじゃないか。そんな誹謗中傷が私には聞こえます。

 荒川は流れもゆるく、イカダは中々前に進みません。今すぐオールが必要です。しかし、私は祖国を捨てた身。日本の地を踏むことは決して許されません。でも、ご安心ください。イカダは確実にメキシコへと向かっています。何故ならお猿さんが頑張ってくれているからです。彼は私のパートナーとして、とても利口で効率よく働いてくれます。私が汽笛を鳴らすと、彼は足をバタバタと動かし、イカダに推進力を与えてくれます。まだお猿さんに名前をつけていませんでしたね。彼の名前は山本とします。

 それにしても今日はいい天気です。雲ひとつ無い空というのはとても気持ちのいいもの、なんでしょうね。健康的で活発な人間なら、誰もが清々しい気分になる、でしょうね。私もそれを悲観するような立場にいなかった。まるで、今まで何食わぬ顔で過ごしていたぬるい現実という夢から覚めてしまったかのように、突然、私は地獄の業火に身を捧げた。

 そう、仕方なかったんです。パドメの命を救うため、あえてダークサイドに落ちたアナキン・スカイウォーカー。彼の気持ちが痛いほど、よく分かります。

 想像してください。あなたは一泊二日の旅行に出かけ、ホテルの高層階に宿泊した。そこは、キャンディーのように甘くとろけてしまうような空間。つまり、スウィートルームです。ベランダに出るとそこは温泉地の町並みを一望できる、唯一の楽園。そうです。VIP用極秘サービス。覗き放題バイキングです。

 決してこのサービスをホテルは謳ってはいません。名もなき一級建築家が仕掛けた、用意周到な罠としか言えません。いつ誰が置いていったか分からない古びた双眼鏡。これは次へと託される、バトン。あなたのミスはただ一つ。ベランダに出てしまった、ということだけです。

 覗きは犯罪行為です。でも、チャンスは一度きりです。それに前走者の疾走をあなたは無駄にできるのか。あなたはバトンを受け取り、このリレーを継続させなくてはいけない。通報したいと思うならどうぞしてください。キャンディーで作られた甘い空間と、裏の世界遺産を同時に失うことになります。ダースベイダーに堕ちたアナキンの心は、きっとこんな感じで揺れたんだと思います。

 私もハムスターのために、山本さんをこうするしかなかった。

 掛け替えのない者のために、私が犯した罪を告白したいと思う。昨夜、私が脱獄囚マイケル・スコフィールドからキングオブポップ・マイケルへとバトンを渡し汽笛を鳴らした後のことでした。

 山本さんはあの集落から出たことを、今更、社会復帰は難しいと後悔していた。35年もあんな生活をしていたんですから、当然ですね。

 山本さんは集落を出てからというもの、私にご飯をくれていたような人には見えなくなってきました。今思えば、一番大きなサイの角を反り立たせていたのも僅か一日。彼の人生のピークは昨日だったのかも知れません。

 彼は人生の日にピークを迎えられ本望だと思います。山本さんはこの狭いイカダの中で、私に泣きつくばかりです。魚が跳ねたことや、水面に写る月に怯えもします。仕事で疲れもあったのか、最初は大人の対応をしていた私も、段々ムカついてきました。

 私はここで内なる悪魔と取引をしてしまったんです。私は山本さんにイカダを降りるように言いました。彼は怯えながら首を横に振っています。予想どおりでした。

「では、取引をしませんか?」

 取引。私はすでに悪魔に心を売り渡しました。山本さんはただ頷くだけです。後はもう悪魔の書いたシナリオを彼に話すだけ。これもハムスターのためですからね。

「では、選んで下さい。日本国民として不況の中、迷える子羊になるか、私のペットとして、お猿さんになるか」

 山本さんの弱々しかった表情は、みるみるうちに眉間に力が入っていきます。ちょっと怖いです。山本さんは興奮し、唾を口元から噴出しながら言いました。

「俺は羊じゃメ~、羊じゃメ~んだ」

 それは最後の最後で一日でもボスでいた山本さんのプライドだったのだと思います。若干、羊っぽいですが、家畜としての心得は出来上がっています。山本さんの人としての人生はここで終わりを迎えました。


 では、朝御飯を調達したいと思います。

 私は山本の首にロープを巻きつけました。この時、一本丸太が流されてしまいましたが大丈夫です。まだ、三本あります。次は川に山本を潜らせます。後は、山本が水中で魚を捕まえるのを待つだけです。一時間で合計三匹の鯉が取れました。

 調理しましょう。その前に良いニュースと悪いニュースがあります。良いほうは、私のペットはとても優秀です。旅立ちの際に必要な道具を全てイカダに積んでくれていました。悪いほうは、先ほど、流れてしまった丸太にそれらが置いてあったことです。

 残ったものもあります。ライターとストローが数本、それにアルミハク、アポロと書かれた小さなケース。私は小腹が空いたのでアポロを食べようとしたのですが、中身は白い粉末でした。調味料ですかね。チョコレートでなくてとても残念です。この四点は山本の宝箱らしきプラスティックケースに入れられていました。もちろん、長旅になる中でポータブルDVDプレイヤーまで流してしまうほど、私は愚かではありません。

 これらの道具を駆使して、鯉料理を作りたいと思います。

 まず、鯉を適度な大きさに広げたアルミハクで包みます。この際、忘れてはいけないのが、味付けです。鯉というのは臭みがあるので、味付けは濃くしておきます。この白い粉末は砂糖ですか、それとも塩ですか、または妖精の羽から落ちる鱗粉ですか。

 一舐めしたところ、どうやら鱗粉が一番近い答えのようです。味付けとしても美味で、魚料理に合いそうで良かったです。これから、この調味料はケースに書かれている通り、アポロと呼ぼうと思います。

 アポロのケースに触れると山本がチラチラと私を見てきます。そんなにお腹がすいたのかい。そうですね。彼は不眠不休で足をバタつかせているので、当然ですね。ちょっと待っててね。

 返事はありません。ペットとは言葉を超えた信頼関係こそ重要なのです。彼はアポロが好きなようですが、調味料だけでは体を壊します。心配しなくても大丈夫だよ。では、鯉にアポロを満遍なくふりかけ、アルミハクで包み、ライターで加熱していきたいと思います。鯉のアポロ風味。ライターで下からあぶると、山本は隙間から漏れる蒸気を手であおり、匂いを嗅いでいます。そんなに待ち遠しいんですね。

 しかし山本はその後、異常とも取れる行動を取りました。なんと、発狂しながら全ての鯉を投げ捨ててしまったんです。それだけではありません。私に対し威嚇すると、アポロを奪いストローで鼻から吸引してしまいました。彼の味覚は鼻にあるんでしょうか。理解に苦しみます。

 血迷った山本を更生させなくてはいけません。お猿さんはパートナーであり、ジムが言うにはバイオ生物研究所の社員です。それを山本には認識させないと、後々やっかいなことになります。ペットの仕付けは飼い主の責任です。散歩の度に道端にウンコをされるようでは困ります。

 彼には仕付けが必要ですね。それとも、人間のエゴを押し付けることに反対しますか。そうですね。私もなるべくなら自由を与えたい。しかし、今回は山本の方がやる気なんです。

 首や肩をボキボキと鳴らし、構えています。その姿は蛇拳、蟷螂拳に並び称される、猿拳。齢60歳の山本が、老いたオラウータンに見えきました。まるで人のような殺気を纏い、拳法家としての私にファイティングポーズを取らせるほど凶暴化しています。

 仕方がありません。今回だけ動物愛護の精神は箪笥の上から二番目にしまって置きます。自然界では弱肉強食こそ唯一のルールであり、今回の生活は野生を取り戻すには十分な環境なのかもしれません。

 山本は妙なテンションです。

「下克上じゃ~。ヒャッハ~!」

 その凶暴性を除けば、頭のいい子でした。十分猿としてやっていけると思っていたのですが、どうやら限界に達したようです。

 私の顔面に振りかざされる彼の枯れ木のように細い腕をへし折り、肩でアバラ骨を粉砕すると、最後に顎を蹴り上げた。山本はポップコーンのように弾け、川へと落ちた。毎朝のトレーニング通りです。継続は力なり。付け焼刃の猿拳では、私のジークンドーに遠く及ばない。川底に沈んでいく山本の姿を見下ろし、私は言った。

「おっさん、ディカプリオみたいだぜ」

 涙。こんな私の頬から流れる暖かい涙。もう涙は枯れてしまったと思っていたのに。

 さて、イカダの動力部であった山本を破壊してしまったので、何か漕ぐものが必要です。とりあえず、ゆっくりですが荒川を降ってはいるので、流れに身を任せたいと思います。お腹も減りました。しかし、やたらと元気になれるので、アポロを少しずつ舐めていれば大丈夫な気がします。ポータブルDVDプレイヤーの充電もフルに近いので心強い限りです。

 では、朝連を兼ね、ドラゴン危機一髪を放映したいと思います。


 少し眠ってしまったようです。太陽が真上で輝いています。日差しはとても暑いような気がしますが、今は十二月でとても寒いです。暖房器具が無いと、この先死ぬ可能性が高まります。仕方ありません。ホットなナンバーが出来上がるよう、作曲活動も視野に入れたいと思います。

「もうお昼ですね」と、話しかけても誰もいない。寂しいものです。

 アポロを舐めていれば空腹は凌げますが、なんだか喉が渇きました。荒川にいるのなら、川の水を飲めばいいと考える方がいらっしゃると思いますが、その考えはとても不愉快です。私の体は運動科学の結晶である清涼飲料水しか受け付けません。強さの秘訣です。

 それはともかく、何か歯ごたえのあるものも欲しくなってきました。先ほど、船酔いにより嘔吐したため、胃袋の中には何も入っていません。

 目眩がします。このまま、私は死んでしまうのでしょうか。いやだ、死にたくない。まだ、後藤さんの遺品であるDVDを全巻見ていない。これを見なければ悔いが残る。このままでは確実に荒川に取り付く地縛霊になってしまう。

 怖いです。なんだか怖くなってきました。死後の世界ってどんな感じなんですかね。山本、あの世から写メ送ってくれないかな。そういえば、ジムに携帯も捨てられたんでした。残念です。

 そんなことを考えながら丸太に寝そべり漂流する私の足に何かがぶつかった。

 ビンです。中には紙が一枚入っていました。なんだこれ。もしかして、これは運命。勝手な妄想ですが、彼女は運命を信じこれを拾った男性と恋に落ちる、予定なのでは。早く中身を知りたい。その一身で私は空腹を忘れました。手がおぼつきます。期待に胸膨らませ読んでみると、それは想像にもしなかったメッセージでした。

「タ・ス・ケ・テ」

 ひ、ひぃぃぃぃ。血文字です。可愛らしい絵文字はありません。私は一生懸命、山本の沈んだ上流部に頭を下げ誤りました。すると、許してくれたんでしょうか。私の方に、一匹の小魚が飛んできました。

 きっと地縛霊になった山本の恩返しです。あんな酷い扱いをしたにも関らず、私のお腹を満たそうとしてくれるなんて。二日前まで赤の他人だった私に。

「俺たち、もう仲間だろ」

 どこからか山本の声が聞こえた気がします。ホームレスの仲間だなんてとても不愉快です。勘違いしないでください。あなたはゴミで私はチュパカブラ研究家です。しかし、この小魚は、美味しく頂きます。

 がぶり。私は昔よくチョコボールを口の中に投げ入れていたことを思いだしました。それほど、上手く口の中に小魚をキャッチできたのです。

 痛い!イタタタタタタァァ。

 私の悲鳴です。小魚に付いていたフックが、私の頬に刺さり引っ張っているのです。

 川岸に目をやると、金色に髪を染めたチンピラ風の二人組みが、竿をしならせ「マジで!ホントに食ったよあいつ」と爆笑しながら私を釣り上げようとしているではないか。

「お兄さん達、私は魚さんじゃありませんよ。むしろこれは人権を侵害しているので今すぐ止めてください」

 いくら訴えても徐々に川岸に近づいていく私。若者との確執は感じていましたが、これほどシンクロしないとは驚きです。私の中でビーズの稲葉さんが「バット・コミニュケーション」と高音を震わせています。

 チンピラは竿を左右に振り、私の苦しむ姿を見ると、舌を出しながらリールを撒いて笑っています。そこまで弄ばなくてもいいじゃないですか。彼らは幼少期の頃の残酷さを失わなかった大人です。子供心を持った大人を魅力的に感じるケースがあるらしいですが、彼らには人の痛みを理解させることが必要です。

 分かりました。月に代わって、失礼。法治国家である一社会人としてお仕置きしてやります。しかし、残念です。私は彼らに聖なる裁きを下すことは出来ません。祖国を捨てた身なので。そうです、つまり日本というリングに立つことが出来ません。誰か、私の悔しい思いの分まで彼らをボッコボコにしてください。金一封差し上げます。って、思考を巡らせている間に、吊り上げられてしまいました。

 ただいま、日本列島。彼らは吊り上げた獲物にどんなリアクションを望んでいるんでしょう?。魚みたいにピチピチ跳ねる。違うようです。では、話してみましょう。

「コンニチワ。チジョウノ。ミナサン」

 正解だったんでしょうか。彼らは嘲笑うだけで、心境が読み取れません。彼らは頬に突き刺さるルアーを握り、ぐったりとする私の体を起こし記念撮影をしています。魚拓も取るつもりなのか、墨汁が置いてあります。

 人は自分の知識に無いものを恐れる傾向がありますが、私はこの状況を恐れることはありません。何故なら、レジャースポーツを楽しんでいる若者がいる。その若者が人の皮を被った悪魔だった。ただ、それだけのことです。

 さぁ、煮るなり焼くなり自宅の水槽で飼うなり好きにしてください。私は口をパクパクさせながら空を眺めています。瞼を閉じてしまったら、そのまま深い闇に飲まれてしまいそうです。

 太陽。彼はいつだって私を導いてくれる。一瞬、私は瞼を閉じました。

 死を覚悟した私は走馬灯でなく、なにやら不思議な体験をした。奈落の底へ引きずり込もうとする者がいる。一人や二人ではありません。無数の人の塊がクダクラゲのように連なっています。それが地獄であろう場所からの伸びている。みな、苦しそうに蠢きながら、私を見上げています。

 その先頭で私の足を掴むのは山本だった。そういえば今まで見たことのある方ばかりです。きっと地獄に落ちる人間というのは、生前不幸にした人の数で決まるのかも知れませんね。私に同じ地獄の苦しみを味あわせようと、個人的な恨みが怨念の鎖という形で連なり、私に撒きついたのです。

 私はなんの躊躇もなく山本さんの顔面を足蹴にした。彼は鼻血をだしながらも引きずり込もうとがんばっています。私は効率的にダメージを与えようと、足の裏から踵に変えてみました。すると、山本は簡単に気絶し地獄へと落ちていった。高齢の割にはがんばった方だと思います。

 やっとの思いで瞳を開くことができました。私の目に飛び込んできたのは、日の光。それにチンピラの二人組が何か私に叫んでいます。条件反射でしょうか。現実の地獄より死後の地獄を選び、瞼を閉じたんですが、ただ、真っ暗です。

「クソ、ふざけやがって。もっとがんばれよ」

 山本や地獄の亡者どもの根性のなさに怒りを感じ、汚く罵りました。

 ドン。私の顔面に鋭い痛みが走ります。

「兄貴、こいつもっと痛めつけられたいらしいっすよ」

「なるほど、筋金入りの兵隊って分けか。居場所は吐いてもらうぜ」

 何のことだ。とりあえず、彼らは勘違いしている。吐く者が分かれば、喉に指を突っ込み取り出したいのですが、彼らは主語を話さない。

「オイ、鞭と蝋燭買ってこい。今日中に吐かせてやる」

「へへ、兄貴の拷問はきついぜ」

 弟分らしきチンピラは買出しに行きました。

「どんだけ苦しむかは、お前しだいだ」

 ペロリと舌が私の頬をなぞると、悪寒と気持ちよさが混ざり合い微妙な感じでした。

 それから、一時間がたちました。弟分はまだ帰ってきません。確かに蝋燭はともかく鞭はそういうお店でしか手に入りません。

 しかし、この状況はラッキーです。兄貴分のチンピラは拷問の道具がくるまで、ルアーフィッシングに夢中のようです。私の体も大分回復してきました。今のうちに逃げましょう。

 すみません。捕まりました。謝るのも変ですね。兄貴分のチンピラは釣竿の扱いが上手く、再び釣られてしまいました。ボコボコにされ今度は相当重症です。彼が何を聞きたいのか言ってくれれば私も助かるんですが、もう限界のようです。

 天使が迎えにきました。太陽の周りをぐるぐると回りながら、降りてくる三人の天使。太陽が眩しすぎてちゃんと肉眼で捉えられません。

 まぁ、こんあ私なので、妥当に考えれば鳥かも知れませんね。しかし、規則正しく円を描いて降りてきます。

 三つの影のうち一つが脱線し、地面に急降下して行きました。いくら天使でもあれでは即死です。そして、地上に近づくにつれ、天使だと思っていたものの正体が分かりました。

 天使でも鳥でもなく、パラグライダーでした。

 グルグルと螺旋を描き降下するパラグライダーには、白人の男性と女性が乗っています。先ほど墜落した方は大丈夫だったんでしょうか。

 男性の方はそのまま兄貴分のチンピラに突っ込み、私の視界から消えてしまいました。女性が私に歩み寄ると、ゆっくり体を起こし手当てをしてくれました。

 兄貴分がいた方から草の中で激しくやり合う音がしていましたが、バスっという高密度のガスか何かの音がすると、一人の男性の激しい息づかいが聞こえるほど、あたりは静かになりました。このことには触れてはいけない。直感がそう言っています。


 二人は私を助けてくれた命の恩人です。男性はかなり筋肉質のいかにもタフガイって感じです。彼はガッバーナと名乗り、女性はドルチェと名乗りました。なんだか彼女をみているとムラムラします。

 彼らは日本が大好きだ言い、日本語も堪能でした。「寿司、芸者、ハラキリ」っとオーバーアクションで笑いを誘ってきます。

 笑うところでしたか。次からオーバーアクションを目安に笑おうと思います。

 遅れて登場した方も白人で、かなりの肥満体の男性でした。俺のことはビックマックと呼んでくれと言っていた。先ほどの墜落事故は大丈夫だったんでしょうか。見た感じ、問題はなさそうです。

 彼らはバイオ生物研究所の要人警護を請け負っている有限会社、三・忍・衆という業者だそうです。社名に日本語を取り入れるとは君達本当に日本が大好きなんですね。

 ガッバーナに日本のどこが好きかと聞くと迷わず「メス」と答えたので、なんだか気まずい空気が流れました。彼の噛むガムの音がクチャクチャと耳障りです。

 空気を変えるため質問を変えてみましょう。なぜ私を助けてくれたのか。答えは簡単です。仕事だからでした。今回は私とグレイブというチュパカブラ捜索部の方を警護をされるそうです。

 ドルチェは辺りを見渡し、私はドルチェのざっくり空いた胸の谷間を凝視しています。

「グレイブはどこにいるのかしら?」グレイブって誰だ「バイオ生物研究所のグレイブ・ジェファーソン。今回同行しているはずでしょ」

 彼女のぷっくらとセクシーな唇が動きました。ムラムラします。

 彼。お猿さんのこと。彼なら私のお腹の中。でも、彼ってなんだかおかしい気がします。とりえず、嘘をつくことにしました。

「先に行ってしまいました。なんだか、せっかちみたいで」

「そうなの。研究員て気難しいところがあるのよね」

 絶対に違う。お猿さんの話じゃない。

「そうですよね。まいりますよホント。でも、ジムの紹介では仕方が無いので」

 ドルチェの顔がはてなマークになりました。

「ジムって誰。バイオ生物研究所の職員にそんな人いないよ」口を挟んだのはビックマックです。「それより、ここら辺にマックないかな?」

 外国人て空気を読まない強さを持ってますよね。

 ジム・キャシー。あなたは一体何者なんですか。

 あの、青い金玉を持つお猿さんは。

 グレイブは今どこに。

 イカダでメキシコに行くというムチャブリもどうやらジムの仕業のようです。これは一体。

 私は気付きました。今回の旅はどうやら様子がおかしい。

 しかし、その前に私のついた嘘について真実化させる処理を行いたいと思います。お猿さんを食べてしまったばかりに、グレイブが先にメキシコに向かったと嘘をついていましました。私は三忍衆の方々にお礼を言うと、イカダに乗り込みました。

「なんだそれ。ジャパニーズ・カミカゼ?」

 ガッバーナはめんどくさそうに呟きました。

 グレイブを急いで追いかけなければならない。そうです。私が取った事故処理とは、嘘を貫き通すということです。自信を持って嘘をつき通せば、それが他者にとっての真実になりうる。

 私はイカダの上で必死の形相でバシャバシャと手で水をかいています。三忍衆の方々には悪いと思いますが、嘘を突き通すということは、幻影であるグレイブを必死で追うということなんです。早くグレイブと合流したい。バイオ生物研究所は私達を要人と呼び、安全を確保してくれているのです。それは逆に言えば、この旅は困難に見舞われるということです。早くグレイブにふかふかのベットと清潔なシーツで安心感を与えてあげたい。彼はきっと太平洋の凍るような海水で、見も心も疲れ果てているに違いない。先に行ってしまった身勝手なグレイブだが、私のパートナーであることは変らない。パートナーは見捨てない。私の信念です。作り話ですが。

 ガッバーナは心打たれたのか、パラグライダーに向かった。警護は空から見守るつもりですね。彼はまるでステロイドを過剰摂取した天使のようです。私のパートナーに対するブラザーシップが彼のハートに響いたんでしょう。ただの女好きではなかったようです。

 ガッバーナ達はパラグライダーを再び高所に運び、飛び立たなくてはいけない。彼らとはしばしの別れです。君達が追いつく間に、私はきっとグレイブと合流しています。その時、再び天使のように私達の上空を旋回してください。では。

 とりあえずやり過ごすことには成功したようです。しかし、妙ですね。ドルチェとビックマックはしばしの別れすら惜しむように私を見送ってます。二人の表情は涙という押し寄せる波を隠し微笑んでいる、ようにも見えます。すると、ガッバーナはパラグライダーからゆっくりと大きな筒ですかね、それを片手で担ぐとドルチェ達とハイタッチをしました。

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 多分、私の目はこんな感じになっています。ガッバーナは大きな筒を構えこちらに標準を合せています。

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 こんな表情で一瞬硬直してしまいました。筒はロケットランチャーでした。私はすぐさま川へと飛び込んだ。見事な水柱が立つとイカダは粉砕され、私は川岸まで吹っ飛び、ガッバーナの足元に落ちた。彼は私の顔面を踏みつけ、ガムをクチャクチャさせながら言った。

「ボケたらツッコム。基本だろ」

 すみません。先ほど天使とした代名詞は訂正します。彼は悪魔です。


 ガタンガタンと一定のリズムで揺られると気持ちいいですよね。特に仕事帰りの電車は、これから訪れるプライベートを充実させるための仮眠室のようなものです。

 何故、揺れるということはあんなに心が落ち着くんでしょうか。私は思うんです。きっと誰もが体験し忘れ去っているもの。そう、母親の子宮にいた時に感じる揺れに近いからではないでしょうか。

 私にとって今年の12月8日はとても長い一日です。午前中だけで二名の死者をだし、私まで要人警護で来たはずの白人に殺されかけました。恐ろしい話です。しかし、彼ら三人と行動をともにしてからが、私にとって真の恐怖であることをこの時は知らなかったのです。

 そう、これからお話する内容は、心地よい眠りから覚めた私が見た悪夢です。

 まず、私がまだ眠気と戦い目を開けられない状態から始まります。

 何か口にすっぽりとはまる物をしゃぶっていました。そして、手に握るものは長くて太いもの。一定のリズムは私を上下に揺さぶるばかりでなく、時に激しく攻め立ててきます。卑猥な想像はやめてください。不愉快です。

「なんじゃこりゃ~!」

 思わず太い声が出てしまいました。目を覚ますと怪しく光るネオンの中、ベビーカーで揺られている私の滑稽な姿があった。口にはおしゃぶりを、そして手にはガムテープで握らされたガラガラとなる棒状の玩具がくっついてます。

 ネオン街ですれ違う人の視線が痛い。こんな屈辱生まれて初めてです。なんでしょう。でも、そこまで気分は悪くありません。いや、むしろ、良い。でも、何故、秋葉原にいるんですか。

「あら、おっきしちゃったんでちゅか?」

 その声はドルチェでした。ベビーカーを覗く彼女はとても美しく母性本能漂う表情で、ムラムラします。

 彼女を見る私は下心でいっぱいです。わかりました。公開赤ちゃんプレイ、九問珍一の全力を持って演じさせて頂きます。

 ドルチェの赤ちゃん言葉に私は「ちゃーん」と元気いっぱいに答えてみました。するとベビーカーの横で歩いていたガッバーナが、父親面で私の頭を撫でてきました。この野郎、ポータブルDVDプレーヤーまで吹っ飛ばしやがって。

 私は笑いながらガラガラでガッバーナの頭を引っぱたきました。これぞ赤ちゃんの特権です。しかし、彼は「ガキが何しても許されると思うなよ」と険のある表情で、腹部に強烈なボディーブローをプレゼントしてくれた。

 ビックマックの設定は、陽気な親戚のおじさんといった感じでしょうか。歩きながらビックマックを食べ「マックシェイク飲む?って赤ちゃんはママのミルクか」と笑っています。

 私は思わず目を見開きました。ママのミルク。ビックマック。あなたの何気ない一言は今世紀最高のふりと言っても過言ではないでしょう。ありがとう。私はここぞとばかりに「ミルク」と泣きじゃくりました。しかし、外人は常に逆転の発想を持っているようです。乳首を露にし差し出してきたのはガッバーナでした。またしても悪魔の子ガッバーナです。

 私の中で連呼する彼の名はだんだん大きくなり、次第に発狂するまでガッバーナと叫びました。心の中でね。

「やってられないよ」

 私はおしゃぶりを地面に叩きつけるとベビーカーを降りました。この行為は私が座右の銘とする「人生は舞台で人はみな役者」という信念を捨てるも同然です。別に構いません。必要でない時は抱き続けていた大切な心の宝石だとしても、鼻紙のように捨てましょう。

 足早にその場を去ろうとする私を、ドルチェは引き止めた。

「要人警護の新しいサービスだったんだけど、怒らしてしまったみたいね」

「警護ってなんだか堅苦しいだろ。それで親近感が沸くようにと思ってこのサービスを始めたんだ。ごめんな。マックおごるからさ」。

 しかし、彼らは私が怒っている理由をなにひとつ理解していません。このサービスは正直最初は戸惑ったけど、有りだと思います。でも、なんでミルクでガッバーナが出てくんだよ。一言の謝罪もなく、ガムをクチャクチャさせてる奴さえ邪魔しなければ、クソ。って、怒っててもしょうがないですね。チュパカブラのためにみんなで力を合せましょう。で、何故、メキシコに行くのに秋葉原にいるんですか。

 その答えは彼らのよそよそしさから悟りました。はいはい。観光ね。次は浅草か日光でもいくつもりだったんですか。私が冗談ぽくいうと彼らはビクっと肩を震わせました。図星だったのかよ。仕事やる気あるのか、ないのか、それは彼らにしか分からない。今はただ、再びベビーカーに乗り、身を任せるので、あった。


 2008年12月9日


 ミスターマクドナルドに捧ぐ


 短い間だったが、君は私にとってかけがえの無い存在になった。

 何故だろうな。

 いなくなってから無償にハンバーガーが食べたくなったよ。

 そうだね。君はまるでファーストフードのように安っぽい男だったし、その体はジャンクフードの結晶だった。

 そんな君にドルチェは月明かりに導かれたかぐや姫のように、君のために涙を流していたよ。

 そんな彼女を見ているとムラムラするよ。罪な男だな。

 あんないい女を泣かすなんて、決してプレイボーイと呼ばれていない君は、そう、いつだって読者側だった。

 今月号はブリトニー・スピアーズが表紙を飾るってのに君は最高に不運な男だな。

 マックシェイクとフライドポテトを買い込んでさ。一晩中、豊胸手術について語り合いたかったよ。

 ビックマック、何で逝っちまったんだ。

 あいつらが着た時のあの一瞬が悔やまれるよ。

 私はそのフィルムの一齣一齣をゆっくりと眺める傍観者に過ぎなかった。

 あの時こうしていれば。後悔の鎖で心臓が縛られているよ。

 記憶を消す魔法の消しゴムが欲しいと考えなかったことも無い。

 いっそ君の存在とマクドナルドが消えてしまえばいいってさ。

 でもな。

 そいつは大きな間違えだ。悲しみに打ち浸る私をガッバーナは殴ったよ。

 で、私は殴り返したよ。で、彼はまた私を殴ったよ。

 その繰り返しだったけど、最終的にはお互い刃物を握ってた。

 でも、彼は言ったんだ。

 マクドナルドが無くなったら、朝マックも無くなるってことだろ?

 そんなことはとても耐えられない。だって日曜日の朝は朝マックだろ。

 悔しいけどガッバーナの意見は正論だ。

 ビックマック。

 君を置いていった二人を恨まないでくれ。

 私より付き合いが長い彼らが一番苦しんでいるんだ。

 ビックマック。

 まさかな。まさか君が、君たちが、パスポートを持っていなかったなんて。


 おはようございます。

 昨夜悲しい出来事がありました。秋葉原を観光中のことです。通称ビックマックこと、チェリー・カーネルサンダースが不法入国により、強制送還されることになりました。私はその瞬間を肌で感じていましたが、ノリはお茶の間で警察24時でも見ているようでした。

 まず、初めに二人の制服警官はガッバーナを取り調べようとしましたが、彼は警官の足をナイフで刺すと、すばやくもう一人に銃口を向けました。

 すると、ドルチェがその警官からいやらしい手つきで銃を奪い足を撃ちました。銃声がなると辺りは蜘蛛の子が散るように人々が逃げ惑いました。

 私はベビーカーにいます。

 駆けつけてきた警官と、ドルチェとガッバーナは銃撃戦になりました。ビックマックことチェリー・カーネルサンダースも持っていたマックシェイクで応戦しています。

しかし、日本の警察は海外と違いすぐには発砲しません。

 ドルチェとガッバーナはただただ撃ちまくり、それを楽しんでいるようでもあった。ビックマックは疲れてマックシェイクで栄養補給をしている。私はベビーカーにいる。

 ガッバーナはベビーカーを押しながらドルチェと走りだした。ビックマックも逃げようとしたが、5メートルほど走ると失速し息が上がったようです。私とドルチェとガッバーナはそのまま逃走し、手頃なチャイルドシート付きの車を探しだしす、それに乗って日光に向かった。


 では、カプチーノでも頂くいましょう。少し遅めのモーニングサービスです。私達三人は昨夜、日光の旅館に泊まりました。

 私の前でドルチェの薄いピンク色をした唇の両端が滑らかに動き、ティーカップから流れるカプチーノをその妖艶な胃袋へと、私は胃袋になりたい。そう、ドルチェと一つに慣れるなら、ストマックでも良いのです。それが駄目なら彼女の胃酸浴びて溶けたい。

 ドルチェには聞いておかなければいけないことがあります。それは、ガッバーナとの関係です。彼とはどういう関係なんですか。その一言が喉の奥でタンのように絡まっています。

 ぺっ。失礼。あなたに謝罪したのではありません。ドルチェの顔に私のタンがべったりと付着してしまったのです。私は慌てて謝罪しましたが、彼女は気にしないでと言ってくれました。なんて心の豊かな女性なんでしょう。ますます、彼女が私の心の柔らかい部分に入り込んできます。

「午前中はゆっくりしましょう。これからは長く厳しい日々が続くわ」

 気にしなくていいと言われましたが、なんでしょう、気になってしょうがありません。何故なら、彼女はいまだに白く粘っこいものを顔面に付着させながら、それを拭う仕草を取らないからです。ドルチェ。知的に見えて少し抜けている、その隙は非常に魅力的ですが、逆に少しは気にしてください。と、一々この旅にツッコミを入れていたらきりが無いので、進行上必要なことだけ話すことを心がけます。

「飛行機でメキシコに行くと言っていましたけど、パスポートは持っていなんですよね?」

「えぇ、説明不足だったようね。まず、飛行機で捕鯨を行っている村に行くわ。そこで、漁師を一発づつひっ叩いて回るの」なんですかそれ。アメリカ人だとばかり思っていましたが、オーストラリア系だったんですか。「そこで、現地の住民と対立しているオーストラリア人の協力者が、漁船を沈めるために用意していたゾディアック社の軍事用小型船を私達に提供してくれる。その漁村はここから飛行機で3時間くらいかしら」

 その協力者って言うのは仲間ですか。その質問に彼女は「一晩寝ただけよ」と答えた。その場しのぎな感じですね。この阿婆擦れが。まったく、でも好きです。

 ドルチェとガッバーナは昨夜の件で、全国指名手配中の凶悪犯として警察の一斉捜査が始まっているのに、まだ観光気分が抜けていない。これは三忍衆に要人警護を依頼したバイオ生物研究所に問題があります。

 ガッバーナに関しては早朝から日光江戸村へと出発して帰ってこないし、ドルチェはいまだに澄ました表情にタンがベッタリと付着しています。

 ドルチェとガッバーナよ。ボケの私がツッコミに回るようでは人間的に終わってますよ。でも、この展開にはドルチェと出会えたので神様に感謝しています。

 ドルチェとガッバーナの関係でしたね。私が意を決して訪ねるとドルチェは短くため息をつき「夫よ」と答えました。マジですか。ガッバーナは日本の好物はメスと答え、朝っぱらから絶対ナンパしまくってると思うし、ドルチェもオーストラリア人と一夜を共にしてるのに。

「私達は自由の国で生まれたのよ。小さいことは気にしないわ」

 ワカチコてきなノリはやっぱりアメリカ人だったんですね。なるほど、私はなんて小さな人間なんでしょうか。愛し合っていれば、互いの欠点には目を潰れるんですね。

 しかし、厄介なことになりました。既に私もドルチェを愛してしまっているのです。

 なんだかんだで午後になっていました。ドルチェの顔面に付着していたタンはもうカピカピです。

「グレイブ・ジェファーソンを早く追わないといけないわね。仕度して、ガッバーナが帰りしだい、ここを出るわ」

 ドルチェは組んでいた細く長い足を立たせると、ヒールはコツコツと旅館の床を鳴らした。君はなんて素敵なんだ。そのスベスベな足のこともさながら、日本だからといって室内で靴を脱がない心の強さ。彼女は部屋に戻ると出発の仕度をしています。

 ドアの隙間が空いていたので、私はこっそり覗くことにしました。勘違いしないでください。私はただ、ドルチェの裸が見たいんです。

 ドルチェが着替え終える頃には、私のスウェットは鼻血で真っ赤に染まっていました。彼女はドアに背を向け、しゃがみこむと何かボストンバックから取り出した。なんでしょう。私はドアをノックし、部屋の中に入った。

 バックの中身はパラグライダーでした。そうですよね。ドルチェが漁村はここから飛行機で、といった時点で、私の中でパラグライダーと答えを導き出していたはずなのに、残り1パーセントという希望に全てをかけてしまったのです。ドルチェは私に折りたたみ式のパラグライダーを渡しました。

「ビックマックの形見よ、大事に使ってあげてね」

 いや、彼は死んでませんから。我々の税金で航空券を買い、強制送還されたのです。しかも、これってあの時、墜落したやつですよね。骨組みであるパイプがひん曲がってます。生存確率は完成品よりかなり落ちますが、ぎりぎり飛べそうです。10メートルくらいは。私の表情に不安の影が過ぎったことをドルチェは見逃しませんでした。

「飛べない豚は、ただの豚よ」

 私はただただ震えています。震えが止まりません。

「そのスウェット、素敵なワインレットね。赤というのは闘争本能を引き出してくれるわ」

「ありがとう。ちなみに、闘牛士の使うムレータという赤い布は、闘牛を興奮させるためではありません。何故なら、牛は色盲で色を識別できないからです。ムレータが赤いのはマタドールとオーディエンスを興奮させるために、あるんです」

 私は聞かれもしないうんちく語り、パラグライダーを持ち部屋を出ました。

 こんなもので空を飛ぶなんて、まだ震えています。しかし、これは恐らく武者震いってやつです。ドルチェの豚という言葉に私のM心が反応しているのです。

 ガッバーナが江戸村から帰ってきました。左右に二人づつ女性の肩に腕を回し、狭い廊下で横に並び、歩きにくそうです。

「珍一、もう行くのか。あと、2時間後に出発だ」と、五人で部屋に消えていった。

 程なくして、その部屋から爆発が起きた。見るとドルチェがロケットランチャーを打ち終え、崩壊した風景を眺めていた。私は爆発に巻き込まれ、頭を強打した。

「大丈夫か!?こんなに血が出てる。早く救急車を!」

 旅館の客の一人が私を抱え、赤く染まっていたスウェットを見てそう叫んだ。なんて善良な方なんでしょう。しかしこれは先ほど流した鼻血であって、私はほぼ無傷です。しかし、そんな彼の顔面にガッバーナは蹴りを喰らわせ気絶させた。何故かガッバーナも無傷のようです。

 そして、ボロボロになった衣服を脱ぎ取り、真っ裸になると、その気絶した善良な市民の服を試着した。

「ちょっと小さいな」と愚痴をこぼし「クソ、せっかく狩ってきたのに。日本人のメスは大好物だけど、ボイルされちまったらしょうがない。おれは生が好きなんだ」

 同意権です。私も加熱処理が加えられバラバラになった彼女達をとてもギャルとは呼べません。

 どこからかテロだという声が聞こえると、野次馬の視線が一気にガッバーナに向かいました。

「誤解だ。見れば分かるだろ。俺はアルカイダじゃない。これはただの夫婦喧嘩だ」

 しかし、その表情は指名手配犯の顔写真そのものです。私達は三人は旅館を飛び出し、パラグライダーを広げ飛び去った。


 次回、鯨は知的生命体と言い張り残酷な捕鯨に反対するオーストラリア連邦国民と、食文化を脅かされ、なら逆に知能指数が低い生命体の命は軽いのか、と反撃する日本人 ~そして、鯨が可哀相といいながらそのベーコンをまずいと吐き出す珍一~ 編


 ドルチェと一夜限りの甘い夜を過ごしたオーストラリア人との約束を信じ、私達は日光を飛びたった。

 手ぶらでは申し訳ないと思い、途中で高速のパーキングエリアに着陸し、1メートル以上あるふ菓子を購入した。が、それを三時のおやつに食べてしまうというアクシデントがあった。

 違うんです。聞いてください。ガッバーナが疲れたからちょっと休もうぜ、と甘ったれたことをぬかしたので、最初は無視していました。しかし、彼は服のサイズが合わない、靴擦れならぬ服擦れが起きている、とずっと駄々をこねている始末です。それを見かねたマイ・スウィート・ビーナス・ドルチェのやさしさにより休憩を挟むことにしました。悪魔の子ガッバーナの全身ずる剥ける姿を見たかったのですが、無理はドルチェのお肌にもよくないと思い了諾しました。

 ガッバーナは疲れたとか言いながら、私にスターウィーズの話を振ってきます。その度に舌打ちで返していたが、彼は懲りなかった。

「パワ~~!!」と言いながらダーク・シディアスの真似をし、私のフォースを吸収しようとしたのです。彼はやはりダークサイドの人間です。そして、そこが私の沸点でした。悪をみすみすのがしたらジェダイの騎士の名に恥じます。私のパドメ(ドルチェ)も見ていることですし、彼を、いや、シディアス卿をこのライトセイバー(ふ菓子)で倒さなくてはなりません。

 ブン、ブンと、口ずさむ私に、ガッバーナはフォースの暗黒面という強力な力で私の動きを封じました。

「シス、パドメには手を出すな」

 パドメ、ていうかドルチェなんですけど、彼女はノリ気ではないようでそっぽ向いてます。そんなパドメにガッバーナはジッパーを降ろし、ライト性バーを握り締めました。その瞬間、私を縛っていたフォースの力が弱まりライトセイバー(ふ菓子)を彼に振り下ろした。

 ジリジリと、交差する刃。

 しかし、暗黒面を学んだガッバーナのエネルギーは凄まじく、私のライトセイバー(ふ菓子)は真っ二つに折れてしまった。

 私の制御を失ったライトセイバーは動力源である宝石アデガン・クリスタルの暴走によりエネルギーが爆発してしまった。そこから、私には記憶がありません。気付いたら「こぉ~」と海中で酸素ボンベを着けているような音で二酸化炭素を吐き、ガッバーナの言いなりになっていました。ダースベイダーの誕生です。

「いい加減にしなさい。そろそろ出発するわよ」

 私とガッバーナは同時に「イエス・マイ・マスター」と彼女に叫ぶと、ふ菓子を半分づつ食べました。

 これって友情でしょうか。いえ、違います。彼はムカつく白人から好敵手と書いてライバルと読む関係になった、それだけのことです。

 私の友人はハムスターのハム太くんだけですから。彼は何処で何をしているんでしょう。気になります。もし、これを見たら手紙を下さい。私は何だかんだで元気にやっています。


 日も暮れ、黄昏時にカラスが飛ぶように、私達はある漁村の周りを旋回している。

 着陸は港に近い山道にしました。何故、港に直接行かないかというと、コアラーズとシマンチュもどきの対立により、白人と日本人が一緒にいることは不自然だというガッバーナの提案でした。

確かに捕鯨問題で一部のオーストラリア人は日本人を敵視しているので、ドルチェと一発やったぐらいで軍用小型船を貸してくれる相手は、気分を変えてしまうかも知れません。私の存在がお荷物であり、日本人からしたら白人であるドルチェとガッバーナは小石を投げる絶好の的なんです。

 私達は残念ながら別行動をとらざるを得ません。しかし、彼女とガッバーナを二人きりにしたくない。そこで、私はおしゃぶりを咥え、ガラガラを持つという案を出しました。

 ガッバーナに抱っこされ山道まで降りる間に何度も彼ともめました。彼は私の足首を片手で持ち、逆さまにすると言いました。

「ガキのくせに重たいなお前。頭から落として、割れた卵みたいにしてやりて~よ」

「ばぶ~。その前に貴様の首を掻っ切ってやるでちゅ」

 私は蝙蝠のような状態でシザーハンズのように指を動かしました。結局、余りにも馬が合わないということで、この作戦は却下され別行動になりました。

 彼らが船を調達している間に、私は漁村に行き食料を盗みます。

 私が漁村に到着する頃には真っ暗になっていました。途中、漁村がどこにあるのか知らないことに気付き、さ迷ってしまったことが原因です。私は畑に着くと散々迷子になったので、もう迷うことなく作物を引き抜きにかかりました。

「ぎょぎょぎょ~」

 しまった。後方から甲高い人の声が。

「何してるぎょ~」

 私は両手を上げ、銃は持ってないことを示すと「ここに、緑色のモヒカンをした方が埋まっているので、助けようと思って」

「それは大根だぎょ~。君は良い人そうだけどちょっと頭悪いぎょ~」

 バレていないようです。アホっぽい方で助かりました。ていうか、なんですかあなたは。何故語尾に「ぎょ」が付くんですか。この地方の方言でしょうか。それ以外では、あの方しかいません。

 私はゆっくり振り向くと、そこにはTVで何度かお目にかかったあの方が鼻くそをほじっていました。そうです。彼です。魚くんです。

 彼はフルフェイスヘルメットに書いた鮫の口の間から私を見ています。魚くんて、こんなんだっけ。私は鮫の口を除きこもうとしましたが、拒否されたあげく鼻くそを付けられました。

 彼が本物かどうかはどうでもいいとして、一応、魚さんと呼びたいと思います。

 魚さんに尋ねました。

「何か袋のような物ないかな。結構大きければゴミ袋でも構わないんだけど」

「ぎょぎょぎょ~」と踵を返し走り始めました。

 恐らく、一緒に来いと言っています。何だか彼とは波長が合うようで分かるんです。山中の獣道を20分ぐらい全力疾走すると、人里離れた山奥にぽつんと小屋が立っていました。

「君にこれをあげるぎょ~」

 それは今では使われていない、真っ黒いゴミ袋でした。大きさは45リットル用なので食料を入れるには十分です。ありがとう。魚さん。では、さようなら。

 私が帰ろうとすると、魚さんは夕食を食べていけと言ってくれました。私はとりあえず断る言い訳を考えましたが、今日はカプチーノとふ菓子しか食べていないので、ご馳走になることにしました。

 結論からいうと、彼の魚料理は最高でした。きっとミシュランの方が訪れれば、星3つは確実です。しかし、ご飯=魚 おかず=魚 味噌汁=魚 デザート=魚、をどう評価するかによると思います。

 彼の部屋は海洋生物の本で埋まっています。ベットもその本を長方形に積んだものです。そして、テーブルと呼ばれている正方形に積まれた本の上には、何故かトランプが置いてありました。この時、私はピンときました。彼との波長に関してです。彼もきっと個性という蚊帳の中で孤独なんでしょう。

 私はトランプを切りながら、今回の旅について語り始めました。魚さんは興味津々で荒川のことを聞き、ドルチェのことを話すと「ぎょ~~~!!!」と尋ねてきたので、私は「そんな一辺に質問しないでくれ」と笑いながら答えました。

 そういえば、今何時でしょう?。こには時計がありません。ババ抜きが一回五分前後としたら、もう三時間は経ってます。そろそろ、眠くなってきました。

「もう寝るぎょ?」

 私は「もう眠たいぎょ」と返すと、魚さんは押入れから、大きなマグロを取り出しました。中身がくりぬいてあるので、これは寝袋のようです。ありがとう。魚さん、君に出会えてよかった。


 2008年12月10日


 翌朝、私は山を降りた。山なのに随分とマグロ臭い。魚さんは私を泣きながら見送った。それにたいして私は振り返りもしなかったが、彼とはまた会うであろう気がしていた。

 港でドルチェを発見しました。ドルチェは朝帰りの私を怒っているのでしょうか。話しかけても目を合せようとしてくれません。私は彼女が手に入れた船に乗ろうとしました。しかし、その船はゾディアック社の軍用小型船とはかけ離れたボロ船です。本当に動くんでしょうか。ドルチェに聞いてみましたが答えてくれません。

 私は徐に表示してある船の名を見ました。ソルマック号。

 て、それ胃薬じゃね~か。ゾディアックでもアフラックでもありません。食べすぎ飲みすぎ胃のもたれに効く、飲む胃腸薬です。しかし、安心しました。ドルチェは私のことを怒っていたのではありません。騙されたことが恥ずかしくて私を見れないんです。

 私は彼女を許します。むしろこの船にあるはずだった軍備はガッバーナの戦闘力に全てをかければいいことです。彼女は悪くない。そうです。漁師が仕事を終え船を下りた瞬間、予告どおり彼女は彼らの頬を引っ叩き、スラング雑じりの汚い英語で罵りまっくていますが、彼女は何ひとつ悪くはないのです。それに彼女のビンタに順番待ちの列が出来始めている。

「お願いします」ビンタされた男達はアントニオ猪木の信者のように「ありがとうございます」と礼を言い、高校生くらいの青年に親は「これでお前も立派な大人だ」と性教育にも似た教えをしていた。

 私はその長い行列を眺め、最後尾にガッバーナが[一回千円。只今、20分待ち]の看板を持っているのが見えた。彼はちゃっかり商売を始めています。

 千円ですか。私はジムのおかげで無銭です。なんとかあの列に並びたいのですが、彼の客を呼び込む姿はもはやプロフェッショナルです。アルバイトでもしていたんでしょうか。呼び込みのプロとしてのガッバーナは、私のことを$な目で見ています。もはや、無銭の私に付入る隙はないでしょう。なので、妄想したいと思います。目を閉じ、ドルチェのビンタの音に合せ、自分で頬を引っ叩きたいと思います。

「お願いします」足音が止まった。ドルチェは男を五秒ほど見下す。ビシ!「ありがとうございます」

 このタイミングですね。私は盲目の剣士。鞘に手をかけ、微かな空気の流れ、呼吸、相手が間合いに入った瞬間に、斬る。では。

「お願いします」足音が止まった。ドルチェは男を五秒ほど見下す。ビ!ぱぁぁん!!!ぐはぁ「ありがとうございます」

 クソ!コンマ三秒遅かった。先ほどもお伝えしましたが、私は自分も含め、男に殴られる趣味はありません。タイミングを合わせ、妄想という自分の世界と現実を完璧に合致させる。そう、次こそ妄想という不思議ちゃんと、現実という法律家を仲良くシェイクハンドさせなくてはいけない。

 私にそれが出来るのか。いや、やってみせる。チャンスはあと数回です。失敗すれば私の命は終わるかも知れません。それほどビンタを強力に設定し、成功した時の見返りを大きくしているのです。ハイリスク・ハイリターン。ノードルチェ・ノーライフです。

 鞭は音速を超えると、空間を弾く衝撃音を鳴らします。これは体にずしりと残るヘビー級ボクサーのパンチとはまったく異質な破壊をもたらします。鞭の痛みとは、身体の芯に響くような重さはありません。しかし、表面を弾く痛みは、一瞬で人間の限界値を振り切り、奴隷制度のある時代には、稀ですが痛みによるショック死で亡くなられたケースもある代物です。

 私は、私の拳法家として手首のスナップを利かせ弾く打鞭に、心が折れてしまいそうです。運が悪ければ次は心停止もありえます。しかし、これを完璧にドルチェのビンタに被せることによって、私には最上級の至福が約束されるのです。

 では、がんばりましょう。

「お願いしますぎょ」

 魚さん。耳を澄ましていると、さらに「緊張するぎょ」と聞こえた。早すぎる再会です。陸の生物には興味ないと言っていたのに、彼も男の子でした。

 そして私の中で魚さんに対する憶測が生まれました。魚さんがビンタされるってことは、あのフルフェイスへルメット脱ぐってこと。寝る時ですら外さなかったのに、ビンタされるために取ったのか。

 魚さんの素顔が見たい。見たい。見たい、見たい、見たい見たい見た見た見た見たむたむたむだむだ無だ無だ無駄無駄無駄無駄無駄無駄~~~~~!、失礼しました。人知れず、私の醜い煩悩である、魚さんの素顔が見たいという欲求にDIOが勝利しました。

 さぁ、早く打鞭の体制に入らなければ、ビシ!しまった!他の妄想に捕らわれすぎました。間に合ってくれ、ぱぁぁん!ぐはぁ。

 やはり遅かったようです。もう手遅れだと言った方が現状が伝わるでしょうか。砂浜がやけに暖かい。地球ってこんなに暖かかったんだ。カニが私の鼻を鋏で摘んでいます。でも、もう痛くない。そうですね。打鞭を打つタイミングが遅すぎたことは明らかでした。でも私は後悔だけはしたくなかった。愚かな人間だと思うなら、どうぞ、棺で眠る私の顔に唾をお吐きください。


 すみません。まだ死んでいないので唾を吐かないで下さい。

 砂浜に横たわる私が目を覚ますと、もう一人、横たわって入る青年がいました。その青年の横には、鮫が描かれたフルフェイスヘルメット落ちています。青年は口から血の泡を吹き、首が270度、つまり4分の3回転、つまるところ正面から真横を向いた形で、中途半端に一周しそこなっていました。見開かれた瞳孔が怖く、夢に出てきそうです。この人が魚さんだったんでしょう。タラコ唇がなんかの魚に似ています。

 海から誰か上がってきました。その人は泳ぐでもなく、波の影響も受けず、ただゆっくりとこちらに向かってきています。しかも海水パンツではありません。タキシードに蝶ネクタイ姿の紳士です。ちょっとふけて見えますが40歳ぐらいでしょう。まぁ日本人は童顔なので、それに見慣れていることを考慮すると、意外と彼も若いのかも知れませんね。

 上流階級のパーティーでも海底で行われていたんでしょうか。ドバイには海底ホテルというものが建造されているとかいないとか。ここ日本では聞いたことの無い話です。

 彼はそうですね。感じ的にリチャードでいってみましょう。

 リチャードはビンタをするドルチェの前を通りました。正確にいうと引っ叩かれている男の体を通り抜けました。しかし、誰も彼の存在を気にしません。

 私はまだ打鞭のダメージが残っていて足が生まれたての小鹿みたいになっています。倒れながらリチャードを見ています。彼は他の誰を見るわけでもなく真っ直ぐ魚さんに向っている。私は一つ気が付いたことがあります。この人を瞬きしないんですね。リチャードは魚さんの前で止まりました。

 その時です。魚さんの口元が微かに動きました。息を吹き返したんでしょうか。でも首の骨はどう見ても折れている訳で、そこまでして生にしがみつくのは見苦しいです。お逝きなさい。

 魚さんはまだ何か訴えかけてきます。怖い上に気持ちが悪いです。夜中トイレに行けなくなることを想定すると、三日は寝る前に用を足しておく必要がありますね。

 すると、リチャードが魚さんの足首を掴み引きました。

(ぎょ~~~~!!!珍一助けてくれぎょ~~~~!)

 魚さんは引きづられながら、元気に叫んでいます。しかし、不可思議なことが起きています。叫んでいる魚さんは半透明のゴミ袋みたいな色をしているし、それとは別に砂浜には彼の残骸である生ゴミ(遺体)が放置されています。それに、声が聞こえているのはどうやら私だけのようです。ガッバーナがこちらを見ていました。私と視線が合うと逸らし、呼び込みに戻りました。彼も見えているのでしょうか。

 それよりも「リチャード。忘れ物」私は生ゴミ(魚さんの遺体)を指差し言いました。

 それにドルチェが首をかしげました。ビューティフル・マイ・サンシャインにはリチャードと半透明のゴミ袋の姿はやはり見えていないようです。その他大勢も同じようですね。あれ、ガッバーナ。何で彼はチラチラこちらを見ているんしょうか。その疑問も魚さんの叫び声で私の記憶から消え去ってしまいました。

(こいつは海洋生物じゃないぎょ!生物っていうより生きてないぎょ!)

 お前もな。私は誰にも聞こえないレベルでツッコミを入れた。

 そういえば、魚さんは何故、生ゴミ(遺体)になられたんでしょうか。気になります。

「魚さん。なんでお亡くなりになったんですか?」

(その女に殺されたぎょ!)

 ドルチェ。彼女には魚さんの声は聞こえていません。だから彼女は自分に質問されたのかと思い答えました。

「そこの生ゴミは私の胸を触ったのよ。ただで」

 やっぱり世の中お金なんですね。それにしても長かった。やっと彼女は私のことを見てくれた。それに話してくれた。私はそれだけで十分です。

(珍一!なに満たされた顔してるぎょ!これは誘拐だぎょ!この男は悪魔に乗り移られてるに違いないぎょ!ちなみに一昔前まで海の悪魔とされていたのは、シャチだぎょ」

 無駄に知識をひけらかす人間には正直うんざりです。ちなみに他者を見てなんとなくイライラする行動は、自分にある欠点と類似している場合が多いそうです。

 こうして魚さんの魂は海へと帰って行きました。天国でも地獄でもない、地球の七割を占める愛する海で死後を暮らせることは、彼にとって本望だと思います。

「魚さん、君の事は忘れるまで、忘れない」

 魚さんの魂を海に引きずり込むと、リチャードはまた陸に上がってきました。今度は真っ直ぐ私を見ています。

「また来たのかジェントルメン。今度はなんだ、忘れ物でもしたのか?」

 私は気さくな感じとタフな日本人を同時に装いましたが、墓穴を掘ったようです。忘れ物=私。だったら洒落になりません。

 リチャードは私を見下ろしながら、手を差し出してくれました。私のあんよはまだ言うことを聞いてくれないくれません。リチャードの手に触れ、引き上げられた瞬間、後方でドサッという音が聞こえました。

 振り返ると、そうです。私が倒れています。私はいま起き上がったのに、私は倒れています。これは英文のテストで日本語訳に失敗した中学生ではありません。事実、私は半透明で、倒れている私はピクリとも動かず息をしていないようです。

 幽体離脱。そんなキーワードが頭をよぎりました。

 魚さんは霊魂の状態で先ほどリチャードに拉致されましたが、私は魂が抜け出した状態です。この違いはよく分かりません。ただ何となく霊魂と思ってしまうと、私も海に引きずりこまれてしまいそうなので、ポジティブに考えています。

 心理学者ユングに限らず、魂と肉体を別に考える方は意外と少なくないのではないでしょうか。この状態こそ、オカルト思考と蔑まれてきた方々を救済する証拠なのですが、残念です。私が幽体離脱をどれほど楽しみにしていたことか。あなたに想像出来ますか。その証明とやらは別の方に頼んでください。その方が生きて戻れればの話ですがね。

 私はこのまま女湯を覗きに行くという願望があります。ドラゴンボールが存在し、一つだけ願いを叶えてもらえるとしたら、透明になって温泉街へ向かいます。


 もちろん、交通手段である電車は、


 1、細かく刻まれた繊維状の刻み煙草を適応に大きさに丸める。

 2、雁首の火皿に丸めた煙草を詰める。

 3、煙草盆の炭化に雁首を近づけ火をつける。

 4、煙草をそっとゆっくり吸う。

 5、煙草が燃え尽きて煙がでなくなったら、煙草盆の 灰吹きのふちを軽く叩くなど

   して灰を落とす。

 6、火皿に灰が残っていたら空吹きをして灰を飛ばす。


 そう、キセルします。


 まずはドルチェのボディーをまじかで舐めるように見てから、温泉街へ旅立ちたいと思います。リチャード有難う。では、さようなら。

 そんな私の髪を彼は鷲づかみ、そのまま海へ連れ去ろうとしています。当然、私は抵抗を試みましたが、抜け毛を気にしている為、暴れることはできません。この先のことを例えるなら、リチャードという歯車に髪の毛が巻き込まれ、そのまま歯車と歯車の凹凸に潰されることになります。

 それは困ります。魚さんは死んで当然のようなところがありました。一般人に寝袋といいマグロをあてがう鬼畜です。しかし、私はドルチェの胸を触ったという重罪を犯していません。リチャード。私は無罪です、冤罪です、九問です。

(私は上告します。今回の法廷ではリチャード検察官のお手柄といっても良いでしょう。無実の罪を着せ、私を痴漢にしたて上げたことはあなたが優秀だという証拠です。しかし、あなたは間違っている。罪なき者をキャリアのため踏み台にし、出世しようとしているのなら、いつかあなたの楽園に続く階段自体に足元をすくわれますよ)

 無視ですか。分かりました。

(あなたはその蝶ネクタイで空を飛びたくないですか。私なら蝶ネクタイを羽に変えられる。だから、一瞬でいいから放してください)

 リチャードははるか彼方の一点を見つめ、私を引きずるばかりです。

(おぃ!村人達!それにドルチェの噂を嗅ぎつけてきたエロ外人!そんなとこに並んでないで助けてくれ)

 もちろん半透明の私の声が聞こえる訳がありません。分かっています。これはただの八つ当たりです。

 やれやれ、私の姿は誰にも見えないし、声も届かない。分かりましたよ。私の存在を理解したということです。魚さんと同じ霊魂だというなら、私にも考えがあります。リチャードの腕にしがみ付いてるこの手を離せば、全ての引力が毛根に伝わり、髪は抜けてしまうでしょう。もう構いません。どうせ、私は遅かれ早かれハゲます。

 ゆっくりと一点を掴むように親指と人差し指に力を込めた。私ならできる。霊魂となった私ならできるはずだ。指を上下に動かした。すると、ドルチェの胸元のジッパーがひとりでに上下へと動いているのです。

 そうです。私の考えとはドイツ語で騒がしい幽霊という意味を持つポルターガイストになり、その能力で焦らしながら胸を露にするということです。

 ドルチェは大して驚くこともなく、自分のサイコキネシスだと言い、私が動かすジッパーの上下に合わせ、ハンドパワーしてます。視線は日・豪・リチャード問わず、教祖化したドルチェ様に向けられています。

 その隙を突いて、私を引きずるリチャードの腕に噛み付きました。私の毛根は多少死滅しましたが、リチャードはあっさり手を放した。

 毛根の恨みです。今度は私がリチャードの腕に噛み付き、警察犬のように離れません。ブンブン腕を振り回そうが私はガルルルゥゥと喉を鳴らし、動きに必死で喰らいついています。と思いきや、蹴っ飛ばされたのでキャインと鳴き、ゴロゴロと砂浜を転がりました。すぐに立ち上がり、威嚇します。

 リチャードは腕を押さえながら私を見ると、その目は哀れみで満ちていました。そして「私が連れて行く、までもないか」と呟き海へ帰って行った。

 どういうことですか?その言葉をどういうニュアンスで使ったのかが知りたいんです。死兆星も見ていることですし、連れて行くまでも無く近々死ぬということですか。それとも、自ら手を下す価値がないとでも。

 まぁ、何とでもどうぞ。私は帰ります。私は、私の抜け殻にぴったり重なると「ぶはっ!」と勢いよく上半身を起こし、息を荒げていました。蘇生方法はこれでよかったんですね。違っていたらお家に帰れず迷子になるところでした。そしてストリップ劇場に住み着く地縛霊か、ドルチェのまわりをうろちょろする浮遊霊になる予定でした。

 まるで夢のような体験でした。幽体離脱の経験を考える私は、魚さんの遺体を砂浜に上がった大きな漂流物のようにまたぎ、ソルマック号に向かいました。ドルチェとガッバーナは千円札をぺらぺらと数えながら、いい商売を見つけたと話しながら船に乗りました。


 いよいよ出航です。

 ここで彼の存在を紹介しておく必要がありますね。先ほど知り合ったのですが、魚さんに貰った食料の入ったゴミ袋を船の中に置くと、ここはゴミ置き場じゃないと怒られました。しかし酒瓶を片手によろよろと操舵室から出てくるその姿に、私はこの船がゴミ置き場であることを再確認しました。

 彼はこの第119漂流丸の船長です。荒川にいたホームレスの方々の腐敗臭+酒くさい。しかも、このボロ船がソルマック号でないことが明らかになりました。確かにソルマックは第119号漂流丸の上に、ペンキで殴り書きされているだけです。

 で、えっと、船長の名前は、すみません、忘れてしまいました。きっと私の脳がこの世に必要ないものと判断し、消去したんだと思います。ついでに言うと、ガッバーナが船を操縦できるので、船長は必要ありません。でも、彼はこの船から絶対下りる気はないそうなので、仕方ありません。三人で話し合った結果、運転手兼非常食として乗り続けて頂くことにしました。

 彼のあだ名も決めました。キャプテン・フックです。ガッバーナの案です。フックは一応、日本産です。フックは海の男はアル中であるべきだという信念をお持ちなぐらい、海の男なので仕方なく腐食船長と改名しました。もちろん漢字の由来は、彼が腐った老いぼれであることからです。

 出航の際に汽笛は私がアポロを舐めながら「ポゥ!」と叫びました。 

 見送る男達の数が半端ではありません。ドルチェを教祖様と崇め、別れを嘆く者達がほとんどです。いつ見てもアイドルを追うコアなファンは気持ち悪いですね。

 しかし、妙なことが起きました。その男達の中に、教祖様をボロ船に乗せる訳にはいかないと、クルーザーを提供したいという神が現れたのですが、その瞬間ガッバーナは懐から銃を取り出し、男を撃ち殺した。

 銃口から硝煙が立ち上がると、男達は蛇に睨まれた蛙のようにそれを見つめた。船が沖に出てからやっと、時間の流れが戻ったようだった。私にはまるでガッバーナがこの船で航海しなくてはいけない理由でもあるように思えた。ガッバーナ。悪魔の子ガッバーナ。ガンダーラ あぁ ガンダーラ。

 ガッバーナは魚さんから頂いたゴミ袋をくさいとケチを付けています。別にいいではないですか。魚さんは長い航海を見据え、クサヤという日持ちのいい食料を選んでくれたのです。食事時に排泄物の香りを嗅ぎながら、食っては出すメカニズムを感じていれば、それが人間なんだから、いいじゃないですか。

 こんな素敵なドルチェだってウンコぐらいします。だから、我々は理想を高く持ちすぎることよりも、現実という巨大なハンマーでそいつをぺシャンコにした方がいいんです。

「また、泣いているのか?」

「だってドルチェがウンコするなんて。誰だ!?」

 私が後ろを振り向くと、そこには黄色いタイツを着た男が、錯覚か。私は腐食船長に「いま誰かいませんでした?」と尋ねました。

「いるよ。七人の小人が発狂しながら襲ってきてるんだ!」

 いつの間にか腐食船長は私のアポロを盗み舐めたようです。ガッバーナは「くせ~んだよ」と唯一の食料であるクサヤの入ったゴミ袋を海に投げ捨ててしまいました。それを見てドルチェは干乾びた魚が海水につかり蘇生するのを待っています。カオスです。自分の問題も処理できていないのに、この狭い船にはボケが散乱している。誰かが処理しなければ、無法地帯化が進みます。

 私は心に空いた虚無の穴から空を眺めています。つまり、この狭い空間で一変に色々なことが起きすぎ、精神が崩壊してしまいました。深淵を覗くとき、深淵もこちらを見ているという言葉を思い出します。

 何時間こうして船に揺られながら雲が積乱雲に変わる姿を見ているのでしょう。月明かりは厚い雲の層の後ろで隠れんぼをしています。船が大きく揺れました。素人目にも嵐が近づいていることが分かります。

 ガッバーナと腐食船長は嵐の前の静けさを演出する為に、タイタニックごっこを始めました。ドルチェは「このスピードでグレイブに追いつくかしら」と、結構まともなことを言っていますが、そもそもグレイブが何者か知らないし、荒川で押し通した嘘が、現在の状況をまねいているのならば、最悪です。

 ドッドッドッドッと鳴っていた船のエンジン音が、軽くボンという爆発音とともにゆっくり推進力を失い、やがて止まりました。波が船を大きく揺らします。このままでは嵐が来たら転覆は免れないでしょう。

 もう、どうでもええねん。ぽっかりと空いた虚無は見る見るうちに大きく広がり、やがて心そのものが無くなるまで広がり続けるでしょう。最初は片目を閉じてみていた空も、今では両目でその広さを感じさせるまでに成長しました。

「船酔い?」

 グランドピアノの美しい音色のような声が聞こえると、女神は虚無から私を覗き込んだ。

 ぐあ、眩しい。私は彼女の姿に目が眩むと、虚無と化していた失われた物を、一筋の光を暗闇で見つけるが出来ました。そう彼女こそ光から舞い降りる天使、女神、私のほぼ全て、残りのカスはチュパカブラです。

 私は立ち上がった。それはパチンコの北斗の拳で一度敗北したケンシロウが、たまに出てくるユリアの「ケン」という言葉に立ち上がる逆転劇に似ています。私は「うぉぉぉぉぉ」と立ちあがり、まずは腐食船長に「お前はアポロを返さんか!」と頭にゲンコツを落とし、頭部を胸にめり込ませた。次にガッバーナを鋭い目つきで睨んだ。彼は「ひぃぃぃ」と船内を鶏のように逃げ回っています。私はゆっくり、しかし一歩の無駄も無く、彼を追い詰めて行った。「お前は老いぼれとタイタニックごっこをして楽しいか?」と言いながら、ドスっと腹部に拳をめり込ませ、ピザ職人が生地を回すように回すと、彼はフリスビーのように飛んでいった。たぶん死んだでしょう。

 船底からドンドンという音がしています。床下にある貯蔵庫の扉を開くと、そこには典型的な日本猿がいた。えっ。私は勢い余って「お前は、こら!」とパンチを食らわし気絶させると、扉を閉めた。私は何も見ていない。

 最後にドルチェだった。が、彼女は悪くありません。むしろ、干乾びた魚が海水につかり蘇生するのを、星を眺めるように彼女と見ていたい。彼女の肩に腕を回すと一緒に浮いているくさやを眺めた。

 嵐もいつの間にかその影を消し、月明かりが二人を照らす、はずだったのになんか霧が出てきた。3メートル先も見えない濃霧です。すると、腐食船長の頭がボンッと収まっていた胸から飛び出ると、シリアスな顔で震えていた。

「リリスだ。奴が幽霊船で俺たちを捕まえにくるぞ!」

 彼は海に飛び込み逃げ去ってしまいました。お気の毒ですが、自力で陸まで泳ぐことはイアン・ソープでも不可能です。ではさようなら、偉大なる我らの船長。

 私達は彼の姿を敬礼で見送りましたが、濃霧のせいですぐに見失いました。

 では、船長が恐れていたリリスについて、ご説明しましょう。

 始めにリリスと幽霊船を繋ぐキーワードは、文献を読みあさってもありませんでしたので、リリスと幽霊船を繋ぐ私の憶測をお聞きください。

 リリスは、本来はメソポタミアにおける女の妖怪で、「夜の魔女」とも言われ、男児を害すると信じられていました。かの有名な、夢の中の悪魔サキュバスは相手の好みの風貌に変化し、性行為を誘い生命力を奪うとされています。リリスはサキュバスの行為を現実で行う悪魔といっても過言ではないでしょう。サキュバスが夢の中で残酷を極めるフレディ・クルーガーなら、リリスは現実でチェーンソーを振り回すジェイソン・ボーヒーズです。

 それと、私が調べあげたリリスのもう一つの正体をお教えしましょう。

 まず、始めにアダムとイヴは、旧約聖書『創世記』に最初の人間と記される人物です。天地創造の終わりに神ヤハウェによって創造されたとされることはご存知の方は多いでしょうか。しかし、それにはあまり知られていない事実が存在します。イブはアダムにとって二人目の妻だったんです。現代の言葉で表したなら彼はバツ1でした。

 そうです。正解です。その前妻というのがリリスなんです。

 神は天地創造の終わりに二人の男女を作られた。それがアダムとリリスです。

 しかし、彼らにはある決定的な不都合が存在した。それは、夜の営みです。リリスは後世に、「夜の魔女」と呼ばれるほどのアバズレです。アダムの初妻としても色欲に染まった彼女は、性行為の際は獣のような後背位好んだ。しかし、アダムは私達は人間であり、獣ではないと、人間である証である正常位にこだわったのです。

 それが、アダムとリリスの確執を生みだしました。神ヤハウェはそのことで、すでに善悪の知識の木からなる実を、リリスは食べてしまったことを知り、彼女を9層からなる地獄の最下層に送ったのです。

 創世記から時代は中世まで流れます。

 地獄では年を取りません。不老不死とはこのことです。喉から手が出るほど欲しいと思う能力かも知れませんが、地獄で長く凄まじい苦痛を味わせるためです。よかったらあなたもどうぞ。

 地上で生活していたアダムは凡そ930歳で死んだとされています。では、リリスはどの時代まで生きたのでしょうか。答えは簡単です。地獄で長い年月を暮らした彼女はある時、地獄から地上へ戻ることを神に許された。

 しかし、アダムの死を知り彼女は目的を失った。彼女は夜の魔女リリスとしての本能に従い行動することにした。でも、リリスはその行為を神の目を盗んでするしかなかった。彼女は地獄から出る時に、もう悪さはしないと契約し出てきたから。

 そうです。お気づきになられましたね。濃霧の中でさ迷う幽霊船とは、神の目を盗み、リリスが男を漁るための航海なんです。信じるか信じないかは、あなた次第です。


「相手がリリスってことは俺がディーンでお前がサムだな」

 ガッバーナはガムをクチャクチャさせながら私の横でそう言った。フリスビーしてやったのに、いつの間に帰ってきたんでしょう。不快です。確かに君は馬鹿で女好きです。私はこの通り頭でっかちな弟のサム・ウィンチェスターっぽいですが、私がディーンです。

「いや、俺がディーンでお前がサムだ」

 私は兄貴面で「サミーちゃん」と彼を呼び、彼も私を「サミーちゃん」と呼びました。

 そんなことをしている内に、いつの間にか私達の船の横に大きな壁がそびえ立っていた。それが大きな豪華客船の一部であることに気付いたのは、上からハシゴが降りてきてからだった。

 ガッバーナは「お先にサミーちゃん」と言うと、何の疑いも無く、ハシゴを上がって行こうとした。

「サム、様子が変だ。ここは兄のディーンである私が言いというまでソルマックにいろ」と、登りかけた片足を掴み、体を地面に叩きつけた。ガッバーナは私を一発ぶん殴ると、再びハシゴを上がり始めた。私はハシゴを揺らします。すると、ガッバーナは梯子から落下し、動かなくなりました。首からイッったので、死んだかも知れません。

 ドルチェもハシゴを上がろうとしています。「どの道ここにいてもゾディアックは壊れてしまったわ」と、ソルマックを軍用小型船扱いし、上って行きました。素晴らしい。そのポジティブさが素晴らしい。私は太陽の温もりを求めるように彼女の後に続いた。

 ハシゴを一段一段登るに連れ、妙に懐かしく心に直接染み込んで来るような音楽が聞こえてきた。ドルチェに何か聞こえないか尋ねたら「ちょっと、私のお尻ばっか見てんじゃないわよ」と怒られました。彼女クラスの教祖様になると千里眼でも持っているのでしょうか。ばれないようにチラチラ見ていたのですが、ばれていたようです。ごめんなさい、桃かと思ったものでつい。

 一体この音楽は何だろう。ドルチェには聞こえていないようです。そして、この歌声。まるで、清々しい小川のせせらぎを聞きながら、純文学という深い湖の底で読書をしているようです。それでいて、時折見せる、八月のからっとした暑い日にミツバチ達が一斉に甘い蜜を運んでいる姿が、この女性の歌声から感じる。誘惑と危険が同時に体を駆け巡り、ついつい巣に手を伸ばし毒針に刺されアナキラフィシーショックでお亡くなりになる私の姿を連想させます。

 なんて魅惑的な声なんでしょう。私は自然と口からよだれをたれ流し、精神病棟の患者が甘い歌声という抗うつ剤を処方されると、遥か遠くの楽園を見ているようで、実際は何も見ていない、無の境地に達した姿になっていた。そんな私をドルチェは尻を美味しそうに見る変質者扱いし、叫びながら私を梯子からけり落とした。

 ゆっくりと、とてもゆっくりと私は落ちて行った。アインシュタインの相対性理論では、空間に存在する重力の密度によって時間の流れは変化するとされていますが、これはどちらかと言うと、スポーツ選手の研ぎ澄まされた感覚がピークになると、世界がゆっくり動く、という訳でもなく、ただ死の瞬間に訪れるあれです。

「ドウゥゥルウゥゥチイィエェェェ」

 私の声もとてもゆっくりです。空を掴むように手を伸ばす私に反し、彼女は何事も無なかったかのように、ゆっくりとハシゴを上がって行った。ソルマック号に落ちた私の体は、アイザック・ニュートンの万有引力の発見につながるリンゴのように、ぐしゃりと叩きつけられた。

 この殺人事件は彼女のせいではありません。むしろ、私を殺した犯人を挙げるとしたら、そう、重力です。あなたがこの件で裁判員として選ばれることがあったら、重力を服役させる方法を、法廷でよく話し合ってください。

 しかし、そのような事件は起きません。何故なら私が目を覚ましたからです。死んでいませんでした。ぐしゃりとリンゴのように潰れたのは下敷きになったガッバーナでした。

 そうですね。ではこう考えましょう。彼はある工場で出荷された文房具だったと。そうです。彼はキャンパスで何十年も自分の使命である、赤くお絵かきされるのを待っていた。ようやく人の役に立てましたね、ガッバーナ。めでたしめでたしです。では。

 あの歌声が私を魅了したことによって自我を失ったことは、リリスと関係があるとしか思えません。沸々と煮えたぎる熱湯のように、まだ見ぬ夜の魔女に怒りがこみ上げてきました。私は勢いよく立ち上がると、下敷きの頭部にあたる部分を踏みつけ足を挫いてしまいました。普通に痛いです。の、普通ってどういう意味ですか?

 私の怒りは水に例えるなら限界値である100度を超え、液体という固体維持が不可能になり、気体化しました。つまり、何が言いたいかというとキレたってことです。で、キレたって具体的に何と何が切断されたんですかね?

 知性と本能である左右の大脳半球をつなぐ交連線維の束のことですかね。だとしたら、暴走状態に入る前に脳死ですよ。ということで、私の脳梁は決して切断されていないので、若者は「マジ切れた」という言葉を捨て、「本気で暴徒と化した」と相手を威圧しましょう。

 そういえば、脳内で鳴っていたリリスの歌声は消えています。

「まぁてぇぇごぉらぁぁぁぁ!」

 私は歌声の主であろうリリスに対し、本気で暴徒と化した。

 とりあえずこの怒りはガッバーナの遺体を蹴り上げることで発散したい。

「うぅ」

 蹴っ飛ばしたら唸り声が聞こえました。タフな男です。しかし、ここまでしつこく粘られるとゴキブリのようです。

 ハシゴを駆け上がる私。何故か「ぎゃぁぁ~!」と怯えて逃げるドルチェ。

 去っていく女を追いかける男は惨めなものですね。でも、勘違いなんです。私はリリスという悪魔を追っているだけで、彼女は追っていません。分かりますよね。彼女が勝手に私を殺害したと思い込み、それが生きていたことで復讐されると勘違いしているのです。とりあえず、誤解を解くためにドルチェを追いましょう。

 私は彼女に謝りたい。殺害させてしまったと思わせたことを謝りたい。待ってドルチェ。私はハシゴを上がっているが、涙は下っています。もう哀れな男と笑われても構わない。だから「俺の話を、俺の話を、お・れ・の・は・な・し・を・きけ~♪」寒いですか?恋人にでも暖めてもらって下さい。

 何故かそれに反応したのはガッバーナでした。

「おはようサミーちゃん!」

「うるせ~サミーちゃん!」もうそのネタこっちは飽きてんだよ。と心の中で呟くと、「お前は不死身か」と舌を鳴らす私。

「ディーンだからね。地獄から戻ってきたのさ」

「はいはい、しらねーよ」

 ハシゴを上がってこようとするガッバーナに私は唾を垂らし妨害します。そんなことをしている間にマイ・スィート・エンジェルの姿を見失いまいた。


 豪華客船。私の中でそれは単なる四字熟語でしかなかった。そのイメージは海上でありながら、スパが楽しめる、ただそれだけです。

 ガラパコス諸島のイグアナが陸に食料がなくなり、海の海草を食べるために進化したことはこの際どうでもいい。進化論のチャールズ・ダーウィン。あなたの航海がどのようなものだったかも正直分からない。しかし、現在の豪華客船にはスパがある。ここが霊長類ヒト化の進化論到達点である事を、彼は知らない。

 しかし、幻滅したこともあります。このユートピアはどう考えても端から端まで全力疾走できる長さです。運動音痴でもは死ぬ気になれば200メートルぐらいはダッシュできると私は思っています。

 豪華を売りにしてる割には、錆びれて小汚い。仕方ないですね。幽霊船なんですから。でも、この船を動かしている船員は死んでいるというのに、電気系統は生きている。これは霊魂がどうこうできる問題ではありません。私の概念からすれば、幽霊は物質を作り出せないし、触れることもできません。この船事態が霊魂である可能性はないでしょう。つまり、我々が触れられるものは幽霊ではない。つまり、この船はどこかで給油活動を行っている。

 霊魂は直接物質に触ることはできない。もし、出来たとしたら好都合です。私に触れるということは霊魂に触れられるということです。つまりその時は、除霊は顔面強打になります。

 そうです。私の推理が正しければ、この船には生きている人間が乗っている。なんのも目的で。幽霊船に見せた海賊。この濃霧は。偶然にしては出来すぎています。


 考えれば考えるほど、船は怪しものだった。本気でドルチェを探さなくてはいけない。私は彼女の行きそうな場所を推理した。

「スパ!」

 いや、そんなに世の中うまく出来ていません。ということで、私はスウィートルームを探すことにしました。何故なら、彼女の背景に一番似合うからです。

 私が船内へ入る扉を開くと、そこはただただ広いレストランルームでした。外から中を眺めた時、ここは人の気配もなく静まり返っていた。しかし、レストラン内に踏み入ると、姿を変えた。やさしい光と宝石がキラキラと光るシャンデリア、純白のテーブルクロス、銀のナイフ、割ったらち怒られそうな食器。そして、料理を待つゾンビの方々。ゾンビの方々。ゾンビの方々?

 彼らは呻き声を上げながら最高級のディナーを待っています。お気づきですよね。私は罠にかかったウサギです。

 私がゾンビどもの夕食であることを察した。一応、息を止め壁に張り付きました。だめです。彼らはキョンシーではありません。私は入ってきた扉にソッと手を当てた。しかし、開きません。閉じ込められました。ゾンビか。私は彼らに物理的な攻撃を食らってしまいます。つまり、私は焼肉で言うユッケにされるということです。外にいるガッバーナが扉の手すりに棒を突っ込んだようです。

「お化けが出たら教えてチョンマゲ」とこの期に及んで最低なオヤジギャグを放ちました。

 こいつ、この状況に気づいて無いのか。漁村の時からそうでした。彼には見えないはずのリチャードが見えていた。すでに死兆星を見ているので、死期が近く、彼らと波長が合い始めているのでは。

 ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン

 テーブルを叩く音がレストランに響きます。ゾンビ達が早くディナーをよこせと駄々をこねているようです。ゾンビといってもテーブルマナーが悪いと子供に見えますね。ゾンビが食卓についていることを逆に考えれば、彼らは生で私を食べないグルメの集まりなのではないでしょうか。では、私の当面の敵はコックとなりますね。

 それにしても残念です。突然現れたゾンビですが、さきほどお話した霊魂は物理的なものに触れられないということをあっさり否定してしまいました。私の腕の無さです。でもいいんです。九問珍一なのだから。

 ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン

 私が頭の中で新たな理論を組み立てていた時、全ての照明が一瞬で落ちた。暗闇の中でファイティングポーズをとる私。

「レディ~ス&ジェントルメン」

 暗の中で響く声、ゾンビ達が静まった。これから一体何が始まろうとしているんだ。


 スポットライトが私達を照らした。一体何が起こるっていうんだ。私達はそうお互いを見つめ合っている。彼女は名はドルチェ。スポットライトが無数に動き、まるで森のざわめきのようだった。私と彼女は歩き出した。光と暗を林道のように、二人で歩き出した。

 ゾンビなんて怖くはない。恋人同士の空間は二人きり。気分を紅葉させる演出でしかなかった。彼女もまんざらではなさそうだ。

 焼け焦げた黒い心がバクバクと動き出した。彼女は屈み込む私を覗く。私は逃げてくれといった。人として彼女に言ってやれる最後の言葉だった。

 明かりが私の醜く歪んだ表情を映し出す。肉食な牙と獰猛な眼差し。耳もそれっぽくなってきた。

 気付けば大きなスクリーンでそんな映画を彼女と見ていた。君は狼が人を食べる姿が嫌いなんだね。

 映画の途中で出て行ってしまった彼女を私は追った。レストラン前で彼女は腕を組んで怒っている。私は謝りながら、彼女が怒る意味を理解しようとした。どこからか音楽が聞こえてきた。

 暗がりを歩く君の機嫌を取るように、その音楽に合わせ踊る。誰かが歌ってるその声に、自分の曲のように口を動かす。そう、彼女の笑いを誘う道化のように。

 アナウンスがレストランルームに流れると、その食卓から棺を開ける屍の姿を私達は知らない。一人、また一人と立ち上がっていく生ける屍。逃げ惑う私達を追う。

 音楽が止まった。私達はゾンビに囲まれていた。辺りを見回すもゾンビだらけ。四方八方からジリジリと追い詰められていく。彼女の背と背がぶつかる度に、興奮で私の心臓は止まるようだ。心臓が止まるようだ。心臓が止まった。

 彼女は背中を預けていた存在の異変に気付いた。ゆっくりと振り返った。そこには肌が変色し、目を見開いている私がいた。

 音楽が再び鳴り始めた。私はゆっくりと立ち上がった。私を先頭にゾンビは群を作った。一歩踏み出し、肩と横顔を跳ねあげる。両手を前に伸ばし、膝でリズムを取った。股間と首を激しく振る。

時に見せる両腕を左右に大きく振りながらの横移動。一糸乱れぬゾンビたちと踊り続まくる。そして、私は高音を震わせた。

「ポゥ!」

そう、これはマイケル・ジャクソンのスリラーだった。


「ドルチェ、大丈夫ですか?」気絶していたドルチェは幽霊でも見るようだった。そして、あたりを見回し、私以外の誰かを探しているようだった。「悪い夢でも見ていたんですか」と私は力ないドルチェの肩を支えた。

 悪い夢。レストランにゾンビはいない。ましてやスポットライトを当てる設備などなく、寂れた荒野のバーみたいだった。とりあえず、私はドルチェを支えながらレストランを出た。ガッバーナが塞いだ扉は、あっさりと開いた。壁に船内の見取り図があった。

「この先を上ればスウィートルームのようね」

 彼女はこの先の展開を黙認しているようです。ドルチェという大海原が私の小船を受け入れようとしています。急に不安になってきました。しかし、男には引けない時がある。その階段を上ると、三人のマスター達が立っていました。その姿はうっすらと透けていた。

 マスター・後藤さん。マスター・ジャッキー富岡。マスター・ブルース・リー。

 一応、ざっくり関係性を表すと、後藤はホームレス仲間で、ジャッキー富岡はジークンドーの師匠です。目の上のたんこぶだったので、私が殺しました。リーとの面識はありません。彼はすでに死んでいたので。

 このタイミングで心の師がでてくるとは、私がスウィートルームでやらしいことを彼女にしようとしていたことを予想していたかのようです。

 私は一礼し「ちょっと通してもらっていいですか?」と他人のふりをして見ました。

 後藤さんは私の前に立つと、いきなり私の顔面にパンチを食らわしてきた。もしかして、後藤さんは地雷を踏んだことでつかなかった決着をつけに、化けて出たのか。ジャッキー富岡は私に復讐を。リー様は再びお会いできて光栄です。私は伝承者というよりか、気持ちはあなたの一ファンに近いので。でも、ジークンドー伝承者としての私の不甲斐さに説教しにきたんですか。

 私は後藤さんのパンチにより、ゴロゴロと階段を落ちていきます。ドルチェはとっさに飛び退き無事です。

 クソ。後藤さんが殴ったことではありません。ドルチェが意外と元気だからです。このままではスウィートルームで休むまでもなさそうです。

 今後のドルチェとの展開のため、後藤に多少ボコボコにされ三人を始末した後、看病してもらう立場を利用しようと考えがまとまった私。後藤さんは言った。

(私のDVDはどうした!)

「いや、あれはガッバーナが」

(言い訳は聞かん!今すぐ返せ!)

 我が拳法の師・ジャッキー富岡がその仲裁に入るように言った。

(珍一、私達はお前を恨んではおらんよ)

「し、師匠。では用が無いなら天国なり地獄なりリリスの餌食になるなり好きにしてください。私は忙しいので、では」

(相変わらずじゃの~。ふぉっふぉっゴボ、ゴホ、ゴホゴホ)

 おじいさん。死してさ迷い。また死ぬの。珍一、心の一句。リー様がおっしゃった。

(私たちがきたのはの。不甲斐ない弟子が、死んでリリスの奴隷として化してさ迷うことを防ぎににな)

「リー様。私のことはほっといてください。私がジークンドーの師範の名に相応しくないというなら、潔くこの黄色いスエットの上下は脱ぎますよ。どうせ、スウィートルームで脱ぐつもりでしたし」

 私はドルチェと手を繋ぎ、スウィートルームに向かおうとした。

(本当に行くのか?)ブルース・リー

「あぁ、絶対に行く」

(なら、行くがよい)ジャッキー富岡

「では、そこどいて下さい」

(あ、失礼)後藤さん

私はドルチェの手を引き、スウィートルームの扉を開けた。しかし、そこにはドルチェの姿があった。ドルチェが二人います。

「きゃ!珍一。あれは、事故だったのよ。別に殺そうとした訳じゃないの。だから馬鹿なことは止めて」

 師・ジャッキー富岡が扉をすり抜けてきた。

(珍一よ。そうじゃ、その手を繋いでいる女こそ、リリスじゃよ)

 私は言った。

「知っていたよ。君がドルチェに化けた悪霊だってことぐらいね。でも、一発やる前に葬るには惜しいだろ」リリスの顔が醜く歪んでいった。「でも、もう遅い、俺は君を葬るしかないようだ」

「きゃ~~~~~~~~~~!!!」

 ドルチュ(本物)の悲鳴です。忘れてました。彼女には霊魂は見えていないので、彼らの声も聞こえないんでした。

「何を言っているの?あなたは正気を失っている。分かったわ。私の正体を明かすわ。本当は私、動物愛護団体の者よ。だから、殺さないで」

「えっ!何を言っているのですかドルチェさん」

 その時、銃声が聞こえ、ドルチェは倒れた。

 私は一瞬で頭の中が真っ白になった。すぐに駆け寄ろうとしたが、リリスが手を握って放さない。

「お前はいつまで手を繋いでいるんだ。このアバズレが」

 拳を振るうと彼女は年老いた老婆の本性を現し、壁の向こうに消えて行きました。た、助かった。正体があれでは、もしも生命力を奪われ死んでしまったら、悔いが残り私も悪霊になる自信があります。

 師・ジャッキー富岡はリー様と後藤さんにリリスを追うように命令しました。あなた、弱いくせにリー様を顎で使わないで下さい。って、こんなツッコミを入れている場合ではありません。私のエンジェルが本当に天へと召されてしまう。

「やっぱり、そうだったのかドルチェ!くそ、いい女を撃つのは俺の息子ガッバーナ・ジュニアだけと決めていたのにな」

 声の方を振り向くとガッバーナが銃を向けていた。そして、その銃口を今度は私に向けた。

 ガッバーナ。悪魔の子。ガッバーナ。

 私はガッバーナのその代わり果てた態度にイライラしています。銃口さえこちらに向いていなければ、私はドルチェに駆け寄りたい。駆け寄りたい。駆け寄ろう。

 そうです。ガッバーナの向ける銃口は、私とドルチェの間に分厚い壁を作ったが、これはあくまで私の中の恐怖心でしかない。そんなちんけな感情よりも、凶弾に倒れたドルチェが凍えるように震えているというのに、私は突っ立っているつもりなのか。

 そうです。答えるまでもありません。その質問自体がナンセンスです。

 私が彼女に駆け寄れば背後から撃たれるかも知れない。しかし、それでもいい。私は抑圧されながら生かされることよりも、自分のすべきことをしたい。この感情が若さの所以であることは百も承知です。生きながらえることを考え、世の中のずるさを身に着けるのも私は悪だとは思わない。しかし、後悔だけはしたくない。私は、私は愛する女性が苦しんでいるというのに、ジッとしていることなんて出来ないんだ。

 私はドルチェに駆け寄った。ガッバーナの「正気ですか?」という声も私には届いていません。

 ドルチェというゴールまで、愛というサッカーボールを蹴りながら進んでいく。

 あと、5メートル。とっくに鉛玉というスライディングでゴールを決められず、ロスタイムは終了していても可笑しくありません。

 あと、4メートル。後1メートルでいい、ドリブルさせてくれ。試合で相手チームに今日はお婆ちゃんが死んだから、せめて1秒だけ黙祷を捧げてくれ、と哀願しているようで馬鹿らしいですが、私は祈った。何故なら、3メートルに達っせば、後はシュートするまでもなく、ゴールに転がり込める。つまり、倒れながらでもドルチェの元にたどり着ける。

 あと、3メートル。ガッバーナ。早く撃て。もたもたしてんじゃね~。ここだ。ここで俺は凶弾に倒れながらドルチェに被さり、震える彼女の毛布になりながら死んでいく。男の美学が達成される。

 あと、2メートル。馬鹿野郎。ここで撃たれたら勢い余って通り過ぎた後、少しバックしなくてはいけない。最高のエンディングに傷がついてします。

 あと、1メートル。ガッバーナごめん。やっぱり撃たないで。このまま倒れたら私はベットに激突してしまう。カッコ良いから、悪いに変わるだけじゃない。このままドルチェとガッバーナの謎が解ける前に私はこの世を去り、チュパカブラ探索記ではなく、ガッバーナと愉快なガッバーナボーイスとして、お前が主人公を食った感じで謎が明らかになり、エンディングを向かえてしまう。

 バン。銃声が鳴った。私は案の定ベットに激突し、床に倒れた。これで、私の物語は終わりを迎えます。後は、主人公をガッバーナとして進め、あなたの身勝手な創造で謎を解き、私の作品を汚してください。その汚れこそ、あなたのアイデンティティです。

 最後に、このベットの下の隙間を覗きながら死んでいく私ですが、恐らくリリスの餌食になったであろう、干からびた魚さんの霊魂と目が合っています。では。

(こら、まだお主は死んでおらんぞ)

 師匠、マジですか。本当でした。師匠のフォース(ポルターガイスト現象)がガッバーナの銃を持ち上げています。なんだか、テレキネシスを送る老いぼれがマスター・ヨーダに見えます。がんばって師匠。ガッバーナはフォースの力に筋肉で対抗し、また私に標準を合せようとグラグラと腕が揺れていた。

「爺さん、リリスと一発やらせてやるから俺に構うんじゃね~」

(ふぉっふぉっ。お若いのわしの姿が見えているのとはの~。だが、わしはババァとはやらん。小学生が好きなんじゃ)

「いい趣味してるな。今度一緒にポルノサイトでそういうプレイを探してみようぜ」

(ぬしをダークサイドにしておくには惜しいな)

「いや、多分あんたもこっち側だぜ」

 ドルチェが肩を抑えながら私の方を見ています。よかった。致命傷ではないようです。しかし、私のことをそんな目で見ないでください。恥ずかしい。いっそ死んだほうが楽だったかも知れませんね。死因はあなたの哀れみの目線が心臓を刺したということで、司法解剖の結果は心臓麻痺です。では、おやすみなさい。しつこいですか。いえ、これは粘りです。

(珍一、早く起きんか。だめじゃ、この男、まるで毎日ステロイドを摂取しておるように力強い)

 ステロイドについては同意権です。仕方ありませんね。現役復帰したいと思います。

 私は立ち上がり、スウェットに付いたゴミを摘むと指を擦らせ、息で小さなほこりのような物を吹き飛ばした。どんなときでも余裕は必要です。

「ガッバーナ~!!!」と、私は獣の咆哮が如く叫び、突進した。

 ガッバーナは意外とあっさりビビり、銃を捨てて逃げていった。私はなんだか車輪の上をガラガラと走るハムスターのように、から回っている気がします。お恥ずかしい限りです。

 ジャッキー富岡は精神エネルギーを使い果たしたかのように息を切らしています。

「師匠、大丈夫ですか」

(歳は取りたくないものじゃな)

「あなたは元々大して強くなかったですよ」

(それにしても、きゃつはリリスと繋がっておるようじゃな)

「えぇ、それに師匠の姿が見えていましたね」

(うむ、一体、何者なんじゃ)

「彼はガッバーナです」

(・・・。きゃつがリリスと絡んでいる以上、見過ごす訳にはいかなくなったの~)

 ガッバーナ。奴も私と同じ、死兆星を見ているというのか。だが、お互い生きながらえたようですね。

 私はドルチェに駆け寄った。弾丸は肩をかすっただけのようです。

「彼を追って。私もちょっと休んだらすぐ行くわ」マイ・ミステリアスガール・ドルチェは「きっと、彼は最下部にいるわ。そこに動物達が捕まっていたの」と言っていますが、何故そんなことが分かるのでしょうか。「貴方達と別行動を取ったのは、この船が動物の密輸に使われているからよ。ガッバーナに仲間だと思わせていたのは、いつか彼が尻尾を出すと思ってたの。彼は動物を密輸している。この船を使って」彼女は痛む肩に手を当てた。

 で、何故、彼が最下部に向かったと。私の質問に彼女はベットに腰を下ろし言った。

「餌の時間だからよ」

「え!?」

「さっき船員をみんな縛り上げたわ。もうとっくにご飯の時間は過ぎているというのに、この船に人の気配はしないでしょ。彼はね、あぁ見えて世話好きの優しい一面もあるのよ」

 ドルチェは彼を愛している。私に伝わったのはそれだけです。

「ドルチェ、もしも、さっきみたいな状態になったら、すまないが彼の命の保障はできない」

「構わないわ。殺して」

「えっ!でも、愛してるんじゃ」

「彼は密輸犯だったのよ。この船は不可解な霧で捜そうにもレーダーに映らないの。しかも、船長はリリスという幽霊だそうよ。船員が嘘をいっているとも思えなかったけど、分けが分からないわ。それに、肩がものすごく痛むの、早く殺して」

 私は彼女の前に行き、頬を引っ叩いた。ドルチェは困惑した表情で私を見上げている。「動物愛護団体だか知らんが、一度は愛して結婚したんだろ。愛想が尽きたくらいで、そいつの死を望む女房がどこにいるんだよ」私は勢いで反対側の頬も引っ叩いてみた。そして、「こんないい女が腐る姿を、俺に見せるなよ」


 最下部では檻に入っているホワイトタイガーの赤ちゃんにガッバーナが生肉を与えていた。

「よちよち、いっぱい食べるんだよ」

「ガッバーナ!!!」

「はっ?赤ちゃん言葉なんて使ってね~し、馬鹿かコラ、あん!」

「はっ?まだなんも言ってね~し。じゃなくて、お前が密輸犯だったとはな」

「どうやらバレちまったようだな」

「もう終わりだ。大人しく出頭するなら、俺も手間が省ける」

 ガッバーナは高らかに笑い始めました。

「どうするつもりだ。俺に勝てるとでもいうのか。いくらお前が拳法の達人だからって俺には勝てない。いや、俺に勝てる人間なんていないんだ」

「本物の悪魔にでもなったつもりか。悪魔の子、ガッバーナ。お前はただのステロイド中毒者だ」

 私は彼との間合いを一気に詰めた。まるで、低空飛行する隼のように、一瞬で彼の懐に入り、みぞおちに肘をめり込ませた。ガッバーナが腹部を押さえた瞬間、ガードの開いた顔面にフックを入れると、骨の砕ける音がし、彼の首がぐるりと360度回転した。だらりと下がった頭部は私を見て笑っている。

「いて~よ。いて~よ珍一ぃ。ひゃははははははははははは」

「きいゃ~~~~~~~~~~~~~!!!」

「お前も死兆星を見ているんだろ。俺もだよ、俺はとっくに死んでても可笑しくない存在だけどな。まぁ、それがリリスとの契約の一部なんだが」

「いや~~~~~~~~~~~~~!!!怖いからそれ直して!」

 ガッバーナは両手で頭部を持ち上げ、首を元に戻した。直ったようだ。私は言った。

「で、契約とは?」

「ある時、俺はこの幽霊船に遭遇したんだ。それは死兆星が始めて夜空で輝く日だった。大昔からリリスはこの船で男漁りの航海をしている。いい女に化けて、お前が一人でスリラーを踊っていた時と同じ、自分の欲求である幻覚を見せられる。男の気持ちが高まった頃合いを見て、奴はあのスウィートルームに行くようにしむけるんだ。ちなみに俺の時は同じマイケル・ジャクソンでバットだった。だが、俺はリリスの口から入れ歯が跳んだのを見た。リリスはそれを拾うと、何事も無かったかのように口の中に戻したが、それで俺はリリスの幻覚から覚めることができた。手を繋いでいた女がババァだってことに気付いたんだ」

「あれマジでびっくりするよな」

「あぁ、危なかったぜ、俺はどうしてもババァとやりたくなかった。でも、リリスは無理やり俺を犯そうとした。ババァだから勝てると思ってなめていたが、俺はボコボコにされた。でも、あのババァとどうしてもやりたくなかった」

「それで?」

「俺はリリスとある契約をした。定期的に男を連れてくることと、動物を運ぶことで、船員の給料や給油活動の資金源を得ることを」

「なるほど、それで?」

「ちょっと座らないか。長話で疲れてきた」

「いいね、賛成だ。ついでにビールも欲しい」

「バドワイザーとハイネケンどっちがいい?」

「バドをくれ」

「だめだ、バドワイザーはアメリカ人の血液だ。お前はハイネケンを飲め」

「わかった、それで?」

「俺は契約を破らないよう、リリスにある呪いをかけられた」

 私は指を弾いた。「それが不死身の肉体ってことだな」

「ナイスショット!」俺達はビンとビンを合わせ乾杯した。「俺が死ぬにはこの世でもっとも悲しい死を受け入れるか、リリスと寝るか、選択肢は二つだ」

「マジで、地獄だな兄弟」

「あぁ、まさに生き地獄さ」

「じゃあ、実際問題、お前を殺すにはこの世でもっとも悲しい死を受け入れさせるしかないんだな?」

「そう言う事だが、俺がこの体になって、人間としての感覚が徐々に無くなっていくというのに、どうしてもドルチェを狙う銃口はぶれてしまう。俺には彼女を殺せない。だから、彼女を一番大切に思うことがなければ、と俺は自分に嘘をつき、浮気しまくってたんだ」

「愛しているんだな」

「珍一、隠すなよ、ドルチェを愛しているのは俺だけじゃないはずだ。こんなことになるなんてな、予想もしなかったぜ。だから、お前に全てを話そう。この旅の始まりと終わりをな」

 ガッバーナは立ち上がり「ちょっと待ってろ」と私に銃を渡した。こんなもので殺せないことはガッバーナが一番よくわかってることなのに。彼が通路の角を曲がると、ゴソゴソと何かもめている声が聞こえてきた。少し経つと段々興奮しだし、男同士が争う声がはっきりと聞こえてきた。

 そこから「珍一逃げろ」とガッバーナが叫ぶ声が響き、三度の銃声に動物達がざわめき始めた。私は動揺した。声の反対に走り出した瞬間、四度目の銃声が聞こえ、正面の壁に着弾した。

「ヒサシブリダナ ファッキン ジャップ」

 物陰から表れ発砲したのは、あのバンダナにサングラスでハーレーがどうのこうののジム・キャシーだった。

「あっ!ジムさんのお久しぶりですね」私はお猿さんを食べた疾しさを隠すように愛想よく頬を上げると右手を差し出した。 

「ウゴクンジャネ~ヨ。ホント、バカ。オマエモ、ガッバーナ、ミタイニ、ナリタイノカ」

「彼は死にません、あなたが、ジムだから、彼は死にません」

「ハ?ウタレタラ、ダレデモ、シンジャウヨ」ヨの語尾がやたらと強かったので、約一週間ぶりに彼にアレを見せました。そうです。私はOKサインを二つ作りました。「オマエ サルハ ドシタ」

「彼は先にメキシコに向かいましたよ」

「ダマレダヨ、バカ。サルガヒトリ、イクワケネ~ダロ」

 ジムとの再会に聞きたいこと山積みです。本当にバイオ生物研究所の社員なのか。青い金玉を持つ猿。それよりも私のパートナーであるハム太君は無事なんだろうか。気がかりで夜は涙でベットをビシャビシャに濡らし、ウォーターベットと読んでいました。ハム太君が心配です。ジム、私のことを騙したことはもういい。だから、ハム太君を私に返して欲しい。

「ところでジム、なんでこの船に乗ってるんですか。旅行ですか」

 そう彼に尋ねたらぶん殴られました。そうですよね。では、最後に一つだけ教えてください。私はいま銃を向けられている立場であって、それは私に人権という人である価値が無く、当然黙秘権もない。質問をする側ではなく、される側の立場っていうことでよろしいですね。

 ジムは頷いた。しかし、おサルさんの行方意外、私に聞きたいことなんてもう無いようです。先ほど、お猿さんと一緒で無いことはバレてしまったので、人質を取り立てこもる犯人に金を請求されたが、無銭ですと応えるようなものでしたね。

 無価値。私の名です。ジム、私のことを無価珍一と罵るがいい。外国人がそこまで日本語を操れるというならな。

 私の脳内は最後の抵抗をしていますが、実際は額に指を当てているだけです。ここを狙え、せめて苦しまないようにやってくれというサインです。

 突然、船内の警報が鳴った。やれやれ、お次はなんですか。ジムはなんだか慌てています。まるで、孫悟空が羽交い絞めにするサイヤ人の実兄であるラディッツがジムで、私は魔貫光殺砲を放つ為に気を練っているピッコロのようです。

 魔貫光殺砲。ガッバーナの形見である銃を持っていたことを忘れていました。

 あたふたとするジムに銃口を向けた。

「ジム・キャシー、動くんじゃね~」

 私は舌なめずりしながら醜く表情を歪ませた。悪党が勝ちを確信した時に見せるアレです。

「ワタシニホンゴ、ワッカラナイヨ。ニホンダイスキ、ウタナイデ」

「本当に。ホントに日本が好きなのか。じゃあ日本の何処が好きだか言ってみろ」

 ジムはただ一言「メス」と答えた。

 聞き覚えがありました。私は東洋の島国で生まれ育ち、歴史で日本が敗戦したことを学びました。なので、アメリカ=最強と習ってきました。ダグラス・マッカーサーの写真を見るたびに私は敗北感でいっぱいです。

 そんな彼らはいつしか憧れに変わっていた。そう、彼らは強さに対する憧れというチョコレートを私にくれた存在でもあった。私は許せなかった。そんな我らの偉大なるアメリカが、一度ならまだしも、白人は二度も日本の好物はメスだと抜かした。だから私は「お前もかブルータス」と言いながら引き金を引いた。

 ビン。私の弾丸はジムの肺を打ち抜き、呼吸困難とともに彼は苦しみながらこの世を去る、はずだった。しかし、発射された弾丸は9ミリ弾という鉛ではなく、ましてや45口径に使用される357マグナムでもない。ビンっとバネが弾ける音がし、ジムの心臓部に着弾すると地面にバウンドしたプラスチック製のBB弾でした。

 私とジムは硬直した。警報だけがこの世で唯一動くことを神に許された存在のようだった。  次第にジムは服の下をゆっくりと除き、かいた。

「ガッバーナ~~!」私は叫びながらエアガンをジムに投げつけると、偶然、彼の手の甲に当たり二丁の銃は地面に転がった。

 猛然と駆ける私。

「マイ・ハンド・イズ・デ~ット」と手を振るジムは、迫る私を見ると興奮しながら「カモ~ン ベイビー カモ~ン」と自分を奮い立たせていた。


 ジム・キャシー。彼の存在なくしてこの旅は始まらなかった。

 ジム・キャシー。メキシコにイカダで行けなんて、おかしいと思ったよ。

 ジム・キャシー。だが、ありがとう。この旅なくして私のジークンドーは完成しなかった。

 ジム・キャシー。ジム・キャリー?


 この勝負はお互いの技の最高傑作で勝負が決まる。

 ジムは両腕のはちきれんばかりの筋肉をボディービルの大会のように、さまざまなポーズをとりだし、右腕に力こぶを作ると、肩から上腕二頭筋に指を滑らせた。

「ココカラ、シュッパツ、シテ、ココデ、B25、ハ、トブ」

 そして、今度は左腕に力こぶを作ると、肩から上腕二頭筋に指を滑らせた。

「ココカラ、シュッパツ、シテ、ココデ、B25、ハ、トブ」

 そして、両腕の力こぶを最大限に引き出きだし、天に拳を突き出した。

「アワセテ、B50ダ!」

 これまでに聞いたこともないほどの語尾の強さで、そのまま私の肩にハンマーのような拳が落下された。

 私は両手で円を描くと後藤さんの秘技・阿修羅観音の様ように腕は残像した。

 迫り行く拳の弾丸は、師・ジャッキー富岡のジークンドーを語る酔っ払いの酔拳のようにゆらゆらと揺れ、軌道を読ませない。そして、ブルース・リーから学んだジークンドーの極意「ほぉぉぉぉぉ」と猛る雄たけびは、雑念を払い、技という美を究極までに昇華させた。

 その美に酔うナルシストという酔拳の真髄、ジークンドー、阿修羅。私の技は今日ここで完成をみるようです。ありがとうございます。お師匠様達。

 ジムは私がB50の直撃を受けたと、一瞬思ったようですが、それは残像です。いきおい余って彼は船底に穴を開けてしまいました。B50。すさまじい空爆だった。

 しかし、私は彼の背後に立ち、または側面に立ち、または正面に立つ。正面の私は穴から吹き出る海水でビシャビシャになります。私は言った。

「ジム、地獄でお猿さんに謝っておいてくれ。奥義、中国4000、1年、2年、3年、4年5年6年7年8年9年・・・」

 一年ごとに前後左右から急所に打撃を叩き込み、ジムは倒れることすら許されなかった。やがて99年まで達っした時、最後の一撃を放つ四人の私は光に包まれた。

「これが、中国41世紀だ」と静かだがはっきりとした口調で呟くと、両手のしわとしわを合わせ「南~無~」と彼のために瞑想した。


「珍一、ガッバーナは?」ドルチェのエンジェルボイスです。

「どっか行った」私は瞑想中だったので、興味なさげに答えました。

「やっと霧が晴れたみたいね。すぐに、ビックマック達がここにくるわ。私が秋葉原で買った防水用発信機を頼りに、この近くまで潜水艦で追ってきてくれていたの」

「なにそれ?」

「霧が晴れてようやく場所を特定できたみたい」

「どういうことか分からないんですけど、そういうことですか」

「ビックマック。彼は密輸犯であるガッバーナに潜入捜査していたFBIよ」

「えっ!あのアメリカ代表とも言うべきデブがですか。でも強制送還されましたよね」

「えぇ、彼は、チェリー捜査官はそういう名目でガッバーナを欺き、事態に備えていたのよ」

 新聞に書かれていたことすら嘘だったんですか!日本のマスメディアまで操るアメリカ連邦捜査局に私は恐れを感じます。

「ウゥ、コノヤロウ」

 ジムが起き上がってきました。あなたどんだけタフなんですか。400発の打撃を受けたというのに。とりあえず食生活から教えてください。プロテイン、つまりタンパク質は何で摂取しているとか、有酸素運動と無酸素運動の比率についてとか聞いてみたいですね。

 私は転がっている二丁の拳銃を手にした。どちらがエアガンか分からず、二丁の銃口をジムに向けた。

 ジムは笑った。こういう時に悪党が吐くセリフは予想が付きます。どうせ、一発逆転のバットニュースです。例えば、この船に爆弾を仕掛けておいた、とか、このドルチェぶっ殺すぞ、とかそんな感じです。TVで何度も見ているので別に驚きません。どうぞ。

 ジムは懐からあるものを取り出した。その手に握られていたものに、私の手から銃はこぼれ落ちた。爆弾の起爆スイッチではありません。もちろん、銃でも。

「は、は、は、はむ、は、はむ、はははは、ハム太君!!」

 TVでいつも見るパターンと同じでしたが、小動物は初めてなので動揺しています。ドルチェはそれがどうしたと言わんばかりに殺気立っています。

 ジムはハムスターを握りながら、私をサンドバックにした。

「卑怯だぞジム!!」

「ヒキョウ、ソレ、ホメコトバダヨ」

 このままでは、私は本当にこのクズに殺されてしまいます。その後、ドルチェが犯されます。その姿を霊魂となった私は心霊カメラで撮影したいと思います。ドルチェが訴え裁判沙汰になった時、この記録を証拠としてお貸しするためです。しかし、写真や動画は、加工処理できるため、裁判では確実な物的証拠として認められないことを、私は撮影後に知り、仕方が無いので下半身の処理に活用します。

 ドルチェは背後からジムに銃弾を浴びせた。まるで、憎しみを晴らすかのように何発も。そんなに撃たなくても。また、私が知らない関連性でもあるというのですか。しかし、悪党はTV的にもこうなる運命です。

 それにしても、仮にも動物愛護団体の人間が動物の命を握られているというのに、容赦ないですね。この通り、ハム太君は無事たったのでいいのですが、彼女はそういう天使です。

 しかし、ジムはまだ息をしているようです。虫の息の虫けらとは哀れですね。私は彼に近寄り、顔に唾を吐きかけてやろうとサングラスを取った。ガッバーナ!サングラスを戻した。ジムです。外すと「ガッバーナ!!!」

 そう、ジムの正体はガッバーナでした。彼は口から血を吐きながら笑っていた。

「きゃ~~~~!!」私とドルチェの悲鳴です。

「ソンナニ、オドロクナヨ」

「ガッバーナ、もうインチキ外国人ネタはいいですよ」

「そうか。俺はこの旅で、三人でいる時に気付いたんだ。この世でもっとも悲しい死を受け入れるという呪いは、何も愛する者の命を奪はなくても、愛する者に殺されることでも成り立つんだってな」

「何言ってんだよガッバーナ。誰か救急車、救急車を」

「珍一、多分救急車はこれないと思うぜ。それに、俺は人の感情が腐る前に、死にたかった。ドルチェを愛せる心が無くなる前にな」

「そういうことだったのか。で、なんで救急車はこれないんだ?」

「海の上だからだ間抜け野郎。死ねなかったら俺はずっとリリスとこんなことを続けなくてはいけないだろ。浮気しまくって探してみたけどドルチェ以外に愛せる女なんていなかったよ、ごめんな」

「いいのよ。早く逝きなさい」

 ドルチェさん?

「なぁ、珍一、これが俺の中でのハッピーエンドだと思わないか。愛するドルチェはお前が幸せにしてくれる」

「私がドルチェを、だが、彼女は俺のことなんて」

「私もあの時、あなたを愛し始めていたわ」

「どの時?」

「珍一、最後に頼みがあるんだ」

「なんだ。最後なんて言わないでくれよ」

「ソルマックの船底に、日本猿がいたろ?」

「あぁ」

「あの猿とここの動物達を開放してやってくれ。こいつらに罪はないからな」

「そんなこと自分でやれよ。死ぬみたいに言うんじゃね~よ。でも、なんで日本猿なんか?」

「あれは、最初にお前に青い金玉の猿を渡したろ。リリスとは別にこっそりメキシコに運びたかったんだ」

「それでイカダで海を渡れっていったのか」

 ガッバーナは私の目をしっかり見て「そうだ」と言った。あの日本猿は玉金をスプレーで青く塗ったらしく、最悪あれでクライアントを誤魔化すつもりだったらしい。それも全て金遣いの荒いドルチェのためだった。

 それに、荒川で私を釣った二人組みのチンピラは彼の手下で、監視するためだったが、すでに青い金玉の猿と一緒で無いことを知り、私と合流した。兄貴分はノリで射殺し、弟分には私が兄貴分を殺したことにした。最悪ですこいつ。

 日光に行ったことも。ガッバーナは朝早くでかけ、野猿をさらい弟分にそれを渡した。そして、予め手配していたソルマック号の船底に弟分が監禁していた。弟、漁村にいたのかよ。

 再度、血を吹くガッバーナ。

「この数日は俺の人生で最高に楽しかったよ。もしも、もしも生まれ変わったらさ。また三人で一緒に旅をして、スターウォーズをパロるんだ。今度はスリラーとバットのマイケル・ジャクソンがライトセイバーで戦うってのはどうだ?」

「生まれ変わったらか。お前みたいなのが生まれ変われたとしても、次はぎょう虫だ。だから、ガッバーナ、もうしゃべるな」

「それでさ、ドルチェも混ざって三人でポルノを作るんだ。きっと売れるぞ」

「ガッバーナ、もうしゃべるなって」

 私は口元にそっと手を被せ、鼻を摘んだ。彼はじたばたと最後に苦しんだようだったが、ドルチェを頼むというメッセージに捉えられないことも無かった。

「ガッバーナ。おぃ、起きろよ。これがお前の描いた終わりなのかよ。お前は不死身なんだろ。なぁ、起きてくれよ。お前はガッバーナじゃね~のかよ。部屋が爆発しても、サンドイッチのハムみたいに潰されても、平気な面して憎まれ口を叩く悪魔の子、ガッバーナじゃね~のかよ。おぃ、なんとか言ってみろよ。お前なんかに涙を流す俺を冗談でしたって笑ってくれよ。お前はでっかいウンコみたいな男じゃね~のか、あまりにもでか過ぎて、この世の水洗トイレじゃ流れね~。そんなタフな男じゃね~のかよ。クソ、くそ、糞?」

 彼の手を握り別れを悲しんでいると、手が汚れた。どうやら、ハム太君はガッバーナに握られた時、彼の最終奥義である脱糞を行っていたようです。

 そういえば、ハム太君がいません!B50の爆撃により浸水が始まっている船内はネズミが一斉に移動し始めている。恐らく彼も一緒に。

 ハム太君。親の心を。子は知らず。珍一、心の一句。

 残念ですが仕方ありません。適当にネズミを一匹持って帰ります。

 私は強敵と書いて友と読み、ガッバーナと読んでアホと書く存在を失った悲しさを胸に、ドルチェに肩を貸しながら室外デッキへと向かった。

 その途中で、リー様と後藤さん、それにジャッキー富岡の姿があった。その後ろにはリリスとリチャードが手錠を掛けられています。

(ふぉっふぉっ、珍一よ。ご苦労であった)

「師匠達こそ、リリスを捕らえたんですね」

(うむ、下界に降りて来たのはリリスの逮捕が目的だったんじゃ)

「そうなんですか!私はてっきり雲から足を滑らせ落ちてきたのかと思いましたよ。ははは」

(これで神に認められ、ワシらは大天使の称号を手にするじゃろう)

「は?なんの話ですかそれ?」

(話すと長くなるんじゃがの、実は)

「長いなら止めて下さい。めんどくさいので。それより、リー様、このスウェットはお返しします」

 私は拳法着であった黄色い上下のスウェットを脱ぐと、ブリーフ姿になりブルースに渡した。

(すべて見ていたよ。中国41世紀、か。私はやはりモンスターを弟子にしていたらしいな)

「いえ、お三方がいなければあの技は、あの美は完成しませんでした」

(君がジークンドーに染まる訳は無いと思っていたが、ブリーフ姿に戻ったということは、自分の拳法の在るべき道に戻るというのだな)

 私は頷いた。そして、最後に後藤さんの前に立った。後藤さんは照れるように笑っています。その顔を思いっきり殴りました。なんでって顔をしていますが、やられたらやり返す、裏社会に生きる方々の基本中の基本です。

 野外デッキに着くといつの間にか、太陽が昇り始めていた。朝日に照らされるドルチェが綺麗だった。

「やっと終わったはね」

「終わりは始まりでしかない」

「えっ?まだ終わってないってこと?」

「いや、終わったけど終わってないってこと」

 その途端、私に悲しみが込みあがってきた。この旅で私は多くを手にし、多くを失った。多くの涙が流れ、私の涙腺はひどく乾燥していた。もう流す涙は残っていないようだ。私はドルチェの手に握られていた銃を取ると、必死で抑えていた感情が溢れ出し叫びながら銃を天に向けて発射した。

 バン・バン・バン・バン。パラララララララ!!!

 あれ!?私はマリオネットのようにグラグラと体が揺れています。それか、私はタコです。私は先生に怒られ学校の廊下に立たされた哀れな軟体生物。

 遠くを見るとアサルトライフルを連射する、迷彩服姿の巨漢がいた。そして、糸が切れた人形のように私は倒れた。やはり、私の死は逃れられなかったようです。しかしこれでいいのです。ガッバーナが死をハッピーエンドと形容したように、私のピークは今日かも知れませんし。ドルチェとの淫らな生活が待っていたというのに、とても残念ですが仕方ありません。

 これは、現代のノアの箱舟物語なんです。動物達を乗せたこの船にドルチェという天使がいる。後は彼女が動物達を新天地へと開放し、彼女もまた、新たな恋をする。

 ガッバーナ、彼女を思うお前の気持ちが分かったよ。ドルチェは当分こっちには来ないけどさ。あの世も悪くないと思うぜ。俺達は天国に行ける玉じゃないけど、地獄の鬼たちを犯しまくって天国と呼んでやろうぜ。

 私は最後の力を振り絞り、ドルチェに手を伸ばしました。しかし、彼女は「終わりが始まりで終わっているけど終わってない、ということは始まってない?」私の天使は気付いていません。彼女の謎という濃霧はまだ晴れていないようです。

 巨漢が近いてきた。やたらと途中で休憩を挟む。迷彩服姿のビックマック。チェリー捜査官だった。

「やべ・・海賊かと思って撃っちゃったよ。ごめんな、ビックマックおごるからさ」



CAST


九問珍一 福山雅治    


ドルチェ アンジェリーナ・ジョリー


ガッバーナ ブラッド・ピッド


チェリー・カーネルサンダース パパイヤ鈴木(仮)


チンピラ兄貴分 竹内力


チンピラ弟分 相川翔


リリス 泉 ピン子


リチャード リチャード・ギア


後藤さん チョウ・ユンファ


山本さん 温水洋一


魚さん 魚くん


ジャッキー富岡 井上揚水


ブルース・リー ジェット・リー


腐食船長 北野武


グレイブ・ジェファーソン マット・デイモン



 2009年5月


 おはようございます。九問珍一です。


 この日記を書くのも久しぶりですね。え!?私は死んだはずだと?そうですね。死にましたね。でも、今は生きていますけどそれが何か?

 分かりました私との再会であなたは幸福に満たされている反面、混乱しているはずです。ご説明しましょう。

 では、九問珍一の伝説、「9番目の男」をお話しします。

 日本ホラー小説界には隠されたルールがあります。

 バトルロワイヤル(BR)という作品はご存知ですか?

 第5回日本ホラー小説大賞の最終候補に残ったものの、中学生が殺し合いを強いられると言うアクの強い内容は、審査員から「非常に不愉快」「こう言う事を考える作者が嫌い」等の意見が多く不評であり、受賞を逃す(編者の一人が後に書くところでは、最大の理由は作品的に落ちるからであり、しかしおもしろいから売れるだろうと、別の場で語り合っていた、という話もある)。 その後、1999年4月に太田出版から刊行され、先述の事情と共に話題を呼ぶ。2002年8月にはミスを最低限修正した上で文庫化も行われ、幻冬舎より刊行された。

 この作品は社会問題となり飛ぶように売れ、漫画や映画化されましたね。

 しかし、この作品が日本ホラー界の暗黙の了解を生み出したことは、ご存知でしょうか?

 それは、先ほど不評を漏らしていたBRの審査員の会話から生まれたものです。BRは人が死にすぎる。ここから始まり、では、何人までなら人の死をエンターテイメントとして見れるのか?

 彼らの討論は朝方まで続いた。もちろん、こんな内容であるのでBR審査後の酒の席での話しなのだが彼らは、8人までなら大衆文芸の枠に収まるという結論に達したのです。

 これにより、日本ホラー小説を作る際には死亡者の数を8名までと設定する暗黙が生まれました。チープで馬鹿げた話ですが、何故こんな話をしたかというと、チュパカブラ探索記も小説はもちろん漫画、映画化を狙っているからです。

 では、数えていきましょう。

 1、後藤さん

 2、山本さん

 3、チンピラ兄貴分

 4、チンピラ弟分(ガッバーナにより漁村で死亡・書き忘れ)

 5、魚さん

 6、ジャッキー富岡(ナルシスト酔券伝承と共に死亡・書き忘れ)

 7、腐食船長

 8、ガッバーナ

 9、九問珍一

 と、いうことで私は生き返ったのです。ちなみに脇役の方も3名ぐらい死亡していますが、私にとって彼らはカウントにすら入らないゴミみたいなものなので悪しからず。

 今では日本で私とドルチェの間に子供もでき幸せに暮らしていました。えっ!生まれるのが早すぎるって?でも、ドルチェが私の子だと言っているので間違いありませんよ。ちなみに名前は珍二です。遺伝子学上では99パーセント白人らしいなので、chinziと呼んでもいいですよ。

 えっ!チュパカブラはどうなったんだって?あなた質問が多いですね。そう慌てないで下さい。そんな慌ててコンドームの使用を忘れてしまうと、私みたいに子供ができてしまいますよ。

 チュパカブラはまだ探しに行ってません。しかし、ご安心ください。

 先日、バイオ生物研究所のグレイブから連絡があり、チュパカブラの件はどうなりました?と尋ねられたのです。そう、あの旅は全てが偽りではなかった。

 私はその問にもう準備はできていると答え、今は成田空港でグレイブを待っています。

 ドルチェと赤ちゃんを置いてきたのかって?安心してください。まったくせっかちですね。早漏ですか?

 彼女は私がチュパカブラを探し殉職したとしても、第二の人生を送れるよう、バイオ生物研究所から頂いた多大な前金を手紙とともに置いてきました。私は研究家で詩人のような手紙を書くということには慣れていないので、いい言葉が見つかりませんでしたが、これで伝わるはずだと思い、「探さないでください」と書き残してきた所存です。

 彼が、グレイブのようですね。

 私に気付いたようです。ブリーフ姿に多少刃物が飛び出したリュックサックを背負ってるだけの地味な格好なので、合流には多少時間と抵抗がかかると思いましたが、問題なかったようです。

 彼は語学に長け、5ヶ国語を話せるそうです。なんとも心強い限りです。

「聞いたよ珍一先生。悪い男に騙されたんだって。随分とひどい目にあったようだね」

 私はあの旅を思い出し、回想シーンに入りながら口元をにやりと笑わせた。

「ウォーミングアップにもならなかったよ。これからが本番だ。プエルトリコでまたチュパカブラに山羊が襲われたらしい。まずは、そこを当たってみよう」

 私とグレイブはがっちりと握手を交わし、日本を後にした。


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