097
ノーザイト要塞砦騎士団。第一師団詰所の地下に、魔力阻害装置付きの地下牢が存在する。そこに謀反を起こした者たちの姿はあった。
その数は多く、一つの牢に十名ほど押し込んでも、全てを第一師団の地下牢へ収容することは不可能であるため、第二師団、第三師団にある一般牢に第二師団の騎士を監視者として立たせ、洗脳されていた騎士を収容している。
一夜明け、洗脳で無理やりハロルド・ガナスに従わされていた騎士が収容された牢は、痛ましい状況に陥った。ウィルによって幼龍がハロルドの召喚術から解放され、洗脳から解放された騎士は、謀反に加担したことを知り、各々が自死を選ぼうとしたからだ。
自死の危険性が極めて高い騎士は、見張りの騎士と治癒士を同行させ、屋内訓練場へ移送。拘束具を使い自死防止策を取っている。場所が変わったことで少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるが、自死を成し遂げてしまった騎士も出ていた。そのため、洗脳された騎士たちが収容されている第二師団・第三師団の一般牢には、多めに人員が割かれている。理由が洗脳ということもあり、見張りを担当している騎士も複雑な心境だった。
そして、魔力阻害装置付きの地下牢。そちらは主犯格の騎士が投獄されている。その最奥にある特別牢で枷と鎖に繋がれた状態でハロルド・ガナスは収容されている。
「お、俺は悪くねえっ! 俺を騙した奴らが悪いんだ! 俺は特務師団の師団長だぞ! 聞こえてんだろ! 誰か出てこいよっ!」
牢馬車から降ろされたハロルドは、護送任務に就いていた騎士を殴り飛ばして逃亡を試みたが、ハワードによって逃げだそうとした足に縄が掛けられ、鎖付きの手枷を着けられると、ガイの手で特別牢へと投げ入れられた。それから、ずっとハロルドの叫び声は途絶えることなく、特別牢に響き続けている。
「やはり、総長がおっしゃったとおり愚か者としか言いようがありませんね」
特別牢の重い扉が開かれ、灯りが差し込むとハロルドは余りの眩しさに腕で目を隠す。そして、聞こえてきた声にハッとなり、腕の奥から声を出した。
「っ!? マ、マーシャル? マーシャルだよなっ! なあ、出してくれよっ。俺、騙されてただけなんだよ。だから、悪くないだろ? それに、なんで師団長の俺が、こんな酷い場所に入れられなきゃならないんだよ! しかも、ガイには投げられたんだぞ!」
「少し黙りなさい。こういう時は、ウィルの術が役に立ちそうですね。私にも使えると良いのですが」
「そ、そうだ! アイツの方が俺より、ずっと酷いことしてただろ! アイツ、龍を殺してたよな! あの龍が、龍王の眷属なんだろ! 俺よりアイツの方が、罪が――」
ガシャン
「うぐっ! ゲホッ……」
「私は、黙れと言ったのですよ?」
マーシャルの隣に立つワーナー副師団長が、魔晶石のランプで特別牢の内部を照らす。仄かに明るくなった牢内は、お世辞にも綺麗とは言い難い。灯りに目が慣れたハロルドは、マーシャルを見て牢の格子に縋り付こうとしたが、それより前にマーシャルの持つ剣の塚頭で胸を突かれ、苦しさのあまり石床に屈み込み、呻き声を上げた。
「貴方以外の首謀者たちは、全て尋問が終わりました。皆さん、諦めが早くて助かりましたよ。余すところなく、話してくれましたからね」
カツンとブーツの踵を鳴らし、マーシャルが一歩前に出るとハロルドは上体を起こし、マーシャルを睨みつける。
「俺はっ、首謀者なんかじゃない! さっきから、騙されたって言ってるだろ! なんで、分かってくれねぇんだよっ」
「寝言ですか? 何を言いたいのか、理解できませんね。最終的に謀反を決めたのは、貴方でしょうに。私にも嬉しそうに話していたじゃないですか。『新しい魔物を召喚できるようになった』と、ね。彼らは『魔物』が、何であるのか誰一人として知りませんでしたが?」
「そ、それはっ。俺だって、知らなかったんだ。だから、皆にも竜だって話してたからっ」
「それから、貴方から『スキルズテイマーの能力を超越した力を手に入れた。この力さえあればが、スキルズテイマーに負けることはない』と聞いたことで、謀反に賛同したと供述しています。皆さんの供述は同一でした。彼らが嘘を吐いているなど巫山戯た言い訳はしないように」
「でもっ。それは、皆が俺だったら――」
「司令塔になりたい⋯⋯常日頃から言っていたそうですが、それほど第一師団師団長の座が魅力的でしたか? それほど、私が邪魔――」
「そ、そんなこと嘘だっ! あ、アイツらが勝手に! そう、そうだ! 俺が言ったんじゃない。アイツらが言ったことを、俺が言ったようにマーシャルに言ってるんだ! なっ! マーシャルなら、俺を信じてくれるだろ?」
ハロルドはマーシャルの言葉を遮り、しつこく騒がしく言う。マーシャルは、そんなハロルドに酷薄な笑いを浮かべ、氷のような視線を向けた。
「っ! ……な、なんだよ。……なんで、そんな目で……そんな目で、俺を見るなっ!」
初めて見せられるマーシャルの姿に、ハロルドは恐怖を感じた。ハロルドの知るマーシャルは、誰に対しても微笑みを向け、そして誰に対しても平等であったのだ。それが、今はどうだ。自分に対して価値のない物を見るような視線を向けている。
「……いい加減になさい。どんな目で見ようが、私の自由ですよ。それに、貴方が吐く簡単な嘘を、私が見破れないとでも? ……それとも、己の犯した罪も忘れてしまうほど、貴方は愚かだと?」
マーシャルが格子へと近付くと、ハロルドは座ったまま後退していく。マーシャルは、そんなハロルドの様子をあからさまに嘲笑すると、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「あ……う……。俺は、俺はっ……」
「そうですね。ならば、貴方に選ばせてあげましょう。大人しく全てを話すか……それとも、拷問を受けますか?」
「……あ、あ……」
「私もね、部下を大勢殺されて、大層気が立っているのですよ。早く決めていただけますか?」
格子の目の前に辿り着いたマーシャルは、見下すようにハロルドへ視線を向ける。その冷やかな視線にハロルドは息を呑み、そして諦めたように項垂れた。
特別牢に備え付けられた椅子をワーナー副師団長に持ってこさせ、格子の前に据えると椅子へ腰掛けた。何としても、ハロルドの口からジョセフィーヌの名を訊き出さねばならない。
「では、貴方に龍のことを話したのは、どなたですか?」
「……」
「質問を替えましょう。龍が使う術をハロルドに教示した人物は、卵の場所を知っていた人物ですか?」
「…………っ」
答えようとしないハロルドに長嘆息を漏らすと、マーシャルは肘掛けに乗せていた左手をスッと持ち上げ、壁際に立つワーナー副師団長へ指示を出す。
「鎖を巻き上げなさい」
「はっ」
マソン副師団長が、格子の脇に填め込まれている魔晶石に手を翳し魔力を流し込む。するとジャラジャラと音を立て、ハロルドの手枷についている鎖が左右の壁へ引き込まれ始めた。余裕があった鎖は、あっという間に短くなっていく。
「さて。貴方の腕が、その身体から引き千切られるまで、どれほど時間が掛かるでしょうねえ?」
「なっ! 何でだよ! 拷問はしないってっ」
「黙秘しているのですから、拷問を受ける覚悟があるのでしょう?」
マーシャルは薄笑いを浮かべると、椅子の肘掛けに右肘をつき、その手の上に顎を乗せて鎖が引かれていく様子を見詰めている。
「っ……冗談だろ!?」
ハロルドは鎖が消えていく壁を見ていたが、慌てたように鎖を手に持って自身の方へ引く。しかし、その鎖が止まることはない。
「い、いやだ! 止めろよ!」
随分と余裕のあった鎖は、ジャラジャラと音を立て、瞬く間に壁の内へと消えていく。
「は、話す。話すからっ! ひぎっ! も、止めてくれっ!」
鎖は既にピンと張られ、手首に嵌められた枷が肉に食い込み、血が石床へ滴り落ちていく。
「あああぁぁぁっ!」
「……止めなさい」
「はっ」
指示が出されると、魔力を反転させて鎖を緩ませていく。ハロルドは、ハッハッと浅い呼吸を繰り返し、枷が食い込んだ己の手首を見ていた。
「お、俺は、本当に、知らないんだっ。あの女は……父上の、知り合いでっ。公爵婦人だって、話してて……。魔境特有の竜がいるって、その卵を盗め。そう、言われたんだ。そう、すればっ、俺が、最強になれるって、そう言われたんだよ! あの、短剣だって、その女性が、くれたんだ! それで、竜が言うこと、聞くからって、渡されたんだ!」
「その公爵夫人と、いつ出会ったのですか?」
「アイツが、ここに着たころに、執事から連絡が、あった。俺、アイツにやられて、悔しくて、総長も、アイツのこと、気に入ったみたいで。本気で悔しくてっ! もっと、強くなりたいって、話したら、なら、良いことを、教えるって。公爵夫人が、教えてくれた場所へ行ったんだ。ホントに、卵が、あって」
ハロルドが公爵夫人と口に出すと、マーシャルは更に笑みを深める。
「貴方は、その公爵夫人の言葉を信じて、龍の卵を奪い取ったのですね?」
「そ、それしか、あ、アイツに、勝てる方法が、見つからなかったんだよっ! それに、今まで、俺を、俺のことを、凄いと……そう、言ってたのにっ。俺より、アイツの方が、役に立つかもって……」
傀儡は、何処まで行っても傀儡のまま。使い捨ての駒でしかない。最初は、前任の副師団長たちに。次は、特務師団の老害たちに。そして、最後までハロルドは気付くことなく傀儡だった。
「貴方に龍の卵を盗むように言ったのは、ガナス男爵の知り合いである公爵夫人で間違いありませんね?」
「間違い……ない」
「その公爵婦人の名前は?」
「ジョ、ジョセ、フィーヌ……」
「はっきり、言わなければ――」
「ジョセフィーヌ・アッカーソン! もう、止めてくれ! 頼むから、止めてくれぇええっ! ……っ、うううっ……」
マーシャルが左腕を上げようとすれば、ハロルドは叫ぶように答え、その場で泣き崩れた。追い打ちを掛けるように、マーシャルは胸元から取り出した紙をハロルドへ見せつける。
「ガナス男爵家から、総長宛に届けられたそうですよ」
「う……そ、だろ……?」
「残念ながら、本物です。そういう訳なので、助かるなど愚かなことは考えず、大人しく待っていなさい。ああ、ガナス男爵家も爵位は剥奪され、一族は刑に処されるでしょうから、文句を言いたければ、地獄であった時にでも言ってください」
何をとは、言う必要はない。マーシャルが何を待てと言ったのか気付いたのだろう。焦点の定まらない目で、何かを呟いている。マーシャルが紙を手放せば、ヒラヒラとハロルドの前へ飛んでいく。しかし、それすらも気付いていない。
ハロルドの前に落とされた紙には、ハロルドの廃嫡手続きをしたこと、当家と関わりのない者故、オズワルド公爵領で好きに処分しろと、ガナス家当主直筆で書かれている総長の執務室で渡された手紙であった。
「脆弱な神経ですね、壊れましたか。まあ、いいでしょう。必要な証言は揃いました」
椅子から立ち上がり、そのまま振り返ることもなくマーシャルは特別牢を出ると、そこにアレクサンドラの姿があった。ワーナー副師団長は、アレクサンドラとマーシャルに敬礼すると先へ進み、姿が見えなくなる。その姿を見送って、マーシャルはアレクサンドラへ声を掛けた。
「執務室で待っていてくださいと、部下に伝えさせたはずですが?」
「フッ……。この程度で、私の心が乱されると思っているのか?」
「いいえ。総長が会う価値もない者達だからですよ。それよりも、議会の方は良かったのですか? 私としては、そちらを大事に考えていたのですが」
騎士団内にある議事堂は、現在第二師団が使用している。そのため、オズワルド公爵邸の講堂を用いて、定例会議が行われた。次期領主セドリックが帰還したからといって、ノーザイト要塞砦騎士団総長が抜けられるものではない。疑問に思ったマーシャルが、アレクサンドラへ問い掛けるとアレクサンドラは不敵に笑う。
「クククッ。今日の議題は、唯一つ。謀反を起こした首謀者たちを、どう処するかのみ。満場一致で首謀者たちは、斬首刑に決まったぞ」
「そうですか。ならば、仕上げと行きましょう」
「ふむ。供述は、得られたか」
「勿論です。それから首謀者の数名からカーラ嬢、デイジー嬢殺害の件も自供が取れました。そちらも同じくアッカーソン公爵夫人が絡んでいました。後は、ハワードとガイが上手くやってくれるでしょう」
ハワードは、ガイを連れてガルドリアへ向かっている。今頃、彼女と対面している頃だろう。そんなことを考えていると、前に立つアレクサンドラは口を開いた。
「ウィルが帰還するまでに、害獣駆除は済ませておかねばならん」
「そうですね。ウィルの夢は冒険者になって、平凡でも毎日幸せに暮らすことのようですから、住みやすいように街を整えておきましょう」
マーシャルは表情を緩めたままアレクサンドラに答えて、一礼すると歩き出した。まだまだ、片付ける必要がある案件は多く残されているのだから、と。




