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「ウィルは、その書本を読んで、魔術陣をしっかり理解してくださいね」

「う⋯⋯これって、古代文字で書かれた本だよね?」

「ええ。私が、昔書いた本です。空間転移術の基礎学が書いてあります」

「それを、解読しろってこと?」

「正解です。その間に、フィーの相手をしてくれる相手の所へ行ってきます」


 フォスターは逃げようとするフィーを抱かかえると、そのまま消えてしまった。ウィルは、仕方なく、受け取った書本を広げて読み始める。知識の中に古代言語と古代文字はあるが、読み進めるスピードは、普通の書本に比べると格段に遅くなる。

 一時間ほどで読むことは出来たが、内容を全て解読できたかといえば、疑問が残る。フォスターは容易く魔術陣を描いていたが、多重になっている魔術陣は難しい。ウィルも試してみたが、一層目までしか描けなかった。


「時空間魔法と重力魔法……なんだよね?」


 以前、フォスターに見せられた時も、一層と三層は理解できた。ただ、二層目が解読出来ずにいた。今回も、同じ場所で躓いている。原理は、テレポーテーションと呼ばれるモノに似ていた。ただ、原理は理解できても、二層目の詠唱が全く浮かばないのだ。


「魔力を原動力に、亜空間を跳び越えるってこと? ああ、違う、それじゃ駄目なんだ。そっちだと、ワープになる? む、難しいよ。これって、数学的な考え方もいるんじゃないのかな? あー。もう、頭がこんがらかるよ」

「そんなに、難しいですか?」

「うわぁっ!」


 ひょいと覗き込まれて、ウィルが仰け反るとバランスが取れなくなり、後ろへ倒れそうになる。その腕を引いて真っ直ぐ立たせるとフォスターは、短く息を吐いた。


「集中することは悪いことではありませんが、常に探知のスキルは発動させておきなさい。敵が襲ってきた時に困りますよ?」

「はい。ねえ、フォスター」

「何でしょう?」


 ウィルは、自分なりの空間転移術の原理を説明すると、フォスターは首を傾げている。どうやら、フォスターの空間転移術とは違う原理になってしまったらしい。


「その考え方だと、根本から別なものになってしまいますね。逆に難しくなりますよ?」

「やっぱり、そうなるんだ……。一層目は、フォスターと同じ物が描けるけど、二層目の詠唱が頭に浮かばない。その先の三層目は、詠唱できると思う」

「ふむ。ならば、見て覚えますか?」

「それも、たぶん無理。アルトディニアに降りる時に見たけど、二層目が全く分からなかった。時空間魔法と重力魔法が適正がMaxになってたから、一層目と三層目は解読できてるけど、二層目は何か別な属性が必要みたいで⋯⋯」

「ふむ…………確かに、二層目は時空間、重力、闇属性が必要ですが、今何と言いました? 時空間魔法と重力魔法がMax?」

「うん。それに、闇属性⋯⋯属性取得の一覧にあったけど、僕は闇属性なんて知らないよ?」

「ああ、後から確認が必要ですね」


 落ち込んでいるウィルを見ながら、フォスターはウィルに二層目が描けないことに疑問を抱いた。基礎は身に着けている。大体、素養がなければ一層目を描くことすら不可能だ。原理は違っていたが、ウィルの説明した方法でも、時空間移動は可能である。ただし、細かい計算が必要になるため、フォスターは実用的ではないと判断して使用していない。


 詠唱が浮かばないということは、ウィルの中で術式が構築されていないのだろう。時間をかければ、案外使えるようになるかもしれないと答えを導き出し、ウィルに声を掛けた。


「そんなに落ち込まないでください。使えると便利というだけで、絶対に使えないといけないという訳ではありません。その書本はウィルに渡しておきますから、気が向いた時に読んでみてください。発想が変われば、使えるようになるかもしれませんからね」

「うん。少し、時間をかけて読んでみる」

「なら、少し早いですが、フィーを迎えに行きましょうか」


 ウィルは、手に持っていた諸本を収納すると、歩き始めたフォスターの後を追う。向かった先は、鎮守の森の中央部。緑龍のいる広場で、そこには緑龍の他に、三体の龍が鎮座している。その三体と緑龍を見て、ウィルは掛け寄った。


「御師様、紅龍様、蒼龍様、江龍様、おはようございます。あっ、フィー!」

「ギュィー……」


 大きな巨体に隠れて、フィーの姿は見えなくなっていたのだが、蒼龍の足元で小さく丸くなり震えているのが目に映る。


「フィー?」

「ギュ、ギュィー」


 小さくカタカタと震え、丸い目を涙目にしているフィーを抱えると蒼龍を見上げる。


「蒼龍様、フィーに何をしたんです?」

「我は、見ておっただけだ。何かをなさったのは龍王だ」

「御師様が?」

「うむ。儂も泣かせるつもりでやった訳じゃなかったんじゃ。擬態を解かせただけなのじゃよ」


 どことなく、しょんぼりとした緑龍は、そう言うと自分の足元を爪で指差した。そこには、鎖が千切れてしまった従魔の証と、白色に輝く粒が沢山落ちている。フォスターは従魔の証を拾い上げると千切れた鎖を修復して、白色に輝く粒を手に取った。


「結晶化した龍の涙ですか。よほど悲しかったのでしょうね」

「フィー。泣かなくていいよ。ほら、フォスターが修理してくれたよ」

「ギュィー」


 今度は従魔の証が直ったことが嬉しくて、フィーは泣き出してしまうが、その涙も結晶化していく。しかし、その色は虹色。ウィルの腕の中で、ポロポロと増えていく結晶の粒にウィルは困ったような声を上げる。


「フィー。壊れても修理できるんだから、泣かないでいいんだよ? 大きくなることは悪いことじゃないからね? 御師様も悪気があってした訳じゃないんだよ?」

「ギュィー」

「フィー。鎖に術を施しましたから、もう大きくなっても千切れることはありませんよ。これで元通りでしょう?」

「ギュィー」

「困りましたねえ」


 フォスターが修理した従魔の証を首にかけてやっても、言葉をかければかけるほど、フィーの涙は増えていく。ウィルはフォスターと顔を見合わせ、再びフィーに視線を戻す。


「うーん。じゃあ……はい、これで機嫌直してね」


 ウィルはアイテムバックから、焼き菓子を取り出してフィーの口元へ運ぶ。それを見た途端、涙はピタリと止まり、フィーは嬉しそうに焼き菓子を頬張り始めた。ここに集った龍達やフォスターが『餌付け』と思ったのは言うまでもない。


「それにしても、これは凄い量になりましたね」

「涙のこと?」

「ええ。これは、フィーの龍力が結晶化しているんです」


 フォスターの掌で、コロコロと転がされているフィーの涙。白色と虹色の結晶が混ざり、奇麗に光り輝いている。


「これ、すごいね。特に虹色の方は、凝縮されているみたい」

「そのまま、薬になりそうです」


 純粋で清らかなフィーの涙。結局、フィーの養い親であるウィルが持つことになった。フィーが落ち着くと、ウィルは一番端にいる紅龍の元へ足を向ける。いつもであれば、緑龍の脇にいる紅龍は巨体を縮めるようにして広場の片隅にいたのだ。


「紅龍様。昨日は突然、怒ってごめんなさい。それと、皆に攻撃するようなことをしてごめんなさい」

「……ウィルよ。謝らねばならぬのは、儂の方じゃ。すまなかった」

「理由は、フォスターから教えてもらったんです」


 翁のこと、若い龍達のこと、どちらも大切に思う紅龍の気持ちは、ウィルにも伝わっている。頭を下げてしまった紅龍の足元まで歩くと、ウィルはそっと、その腕に触れる。


「それから、龍宝玉のことも聞きました。龍にとって大切な物なのに、紅龍様が持ってきてくれたって。僕は未熟で想いを言葉にすることは難しくて、だから色々な意味も込めて、ありがとうございます。それと――」


 ウィルは、食事前にキッチンでフォスターと話した他の龍を『華葬舞』で送りたいと紅龍に伝えた。この地に住まう龍たちが、ウィルを龍の住処の仲間だと認めてくれた。だからウィルにとって、龍たちは家族のような存在で、苦しんだまま逝かせたくないと。安らかに天に還って欲しいから、その手伝いしたいと。驚きで目を丸くする紅龍に、ニッコリ笑うと、ウィルは腕の中にいるフィーへ顔を向けた。


「フィー。紅龍様はフィーの曾お祖父ちゃんなんだよ。そしてね、その隣に居る蒼龍様がフィーのお祖父ちゃん。その隣に居る江龍様がフィーのお祖母ちゃんだよ」

「キュイー」

「紅龍様、そして、蒼龍様、江龍様。僕に、フィーを預けてくれてありがとうございます」


 返事をするように鳴くフィーの頭を撫でて、ウィルは三体の龍に頭を下げた。


「櫻龍や白龍を失った痛みは、まだ僕の中で悲しみのまま残っているけれど、櫻龍が僕を選んでくれた意味を大切にしたいと思っているんです。それに、櫻龍も白龍も僕の中に居てくれる」


 胸元に手を当てて、ウィルは頭を上げ、今度は空を見上げる。


「たとえ、天に還っても櫻龍と白龍は僕の大切な盟友で、これからもずっと大切な友達です」

「そう言って貰えると、櫻龍も白龍も喜ぶ。其方のような盟友を持てた櫻龍と白龍を羨ましく思うぞ」

「僕にとって、紅龍様も、蒼龍様も、紅龍様も、江龍様も、フィーも、龍の住処に住む龍達、皆が、大切な龍です。勿論、御師様も大切な龍で、僕の師です。龍の住処は、僕の大切な故郷なんです」


 蒼龍の言葉に、ウィルはその場を見回すようにしながら言葉を口にする。そして、最後にフォスターへ視線を向けた。


「フォスター。僕を創ってくれて、ありがとう」 


 逆光になっていて、フォスターの顔は見えない。それでも、フォスターが笑顔でいてくれたらいいなと願うウィルだった。



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