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「う……んんっ……。あ、れ? 僕、どうして……」


 ウィルは、目を覚まし、身体を起こして辺りを見回す。どう見ても、自室だった。


「夢……を見たって、訳じゃないよね」


 ウィルは、フォスターが準備してくれた服に気付き、思わず苦笑いする。窓から漏れる光は、朝日だ。龍の墓場での出来事から、既に一日経っていた。


「あー⋯⋯」


 昨日の出来事は覚えている。冷静になれば、あれほど怒る必要があったのかと、ウィルにも思えた。誰にも、言い辛い話はある。まして、紅龍はウィルのことを思って言わずにいた様子だった。

 ウィルにとって気持ちの良い話でなかったとしても、紅龍はウィルに対して、それだけ気を使っていたということだ。


「短気は損気というけど……。はぁ……やっちゃったなあ」


 それに、ベッドに寝ているということは、フォスターがウィルを運び、ブーツも脱がせて寝かせたということ。毎度のことながら、フォスターは本当に世話好きの神様だ。


「あー、もう。ほんと、何してんだろう? 神様をお世話する話は聞くけど、神様にお世話させるって……。まあ、フォスターの場合はしないでと言ってもするんだろうけど……」


 ボフンと勢いよくベッドへ身体を倒すと、フィーがウィルの顔を覗き込んでくる。


「おはよ、フィー。昨日は、ごめんね」

「ギュィー」


 フィーのたてがみに手を伸ばし、髪を梳くように撫でてやるとフィーは気持ち良さそうに目を細める。そんなフィーを見て、ウィルは再び起き上がった。予定では、今日明日には、オズワルド公爵領へ行くつもりでいた。服を普段使いの物に着替えて、贈られた服に光の浄化魔法を使う。そして、それを収納してフィーを肩に乗せるとキッチンへ向かう。そのキッチンでは、いつも通りフォスターが朝食の支度をしていた。


「おはよう」


 ウィルが声を掛けると、フォスターは珍しく驚いた顔をして見せる。


「どうしたの?」

「もう、起きて大丈夫なのですか?」

「平気だよ。それと、昨日は色々とごめん!」


 両方の掌を、顔の前で合わせて謝るウィルに、フォスターは困ったような顔をした。フォスターは、朝食を作る手を止めて、ウィルの前に立つ。


「謝るのは、私の方です。……本当は、知っていたのですよ」

「……え?」

「緑龍から聞かされていたのです。そして、一昨日の夜。ウィルの部屋で話をした後、紅龍に会いました」


 ウィルが昼になっても帰って来なかった日。フォスターが鎮守の森を訪れた際に緑龍から聞かされていた。そして、フォスターは紅龍と会い、話の裏側を知ったのだ。翁龍――ヴィンデルバントがウィルの龍術を見て、華葬舞を用いて皆を天に還していた番を思い出し、正気を取り戻した。その少年の術で、番の元へ、天へ還りたいと望んでいることを。


「龍たちを止めるべきだと分かっていました。ですが、番である煌龍を失い、闇に抗い続けていた翁龍の苦しみを知っているが故に、反対することが出来なかったのです」

「……うん」

「そして、紅龍が龍たちを集めた理由ですが……」

「堕ちてしまった龍王様が関係してる?」

「それもあるでしょうね。ですが……」


 フォスターが言い辛そうにしている様子を見て、ウィルが先に言葉を発する。フォスターは、静かに頷くとウィルをキッチンの椅子へ座らせた。ウィルは、隣の椅子にフィーを座らせる。


「若い龍たちに、失われた龍術を見せてやりたいのだと話していました」


 フォスターは、沸かしていた湯で紅茶を淹れているらしい。コポコポとお湯が注がれる音が聞こえ、茶葉のよい香りが漂ってくる。


「過去の時代。古龍種の中で、能力の高い龍が龍王に選ばれていました。そして、選ばれた古龍たちは、先代の龍王が持つ龍宝玉を介在して、全ての龍術を託されていました。しかし、堕ちた龍王の龍宝玉は、託すことなく魔境の核となっています」

「龍宝玉って、僕の(うつわ)や龍刃連接剣に使われてるよね? そんな大切な物を使ってよかったの?」

「ウィルが、魔力と龍力を制御出来ないことを知った紅龍が、龍宝玉ならば能力(ちから)を御せるだろうと持ってきたのですよ」


 フォスターに紅茶の入ったティーカップを差し出され、ウィルが受け取ると、フォスターも自身のティーカップをテーブルに置いて、椅子に座った。


「残念な話ですが、龍宝玉を継承できるだけの能力を持った古龍種は、もう生まれてくることはないのです。実際、この二千年、龍王になれるほど能力が高い古龍種は生まれていません。紅龍も、ウィルの魔力と龍力に一目置いていたようで、ウィルが龍であったならとぼやいていましたよ」

「紅龍様は、僕よりずっと強いよ? 紅龍様なら龍宝玉を継承出来るはずでしょ?」

「紅龍が継承するはずだった龍宝玉は、ウィルの一部となっていて、もう在りません」


 ウィルは、その話を聞いて絶句する。


「そんな…⋯じゃあ、紅龍様から貰った龍宝玉は――」

「本来ならば、赤龍の座に就くべき古龍でした。紅龍は、煌龍と水龍の子です。煌龍王が、地に堕ちた姿を間近でみていた紅龍は、龍王とは過去の産物と言い、龍王を名乗ることを拒んだのですよ」

「煌龍とおじいちゃん龍が紅龍様のお母さんとお父さん……。でも、どうして龍王が過去の産物なんて」


 フォスターは、ウィルの質問に頭を横に振った。


「もう、龍王は必要ないのです」

「どういうこと?」

「アルトディニアは、既に龍王の管理下を離れてしまった世界です。龍王は謂わば、アルトディニアの直接的な管理者だったのです。ウィルの師匠である龍王が、最後の龍王となります」


 意味が分からない。そういう顔でウィルはフォスターを見ている。最後の龍王である緑龍が亡くなれば、恐らく神界と同じように、アルトディニアとの繋がりが切れてしまう。つまり、最後の龍王は、龍の住処をアルトディニアにつなぎとめる楔なのだ。


 ウィルに告げれば、悲しむことが分かり切っているので、フォスターも言葉にするつもりがない。最後の龍王も己の龍宝玉をウィルに託す。その時に知ればいいこと。


「さて、遅くなってしまいましたが、今から朝食にしましょう」

「え? 話は?」

「終わりです。ウィルは、再びアルトディニアに行くのでしょう」

「あ……うん。確かに、できるだけ早く行きたいと思ってるけど……他に苦しんでる龍はいないの?」

「⋯⋯ウィル、貴方は――」

「昨日は、急に色々聞かされてパニックになっちゃったけど、でも⋯⋯僕で役に立てるなら⋯⋯そう思って」


 何千年と続く世界で、人々のために頑張ってきた龍たちに、苦しんで死んでほしくない。自分を龍の住処に住む仲間と認めてくれた龍たちを、手伝いたい。最期は、せめて安らかに天へ還って欲しい。龍の皆が望むなら、元々名前のない魔法を『華葬舞』と名付けて送ってあげたいと、ウィルは小さな声でフォスターに訴えた。


「そうですか⋯⋯ならば、紅龍を訪ねなさい。龍たちの管理をしているのは、紅龍ですから」

「うん。ありがとう」


 ならば、今日は忙しいですよ、とフォスターは言って椅子から立ち上がる。何が忙しいのか分からず、ウィルはフィーと顔を見合わせる。


「朝食の後、紅龍に会って来てくださいね。紅龍からも、ウィルにお話ししたいことがあるそうです。それから、蒼龍と江龍の所へ回って、緑龍に会って、お昼までに帰ってきてください。お昼からは、身体の微調整をしますから」

「そ、それって、すごく大変なんだけど……」

「なので、空間転移術を覚えてもらいます」

「む、む、無理だよ――――っ!」


 ニッコリと笑みを浮かべるフォスターが、悪魔に見えた瞬間だった。逃げ出そうとするウィル掴まえると、フォスターは再び椅子に座らせ、朝食に準備していた目玉焼きとソーセージ、パン、野菜スープとサラダをテーブルに並べる。フィーの前には、野菜入りの雑炊が置かれた。


「しっかり食べて、久しぶりに修業をしましょうね」

「……はい」

「フィーにも、龍力を食べさせておきなさい。話せるように練習相手を頼んであります」

「ギュ!」


 早速、雑炊に頭を突っ込んでいたフィーは、驚いたように頭を上げてフォスターを見る。ウィルは、頭を上げたフィーに手を伸ばすと龍力をフィーに送り込んでいく。気持ちよさそうに目を細めるフィーを見ながら、フォスターに話し掛けた。


「龍力って、どれくらいの量をあげればいいか、よく分からないんだけど」

「そうですねえ。ウィルと一緒で食欲旺盛のようですから、満腹になることは難しいかもしれません。まあ、ウィルの魔力量の五分の一を目安にしましょうか」

「……は? そんなに食べても満腹にならないの?」

「キュ?」


 驚いたようにフィーを見詰めるウィルに、フォスターはクスクスと笑う。普通は、そこまで必要ない。だが、フィーは本当にウィルに似て、食欲旺盛なのだ。


「その分、成長も早いのだと思いますよ」

「そうなんだ。うん、じゃあ沢山食べさせるよ」

「食べすぎても、よくありませんから、量は調節するんですよ」

「うん。そうする」


 楽しそうに食事をする一人と一体に、フォスターは微笑む。食事は和やかに進み、片付けまで済ませると、一人と一体を外へと押し出して、ウィルに本を手渡した。


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