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 鎮守の森の入口には、フォスターが言った通り、蒼龍の姿があった。ウィルの姿を見つけたのか、蒼龍が高い位置にあった頭を降ろす。


「遅くなって、ごめんなさい」

『いや。遅くなどない。……何か、あったか?』

「ううん。あの、僕じゃ説明できないだろうから、皆にはフォスターが説明してくれるって話になったんです」

『……なるほど。……よかろう』


 説明と聞き、蒼龍は少しだけ頭を揺らす。追い付いてきたフォスターを見て、蒼龍は頷くような仕草をすると、ウィルとフィーを背に乗せて舞い上がる。


「え? フォスターは?」

『フォスター神ならば、御自身で龍の墓場へお越しになる。心配する必要はない』


 大空を舞うように飛ぶ蒼龍の背中で、フィーは眼下に広がる龍の住処をキョロキョロと見ていた。ウィルは、フィーが落ちないように掴まえている。


「フィー、どうしたの?」

「キュキュ」

『ほう。聡いな。少年よ、其方も龍力を張り巡らせれば、理由が分かる』


 蒼龍に言われ、ウィルはスキルではなく、龍力を張り巡らせて探索をする。すると、常に存在する龍たちの気配が少ない。否、逆に龍の気配が一ヶ所に集まっている場所があった。


「あの場所が、龍の墓場……」

『気付いたか』

「はい」

『うむ。其方の龍力に、どれ程の者が耐え切れるか分からぬがな』


 そうして着いた龍の墓場。どれ程の龍がいるか、数は分からない。しかし、龍たちが墓場を埋め尽くしているのは、空から見て分かった。


「凄い⋯⋯」

『皆、其方の使う龍術を渇望しておる。そして、翁は皆に好かれていた。見送りたい者も多かろう』

「そうなんですね。蒼龍様、おじいちゃん龍の所に降ろしてください」


 墓場の先端に、翁は居た。巨大な身体を丸めて眠っているようにも見える。龍王の眷属にも種類があり、その最たる者は、古龍種と呼ばれる龍王の血を受け継ぐ龍たちである。その数は多くなく、三十体あまり。その殆どが、龍の墓場に集っていた。

 そして、翼龍・土龍・飛龍たちも、その周りを囲うように集まっている。それだけ、翁が慕われている龍だという証だった。


 蒼龍は、ゆっくりと翁の前に舞い降り、ウィルとフィーを降ろすと、少しだけ後ろに下がる。その両隣には、紅龍や江龍がいた。フォスターの姿も、既にそこにある。


『翁を送ってやってくれ』

「……おじいちゃんとのお別れは、皆さん済んでますか?」

『ああ、済ませた後じゃ。ウィルよ⋯⋯済まんが、頼む』

「わかりました」


 いつもより沈んだ雰囲気の紅龍と話を済ませて、一礼する。そしてウィルは翁の元へ向かう。ウィルの目には、翁の鱗が昨日より黒ずんで見えた。


「おじいちゃん」

『おお、来たか。待っておったぞ。早う、送ってくれ』

「その前に、おじいちゃんに触っていいですか?」


 ウィルの発言に、翁は大きな眼を更に大きくした。ウィルはフィーを地面に降ろし、そっと翁に触れる。大きな身体の彼方此方に生傷が残っていた。そこを避けるようにウィルは触れていく。


「ずっと……苦しんでたんですね。痛かったでしょ?」

『穢れるぞい』

「そんなの、平気です。不思議だったんです。何故、おじいちゃんの住む森が、あんなに荒れていたのか……」


 翁の住む森は、薙ぎ倒された倒木、途中から折れている木々が散乱していた。全て、翁がやったこと。闇に支配されないように、自らの身体を傷付け、正気を保っていたのだ。


『儂のために、涙を流してくれるとは嬉しいのう』

「おじいちゃん。どうか、僕に送らせてください」

『頼んだぞ』

「はい」


 翁を真っ直ぐ見て返事をすると、一歩下がり龍刃連接剣を具現させると天へと掲げる。


揺蕩(たゆた)う流れ 幾千もの輝き 解き放て 繚乱散花』


 今までの様に魔力を龍力に変換する必要はない。櫻龍と白龍の龍玉がウィルを手助けしてくれる。ウィルが、体内を巡る龍術を用いて巨大な魔術陣を描く。翁に術を施すと、櫻龍や白竜を送った時のように、翁の身体から目映まばゆい光が放たれた。そうして、青い花弁が舞い散る。その花弁は、半分ほどが舞い上がり、残りは墓場の中央を埋め尽くしていた。残された花弁を見詰めていると、淡い光たちがウィルを囲うように集まった。


『おてつだいするー』

『おそらにとばすのよー』

『きれいでしょー』


「……風の、精霊?」


 クルクルと舞っていた風の精霊たちは、花弁へ向かうと一斉に息を吐き出した。その勢いで、花弁が空へと舞い上がっていく。花弁は墓場を覆うように舞い上がると、大空へ消えていった。


『キレイ?』

『うれしい?』

『よろこぶ?』


「うん、ありがとう。……とっても綺麗だし、凄く嬉しいよ」

「キュー」


 キャハハ、ウフフと笑い、風の精霊たちはウィルの返事を聞いて、空へと舞い上がる。翁が横たわっていた場所に残された龍玉を手に取って、ウィルは足元で待っていたフィーを抱き上げると、精霊たちを見送った。


 全てを成し終えて、振り返る。その瞬間、ウィルは動けなくなってしまう。何故ならば――。


 そこに存在する全ての龍たちが、祈りを捧げるように頭を下げていた。黙祷をする龍たちの姿に、ウィルは言葉を失う。翁は、それだけ偉大な龍だったのだ。普通に立っているのは、フォスターだけ。そのフォスターも、黙したままウィルを見詰め、何も言わない。ウィルはフィーと顔を見合わせ、そしてフォスターの前に立つと、その服を引いた。


「おじいちゃん、ちゃんと送ったよ」

「……そう、ですね」

「皆が使えるように、なるとい――」

『すまぬ。それは、無理なのじゃ』

「え……?」


 割り込むように、紅龍が話し掛けてくる。ウィルは困惑した様子を見せ、蒼龍や江龍へも視線を向けたが、誰も答える者はおらず、黙って紅龍の言葉を待った。


『蒼龍は悪くないのじゃ。責めんでやってくれ。其方を騙すようなやり方をして、申し訳ないと思うておる。翁は……否、水龍殿は、この地を守護していた龍王の伴侶であられた。己に巣食う闇を抑え、長い時を生きて来られたのじゃよ。其方の龍術を見て、水龍殿が其方に送って欲しいと願われたのじゃ』

「どうして、そのまま伝えてくれなかったんですか?」

『それは……』


 口籠って話そうとしない紅龍に、ウィルは真実を伝えられていても翁を送るために龍術を使っていたと紅龍に話す。それでも、どの龍も言葉を発しようとしない。


「……ウィルの使う龍を天へ還す龍術には、かつて華葬舞(かそうまい)という名前がありました。その昔、翁の番だった龍王の煌龍王が使っていた龍術です。煌龍王は、闇へ堕ちた同胞達が、闇に抗い苦しみながら天へ還る姿を悲しみ、華葬舞で同胞達を送り続けたのです。水龍は、伴侶の煌龍王と同じ龍術を使うウィルの姿を見て、永らく失っていた正気を取り戻し、そして……ウィルに送って欲しいと願ったのです」


 フォスターが口を開くと、その場の空気が凍る。華葬舞は、堕ちた龍王、煌龍王が使っていた龍術なのだ。


『……其方は、龍ではない。まして、華葬舞は龍王のみが使うことの出来る龍術。そうともなれば、其方を惑わせると思うたのじゃ』


 紅龍が話すと、ウィルは俯いてギリッと歯を軋ませる。そして顔を上げ、口を開いた。


「僕の使う龍術が、煌龍王と呼ばれる龍王様の使う龍術と同じとか、僕には関係ありません。僕は、櫻龍と白竜の姿を見て、桜の木を思い出して、櫻龍と白竜を送ったんです! ……櫻龍と白竜が、ずっと一緒に居られるようにって……想いをこめて……送ったんだ! 僕の想いを、他の誰かと勝手に重ねないでよっ!」

「ウィルっ!」


 叫び声を上げると、ウィルの魔力と龍力が膨張する。それをフォスターが瞬時に抑え込み、フィーごと抱き締めた。


「ウィルは、ウィルです。たとえ、煌龍王と同等の能力(ちから)を持っていたとしても、それは変わりません」

「……そんなの、詭弁じゃ――」

「今は、眠りなさい」


 フォスターがウィルの額に手を翳すと、ウィルの意識は失われていく。力の抜けた腕からフィーが抜け出して、ウィルの顔を心配そうに見つめている。


『すまぬ』

「否。今回は、私も其方らを責めることは出来ぬ。私も、一瞬、盟友であった煌龍の使っていた華葬舞とウィルの使う龍術を重ねて見てしまった。翁が……ヴィンデルバントが、ウィルの龍術を見て、正気を取り戻し、天へ還すことが出来た。……それだけで、充分だ」

『フォスター神よ。ひとつ聞かせていただきたい。……少年に言われた言葉は本心か?』

「本心だ。煌龍とウィルでは、違い過ぎて比べようがない」

『さようか』


 紅龍の声音は、どこかホッとしたようにも聞こえた。フォスターは、眠りに落ちたウィルを横抱きにすると空間転移陣を施す。フィーは、横抱きにされたウィルの胸元に乗ると身体を丸める。


「それに、我の盟友であった煌龍の話を口止めしたのは、最後の龍王……煌龍の弟龍、緑龍だと知っている。其方らに責はない。勿論、この地を煌龍に託された緑龍にも責はない。この場は、其方らに任せる。紅龍よ、其方にも辛い役目を負わせた。許せ」

「勿体無きお言葉、我が父龍を愛し子様に送らせて頂き、誠に有り難く」


 それだけ言い残し、フォスターは空間転移で瞬時にウィルの部屋へ戻ってきた。フィーは、部屋に飛び下りると椅子に乗り、フォスターとウィルの様子を見ている。

 フォスターは、ウィルをベッドへ横たえると、ブーツを脱がせて毛布を被せてやった。その傍らに座り、ウィルの頬に触れる。


「ウィル。我が愛し子。其方が我に、感情を再び与えたのだ。我を置いて逝くことは許さぬ。そのためならば――」


 窓から吹き込んできた風で、フォスターの呟きは、誰にも届くこともなかった。


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