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 翌日。ウィルは食事をすませ、龍の住処で日課にしていた鍛錬を行うため鎮守の森へ向かったが、緑龍の元には先客がいた。

 龍の住処で、人に出会ったのは二度目。それでも、この地に入ることを許されている種族が竜人族だけだと知っているため、ウィルは驚きはしたものの戸惑いはない。ただ、出て行くことは躊躇していた。


『ウィルよ、此方へ来い』

「おはようございます。御師様」

『どうしたのじゃ』

「鍛錬をしたかったんです。でもむ、邪魔になるんじゃないかと思って……」

『そうか、鍛錬か。別に構わんぞ。ところで、其方らは、まだ逢うてなかったのう。この期に、ちゃんと話をしておくがよい』


 緑龍に声を掛けられ、隠れていた木から姿を見せたウィルは、竜人族の男性の隣へと移動する。まだ会っていないということは、オズワルド公爵領に住んでいるということだ。ウィルは、男性を見て首を傾げた。

 その肩に乗るフィーもウィルの真似をして首を傾げて見せる。しかし、答えに辿り着くことは思っていた以上に早かった。ウィルの見知った人物に、よく似ているのだ。


「あ……。間違っていたら、ごめんなさい。もしかして、ガイのお父さん、ですか?」

「ああ。正解だ。私は、リゲル・ラクロワだ」

「は、初めまして、ラクロワ伯爵様。僕は、ウィルです。あのっ、ガイの怪我は……」


 櫻龍の尾に吹き飛ばされ、気を失ったガイを思い出し、ウィルはリゲルに問い掛ける。


「案ずることはない。もう仕事に戻っている」

「そうですか。……良かった」

「少年こそ、大怪我を負ったとガイやアレクサンドラ様から聞いていた。完治したようで、安堵したぞ」

「ありがとうございます」


 ホッと安堵の吐息を吐くウィルの姿に、リゲルは微笑みを浮かべる。ウィルの話は、息子であるガイから聞いていた。とても素直で、大人と子供が同居したような少年だと。確かに、そうなのだろうとリゲルは思う。

 ただの子供であれば、負傷したモラン子爵を背に庇い戦うようなことも、櫻龍、白龍、そして幼龍を救うようなことも出来なかった。しかし、今、目の前でリゲルに見せる笑顔は、間違いなく子供そのものだった。


『報告の続きをしてもらおうかのう』

「宜しいのですか?」

『よい。ウィルも街がどうなっておるか、知りたいじゃろう?』

「はい……知りたいです。僕は、ずっとマーシャルと一緒に居たから街がどうなったかも、ノーザイト要塞砦騎士団の騎士さん達が、どうなったのかも知らないんです」


 緑龍に問われると、ウィルは頷く。その様子を見てリゲルは驚く。少年の纏う空気が、ガラリと変わったのだ。息子の大人と子供が同居していると言った意味がよく分かった瞬間だった。


 リゲルは、ならば……と口を開く。街の住民に負傷者は出たものの、死者は出ておらず。そちらは、応援に来ていた第五師団が対応して、既に街は平常通りに戻っているということ。

 ノーザイト要塞砦騎士団敷地内にあった官舎は、その半数を焼失。他の施設も複数が使用不可になっていること。それらを野営用のテントで対応しているが、復旧には時間が掛かること。


「謀反に加担した者は、おおよそ八百名。そのほとんどが、首謀者ハロルド・ガナスの手に寄って洗脳されておりました。そのうち、二百三十五名は同師団の騎士により、謀反が起きる前に捕縛され、謀反自体に参加しておりません。死者は、全ての師団を合わせ六百一名。負傷者は約九百名。首謀者は三十三名。捕らえられた残りの騎士百八十一名についても、現在取り調べが進んでいます。首謀者、賛同者は、厳刑に処されることになりますが、如何せん洗脳された者達が多く、どう処断すべきか議会でも意見が分かれております。洗脳された者の中には、本件で家から廃嫡された者も出ており、獄中にて自害する者まで現われまして――」

「……それって、おかしくない? 一番悪いのは、謀反を起こすように扇動した首謀者や賛同した人達と、唆されて龍王の眷属に手を出したハロルドでしょ? ……洗脳された人は、ある意味被害者なのに、真っ先に家族が見捨てるってどうなの? そりゃ、騎士として隙を付かれたのは、どうなのかなとは思うけど、幼龍の能力に抗うことなんて出来っこないし、どうしようもないことでしょ? その人達って、馬鹿なの――あっ!」


 無意識で呟いていたのか、ウィル自身も慌てて口を塞ぎ、俯く。そんなウィルを見て、緑龍は牙を軋ませて笑い、リゲルは溜息を吐き出した。リゲルも息子のガイから報告を受けた時、同じような言葉を吐いたためだ。


 リゲルは、先代オズワルド公爵が領主であった頃より、ラクロワ伯爵家当主を務めている。オズワルド公爵領は、確かに王都や他の領地より住みやすく、また統治もなされている。しかし、どこにでも愚か者は存在する。豊かで平和ならば、尚更――。


 今回の謀反の首謀者、賛同者達は、その殆どが王都、他領から入団した貴族出身者だった。広大なオズワルド公爵領。しかも、魔境を守るノーザイト要塞砦が存在することで、オズワルド公爵領の騎士団は人材確保が必要不可欠である。


 故に、以前から他の騎士団と違い、街の民や冒険者も平等に騎士団へ入団出来る機会が設けられ、他種族も期間は定められているが、入団することが許されている。犯罪経歴さえなければ、その殆どを受け入れてきた。


 ノーザイト要塞砦騎士団自体、完全実力主義で身分は然程関係がない。強いていうならば、総長に選ばれる者がオズワルド公爵家で、最も強い者が選ばれるということ。そこには男女差は無く、歴代の総長には女傑と呼ばれる人物たちも存在する。


 魔境という環境では戦いは避けられないが、資源が豊富に取れるということでもあり、経済的な余裕は生まれる。それらが王都の貴族たちや、他領の領主たちにとって面白くない。


 その上、王都騎士団は、戦のない世に移り変わり人員過多になっていた。そうして貴族院で採択された政策が、ノーザイト要塞砦騎士団に、王都から貴族の三男、四男を入団させるといった無謀なもの。民や冒険者を騎士として扱うならば、他領の貴族も受け入れろと、半ば、強引に押し切られた。


 勿論、思想・主義が違う者を受け入れることは出来ないと、先代オズワルド公爵は貴族院へ反論した。しかし、その反論は即位したばかりの現王オーガスト陛下によって却下された。オーガスト陛下が、どのような想いでおられるのかリゲルにはわからない。だが、その政策が愚策だったことは、すぐに証明される結果となった。


 他領からきた貴族出身の騎士達が、オズワルド公爵領の騎士を害した。民へ暴力を働こうとした騎士を止めようとして起きた事件だった。先代オズワルド公爵は、貴族院にて全てを報告したのち、その者達から騎士の称号を剥奪し、其々の領へ帰すことを発表。反論も出たが、害された騎士の中に侯爵家嫡男が存在していたことで、貴族院も黙るしかなかったのだ。


 領地に帰った先代オズワルド公爵は、すぐに領内の貴族とノーザイト要塞砦騎士団の各師団長を集め、議会を開催してあることを制定する。それは、現在も使われているノーザイト要塞砦騎士団の訓戒と戒告だった。


 元々、オズワルド公爵領の騎士に必要はなく制定されていなかったのだが、このような事態では致し方ないと、領内の貴族、ノーザイト要塞砦騎士団の各師団長は、先代オズワルド公爵の申し入れを了承。訓戒と戒告の制定を行った。


 その後、他領から入団する者の数は激減。ノーザイト要塞砦騎士団に入団する者の殆どが、モラン子爵のようにオズワルド公爵領の主義、思想に感銘した者達となった。


 リゲルの元に、第三師団の騎士が領主代行からの通達を届けに来たのは、謀反が起こる三日前。恐らく、同じ書類が他の貴族にも届けられている。内容は簡潔なもので『特務に不穏な動き有り。此度、過去の禍根を取り除く。注意されたし』というものだった。


 その通達を受けとった貴族たちの動きは速かった。自身が預る領地の商人や民たちをノーザイト要塞砦へ向かわせないように誘導したのだ。辻馬車もノーザイト要塞砦行きは出さず、近隣の領地へ向かわせた。そして、ノーザイト要塞砦に滞在中の商人や民にも早目に領地へ帰ることを促したのだ。おかげで、犠牲になった商人や民は皆無とはいかずとも、かなり激減したのは確かだった。


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