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 ウィルが椅子に座ると、フォスターは野菜シチューとパン粥、温野菜サラダをテーブルに並べる。いくらロッツェが時間を巻き戻し、修復した(うつわ)でも、魂自体も傷ついていた。弱っていることに変わりはない。それもあって、肉体に優しい食事を準備している。


「そういえば、幼龍に名前を付けたのですね」

「え、何で知ってるの?」

「名前を貰えたことが、余程嬉しかったのでしょう。ウィルが眠っている間に、知らせにきました」

「そうだったんだ。あ……後、愛称で呼ぶのは良いのかな? アルトディニアじゃ、灰白龍って呼ぶわけにいかないし、名前からフィーって愛称をつけたんだけど……」


 ウィルはソファで丸くなっているフィーへ視線を向け、フォスターへ訊ねる。ウィルは、龍の住処で暮らしていたが、龍の生活を詳しく知っているわけではない。龍たちの名前も、真名と呼ばれる名を知らされる者は、親や子、そして盟友や契約した者にだけ与えると緑龍から聞かされた。


「灰白龍もフィーと呼ばれることを好んでいるようなので、いいかもしれませんね」

「そういえば、フィーは何を食べさせたらいい? 僕と同じでいいの?」

「基本的には雑食なので、何でも食べますが、一日に一回はウィルの龍力を食べさせなければなりません」

「どういうこと?」

「フィーは成体になるまで、大地から龍力を受け取ることが出来ません。ウィルだけが、フィーに龍力を与えられるのです。なので、無茶をしてはいけませんよ?」


 驚いているウィルに、幼龍がウィルを親と認識してしまった理由を説明する。


「母龍が子龍に龍力を与えることは知っているでしょう? フィーは櫻龍から離れていたので受け取ることが出来ていなかった。ウィルが灰白龍の傷を癒した時に、ウィルは龍力を食べさせたでしょう?  その結果、フィーはウィルを親と認識してしまったのですよ」


 確かにウィルは、灰白龍に自分の龍力を与えた。灰白龍の龍力は、ハロルドの無理な使役によって残りわずかになっていたためだ。


「……僕、余計なことをしたのかな」

「それは、違います。フィーが、今もこうしていられるのは、ウィルが龍力を与えたからです。だからこそ、彼らは迷うことなく死を受け入れることが出来たのですよ。それに、白龍に我等の子を頼むと言われたでしょう?」


 ハッと顔を上げたウィルに、フォスターは微笑みを見せる。フィーに龍力を与えるため、魔力を龍力へ変換し続けなければならない。その為に龍玉を必要としたのだとフォスターが語ると、ウィルは押し黙ってしまった。


「ウィルが罪の意識を感じる必要はないのですが、それでも感じてしまうのでしょう? ならば、白龍の龍玉から大地の龍力を取り込み、櫻龍の龍玉からフィーに龍力を与える。そうすることで、少しは罪悪感が薄れるのではありませんか?」

「……ありがっ……と……」

「泣いていないで、食事をしっかり食べなさい。龍力を取り込むことが出来るようになったからといって、油断していたら倒れてしまいますよ」

「……うん。っ!」


 ウィルが涙を拭いて、止まっていた手を動かそうとすれば、時空が歪む。素早く飛び退いたウィルは、龍刃連接剣を具現させた。


「あー。うん。魂君の反応が、以前より良くなったことは分かったから、龍刃連接剣(それ)は仕舞ってねー」

「魂君、凄いですね。ロッツェ様の時空渡りに反応出来るなんて」


 目を見開き、固まっているウィルの前に現れたのは、ロッツェと顔色の悪い青年だった。フォスターは、溜息を吐き、彼等を見ている。カタンと音を立て立ち上がるとフォスターは、両手でウィルの耳をしっかりと塞いだ。


「何の用だ?」

「えー。昨日、話したばかりなのに忘れたのー?」

「忘れた。今すぐ、帰れ」

「やだなー。せっかく、ルースも連れて来たんだから、()()()()()してよねー」


 ロッツェの後ろに佇む青年――光を司る神ルースは「やっぱり帰りましょう」と、涙目でロッツェに訴えている。フォスターがルースへ視線を向けただけで、ヒッと悲鳴を上げた。

 ウィルは、耳を塞がれて話は聞こえなかったが、フォスターがロッツェの後ろにいる、恐らく神であろう青年から怖がられていることは理解できた。


「ロッツェさん、お久しぶりです。それと……初めまして、ですよね? フォスターに用事ですか? 僕、部屋に帰りましょうか?」


 ロッツェは、パタパタと手を振るとウィルを指差して、ニッコリと笑って見せた。


「僕に用、です?」


 今度は、大きく頷いて見せる。ウィルが、耳を塞いでいるフォスターを見上げると眉根を寄せている。どうやら、フォスターは彼らの来訪を快く思っていないらしい。ウィルは、再びロッツェに視線を戻し、少し考えたうえで口を開いた。


「申し訳ないんですけど、食事中なので僕の部屋で少し待ってもらえますか?」


 普通であれば、神様を待たせるなど良くないことだ。しかし、ロッツェとフォスター、天秤に掛けるならフォスターが重くなる。要は、フォスターの機嫌が悪くなることを避けたかったのだ。ロッツェはウィルの提案を了承したのか、スタスタとウィルの部屋へ青年を連れて歩いていった。


「フォスター。耳、痛いよ?」

「すみません。追い返しても良かったのですよ?」

「何か用があるみたいだったし、話を聞いて無理そうなら帰って貰うよ」

「ええ。是非、そうしてください」


 ロッツェが訪ねてきた理由を知らないウィルは、首を傾げながらフォスターに答えると、椅子に座る。そうして食事を再開した。なるべく急いで食事を済ませて部屋へ戻ると、ロッツェはベッドに座り込んで先に部屋へ帰ったフィーと遊び、顔色の悪い青年は、その傍らに立っている。


「お待たせしました。ロッツェさん、後、えーと」

「コイツは、ルースだよー。光を司る神ね」

「あっ! もしかして、僕に光の加護を……」

「はい。私です」


 ウィルが驚いた顔でルースを見ると、はにかんだ笑顔を返した。ロッツェは、立ち上がるとウィルの前にズイっと顔を出す。


「ほら、前にフォスターから光の加護を貰ったでしょー?」

「はい、貰いました」

「でもねー。あれってフォスターが間に入ったせいで凄く中途半端な加護になったみたいだったからさー。ちゃんと加護を渡したほうが良いと思って、連れて来たんだよねー」

「え……。そんな! あれで中途半端だなんて。今でも、すごく助かってるんです。ご加護を授けてくださって、本当にありがとうございます」

「……良い子だ。滅茶苦茶、良い子じゃないですか! 本当に、フォスター様が育てたんですか!?」

「あははっ。やっぱり、そう思うよねー? 色々されても、不思議と素直でねー。まあ、とりあえず加護、しっかりとお願いねー」


 ルースとロッツェの会話についていくことが出来ず、ウィルは首を傾げて彼等を見る。ルースは、首がもげる勢いで頷くと、ウィルへ近付いた。


「貴方は、水属性と火属性の使い手だと、ロッツェ様から聞いています。光でも、浄化や治癒が出来るのですよ」

「僕は、光魔法は結界と浄化に使っていました」

「ええ。聞きました。他にも使い方は色々とあります。正しく加護を授けますので、試してみてください」

「ありがとうございます! 大事に使わせていただきます!」


 ウィルが、目をキラキラさせて感謝の気持ちを伝えると、ルースは再び良い子だと感動している。ウィルからしてみると、感謝の気持ちを伝えることは当たり前の行為である。ただし、それをさせているのが、ウィルの基礎にある前世の記憶だと本人も気付いていなかった。


「では、始めます」


 落ち着いたルースは、少し恥ずかしそうにしながらウィルに目を閉じるように指示を出す。以前、加護を受け取った時に感じた暖かさより強烈な光を感じる。いいですよと言われ、瞼を開くとロッツェが笑い出した。


「くっ、あははははは。うん。これだけ強い加護になるとは思ってなかったけど、良かったねー。これなら、深淵に入っても絶対に穢れることはないから安心していいよー」

「深淵って……。えーと……? あ、ルースさん! ありがとうございます! これからも、いっぱい修行に励みますね!」

「私こそ、こんなに喜んでもらえて感激です! 修行が上手くいくよう、私も祈りを捧げておきますからね」 

「ぷっ、あー、もう! 魂君もルースも、可笑しすぎるから! お腹が捩れるから、許してよー」


 ルースは感激したように目を潤ませ、ロッツェはお腹を抱えて、大笑いしている。結局、最後まで意味が分からないままだったが、彼らは満足そうに神界へ帰っていった。


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