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ロッツェが、器の修復を行ったことが幸いしたのか、ロッツェが神界から神々を連れてウィルの元を訪ね祝福や加護を授けたのが折良く働いたのか、フォスターが想定したよりも早く、六日後にウィルは目覚めた。
しかし、目が覚めただけであって、動けるわけではない。精神的なショックも相まって、床上げが出来たのは、それから5日後。毎日、フォスターが食事の支度を整えてくれたが、今も手をつけぬまま机に食事が置かれている。
ウィルは、ベッドから起き上がることもなく、窓から外を眺めていた。脳裏に浮かぶのは、櫻龍と白龍の最期。一昼夜、泣き続けていたのに、彼女たちのことを思い出すだけで、今でも胸が締め付けられ涙が溢れそうになる。
時間が経ち、冷静になれば、ウィルにも紅龍が止めた理由が理解できた。彼等を救うには、天に還すしかなかったのだ。たとえ櫻龍を助けたられたとしても、ウィルには白龍を助けられるだけの余力は残されていなかった。白龍が堕龍になれば、助けた櫻龍も再び闇へ堕ちてしまう。それを分かっていたからこそ、紅龍はウィルを止めた。しかし、ウィルが送る必要があったのか、その理由が分からなかった。
「ねえ、櫻龍。……どうして、僕だったの? どうして僕に送らせたの?」
そう呟いて、ウィルは自分の胸元に触れる。目覚めた時、櫻龍と白龍の龍玉が器に取り込まれていると、フォスターに伝えられた。櫻龍の龍玉は、龍力を使用するため。白龍の龍玉は、龍力を取り込むため。それぞれ、役割があってウィルの中にある。蒼龍、江龍も、そして紅龍も、そのために櫻龍と白龍の龍玉を使うことは知っている。
「こんな、こんな再会の仕方は残酷すぎるよ」
櫻龍と白龍の龍玉を使うことで、魔力を龍力に変換して使えるようになる。龍術を使っても、今までのように生命力が削られることはない。自分の命を使う必要はなくなったのだ。
簡単に言えば、今まで魔力を蓄えるタンクしかなかった。それに、龍力を蓄えるタンクが追加され、ふたつのタンクで魔力と龍力を循環させることができる。そして、大地から龍力を取り込める機能があるため、どちらも枯渇することはない。
勿論、今まで習得した魔法も、そのまま使うことも可能だ。だが、それを嬉しいと感じられるはずもなく、ウィルは溜息を吐く。
寝返りをうって目に入るのは、幼龍の姿。ウィルが目覚めてから、ずっとベッド脇で丸くなっている。時折、キューと小さな寝息が聞こえてくる。
「……幼龍」
声を掛けると頭をもたげて、ウィルへ顔を向けた。ここに来て、フォスターから綺麗にしてもらったのだろう。泥だらけになっていた鱗は、真珠のように光沢を放っている。
紅龍に名前を与えるように言われたことを思い出したウィルは、ベッドから起き上がって幼龍へと手を伸ばす。ウィルに撫でられることを気に入っているのか、触られると自分から擦り寄ってくる。そんな姿に、ウィルは力無く笑い、両手を伸ばしてギュッと幼龍の頭を抱き締めた。
「僕と一緒に居るってことは、アルトディニアに降りることになる。蒼龍様や江龍様、そして紅龍様は、僕のことを認めてくれてる。だけど、きっと今度のことで、今より……もっと人族を嫌いになった龍も沢山いると思うんだ。真実を理解できた時、君も人を嫌いになってしまうかもしれない……。だけど……」
そこまで言うとウィルは、抱き締めていた幼龍の頭から腕を離し、その顔を見詰める。ウィルは、キュッと唇を噛み締める。結果だけみれば、櫻龍や白龍の命を奪ったのは、ウィルなのだ。幼龍から見れば、ウィルは親を殺した仇になる。
『オカアサン?』
「っ……」
幼龍の呟きに、ウィルは息を呑む。そんなウィルの様子を、幼龍は不思議そうに見ていた。
「僕は龍じゃないから、君のちゃんとした母親にはなれない。だけど、君の友達でいたい。君と家族でいたい。君と一緒に居たいんだ。それと、君の名前、インフィニティでいいかな? 僕が前に居た世界の言葉だから、誰も知らない名前になるけど……」
『インフィニティ! ナマエ! ボクノナマエ!』
名前を貰い喜ぶ幼龍に、ホッと安堵の息を吐き出すと、ウィルは自分の手が震えていることに気付く。そして、視界が歪んでいることにも。
「……僕の涙腺、壊れちゃってるみたい。これから、よろしくね。フィー」
『フィー! ウレシイ!』
袖で涙を拭って、愛称を呼ぶと名前を与えられたことが、よほど嬉しかったのか、フィーは大きな翼をバサバサと揺らし、ウィルの顔へ自分の顔を擦りつけてくる。
「痛いよ、フィー」
『ソウ?』
ウィルが苦笑していると、フィーは首を傾げ、何か考えていたが、次の瞬間、ボフンという音がすると、フィーの姿は小さくなっていた。ただ、小さくなっても、やはり龍の姿だ。
「キュキュキュ?」
ウィルの肩に飛び乗り、首を伸ばして、これでどう? という感じでウィルを見てくるフィーに、ウィルは微笑みを向ける。
「うん、これなら大丈夫。ありがとう、フィー」
フォスターが夕食の時間を知らせるまで、ウィルは小さくなったフィーと、一緒にベッドで眠りについていた。
「食べなければ、回復しないでしょう? 少しでもいいから食べなさい」
夕食も欲しくないと言ったウィルに、フォスターは眉を寄せた。ウィルは、食事をせずに魔力を消費し続けている。そのことを知っているからこそ、食事をするようにフォスターは言っているのだが、ウィルはフォークすら手に取ろうとしない。
「本当に、欲しいって思えないんだ。それに、龍力も魔力も回復してるみたいで……。この器、僕にもよくわからないことになってる」
魔力が回復しているとウィルが話すと、フォスターは椅子から立ち上がり、問答無用と言わんばかりに肩を掴み、ウィルの胸元を肌蹴る。
「ちょっ!」
「器の状態を見ているのですから、大人しくしなさい!」
「うわ。いきなり、スイッチ入った……」
いきなり服を脱がされたウィルが、混乱して暴れると上から声が降って来て、ウィルは溜息を吐き出した。この状態(ウィルは調整モードと呼んでいる)になってしまうと宿主であるウィルのことを無視してしまうのは、以前からだ。アルトディニアに降りていたことも重なって、調整する機会がなく、ウィル自身忘れていた。
「……なるほど。理由が分かりました」
「服、着ていい?」
「構いませんよ。どうやら、器に取り込んだ龍玉の所為で、ウィルの感覚が龍に近い状態になっているようです。まあ、その器は龍玉だけでなく龍宝玉も取り込んでいるのですから、仕方がないのかもしれませんが」
白龍と櫻龍の龍玉。つまり龍力を取り込む機能が働き過ぎているということ。食事を少しとるだけで済む、それこそ龍と同じ状態になっているのだと、フォスターはウィルに説明する。しかし、ウィルの器は、人族の物であって、龍ではない。食事は、必要不可欠だ。
「食事をしなかったら、どうなるの?」
「百年は平気でしょうが、いずれ餓死するでしょうね」
それでも、百年も持つのかと突っ込みたい気持ちを抑えて、フォスターの言葉を待つ。すると、フォスターは「少し待っていてください」と言い残して、自室へと姿を消した。
そうして、五分程待っていると、手に金色の輪を持って来ると、ウィルの首にその輪を填める。
「この輪、留め具がないよ?」
「外れてもらっては困ります。どうですか?」
「どうですかって……。あ、お腹が空いてきてる? さっきまで、何ともなかったのに?」
フォスターは、ふぅと息を吐き出すと、首に嵌めた輪の説明を始める。
「それは、器に、その肉体が人族のものであると認識させる装置です。外れてしまうと困るので、私の能力で填めさせてもらいました。一応、応急措置です。器には、色々な術式を刻み込んであるので、簡単に術式を組み込むことが出来ないのですよ」
「……また、何か追加したの?」
「今回の件で、その器が如何に脆弱であったかを思い知りましたからね」
笑顔を見せるフォスターにウィルは溜息で答えると、食卓の椅子に座った。とりあえず、食欲が戻ったことで、ウィルは考えるよりも食事を優先したのだ。




