表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
82/132

082


 ウィルは、痛む身体を起こし、手に持っていた龍刃連接剣を杖にして立ち上がると再び詠唱を始めようとする。しかし――。


「もう、一度……」

『もう、よい』


 バサリ バサリ バサリ バサリ


 頭上から響いた声に、ウィルは顔を上げた。四方を囲うように巨大な龍達が舞い降りてくる。紅龍、江龍、蒼龍、白龍の四体。


『我等の曾孫の心を守ってくれただけで、もう充分じゃ』

『どうか、我が番の願いを叶えてほしい』

『我々は、あの子の最期を見届ける』

『それが、一番良いと判断したのだ』


 四方から、其々、ウィルに声を掛ける。最期という言葉にウィルは首を振った。


「いや……だ。嫌だっ! 櫻龍は、モルガは……僕の⋯⋯一番、大事な友達でっ! 親友でっ! ずっと、ずっと友達だって!」

『だからこそ、其方が送るのじゃ!』

「そんな……そんなっ! 紅龍様っ、どうしてっ!」

『櫻龍が、それを望んでおるのじゃよ』


 紅龍の言葉に、ウィルの視線は櫻龍へと向けられる。


「そんな⋯⋯嘘だよ……そんな、そんなのっ!」

『否。妾が望んだ』

「嫌だよ⋯⋯逝かないでよ⋯⋯大好きなのに⋯⋯」


 しっかりとウィルを見詰めて肯定する櫻龍の目に先程までの狂気は見られず、凪いでいる。その姿に、ウィルは膝から崩れ落ちた。


「……っ。……うぅっ……」


 ぽろぽろと零れ落ちる涙を、幼龍が舐めとる。しかし、舐めとっても再び流れ落ちる涙に幼龍は、首を傾げて見せた。


『我が友、我が盟友。どうか、其方の手で妾を送ってくれ。それこそ、妾の最期の望み』


白龍は、ウィルの側から離れようとしない幼龍の様子を見届けると櫻龍へと寄り添うように隣へ、その巨体を据えた。


『ウィルよ。其方には、辛い思いをさせてばかりですまぬが、我も櫻龍と伴に送って欲しい。この様な形で櫻龍を失えば、そう遠くないうちに、我も堕龍と化すだろう』


 目を向けると、その言葉通り、白龍の鱗は煌めきを失い始めている。ウィルは、青褪めた顔で白龍を見上げ震える声で言葉を発した。


「……幼龍は? 幼龍は、どう……なるの? 櫻龍が、お母さんで……、白龍は……お父さん、なのに……白龍まで⋯⋯逝っちゃうの?」

『其方が居てくれる。櫻龍が信じた其方なら、我も信じられる。其方になら、任せられる』

「ど……して。……みんな……酷いよ。白龍も、僕の……大切な……大事な、友達……なのに……。ど……して、そんな、酷い……よ」

『我も、其方の友で在れて良かった。我が真名はレーゼルヴァルドだ。覚えていてくれるか?』

「レーゼル⋯⋯ヴァルド⋯⋯レーゼ。忘れない、よ。僕の⋯⋯大切な友達⋯⋯だから」


 フラフラとした足取りで、地に伏せている櫻龍の眼前まで行くと、ウィルはその鼻先を撫でた。ウィルが撫でると櫻龍は眼を開く。


『泣くな』

「そんなの……無理、だよ。モルガ⋯⋯初めて、出来た……っ……友達、な……のにっ! ……ずっと、友達って、約束……したのに……こんな……こんな、再会……望んで……なかった、のに……。また、一緒に……みんなで……。なのに……」

『我も、其方の盟友となれて嬉しかった。其方と共に在った時は、我の宝ぞ。なればこそ、堕ちる前に、我等を送ってほしい。誰でもない其方の手で……』


 揺らぐことのない櫻龍と白龍の決意に、ウィルは涙を流す。それでも、じわりじわりと瘴気に侵されていく彼等から目を逸らさなかった。


「……忘れ、ないから。モルガマリーもレーゼルヴァルドも、絶対……忘れてなんか……やらないから!」

『それは、重畳。我等にとって、最高の手向けぞ』

『ああ、最期に我も盟友を得れた。有り難い』


 もう語ることはないと判断したのか、櫻龍は、その長い首を白竜の首に絡めて、そっと瞼を閉じる。白龍も、櫻龍を見詰め、そして瞼を閉じた。


「……っ」


 ウィルは、嗚咽が漏れそうになって歯を食い縛って止めると、龍刃連接剣を天へと掲げる。


『劫初から劫末 流れる龍脈 噴き出でる力 仮初の依巫に宿る』


揺蕩(たゆた)う流れ 幾千もの輝き 解き放て 繚乱散花』


 ウィルが詠唱を始めると龍力が渦を巻くように溢れ出し、ウィルの足元から魔術陣が描かれていく。その巨大な魔術陣が櫻龍と白龍を取り囲み、光り輝き――。


 その光に呼応するように櫻龍と白龍の身体から目映まばゆい光が放たれ、櫻龍と白龍の身体が、淡紅色と白色の花弁に変わっていく。その花弁が舞い散ると、ウィルの渦巻く龍力と伴に、空へと花弁が舞い上がっていく。


『ありがとう……ウィル……』

『我等の子を頼む……』

「っ……ふっ……うぅっ……っ……」

『ナカナイデ……』


 空へ舞い上がる花弁の中央で、ウィルは小さく丸まり、声を詰まらせて泣いている。その隣に寄り添うように幼龍が座った。幼龍の鳴き声が、とても悲しく聴こえた。


『……ウィルよ。其方が、その幼龍へ名を付けよ。そして、其方が幼龍を育てるのじゃ』


 そう言い紅龍は結界へと、頭を向ける。ハロルドは腰を抜かして尻餅をついているが、マーシャル、ハワード、アレクサンドラは片膝をつき頭を下げていた。


『マーシャル。我が友、最後の龍王の言葉を伝えよう』

「……はい」


 名を呼ばれ、視線を紅龍へ向けたマーシャルは前へ出ると紅龍の言葉を待つ。


『うむ。……我等は、人族を決して許すことはない。されど、此度は櫻龍の盟友に免じて、この地を脅かすような真似はせぬ。櫻龍と白龍が、それを望んだ。じゃが、二度はない。心せよ、とな。しかと、伝えよ。それとなぁ……友の弟子は、儂らが住処に連れ帰る』

「なっ! 待ってください!」

『黙って聞かぬか!』


 厳しい怒号に、マーシャルは、その身を固める。感じたのは、純粋な怒り。同胞の命を失い、大事に思う者を傷付けられた怒りだった。そこには、ウィルと出会って間もないマーシャル達では、敵わない絆があるのだろう。


『こればかりは、どうしようもなかろうて。このままでは、(うつわ)が保てぬ。お主も気付いておるのじゃろう?』

「それは……」

『儂の友も、彼の神も、此度のことに心を痛めておる。……友の弟子の哀哭は、彼の地に住まう同胞たちにも伝わっておるのじゃ。このまま捨て置くような真似をすれば、それこそ魔神が目覚め、龍の住処まで魔境に堕ちてしまうわい。友の弟子はの、人の身でありながら、それほど龍の住処で努力した。だからこそ、儂の孫龍と婿龍の心を救えたんじゃろう』

「それほど⋯⋯なのですね。ウィルは、もう此処へは帰って来てくれぬでしょうか」

『ふむ。確か、大精霊との約束が残っておるのじゃろ? 傷が癒え心の整理が着けば、時間はかかるが再びこの地を訪れるじゃろうて』

「わかりました」

「ふむ」


 紅龍はマーシャルに告げると、そのまま飛び立った。蒼龍が、地に伏して泣き続けているウィルを咥えて背に乗せると、幼龍もその背中に飛び乗る。それを確認すると、蒼竜も飛び立つ。


 最後まで残っていた江龍は、ウィルの張った結界を、その爪で破壊すると、先へと進み櫻龍を偲ぶように地面へ鼻先を当て、その後、頭を真上へ向け――――。


 グオァアァァァーーー!


 龍鳴を上げると、大きく翼を広げ、上空を旋回して姿を消した。




 魔境を覆っていた瘴気が晴れると、既に陽が傾き始めている。


「紅龍殿が最期の龍王様から承った言葉を、そのまま伝えます。『我等は、人族を決して許すことはない。されど、此度は櫻龍の盟友に免じて、この地を脅かすような真似はせぬ。櫻龍と白龍が、それを望んだ、と。じゃが、二度はない。心せよ』そう、仰せられました」

「……ウィルが、龍の眷属と盟友だったと?」

「そのようです。ガイも知らなかったようですが。ウィルが叫んだ時、驚いた顔を見せましたからね」


 マーシャルは、紅龍との話をアレクサンドラとハワードに話すと、巨木に寄り掛かったまま動けなくなっていたガイへと足を向けた。


「ガイ、動けそうですか?」

「……俺は、未熟だ。何も……何も、出来なかった」

「まだ、いいですよ。私とハワードは、ウィルに守られたまま、手を出すことも許されなかったのですから」


 悔しげに顔を歪め拳を握り締める友人に、マーシャルは溜息を漏らす。人族であるアレクサンドラとハロルドが守られる対象であることは理解している。しかし、亜人として人族より耐性が付いたマーシャルも、ハイエルフであるハワードもウィルに守られていた。それは、龍王の眷属が如何に強大な力を有しているかを、ウィルが知る者だったからだろう。


「否。ウィルの判断は、正しかった。あの結界がなければ、白龍殿は確実にハロルドを殺し、そのまま堕龍と化していた。それに、ウィルが使った龍術の影響で、闇の気配が薄れたから、こうしていられるが、あのままであったなら、今の時点で俺とハワード以外は生きていられない」

「そう……だったのですか」


 ガイは差し出されたマーシャルの手に掴まり、肩を借りて歩き出す。その先には、微動だにしないアレクサンドラと、腰を抜かしたハロルドを立たせているハワードがいる。


「それで、これからどうしましょうか」

「ここには、どうやって来たのだ?」

「推測ですが、ウィルの保護者である彼の方が、私達を魔術陣で移動させたのだと思います」


 空を見上げたマーシャルを追うように、ガイも空へ視線を向けると、すると天から一筋の光が地面へと衝突する。それは、光の粒子となって、三層の魔術陣へと姿を変えた。


「……どうやら、帰りも送っていただけるようです」


 五人が魔術陣へ入ると、魔法が発動するようになっていたのだろう。気付けば、五人とも、門の前に立っていた。アレクサンドラが警備兵へ開門の指示を出すと、門が開く。


 開いた門の先には、第一から第三までの副師団長 副師団長補佐が整列し、中央に次期領主セドリックと第六師団オニール師団長が待っていた。


「ノーザイト要塞砦騎士団総長アレクサンドラ・オズワルド以下四名。只今、帰参致しました」

「ああ。状況を報告せよ」

「はっ。負傷者一名。首謀者を確保。これ以上、ノーザイト要塞砦に影響が及ぶことはありません」

「報告、ご苦労」


 その瞬間、大通りに歓声が起こった。街の民も、不安な一夜を過ごしたのだろう。彼方此方で、抱き合う者、感涙する者、肩組みする者たちが喜びの声を上げている。



 マーシャル、ハワードは、其々の師団と合流して箱馬車へ乗り込んでいる。ガイは、副師団長に身体を支えられ箱馬車へ乗り込んだ。

 ハロルドは、魔力阻害装置付きの牢馬車へ乗せられ、ノーザイト要塞砦騎士団詰所へと向かう。第一師団、第二師団、第三師団が、そのままハロルドの護送をすることになった。

 一頻り暴れたハロルドは、剣を取り上げられると、項垂れ大人しく騎士達の指示に従っている。残されたのは、次期領主セドリックと護衛の任務をしている第六師団オニール師団長以下十名ほど。


「よく頑張ったな。今日は、部下に任せて休むといい」

「いいえ。このまま、詰所へ戻ります」

「休まないで平気なのか? 禁域で何が起こった?」

「休んでいる暇はありません。禁域での出来事は、後ほど報告へ参ります」


 アレクサンドラも、ただ見ていることしか出来なかった。人族だからというのは容易い。しかし、オズワルド公爵領を守る騎士として、恥ずべきことだと思えた。


 ウィルが何者であろうと、たった十五歳の子供一人に命懸けの戦いを背負わせ、生死を彷徨うような深い傷を負わせてしまったのだから。


「私も、また……未熟だ」


 アレクサンドラは空を見上げ、龍の眷属たちと共に飛び去ったウィルの姿を思う。マーシャルから聞かされた話では、帰ってくるのだと分かっていても、願わずにはいられない。


「お前が、私を、そして奴らを変えたのだ。早く帰ってこい」


 ウィルの帰りを待つ者たちがいる。彼らはウィルが帰って来るまで、何時までも待ち続ける。だから、一日でも早く――。


「詰所へ向かうぞ。馬車を出せ!」


 戦いには、勝った。しかし、残された者達の心には、深く大きい傷痕を残していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ