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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
79/132

079


 魔境の中へと足を踏み出し、ウィルは意識を研ぎ澄ます。初めてアルトディニアに降り立った日は、これほど濃い瘴気の気配は感じられなかった。


 先頭を歩くウィルの少し後ろをアレクサンドラが。その後ろをハロルドを連れたマーシャルとハワードが歩く。

 濃い瘴気は人体を蝕む。耐性の無い者ならば、すぐに意識を失い、命を落とす。だが、流石ノーザイト要塞砦騎士団ということか、誰一人として意識を手放す者はいなかった。


 道標もない魔境をウィルは、真っ直ぐと目的の場所へと向かっていく。それは、初めてアルトディニアに降り立った時に見つけた場所だ。


「……ここまで来れば、ノーザイト要塞砦には影響は出ないよ」

「そうか。わかった」


 普段ならば、魔物が湧いているだろう広い土地。今は、龍が発する濃い瘴気の影響か、閑散としている。その場で足を止めたウィルは、アレクサンドラに話し掛け、魔境の奥地へ視線を向けた。


探索(サーチ)


 魔境は『龍王の墓所』と言っても過言ではない。魔境の中心部には堕とされた龍王の亡骸が、今でも眠っている。その場所は深淵と呼ばれ、人々の立ち入ることが出来ない場所となっていた。その深淵で、瘴気は生まれ、龍王の亡骸から、魔物が湧き出している。


「(櫻龍……)」


 ウィルは、徐々に探索の範囲を広げて、魔境の中を探っていく。やはり、龍の気配があった。そして、同じところに、ガイの存在も確認できる。


「やっぱり、還縁の場にいるのは櫻龍なんだね……」

「櫻龍? ウィルは、魔境に存在している龍のことを知っているのですか?」

「紅龍様の孫龍、だよ」


 隣に並ぶマーシャルには縁深い名前が出て、はっとしたようにウィルを見る。しかし、ウィルはマーシャルを見ることなく、魔境の奥地へ視線を向けていた。


「……そして、僕の、とても大切な友達」


 ウィルは、小さな声でポツリと呟くと、ハワードに捕まれているハロルドの前に戻り、収納から一振りの剣を取り出して、地面へと突き刺す。


「ハロルドの剣だよ。ハワードと二人で取り返してきたんだ」


 ウィルの纏う空気が変わり、アレクサンドラとハワードは、ハロルドを残してマーシャルの隣へ移動する。それを見届けて、ウィルは龍刃連接剣を手に具現させた。

 地面に座り込むハロルドに、龍刃連接剣の切っ先を向け、ウィルは口を開く。


「マーシャルに怪我を負わせたのは、ハロルドでしょ?」

「へっ。そんなこと、知らねーよ」

「とぼけないでよ。マーシャルの怪我を治癒したのは、僕だ。その傷から、龍力を感じたんだ」

「はっ。龍力とか知らねぇから」

「龍力は、アルトディニアを巡る大地の力だよ。それを体内に取り込むことが出来る者は限られてる。それってね、マーシャルを襲ったのは、人でも魔獣でもないってことを証明してるんだ」

「っ!」


 ハロルドは、ハッと息を吐き、顔を上げた。そうして、初めてウィルと視線が合う。


「そ、それが、何だって言うんだよ!」

「いつまでも座り込んでないで、立ちなよ」

「っ!」


 ウィルは。龍刃連接剣の切っ先をハロルドの喉元に突きつけると、そのまま上へ押し上げる。ハロルドは、その切っ先に合わせて立ち上がるしか術がなかった。



 ハロルドを見るウィルの瞳。自分の全てを見透かすような、全てを暴くのではないか、そう感じてハロルドは思わず後退する。


「そう⋯⋯言う気がないなら、ハロルドを魔法で無理やり従わせてもいいんだよ?」


 ハロルドが後退したことで意味を為さなくなった龍刃連接剣をウィルはカシャンと音を立てて降ろす。


「特務師団の騎士さん達につかったのって、洗脳系の魔法でしょ? それ、僕も使えるんだけど、ハロルドに使っていい?」


 ウィルの言葉にハロルドは驚愕する。


「馬鹿な! それは、俺の竜にしか使えないはずだ!」

「そうだね。確かに、その魔法は龍術を使う彼等にしか使えない。それで、その龍に魔法を使わせて、特務師団の人達を従わせてたんだ? 酷いことするんだね」

「お、俺の、師団長の命令を、聞かない奴らが悪いんだ! 俺は悪くない!」

「貴様ぁっ!」


 その言葉に、怒りを露わにしたアレクサンドラがハロルドの前に出ようとするが、ウィルが龍刃連接剣でアレクサンドラの行く手を阻む。


「何故、止める!」

「時間がないから。アレクさんでも邪魔すれば、容赦しないよ」

「クッ!」


 悔しげに後退するアレクサンドラから、ウィルはハロルドへ視線を戻す。そして、ウィルは龍刃連接剣を剣に変化させると切っ先をハロルドへ向けた。


 ハロルドに、怒りを感じているのは、この場にいるマーシャルもハワードも、そしてウィルも同じ。其々が、大切に思う者達を失った。今すべきことはハロルドを問い詰めて、幼龍を召喚させること。


「ねえ。じゃあ、その召喚獣を僕にも見せてよ」

「何で、何で、俺が、お前なんかの言うこと、聞かなきゃならないんだよ!」

「ああ、そう。なら、その召喚獣を手に入れた場所を教えてよ」

「ノ、ノーザイトの北の森だ」


 落ち着かない様子を見せるハロルドに、ウィルは「嘘つき」と呟き、ハロルドの足に龍刃連接剣を当てる。


「ねえ、ハロルド。前に僕の龍刃連接剣の能力(ちから)を見たいって、言ってたよね? 色んな使い方があるんだ。たとえば、こんなふうに鞭に変えて、僕の魔力を龍刃連接剣へ送り込めば――――」

「い゛っ!」


 剣から鞭に変化した龍刃連接剣は、意思を持つ蛇のようにハロルドの脚に巻き付き、その脚をギリギリと締め上げる。


「こんな使い方も出来るんだよ。この状態から連接剣に変えたらハロルドの脚、簡単になくなるね? そうなる前に……ホントのこと話してよ」

「は、話すっ! 話すから!」


 真っ青になったハロルドが叫び声を上げると、ウィルは龍刃連接剣に魔力を送り、少しだけ緩める。外してしまっては、また嘘を吐くかもしれない。


「どこで、手に入れたの?」

「ひ、拾ったんだ」

「嘘つき。魔境の制限領域……還縁の場でしょ? 」

「あがっ……。なんでっ! なんで、お前が知ってるんだよ!」


 カッと目を見開き、ウィルに詰め寄ろうとするが、その前にウィルは魔力を送り、ハロルドの脚を締め上げる。


「それは、その場所のことを僕の大切な友達に()()()もらったからだよ。ねえ、還縁の場で何したの?」

「てめえなんかに、話すかよっ!」

「正直に話さぬか!」

「ひっ! 卵を盗みましたっ!」


 横からアレクサンドラが怒鳴りつけると、ハロルドは巨体を竦め、素直に答えを口にする。ウィルは、脚に巻き付けていた龍刃連接剣を外すと、ハロルドの剣へ視線を移す。


「ハロルド。その子はね、竜じゃない。龍王の眷属だよ」

「そんな筈ないだろ! 龍王なんて、絵物語や古代史に出てくるだけじゃねえかっ!」

「そこまで、言うなら見せてよ」


 ウィルは、そのままマーシャルの隣まで後退して、ハロルドと距離を取る。


「マーシャル。ハロルドの束縛魔法を解除して」

「わかりました」


除去(リムーバル)


 マーシャルは、ハロルドにかけていた光の束縛魔法を解除する。そうして、以前ガイの官舎でハワードと話した会話を思い出していた。


『冷静な状態であれば、短時間で全てを理解できる上に、おそらく冷酷な判断も下すだろう』 


 今まで見たことのないウィルの姿。今のウィルが、ハワードの言った状態なのだとマーシャルは判断する。


「ほら。さっさと剣を取りなよ」 

「うるせえっ! 言われなくても、てめえを倒してやる!」


 ハロルドはウィルに促され、剣を手に取ると生唾を飲む。竜を召喚できれば、竜に戦わせれば、ここに居る者たちを倒して逃げられる。それだけを考えて、ハロルドは詠唱を始めた。


「我が名はハロルド・ガナス 我の召喚に応えよ 碧き竜!」

『聖なる光 彼の者を戒めし鎖 解き放て 輝剣(シャインセイバー)


 両手に持った剣をハロルドが天へと掲げると、召喚術の魔術陣に、重ね合わせるようにウィルも魔法の詠唱を始める。ハロルドは両目を見開き、ウィルを見たが、召喚術を止めることは不可能だ。双方の魔術陣が完成した瞬間、閃光が走り、視界を真っ白に染めた。



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