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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
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077


「ところで、ガイはどうしたのですか?」

「それなんだが⋯⋯。魔境に忍び込んだ元盗賊は、一人だったのか? 別口で怪しい者が居なかったか?」

「いえ。そのような報告は、ありませんでしたが?」

「しかし、魔境の様子がおかしい。胡散臭い冒険者と魔物寄せの香は回収した。その場で冒険者を尋問したが、奴も仲間はいないと言い張っている。……だが、魔物が騒がしい上に、さらに瘴気が濃くなる一方だ。俺は、他にも魔物寄せの香を持っている者が潜伏している可能性が捨てきれなくて、その報告に戻ってきた」


 ハワードの話を聞き、マーシャルは苦渋の表情を見せる。アレクサンドラも同じような表情になった。他に何か問題が起きたのかとハワードが問うと、恐らくハロルドが禁域に手を出しているとマーシャルは話す。


「アイツは馬鹿か?」

「ええ、大馬鹿者です」

「アレは馬鹿というより愚か者だ」


 三者三様の意見に揃って溜息を吐く。本当に禁域へ手を出したならば、一刻の猶予も残されていない。


「ガイを呼び戻す時間もありません。仕方ありませんね」


 マーシャルはウィルの元へ向かおうとするが、その肩をハワードが掴み留めた。


「おい、マーシャル。ウィルに、それ以上何をさせるつもりだ? それ以前に、血塗れになっている理由は何だ? ウィルを戦場に立たせたのか?」

「これ以上戦わせるつもりはありません。血塗れになっている理由は――」

「ハワード、その件についてマーシャルに責はない。私が判断を間違えたのだ。戦場(いくさば)から離したつもりが、結果的に戦わせてしまった」


 アレクサンドラが口を開き、ハワードに説明をする。話の内容に、ハワードは驚いた様子だったが納得もしていた。


「ウィルにハロルドの潜伏先を探索してもらいます。ガイ以外で、ノーザイト要塞砦騎士団に広範囲の探索スキルを持つ者は存在しませんから。私の魔力探知ではハロルドは見つかりませんでした」

「ウィルも探索スキルを持っていると?」

「知らない女性を探すことは無理だと言っていました。逆に言えば、知っている相手なら探すことが可能だということです」


 アレクサンドラも思い出したのだろう。ウィルに訊いた張本人なのだから。マーシャルは、それだけ話すと今度こそウィルの元へ向かった。ウィルの肩を揺すれば、ウィルは薄っすらと目を開ける。


「ウィル。力を貸していただけますか?」

「……何をすればいいの?」


 目覚めたばかりで、意識が朦朧としているのだろう。ボンヤリとした視線をマーシャルに向けている。


「ハロルドを探す手伝いをしてもらいたいのです」

「ハロルド……。ハロルド・ガナス?」

「ええ。時間がないのです。教えて頂けますか?」


 眼を瞬かせながらウィルは立ち上がると、ゆっくりとした動作で龍刃連接剣を取り出す。室内訓練場にいる面々は、その姿に驚いてウィルを見詰めていた。それもそうだろう。此処にいる騎士の殆どが、ウィルの武器を知らない。そして、突然ウィルの手に現れたのだから。


『逆巻く水流 穢れを清めよ 大渦潮(メイルストラム)

『熱風よ 舞い上がれ 旋風(ファイアストーム)


「お待たせ。行けるよ」


 僅かに微笑んで見せるウィルに、皆、呆然となる。今見たものは幻だったのかと目をこする者もいる。


「ウィル。今のは……」

「修行してると魔物の体液を浴びることがあるんだ。中には危険な体液もあって。その度に洗い流すのが大変だったから、自分に使ってみた。威力の調整は難しいけど、案外使える。水属性と火属性が使える人ならできるよ」


 ウィルは、自分自身に攻撃魔法を掛けて、血を洗い流し、乾燥させた。日本にある洗濯乾燥機の魔法版なのだが、この世界に洗濯乾燥機があるはずがなく。


「いきなり魔法を使い始めたので、驚きました」


 マーシャルは、大きく息を吐き出した。いきなり、攻撃魔法を唱えたものだから、室内の魔法士達は防御陣を張って、目を白黒させている。


「ウィル。普通、自分自身に攻撃魔法は使いません」

「それより、ハロルドを探すんでしょ? 一緒に行くよ。僕は街の中を知らないから、説明が出来ないし。僕のことは、戦力として数えていいから」


 そう言われてしまえば、マーシャルも反論のしようがない。


「ウィル、それは…⋯」

「確かに、アレクさんの言うことは正論だと思う。僕は、皆が言う通り子供だし、考えも足りてない。それでも、大切だと思っている相手を傷付けられるのは、嫌だし、悲しいし、怒るよ。だから、もう化け物と言われてもいい。異端であってもいい。大切な人を守れるなら、僕は何にだってなる」

「ウィル。貴方は、化け物や異端者ではありません。オーウェンも言っていたでしょう? ウィルを化物扱いするなどノーザイト要塞砦騎士団の面汚しだと」


 その遣り取りを見て、ハワードが動く。ハロルドを追う者の人選をしなければならないのだ。龍が関わっているだけに、人選は難しい。先に、精鋭隊やマソン副師団長以外の人払いを済ませ、ハワードは、マーシャルに声を掛けた。


「時間がない。マーシャル、人選はどうする?」

「マーシャルも言ってたけど、時間がないって、何故? もしかして、マーシャルの怪我と関係してる?」


 ウィルに訊ねられ、マーシャルもハワードも言葉に詰まる。アレクサンドラへ視線をやれば、頭を横へ振ったのだが――――。


「マーシャルもハワードも、嘘、つかないでね。アレクさんも二人に口止めしないで」


 その言葉に、名前を呼ばれた三人は目を見張る。ウィルが使用しているのは、どう考えても看破(インサイト)のスキルだ。


「いつの間に、そのスキルを習得したのですか?」

「最初から。ただ、習得して時間が経ってないから使ってなかったけど。だから、嘘つかないでね?」


 参りましたと言わんばかりに吐息を吐き出すと、マーシャルはハワードとアレクサンドラを見て、そしてウィルへ視線を戻し、口を開いた。


「人が触れてはならない禁域……と言ってもウィルは知らないのですね」

「……それって、還縁(かんえん)の場?」

「あの地には、そのような名称が?」

「どうして、その場所とハロルドさんが関係してるの? 還縁の場は、龍でも滅多に入っちゃいけない場所なんだ。そんな場所に、なんで?」


 若干、青褪めた顔色のウィルがマーシャルの腕を掴み、話の続きを促す。


「ハロルドは、その場を訪れた者に手を出している可能性があるのです」

「竜の間違いじゃないの? マーシャルの怪我は、確かに龍力を含んでいるけど、そんなに強いものじゃないよ?」


 ウィルは、龍の住処に住まう龍の眷属を思い出しているのだろう。ウィルの言う竜とは、ワイバーンのことだ。


『いいえ。私を襲った龍は、ウィルと同じ位の大きさでした』


 マーシャルは捕まれている腕からウィルの手を取ると、深呼吸をする。ガイに龍恵心の使い方を教わって、どうにか触れている間は使えるようにまでなっていたのだ。


『紅龍殿と同じ姿形をしていました。恐らく生まれたばかりの龍を攫ったようです』


「そんなっ! そんな……まさか……櫻龍の子を? そんなことをしたら、堕龍になるるのに……」


 マーシャルの言葉が伝わったらしく、ウィルはマーシャルを掴む。ガクガクと震え出すウィルの身体を支えた。それだけ、堕龍は危険な存在なのだろうか。同じ疑問を、ハワードも持ったのだろう。


「ウィル。堕龍というのは何だ?」

「……生まれたばかりの幼龍は、母龍に名を貰い、母龍の龍力を貰い受ける。ただ、名を貰えない幼龍は、嘆き悲しみ、闇に堕ちるって、御師様から聞いてる。堕龍は、闇に堕ちた龍の総称なんだ。マーシャル、急ごう。ハロルドが、幼龍を使役し続ければ、街が沈む」

「街が……沈むとは、どういうことなのですか?」


 ハワードの問い掛けに、ウィルは素直に説明を始めたが、語られる内容に周りの者達は、顔色を悪くしていった。マーシャルの手を引き、動き出そうとするウィルを呆然とした面持ちでマーシャルは見ていた。それでも、どうにか声を絞り出す。


「魔境がどうして出来たのか、皆知ってるでしょ? 龍王の眷属である龍が堕龍になれば、ノーザイト要塞砦自体が魔境になる」

「ウィル。……幼龍を堕龍にしない方法が存在するのか?」


 アレクサンドラは、ウィルの前まで歩いて来ると、怒りで震えそうになる声を抑えて訊ねる。ハロルドは馬鹿だが、臆病者だ。恐らくハロルドに幼龍を使役するように誘導した相手がいる。それも、龍とは知らせずに。知っていれば、ハロルドは手を出さなかっただろう。それが、分かるだけにアレクサンドラは余計に腹立たしい。


「あるよ。だけど、すごく難しいし、たぶん皆には出来ない」

「それは、ウィルには成せるという意味で受け取っていいのか?」


 ウィルは、振り返ってアレクサンドラの問に頭を横へ振った。


「僕でも、出来るか分からない。既に堕龍になってれば、幼龍に僕の声は届かない。……母龍を見つけ出しても、幼龍を奪われた母龍自体が堕龍になってる可能性もある」


 フォスターや最後の龍王である緑龍、龍王の眷属である紅龍に頼めば、何とかなるのかもしれない。しかし、ウィルは言わなかった。

 大切な友であった龍王を堕とされたフォスター。人族との関わり方を間違えてしまったのだと後悔している緑龍。その眷属である紅龍たちに頼んでいい内容ではないと思ったのだ。


「皆が行かなくても、僕一人でも行くよ」


 ウィルがマーシャルから手を離し、歩き出そうと足を踏み出せば、その手を再びマーシャルが掴む。


「私も行きます」

「俺も行く。馬を準備して来るから、マーシャルとウィルは待っていろ」

「いいの? 還縁の場から帰ってこれる保証は出来ないよ?」


 真剣に訊ねるウィルに、マーシャルとハワードは顔を見合わせて笑う。自分達がやらなければならないことなのだ。ウィルに任せていいことじゃない。


「三頭、準備しろ。私も出る」

「総長、ウィルの言ったとおり、生きて帰れる保証はありませんよ? それでもいいのですか?」

「私の命でノーザイト要塞砦を守れるというなら、安いものだ。ワーナー副師団長、コンラッド師団長にノーザイト要塞砦騎士団の権限を委ねると伝えろ。それから、次期領主へ早急に事態を知らせて指示を仰げ!」

「ですが!」

「聞かん。オズワルド公爵領の危機を食い止めるために、ノーザイト要塞砦騎士団はあるのだ。お前達は謀反を起こした騎士を捕えろ。一人たりとも逃すな!」


 第五師団の師団長を名指しすると、騎士達が止めるのも聞かず、アレクサンドラは先に歩き出す。マーシャルはハワードと頷き合い、ウィルの手を取って、アレクサンドラの後を追った。


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