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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
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076


 マーシャルは、ふらつきながらも、気を失ったウィルを抱き上げて立ち上がり、アレクサンドラと向かい合った。アレクサンドラの今の心情が、マーシャルにもよくわかる。戦わせるべきでない者を戦わせてしまったのは、マーシャルも同じなのだ。


「……ウィルは、人を斬ったことがなかったのだろう?」

「そう、ですね」


 二人の脳裏に、ハワードに問われて人族を相手に戦ったことはないと話し、されど相手が殺しにきたら全力で戦うと言っていたウィルの姿が思い出される。アレクサンドラの言葉に、騎士たちの息を呑む音がマーシャルの耳に入った。



 ウィルは、相手を瞬殺出来るであろう切っ先を、敢えて手足へと向かわせていた。最初は、人を殺すことに抵抗があるのだろうとマーシャルは考えた。それが生み出されて三年の子供ならば、尚更であろうと。しかし、ウィルから感じられる感情は、人を殺める『恐怖』ではなく、『悲しみ』と『怒り』。

 彼らの命を刈り取るより、生かして捕えることを目的としているのだと気づいたのは、傷を治癒したことによって。


「今は、後悔するより早期解決が先でしょう。恐らくウィルも、それを願っています」


 そう言って、マーシャルは奥へと歩き出す。その先で副師団長を務めるワーナー・マソンが、野営用に保管されている毛布を用意している姿が見えた。


「こちらに寝かせてあげてください」


 毛布二枚を使い、ウィルを寝かせられるスペースを作り出したワーナー副師団長の手には、もう一枚の毛布が持たれている。起こさないように寝かせれば、その上に毛布が掛けられた。


「モラン師団長が重傷を負っても、騎士の士気が下がらなかったのは、この少年のお陰です。この少年ならば、モラン師団長を助けることが出来ると、治癒士たちが口を揃えて言ったのです」


 そうでなければ、詰所に残っていた騎士たちは、総崩れしていただろう。加えて、サットドールの存在も大きかった。少年がモラン師団長の別宅にいることを第三師団の騎士に教えられ、少年を迎えに行こうとした矢先、謀反を起こした特務師団の騎士たちが詰所を襲撃した。総長のアレクサンドラも参戦し大混戦になったが、その場を制したのがサットドールだった。


 突如現れたサットドールに、特務師団の一人が攻撃するように命令したが、サッドドールは命令した特務師団の騎士を攻撃した。しかも、一体だけではなく、具現した全てのサッドドールが特務師団へ攻撃を始めたのだ。

 壁を作るように並ぶサットドールは、第三師団の騎士に、まるで早く少年を呼びに行けと言わんばかりに道を与えた。


「そんなことがあったのですか」

「はい。少年が詰所へ到着し我々が反撃に出ると、サットドールは姿を消しました。……捕えた騎士の話では、特務師団約八百名程度が謀反に加わったようです。残りの騎士は特務師団を離反。その後、第一師団と合流して共に行動しています。既に捕えられている者が多いのですが……。その大半が、何らかの魔法で洗脳されている様子なのです。その所為で、殲滅することも出来ず、時間が掛かっています」


 ワーナーは報告が終わると下がり、部下たちの元へと向かった。それを見送り、マーシャルは巨大なテーブルへと向かう。


「状況は、ワーナー副師団長から報告を受けました。後、どれ程残っているのですか?」


 巨大なテーブルに備え付けてある椅子へ座り、マーシャルは第五師団師団長であるダリウス・コンラッドに訊ねる。


「確かに時間は掛かったが、残存している騎士は極僅かだ。しかし、師団長のハロルド・ガナスが、まだ捕縛されていない」


 マーシャルは、コンラッド師団長の言葉に目を閉じる。どう動くことが一番なのか考え、息を吐き出した。ハロルド単体であれば、一般の騎士が束になって捕縛も可能だろうが、ハロルドが召喚したアレは、瞬く間に騎士を殺すだろう。マーシャルでさえ、瀕死の重傷を負わされたのだ。


「ワーナー副師団長。束縛魔法を使える者達を集めてください。私が出ます」

「な! モラン師団長!」


 部下と話が終わったワーナー副師団長は、マーシャルの後ろに控えていた。ワーナー副師団長の驚きは、当たり前なのだ。普通に考えれば、司令塔であるマーシャル自らが動くことはない。だからと言って、部下を行かせられない理由がある。


「それは、俺達では役不足だと言いたいのか?」


 コンラッド師団長の言葉に、マーシャルは静かに頭を横へと振った。


「いいえ。ハロルドは、恐らく人が手を出してはならない禁域に触れています。それを確かめるために、私が出ると言っているのです。この場に看破(インサイト)のスキルを持つのは、私だけですからね。総長、出撃許可をいただけますか?」


 禁域という言葉にアレクサンドラとコンラッドは、眉をひそめる。人が手を出してはならない禁域。それは、龍王とその眷属である龍を指し示す言葉だ。そして、姿を現さない龍だが、何故か産卵だけはオズワルド公爵領の魔境で行う。


 それ故に、竜人族のラクロワ家がオズワルド公爵領に住み、監視しているのだ。龍達の守護役として。そうでもなければ、人族を嫌う竜人族が人里で暮らす理由はない。少なくとも、今の当主とガイは人族に対し悪感情を抱いている様子はないが、ハロルドが龍に手を出したと知ったなら、どうなるか分からない。勿論、ラクロワ家の秘密を知る者は少ない。それでも……。


「……愚か者が」


 ポツリと吐き出された言葉は、誰のものだったのか。ただ、その場に居る者たち、全てが同じ気持ちだったに違いない。







「すまないが、治癒士を呼んでもらえるか。怪我人がいる」


 沈黙を破り、室内訓練場に入ってきたのは、第三師団師団長のハワード・クレマンだった。その隣には、怪我を負いながらも、自力で歩くオーウェン・トマの姿がある。

 マーシャルは、すぐに治癒師を呼び、オーウェンの治癒に当たらせた。ウィルの無事な姿を見て気が抜けたのか、オーウェンは治癒魔法を受ける最中、意識を手放した。その様子を見届けて、マーシャルは卓に戻る。


「何故、オーウェンが一緒に?」


 オーウェンとウィルが住む屋敷とハワードが向かった魔境は、詰所を挟んで正反対にあるため、出会うはずがない。マーシャルは、ハワードの隣に腰を下ろし問いかけた。


「オーウェン・トマと会ったのは、詰所の近くだ。ウィルを呼びに向かった俺の部下を追って、特務師団の騎士たちが家を襲撃したようだ。オーウェンは、それらを撃退した後、ウィルが心配になって詰所まで来たらしいが、ここに来るまで、かなり戦っていたんだろう」

「家を襲撃した特務師団が、どれ程の人数だったかオーウェンから聞いていますか?」

「三十人までは、覚えていたようだが、恐らく⋯⋯まだ多いだろうな」


 短期間で副師団長補佐まで昇格するだけあるとハワードに言われ、マーシャルは素直に頷く。部下思いで、機転も働く。国立錬金研究所に入所するほどの頭脳を持ち、剣の腕も悪くない。確実に師団長としての素質がある青年だったのだ。


「その分だと、見つかっていない騎士は、そこで亡くなっている可能性が高そうだな。第五師団は、そちらの確認へ赴く。モラン、別宅の場所を教えろ。総長、それで構わないか?」

「ああ、向かってくれ」

「コンラッド。恐らく、そこに俺の師団の騎士も亡くなっている。宜しく頼む」

「承知した。丁重に扱おう」


 ハワードは、オーウェンから部下達の最期を聴いていた。立派にウィルを守って、亡くなったと。部下を亡くすことはハワードも辛い。しかし、護衛対象を立派に守ったならば、彼等を褒めてやるしかない。まして、彼らは自らウィルの護衛任務に志願した者たちだ。


 向かい側に座る第五師団のコンラッド師団長は、大きく溜息を吐き出して立ち上がった。マーシャルが、紙に住所を書いてコンラッド師団長へ渡すと、第五師団の騎士も室内訓練場を出て行く。それを見送り、マーシャルはハワードに声を掛けた。


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