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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
75/132

075


「……もう、迷わない。もう、何かを失くすのは嫌だ」


 ウィルは呟きを漏らすと、龍刃連接剣を具現させ、剣へと変化させると深呼吸をした。そして、同時にバタンと大きな音を立てて扉が開かれる。


「居たぞ! 何だ、このガキっ!」


 老人と呼ぶには些か早い歳の男だ。その男の腕に狙いを定める。


「……悪さをする腕は、要らない」


 ザシュ


「い゛っ! あぁああっ! 腕がぁあっ、俺の……俺の、腕がぁああっ!」


 ウィルが、入ってきた男の腕を切り落とすと、その男は叫び声をあげて、床をのた打ち回る。その声に誘われるように、次から次に男達が部屋へ押し寄せた。


「……ねえ。そんなにくっついて、剣なんか振れるの?」


「なっ! あがっ!」

 バシュ

「ひいっ! く、来るなあぁぁっ!」

 ザンッ

「や、やめっ! い゛ぎゃああぁぁあっ!」

 ザシュ

「知らなかったよ。一ヶ所に集まっている敵は……倒しやすいんだね。得物を振れば、必ず味方に当たるから……振れないもんね」

「ひいいぃぃっ!」

 ザンッ ザシュ

「この足も……その手も要らない」


 そう淡々と語りながら、ウィルは龍刃連接剣を振る。部屋の彼方此方に、血が飛び散り、ウィルが切り落とした手足が散乱していく。男たちは芋虫のように床に転がり、痛みで蠢いていた。


「に……逃げ……逃げろぉぉっ!」

「下がれっ! 早く下がれ!」

「じゃ、邪魔だっ!」


 仲間が斬られ、錯乱状態に陥った男たちは、我先にと扉へ向かうが、ウィルの方が早かった。


『光の守護 結界領域』


「な、なんだ! 出れないぞっ!」

「見えない壁だと!」

「おい、邪魔するな!」


 ウィルと男達のいる狭い範囲を指定して結界を張ると、ウィルは男達を見据えた。


「逃がすわけないし。……逃げた先で、また、殺すでしょ? また、傷付けるでしょ? あの騎士さん達みたいに……マーシャルみたいに。そんなの、許さない。絶対、許せないっ!」


 ウィルが叫ぶと、気が触れたように男が斬りかかってくる。しかし、それを避けて両腕を切断した。逃げ場がなくなったことで、腰を抜かし、泣き喚く者も現れる。

 ウィルを通り抜けて、マーシャルへ近付こうとする男の両腕も龍刃連接剣を下段から上段へと刃を走らせて斬り落とす。跳ね上げられた両腕は剣を握った状態で、血飛沫を飛ばしながら、扉の前にへたり込む男の前に転がっていく。


「ヒッ! ひいぃぃっ!」

「結界の中に、マーシャルを入れるわけないから」

「ば、化け物っ! 化け物だっ!」

「うん。そうだね。大切な人たちを守るためだったら――」

 ザンッ

「ぎゃあぁぁああぁっ!」

「きっと、誰もが、化け物になれるんだと思うよ」


 ウィルのことを化け物と叫んだ男の腕を切り落とすと、周りの男たちは戦意を失ったのか、自ら得物を手放していく。ウィルは、その男たちを見回し、詠唱する。


閃光拘束(グリントシャクルス)


 戦意を失った相手に、オーウェンが使っていた光の束縛魔法を掛けた後、逃げ出さないように手足を切り落とした相手にも同じように光の束縛魔法を掛ける。そうして、死なない程度に治癒魔法を施した。情けをかけたわけではない。もう二度と、こんなことが起きないように、アレクサンドラに裁いてもらうためだ。


『光の守護 終焉』


 全てを済ませ、結界を消滅させるとウィルは、ふわりと後ろから抱き締められる。それは、良く知った香り。甘えそうになるのを堪え、ウィルはマーシャルの腕から抜け出す。

 甘えるのは最後でいい。泣くのも、全てが終わった後でいい。そう、心の中でウィルは自身を戒めた。


「マーシャル、まだ終わってない。アレクさん達が戦ってる」

「ええ。ウィルのお陰で、何とか動けそうなので、私も向かいます」

「一緒に行くよ。アレクさんとマーシャルを守ると約束してる」

「ならば、私とも約束してください。決して私から離れないと」


 ウィルが頷くとマーシャルは歩き出す。


 マーシャルが張った布石。それは、第一師団と特務師団以外の全ての師団を外へ出し、ノーザイト砦の周りに潜伏させるというもの。


 ラクロワ師団長と第二師団の騎士たちは、エドワード王太子を護衛してガルドリアで、次期領主セドリックと合流。状況説明を行なった後、ノーザイト要塞砦付近で待機中の第四・第五師団と合流。第二師団の騎士を残し、ラクロワ師団長は魔境へ向かった。

 第四・第五師団の師団長と騎士達は、エドワード王太子護衛任務から帰還した第二師団の騎士と合流後、ノーザイト要塞砦付近で潜伏。

 第三師団は、巡回中の第四師団と第五師団の騎士達を呼び戻し、他の師団とは別任務でノーザイト要塞砦付近に潜伏。クレマン師団長は、ラクロワ師団長と合流して魔境へと向かった。


 第二・第四・第五師団の騎士は合流後、中隊に別れて配置につき、信号弾が上がるまで待機。信号弾は、潜伏中の騎士への突入の合図だったのだ。



 


「潜伏させるのは理解できたけど、ガイとハワードは何故、魔境へ行ったの?」

「冒険者ギルドに潜ませている騎士から、胡散臭い冒険者がいると報告を受けたのですよ。傭兵崩れの元盗賊でした。態々、王都で登録をしてノーザイト砦へ来たようです。二年前の事件を模倣しているのでしょうね」


 マーシャルは第一師団の執務室で騎士服を纏うと、ウィルを連れて屋内訓練場へ向かっていた。

 第一師団が管理している屋内訓練場を本陣として戦うと先に決めていた。総長率いる精鋭部隊は、そこに居る。


「二年前……って、Sランクの魔物に襲われた?」

「ええ。ハーバード様が亡くなられた戦いです。ハワードから第三師団の騎士を借りて、王都へ向かわせ調べさせました。元盗賊は、王都で魔物寄せの香を購入しています」

「…………」


 予想通り、屋内訓練場が本陣として正しく機能している様子が目に入り、マーシャルはホッと安堵の息を吐く。一番奥の巨大なテーブルで、アレクサンドラと第五師団の師団長が、何やら話し込んでいるようだ。

 マーシャルの姿に気付いた騎士たちが道を開ける。足を進めようとして、マーシャルは、ふと後ろを振り向く。ウィルは、入口で立ち止まっていた。


「ウィル?」

「ねえ⋯⋯どうして? どうして、そこまで分かってたならっ」


 ウィルが思い出すのは、第三師団の騎士たち。そして、道すがらウィルを守って斬られた大勢の騎士の姿だった。


「何で、こんなことになる前に止められなかったの! ……っ……。僕の……僕の目の前で、僕を守って……。沢山の騎士さん達が――」


 ウィルの、その言葉に屋内訓練場がシンと静まりかえる。マーシャルは、ウィルの前に戻ると片膝をついて顔を覗き込む。


「そうですね。それは、私の不徳とするところでしょう。しかし、組織というものは、疑いだけでは動けないのですよ。それが巨大であればあるほどに……」

「みんな、いい人で……っ……。熱を出した僕を、ホントに……心配して……くれて……っ……。また、一緒に…………ご飯、食べる……約束、したのに……」


 マーシャルは、言葉に詰まるウィルをそっと抱き寄せる。マーシャルが目覚めた時、既に身体中を血に染めて戦っていた。思うようにならない身体で何とか起き上がった時は、全てが終わった後だった。化け物と呼ばれ、大切な人を守るためならば、誰でも化け物になれると肯定していた。


「……辛い思いをさせてしまいましたね」

「うわぁああああぁぁっ!」


 堰を切ったように泣き出したウィルを、ギュッと抱き締める。悲痛な叫びにも聞こえる泣き声が、屋内訓練場に木霊した。いくらウィルの持つ能力(ちから)が高くても、その精神は子供なのだ。戦場(いくさば)に出していい年齢ではない。


 その場にいた騎士たちの中には、血塗れになり泣き叫ぶウィルの姿を目にして、悔しさから目頭を押さえている者もいる。


「ウィル。騎士は、みんな死を覚悟しています。騎士とは、その覚悟を持って戦う存在だからです。国を守り、街の民を守り、大切な人を守る。それこそが、私達に科せられた務めであり、誇りなのです。ウィルには理解できないかもしれませんが、ウィルを守った騎士たちは、それを誉れとして亡くなることができたのですよ」


 マーシャルがウィルに語り掛けていると、足音が聞こえ、マーシャルは頭を上げた。奥に居たアレクサンドラと第五師団師団長が入口へ歩いてくる姿が目に映る。


 アレクサンドラは、ウィルが視界に入ると足を止めた。その身を血に染めるウィルに気付いたのだろう。痛ましげな視線に変わる。アレクサンドラが、ウィルを詰所に残したのは、詰所内であれば戦場と化すことはないと考えていたからだったが、己の考えが甘かったと痛感させられる姿だった。


「モラン師団長、報告を頼む」

「主犯と思われる騎士、二十六名。全て拘束され、詰所三階の一室に閉じ込めてあります」

「全て……。死者は居ないと?」


 先に進んだ第五師団師団長が、マーシャルへ声を掛ける。その受け答えで、にわかに騒がしくなるが、マーシャルが次に発した言葉で、再び静まることとなった。


「ええ。ほとんどの者が、手足を落とされた上で治癒されていますから、逃げることは不可能でしょう。念の為、途中で会った騎士に監視するよう命令してあります」

「っ……。それは、ウィルが成したことか?」

「ええ。病み上がりで万全の状態ではなかったのでしょうが」


 血濡れの姿でマーシャル寄りかかるようにして、意識を手放したウィルに、騎士たちの視線が集まったのは言うまでもない。


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