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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
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「……う……っ。ふっ……ッ……」


 走る。走る。涙を拭うことも忘れて、只管(ひたすら)、ノーザイト要塞砦騎士団の詰所を目指し、行く手を阻む者たちを飛び越えて、蹴飛ばして、ウィルは走り続けていた。


「いたぞ! 銀髪の少年、コイツだ! この少年だ!」

「来たぞ!」

「これ以上、進ませるなぁ!」

「殺せえぇぇっ!」


 一人が叫べば、あっという間に人垣が出来てしまう。だが――。


 ザンッ

「止まるな、少年! 行けっ!」

「ここは、俺達が引き受ける!」

「モラン師団長を頼んだぞ!」

「振り返るなっ! 行けえぇぇぇっ!」


 ウィルを守ろうとする存在があった。それは、第一師団の騎士である。各師団には治癒士が在籍しているが、その彼らが街一番の治癒士ベアトリスが不在の今、モラン師団長を助けられる存在は護衛対象である少年(ウィル)しかいないと口にしたのだ。


 特務師団は、逆の立場でウィルを追っていた。第一師団の師団長を治癒されては困る。ノーザイト要塞砦の頭脳とも呼べる、第一師団のモラン師団長が治癒されてしまえば、自分達に未来はない。


 勿論、全ての特務師団の騎士が謀反に加わっているわけではなかった。その者たちは、早々に離反して腕章を外し、第一師団の騎士と共に、元同胞と戦っている。ウィルにしてみれば、同じ騎士服を身に纏っている彼等は見分けがつかない。つまり、敵味方が区別できず、攻撃が出来ないのだ。


 詰所が近くなるにつれて、剣戟が酷くなっていく。至る所に、血塗れになった騎士が座り込み、中には死んでいる者さえいる。それでも、止まらなかった。オーウェンの騎士の気持ちを無駄にする気かという言葉が、モラン師団長を頼むと言った第一師団の騎士の言葉が、ウィルに止まることを許さなかった。


 そうやって、辿り着いた騎士団詰所。


「……なんでっ」


 騎士団の詰所と公爵邸を守る沢山のサッドドールが、騎士達に襲われている。魔力が足りていないのか、あれほど強かったサットドールは、一撃で土へ還っていく。それでも、次々と具現するサッドドールに、特務師団の騎士は、行く手を阻まれていた。


「そんなことをしたら――」


 いくらウィルの魔力をノームに与えたといっても、これだけの数を出現させれば、その分、魔力を消費してしまう。ウィルが、その場に駆け出そうとすれば、一体のサットドールがウィルの目前に現れ、手を指し伸ばし停止する。ウィルは、そのサットドールの手に触れた。そこから、ウィルは自分の魔力をノームに流し込んでいく。


『サンカイ……シツム……シツ。ハヤク……アレク…………タス、ケテ……』

「っ。メリッサさんはっ!」

『……マダ……ガンバ、レル。マダ……ダイジョ……ブ』

「わかった。絶対、無理だけはしないで」

『アリガ……トゥ』


 ウィルは、サットドールから離れると龍刃連接剣を鞭に変化させて三階へと跳んだ。きっと、アレクさんやマーシャルを助ければ、状況が変わるのだと信じて。


 ガシャーン


 龍刃連接剣を操って窓の硝子を破り、飛び込む。廊下は血の海と化していた。その中をアレクサンドラの執務室へ向けてウィルは走る。

 バンと音を立てて扉を開けると、一斉に剣や杖を向けられた。その中央に、アレクサンドラは居た。制服は血塗れになっているが、アレクサンドラ自身が怪我をしている様子はない。


「皆、武器を下ろせ。この少年は味方だ」

「……マーシャルは……マーシャルは、何処っ!」


 アレクサンドラの制服を掴み、叫ぶウィルの姿に、ある者は視線を逸らし、ある者は項垂れる。只、アレクサンドラだけは、ウィルから目を逸らさなかった。


「隣の部屋だ。最期に会ってやれ」

「……っさない。死ぬなんて、絶対に許さないっ!」


 ウィルは執務室を飛び出し、隣の部屋へ駆け込む。四人の治癒士がマーシャルの周りを囲み、治癒魔法を施しているが、その顔は青白く、呼吸も浅い。


「……マーシャル? この傷、どうして龍力が……」


 制服が脱がされ、上半身は真っ赤に染まった包帯が巻かれている。上半身で血に染まっていない箇所は、腕の先ぐらいしかない。


「なんで、こんな……こんなの……絶対、許さない。諦めたりしてやらないっ!」


 ウィルの後ろから入室したアレクサンドラと室内に居た治癒士は同時に息を呑む。ウィルの魔力が膨れ上がったのだ。そして、巨大な魔術陣がウィルを中心に形成されていく。


『命の根源 噴き出でる力 響く歌声 彼の者の鼓動を呼び戻せ 蘇生(リサシテイション)


 この室内にウィルの操る言語を理解できた者は居ない。だが、強い魔力がマーシャルへと注がれていることは解った。どれほどの時間、そうしていたのか分からない。短かったのかもしれないし、長かったのかもしれない。ただ、マーシャルの青白かった顔色が良くなり、呼吸が正常に戻ったことは誰の目にも明らかだ。魔術陣が収束した瞬間、ウィルの身体がグラリと揺れる。それをアレクサンドラが後ろから支えた。


「……よくやってくれた。心より感謝する」


 アレクサンドラが、マーシャルの横にウィルを座らせようとすれば、逆にウィルがアレクサンドラの腕を掴んだ。


「僕も行く。アレクさんを守るって、メリッサさんと約束したんだ。だから――っ!」


 その言葉にアレクサンドラは目を伏せ「そうか」と呟き、ウィルの手を掴まれている反対側の手で外すと、そのままウィルを腕の中に閉じ込める。


「ウィル、これは騎士団(われわれ)戦場(いくさば)だ。不甲斐ないことだが、特務師団の老害どもは、私を総長だとは認めぬと申し立ててきた。領主から拝命を受けた私が、ここで引くことは断じて許されぬ。それは、わかるな?」


 僅かに上下したウィルの頭をひと撫ですると、ウィルを解放する。そして、ウィルの身長に合わせて屈み、しっかりと視線を絡ませる。


「誇り高きノーザイト要塞砦騎士団の騎士が、子供を戦場(いくさば)に立たせることは許されん。そのかわり、モラン師団長の命をウィルに預けよう。必ず守り抜いてくれ」

「……絶対に勝つと、約束してくれるなら」

「ああ、我々は勝つ。モラン師団長が、命懸けで布石を強いてくれたのだ。負けるはずがなかろうて」


 アレクサンドラは、ウィルに微笑みを見せると、立ち上がり廊下に並んだ精鋭隊に向かって、声高に号令を掛ける。


「我が同胞よ! 信号弾を撃て! これより反撃だ! 打って出るぞ!」


 アレクサンドラの号令に、騎士たちは大きな声で応え、敬礼をすると次々と駆け出していく。その中には、第一師団副師団長のワーナー・マソンの姿もあった。マソン副師団長は、ウィルに敬礼すると部下を率いて駆けていく。マーシャルを治癒していた治癒士も、部屋の外へと出て、最後にアレクサンドラが部屋を退室する。


 その直後、パン、パン、パンと三度、銃声が聞こえ、窓から空を見上げると赤・青・緑の信号弾が見えた。それが何を意味するのか、ウィルにはわからない。ただ――――、それが、アレクサンドラが語ったマーシャルの布石なのだろうと、なんとなく思っていた。


「マーシャル。みんな、戦ってるよ」


 明るかった空が、徐々に闇に染まる。三階であっても、地上の騎士たちの怒号や剣戟が届く。窓から外へ視線を向けると、官舎から炎が上がり、夜の空を赤く染めているのが目に入る。それでもウィルは、アレクサンドラとの約束を守り、動かなかった。


「探せえぇっ! この建物のどこかに居るはずだっ!」

「見つけて捕えろ!」

「人質にするんだ!」


 遠かった騒めきとドタドタと駆け回る足音が、段々近付いてくる。それは、劣勢へと追い込まれた特務師団の最期の足搔き。マーシャルを捕虜にして、公爵領から逃げだそうと算段する老害たちの喚き声だった。



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