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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
非情な現実と少年の哀哭
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071


「……ル。……ィル。起きろ、ウィル!」

「…………んっ……」

「おいっ、起きろっ!」

「……オー……ウェン?」


 ウィルが肩を揺すられて瞼を開けると、心配そうな顔で己を見ているオーウェンが瞳に映る。ただ、頭の中にボンヤリと霞が掛かったような感じで、ウィルは身体が思うように動かせなかった。そういえば⋯⋯と、緑龍と話した後、そのまま眠ってしまったことを思い出す。


「(……身体が……熱い……)」

「っ! 随分と熱が高い。ちょっと待っていろ」


 慌てた様子で部屋を出て行くオーウェンの姿を目で追うと、オーウェン以外にも誰かが室内にいるのが窺がえる。だが、それ以上は分からない。起き上がろうと腕に力を入れてみるが、僅かに体が浮いただけで、動くことも儘ならなかった。


「(……治癒術……使えば……っ)」


 動くことを諦めて、手に龍刃連接剣を具現させ治癒魔法を使おうとするが、喉に痛みが走り声も出せない。

 完全に風邪だった。恐らく、湯上りに薄着でいたことと、髪が濡れたままだったこと、何も被らずに眠ってしまったことが身体に障ったのだろう。


「今、第三師団の騎士たちが、氷の手配とベアトリス嬢を呼びに行ってくれている」


 戻ってきたオーウェンに、声が出せないウィルは、視線を部屋の出入り口へと向ける。オーウェンは、その視線で意味が解ったらしく、小さく頷いて見せた。


「彼らは、ウィルの護衛任務に就いている第三師団の騎士だ」

「(護衛……もしかして……昨日の人達……? 護衛? なんで?)」

「果実水を作ったから、少しでも飲んでほしい。このままでは脱水する」


 ウィルの背中を支えて起こし、オーウェンは果実水の入ったグラスを手に取って、ウィルの口へ充てがう。冷たい果実水が口の中に入ってくると、ウィルは急に喉の渇きを覚えて、少しずつ飲んだ。

 たった一杯の果実水を飲むことも難しく半分程度まで飲むと、ウィルは首を横へ振った。オーウェンは、身体を支えたままグラスを机に置き、その後そっとウィルをベッドへ横たわらせる。


「眠れ。今は、寝ることが一番の薬だ」


 オーウェンはウィルの額に固く絞った布を乗せると、椅子を持ってきてヘッド脇に座った。ウィルの頬から首筋に汗が浮かんでいることに気付き、自身のポケットからハンカチを取り出し、汗を拭ってやる。






 約束通り朝九時に着いたオーウェンだったが、呼び鈴を鳴らしてもウィルは出てこない。寝ているのかもしれないと待ったが、物音ひとつしないため不安になり、何度も呼び鈴を鳴らした。

 そうしている内に、ウィルの護衛任務に就いている第三師団の騎士たちがオーウェンの前に姿を現し、昨日帰宅してから外に出ていないことをオーウェンに伝えた。


 そうこうしているうちに、騎士の一人が家の中で倒れている可能性を示唆し、家への侵入を試みたものの、どういう訳か窓の鍵も扉の鍵も解錠することは叶わず。

 騎士を使うことは気が引けたが、オーウェンは元第一師団副師団長補佐だったことを明かし、第一師団のモラン師団長に状況を知らせに走って欲しいと頼んだ。騎士たちも第三師団のクレマン師団長から全て聞かされていること、クレマン師団長からウィルの護衛を任されていることを明かし、オーウェンの頼みを快諾して、ノーザイト要塞砦騎士団へ向かった。


 第三師団の騎士がマーシャルから家の合鍵を借りて戻ると、オーウェンは合鍵を用いて扉を開け、そのまま迷わず奥へ進み、寝室のドアを開け、ベッド上で汗だくになり、ぐったりとなったウィルを発見したのだった。現状を第一師団のモラン師団長に知らせると言った騎士は、更に第三師団マクレン師団長の妹ベアトリス嬢と連絡を取って、必ずここへ連れてくると約束して出て行った。





「トマ殿。こちらを使ってください」

「ありがとうございます」


 氷を買いに走ってくれた騎士が、桶に氷水を作り部屋へ入ってくる。その桶を受け取って、オーウェンは額に乗せていた布を氷水の中に浸した。


「私達三人は、ほんの少しですが、少年と会話をしたことがあります」

「ウィルと、ですか?」

「ええ。特務師団の師団長が起こした騒ぎを御存じですか?」

「ああ、ウィルに武器を見せろと付きまとったあげく、師を貶めるような発言をして怒りを買い攻撃をされたと聞いています」

「ええ。モラン師団長とラクロワ師団長が少年を発見されて帰って来られた時でした。我々は偶々、詰所の入口で少年に会ったのですよ」


 氷水で冷えた布を再びウィルの額に乗せてやり、隣に立つ騎士を見る。騎士の視線はウィルへと向けられていた。特務師団の師団長が起こした騒ぎは、オーウェンもワーナー副師団長から聞かされている。


「あの時、少年は魔力酔いになってしまった我々に謝らなければ、と言ってくれました」

「そんなことが……」

「はい。騎士団の問題で、少年に危害が加えられる可能性があるとクレマン師団長から聞き、我々三人は少年の護衛任務に志願したんです。まあ、我々が出来る事といえば限られていますがね」


 第三師団の騎士は、その時の出来事を思い出したのか、口元に笑みを浮かべてウィルを見ている。


「それは……」


 我々が出来ることと聞いたオーウェンは、顔を歪めた。第三師団の騎士は、その師団の性質上、隠密行動に特化している。言い方は悪いが、偵察や暗殺などは得意分野だ。しかし、乱戦状態となればひとたまりもない。恐らく、この騎士が『我々が出来る事』と言っているのは、自らの身体を使い盾になることを意味している。そのことに気付き、オーウェンは顔を歪めたのだ。


「自己犠牲は反対です」

「え?」

「私がウィルの護衛任務に就いた時、ウィルに言われた言葉です。第三師団の騎士なら、旧魔法訓練所での出来事を御存じですよね? きっと、貴方たちにもウィルは同じ言葉を言うと思います。なので、決して命を投げ出すような真似はなさらないでください。ウィルが悲しみます」


 出会ったばかりのオーウェンを、必死に守ろうとし続けたウィルの姿が、今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。魔法を連続で使い、苦しげに歪んでいく表情も、化け物と呼ばれ全ての表情が抜け落ち作り物のようになってしまった顔も、ラクロワ師団長に叱られて子供のように泣き出しそうになった表情も、全て。その全てが、オーウェンの心に焼き付いて離れない。そのことを明かせば、騎士は頷いて答える。


「そうですか。ならば、我々は少年を悲しませないためにも、もっと精進せねばなりませんな。それでは、私は任務に戻ります。御用の際には、駆けつけますから呼んでください」


 話を聞いていた騎士は深く頷くと、オーウェンに敬礼をして部屋から出て行った。何時もの癖で、オーウェンも敬礼してしまったのだが、退団した自分が敬礼する必要はなかったことを思い出し、クスリと笑いが漏れてしまう。


「癖は、怖いな」


 敬礼している手を降ろすと、ベッドの横にある椅子へ腰掛けた。


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