069
「すみません。バークレーさん……ギルドマスターに会いたいんです」
「あら。ウィリアムさんでしたよね?」
ウィルは名前を呼ばれ、カウンターにいる受付嬢が、騎士団の依頼を完了した時にお世話になった受付嬢だと思い出した。
「あ。あの時は、お世話になりました」
「いえ。これが、私の仕事ですから。あれから、依頼で困ったことはありませんか?」
「……依頼は受けているんですけど、もう少し時間が掛かりそうです」
「そうですか。ギルドマスターと面会でしたね。少々お待ちください」
それだけ言うと受付嬢は奥に座る職員の所へ行き、話を始めた。ウィルは、その様子を大人しく待っていたのだが――。
「あれ? 君って、鮮血のワイバーンの連中を投げ飛ばした子だよね?」
「あ、ホントだ! あれっきり見掛けなくなったから、冒険者になるのはやめたのかなーって思ってたんだけど」
「ねえねえ、君って歳いくつ? っていうか、君って、私より小さいよね。まさかとは思うけど、歳誤魔化したりしてない? 」
見知らぬ女性三人に声を掛けられ、ウィルは困っていた。服装を見る限り、彼女たちも冒険者のようだ。一人は剣を腰に下げ、一人は背中に弓を背負い、一人は手に杖を持っている。
「ええと。初めて、会いますよね?」
「私達、君が鮮血のワイバーンの連中をやっつけた時、いたわよ」
「うっわ。最悪! 私達を覚えてないとか言わないでよねー」
彼女たちがいたと言われても、ウィルは覚えていないのだから、どうしようもない。冒険者登録のことで手いっぱいであったし、鮮血のワイバーンのメンバーに喧嘩を売られたから防衛していただけで、やっつけた覚えもない。
「ところでさ。君って、師団長たちと知り合い?」
「あ、それよ。私も気になった。モラン師団長を名前で呼んでたしー。私も、モラン師団長の名前を呼べるようになりたいわー」
「もしかして、君も貴族の子息だったりする? それだっだら、益々おいしいんだけど。……って、ちょっと、黙ってないで、私達の質問に答えなさいよ!」
「(おいしいって……。これって、もしかしなくても、マーシャルやガイと会わせてもらいたくて、僕に話しかけてる? そういうのは、困るんだけど……)」
アルトディニアでは、名前も知らない相手に容易く話すのだろうか。しかし、これはないだろう。
「あの場にいたと言われても、僕は貴方達を覚えてません。僕は十五歳だと、あの場で話しました。それに、貴方の質問は、知らない相手に訊ねる内容じゃないですよね?」
「はあ? 質問に質問で返さないで、さっさと答えなさいよ!」
バークレーに、ギルド内での揉め事は厳禁だと言われていたこともあり、まして相手が女性ということも重なり、ウィルは困り顔で女性陣を見る。
「随分と騒がしいが、俺の友人の知り合いに何か用事か?」
「あ、バークレーさん」
横から声が掛けられ、女性陣が怯んだうちにバークレーの元へ向かう。バークレーの後ろには、先程の受付嬢がいた。どうやら絡まれているウィルを見て、急いで呼んでくれたらしい。女性三人は、バークレーの姿を見るなり何も言わず、そのまま外へ出て行った。
「嫌な思いをさせたな」
「さっきの人達も冒険者?」
「冒険者なんだがなぁ……。まあ、綺麗な女性たちだっただろう?」
バークレーは困ったような顔で頭を掻き、出入り口へ視線を向けた。綺麗かと問われれば、綺麗な部類に分類されるのかもしれない。しかし、ウィルの周囲に居る者と比べると、そうでもない為、ウィルは首を傾げてしまった。
「マーシャルやハワードの方が綺麗。アレクさんやベアトリスさんは、もっと綺麗だよ」
「あー……。まあ、確かに、アイツの顔は整ってるが。それ以前に、公爵令嬢や伯爵令嬢と比べることが、間違ってるだろう」
「(⋯⋯ベアトリスさんが、伯爵令嬢⋯⋯)」
「あの方々は、三人で『魅惑の妖精』というパーティを組んでいらっしゃるんです。ただ、良い噂のない方々ですから、ウィリアムさんも注意してくださいね。それでは、私は仕事に戻ります」
受付嬢は、それだけ伝えると受付へ戻っていく。ウィルはバークレーに案内され、ギルドマスターの部屋へ向かった。室内に入るとソファに案内され、ウィルが腰掛けるとバークレイーは向かい側に座る。
「昨晩、マーシャルが訪ねてきた。……随分、大変なことになっているようだが、ウィリアム君は大丈夫か?」
「……昨晩ってことは、特別依頼のことも聞いたの?」
バークレーの元をマーシャルが訪れたのは夜半過ぎ。そして、ウィルが特別依頼を受けたこと。更に、ウィルが特務師団に狙われていることを聞かされ、バークレーの方も気を配って欲しいと声を掛けられたのだ。バークレーは、そのことをウィルに話すと視線をテーブルに落とした。
「本当に依頼を受けるつもりなのか?」
「受けます」
ウィルの言葉に、バークレーは小さく息を吐き出し、徐に語り出す。
「十九年前、メリッサ嬢が事件を起こした頃、俺は近衛騎士団に所属されたばかりでな。……あのサットドールの暴走事件で、騎士訓練学校時代の先輩や友人達が何人も殺されて、俺はメリッサ嬢を恨んだよ。それなのに、何の因果か俺は彼女の従者に選ばれた。否、従者というより、監視役だったんだろうな」
「…………」
「昨晩、マーシャルから話を聞かされて、初めてメリッサ嬢が置かれていた状況を知ったんだ。俺は、ウィリアム君が指摘したように、メリッサ嬢の存在を知らなかった。今更かもしれないが、王城を守る俺達が、メリッサ嬢の存在に気付いていれば、こんなことにはならなかったのか、もっと違う道があったのかと考えちまってよ」
「…………」
「すまん。こんな話を聞かされてもウィリアム君は困るだけだろうが……」
膝の上で手を組み、懺悔するように話すバークレーにウィルは否定も肯定もしない。ただ、バークレーの話を黙して聞いていた。バークレーは、そこまで話すと小さく溜息を吐き出し、職員を呼ぶとお茶とお菓子を届けるように頼んで、また席へと戻った。
「特別依頼を受ければ、ウィリアム君も辛い思いをすることになるんじゃないか?」
「受けるよ。約束したから」
「そうか。ならば、俺は何も言えん。冒険者ギルドを通している訳ではないしな」
特別依頼。それは、本来冒険者ギルドを通して依頼するものを、冒険者と依頼者が直接交渉することだった。勿論、その場合、何が起きても冒険者ギルドは不干渉となり、依頼料も冒険者と依頼者が直接交渉するため、依頼主の負担が大幅に上がる。それ故に、あまり使われることのない方法だった。ただ、この依頼は公に出来るものではないため、バークレーにとっても都合が良い。
コンコンコン
「失礼します」
ノッカーの音が聞こえ、二人がドアへ視線を向けると職員がトレーに紅茶と焼き菓子を乗せて入ってくる。バークレーはトレーを受け取り、職員を下がらせるとウィルの前に焼き菓子の入った皿を置いた。
「そういえば、庭は綺麗になったか?」
「何で知ってるの?」
「いや、そりゃあマーシャルに庭師を紹介したのは、冒険者ギルドだからな」
「冒険者ギルドって、そういうこともするんだ」
バークレーは、作業系の依頼の中には、専門職でしか行えない依頼もあると説明し、庭師、薬師、錬金術師も冒険者ギルドに登録しているとウィルに教えた。
「それで、庭の状態はどうだった?」
「枯草もなくなってたし、花壇も耕してあって助かったよ。すぐに薬草を植えられたから」
「何か問題はなかったか?」
「ないよ。草に埋もれてたハーブも、ちゃんと残してあったし」
ウィルが焼き菓子を食べつつ答えると、バークレーは机から一枚の書類を持ってくる。依頼完了の書類だ。討伐依頼と違い、此方は依頼主が依頼達成後に書く必要があるとバークレーが説明する。しかし、ウィルは依頼した覚えがなかった。
「本当なら、依頼完了後に庭師が依頼主に直接書いてもらうことになってるんだが、どうやらマーシャルに起こさないでくれと頼まれたらしくてな。困った庭師が持って来たんだ。昨夜、マーシャルに確認をしたが、ウィリアム君の満足度次第だと言いやがって、サインしなかったんだよ」
「満足はしてるけど……。これって、僕がサインしていい書類なの?」
「ウィリアム君が住んでる家の庭を手入れしたんだろ。それだったら、ウィリアム君がサインするべきだと思うが」
手渡された書類をひと通り読むと、確かに依頼主はウィルになっていた。一番下に作業完了のサインをする欄がある。
「お金は、いくら?」
「ああ、金の心配はしなくていい。依頼を受けた時にマーシャルから預かった」
「はぁ……。マーシャル、無駄遣いし過ぎ」
「アイツは高給取りなんだ。気にするな」
バークレーの返事に、ウィルがガックリと肩を落としながらサインを済ませると、バークレーは再び職員を呼び出して書類を手渡した。




