067
マーシャルの問い掛けに、ガイは強張った顔になり、ウィルは一段と身を縮める。ハワードへ視線を向けると、壁に寄りかかったままの体勢でウィルを見詰めていた。
「ハワード。貴方の知っている情報を開示してください」
「恐らくサットドールが現れた時、ガイの剣をウィルが片手で受け止めたことが発端らしい」
「ハワード!」
「あれだけ大きな声で言い合いを始めれば、聞きたくなくとも耳に入る。俺に聞かれたくなかったのであれば、自分で対処するんだったな」
平然と話すハワードに、ガイは項垂れる。その姿を視界に入れながらマーシャルは、サットドールが現れた時の様子を思い返していた。
「そういえば、受け止めていましたね。それがどうしたと言うのですか? 肉体強化系のスキルを持ち合わせていれば、可能でしょう?」
「その他は、俺達に嫌われたくない、気持ち悪いと言われたくない、化け物と呼ばれたくない、だったか。恐らく、成長しないことに関係するんだろうが、成長が止まることの何所が異端なのか、俺には理解できん」
俯いたまま話を聞いていたウィルの肩が、ハワードの言葉に反応したようにピクリと揺れる。マーシャルは、その姿をジッと見つめていたが――。
「……ああ、なるほど。そういうことなのですか。私も『これ以上成長しない』と『成長出来ない』の違いが気になっていたんです。これは私の推論ですが、ウィルの身体は時が止められているのではありませんか?」
冒険者ギルドへ冒険者登録の手続きを取りに行った時は『これ以上成長しない』と話し、第二師団の師団長用官舎では『成長出来ない』と言ったのだ。
ガイの官舎では、必死に誤魔化していたが全て偽りだった。古代神の手元で暮らしていたのだから、なんら可思議な話ではない。ウィルの持ち物からしても、フォスター神から溺愛されている様子が伺える。
「ふむ。ならば、ウィルの身体の時を止めたのは、古代神である『時を司る神』ですね?」
次々と言い当てるマーシャルに、ウィルは唯でさえ小さな体を縮ませる。そんな様子を見て、ガイが立ち上がり、マーシャルの前に立つ。
「もう、やめろ! もう、いいだろ!」
「別に止めることは構いませんが、貴方はそれでいいのですか?」
「どういう……意味だ?」
「私もハワードも、ウィルが何者であるのかということは、然程気にしていないということです。まあ、教えてもらえるのであれば、知りたいですが。まあ、その程度なのですよ」
ウィルが悪意ある存在であったなら、必要のない存在であったなら。マーシャルは既にウィルをオズワルド公爵領から追い出していた。
マーシャル自身、己がどうしようもない人間だと自負している。そして、ガイに睨まれながら、これからのことを算段している自分に思わず笑いが漏れた。
「そのことに拘っているのは、寧ろガイとウィルでしょう?」
「それは……」
「ウィルは『神の愛し子』。それでいいはずでしょう?」
愕然とした面持ちで立ち尽くすガイの横を、今まで壁に寄り掛かっていたハワードが通り過ぎ、ウィルの前に立つ。
「ウィル。ガイやマーシャルが、どれだけお前のために心を砕いていると思う? それこそ、寝る間もないほど駆けずり回っていたというのに。俺が一番腹立たしいのは、そこまで親身になろうとする相手に対して、お前自らが望んで壁を作ろうとするからだ」
「っ……」
「今まで人との関わりがなかったのならば、恐怖を感じることも仕方ないのかもしれん。だが、拒絶されることを恐れれば、何事も成すことは出来んだろう。人を見極める力を持て。俺は、そのことを言いたかっただけだ」
ウィルに告げたハワードは、そのまま踵を返し、応接室を出ようと扉のノブへ手を掛けたが叶わなかった。胴に絡みついたウィルの腕が、それを許さない。小刻みに震えるウィルの腕を振り払うことは容易いこと。しかし、そうすることも出来ず、ハワードは溜息を吐き出す。
「ウィル、腕を解け」
「やっ。やだ。ちゃんと、ちゃんと話すから、だから、行かないで、置いて、行かないで」
「……ウィル」
「僕は、僕の身体はフォスターに創られたんだ! それまで、僕は違う星に落っこちた魂で! だからフォスター達が、魂を入れる器を準備して待ってたんだ! 僕の魂には、向こうの世界の記憶が中途半端に残っててっ。だから、だから、僕は、少年の姿をしてるけど、知識だけは、いっぱいあって! でも、こっちの世界では、まだ三年しか生きてなくて! 神の祝福を受けてるから、歳を取ることも出来なくて、だから、人ですら、なくて。だから、だからっ――――」
「……」
支離滅裂に説明される内容にハワードが大息を吐くと、ハワードの上着を掴むウィルの手に力が加わる。振り払われることを恐れているのだろう。たとえ支離滅裂であったとしてもウィルの語った内容で、その場にいた者達は理解が出来た。
何故、拒絶を恐れるのか。何故、不安定な心を持っているのか。何故、己を異端者と呼んだのか。ハワードは、己を掴んでいる華奢な手へ視線を向ける。その手に重ねるように自身の手を重ね、短い呪文を口にした。
『眠れ』
その途端、クタリとウィルの身体から力が抜けて床へ沈みそうになる。その身体をハワードは優しく支えると、隣まで歩いてきたマーシャルへ視線を向けた。
「眠らせたのですか?」
「……ああ」
腕の中にいるウィルに目を落とせば、幼さを残した寝顔が見える。ハワードとて、ウィルが何者であるか興味はあった。ただ、必ずしも暴く必要はない。知れるなら。その程度であり、マーシャルがガイに言った通りである。
「ウィルは、メリッサとの戦いが終われば話すと言っていたんだ! どうして、そこまで厳しくする必要がある! 答えろ、ハワード!」
「お前がウィルに構い過ぎて、腑抜けているからだろうが」
「なんだと!」
「ならば、何故、マーシャルから漂う血の臭いに気付かない?」
「なっ!」
「マーシャル、詳細を話してくれ。内容に寄っては、すぐにでも潜っている部下達に連絡を取る必要が出てくる」
「怪我の件は、すでに解決済みです。どうやら、特務師団も私が邪魔で仕方がないようで、私を捕縛しようと大門前広場で暴走したのですよ」
ハワードに指摘されるまで、ガイはマーシャルから漂う血の臭いに全く気付けずにいたことに愕然となる。友の怪我にすら気が回らない。そのことが、途轍もなく不甲斐なく思えて、拳を握り締める。
「なるほどな。特務の奴らが、本格的に動き出したか。その事は、総長に?」
その間も、マーシャルはハワードに大門前広場で起きた事柄の詳細を語り続けていた。
「伝えてあります。と、いうより、今現在も総長が警備隊本部で指揮を執っておられますよ。詰所の執務室で、老害の相手をするぐらいなら、自ら指揮を執った方が良いそうです」
「なるほど。総長らしい」
ひと通り詳細を話し終えた二人は、一人項垂れるガイへと目を向けた。ハワードもマーシャルも、自分にない魅力を持つガイのことを認めている。
ガイ本人は気付いていないが、ノーザイト要塞砦騎士団の中で、総長の次に慕われているのは、第一師団を纏めるマーシャルではなく、第二師団を纏めるガイだ。そのガイが崩れてしまえば、騎士たちを纏めることが難しい。勿論、そうならない為に、副師団長は信頼できる人物を据えてある。
「こういう事情もあったので、少しでも弱点になりそうな事柄を潰しておきたかったのですよ、ガイ。特務師団には、ウィルがガイの弱点になることが、すでに伝わっているでしょう。いくら老害といっても、このノーザイト要塞砦を守ってきた猛者です。油断すれば、我々の方が潰されてしまう可能性があるのですから、しっかりしてください」
マーシャルが説明を済ませると、ガイは黙したまま頭を下げた。
「……迷惑をかけて、すまなかった」
「迷惑とは思っていませんよ。謝るならば、ハワードに対してでしょう? アレは友に向ける眼ではなかったはずです」
「っ……。ハワード、すまなかった」
「かまわない。寧ろ、生涯の友を得て、そして大事だと思える者を見つけられたガイが羨ましい」
ガイの謝罪を受け取り、今まで支えていたウィルの身体を抱き上げると、ハワードはソファへと横たえ、その顔に掛る髪を払う。瞼に多少赤みが差しているものの、腫れるほどではなかったことにハワードは安堵の吐息を漏らした。
「生み出されて、三年か。精神が不安定な所は、その所為だったんだろう」
「加えて不老となれば、人ではないと勘違いしてもおかしくありませんね」
アルトディニアに生きる者は、全てフォスター神が遥かなる太古に生み出した。そのことを、ウィルは知らずに生きてきたのだろう。生み出される以前の記憶が残されているなら、尚のこと人であることを否定したのかもしれない。そういう結論に至り、三人は互いの顔を見合わせる。
「さて。では、本題に入りましょうか。今後のことですが、ハワードとガイへ、第一師団師団長として任務を伝えに来たのですよ。精鋭隊から、次期領主セドリック殿が明日の明け方、オズワルド公爵領内に入ると知らせがありました」
「予定では、一昨日だったはずだが?」
「ええ。総長にお願いしてセドリック様の到着を早めていただきました」
「到着を前倒しにしたことと、特務の動きに何か関係があるのか?」
ハワードの問い掛けにマーシャルは頷き、ひとつの封書を二人に見せる。そこには、王国錬金研究所所長の名が記されていた。
「これは?」
「先日、第三師団の騎士をお借りしたでしょう? 彼等に王国錬金研究所所長を務めるジョナサン・トマへ依頼書を届けてもらったのですよ。そして、ジョナサン・トマは、魔塔へ協力を求め、魔塔の所長が使い魔を用いて連絡を取ってくだいました」
ジョナサン・トマへマーシャルが依頼した内容は、錬金研究所にとある依頼が舞い込んでいないかという質問状と第三師団の騎士達が調べた事柄を書類として、早急にノーザイト要塞砦騎士団へ送って欲しいというもの。ジョナサン・トマが魔塔の所長へ依頼することを見越しての依頼だった。
事が始まっているならば、既に第三師団の騎士達がノーザイト要塞砦に帰還するまで待っている時間は残されていない。
「ガイ。貴方は、第二師団を率いてエドワード王太子殿下をラクロワ伯爵が代官を勤めるガルドリアへ避難させてください。既に第六師団のオニール師団長には、手紙を持たせた騎馬隊を走らせてあります。その後は、第二師団を率いてノーザイト要塞砦付近で待機を命じます。ハワード。貴方は、老害たちの背後関係を再度探ってください。特にアッカーソン公爵家との繋がりを。あの領を操る根城にしている『黒竜隊』が態々オズワルド公爵領まで来た理由も分かっていません」
「傭兵ギルドからの返答は?」
「アッカーソン支部は、知らぬ存ぜぬだったようですよ。実際、ギルドへ報告せず移動したようです。もしかすると、あちらのどなたかが街に潜伏しているのかもしれません。第三師団の報告次第では、第五師団、第四師団にも動いてもらうことになります」
「どういうことだ?」
「二年前の悲劇が……いいえ、それ以上の何かが起こる可能性があります」




