063
騎士の怒鳴り声で、しんと静まり返る大門前広場。その中央とも呼べる位置で、胸倉を掴まれたマーシャルは、目を細め自分を捕えている騎士を見詰める。よく見れば見覚えのある顔だった。まだマーシャルが第一師団の精鋭隊に所属していた頃に、ブフォル副師団長にゴマスリをしていた騎士だ。
「そうですか……私の身で償えと言われるのならば、貴方もそれ相応の覚悟をしているのですね?」
「罪人が何を偉そうに! 大罪を犯した貴様に、申し開きは許されんぞ!」
「(……愚者に何を言っても、届きませんか)」
マーシャルが呆れた眼差しを向けると、カッとなった騎士は片手で胸倉を掴んだままマーシャルを殴りつける。遠巻きに様子を見守っていた民衆や商隊の者たちは悲鳴や怒声を上げ、控えていた第一師団の騎士たちは殺気立つ。
「ハッ! ずっと、その澄まし顔をぶん殴ってやりたかったんだ! これから、思う存分殴らせてもらうぞ! マーシャル・モラン!」
「……それだけですか」
「何?」
「それだけのことで、あの方の全てを台無しにしようとしているのですか?」
殴っても怒鳴りつけても顔色を変えることなく、真正面から見据えてくるマーシャルに、騎士は威圧される。それでも、引かなかったのは、勇猛と呼ぶべきか、或いは命知らずと言うべきか。
「な、何が言いたい!」
「これ以上騒ぎを大きくすれば、収拾が付かなくなるのは私ではなく、貴方たちだと言っているのです。それすら分からぬ愚物に成り下がりましたか?」
大門に集まった騎士の大半が、特務師団に占められている。それでも、この場を支配しているのはマーシャルの方だった。
「手を離しなさい」
「う……。……あ……あ……」
「はあ……。聞こえませんでしたか? 私は、離せと言ったのですよ」
マーシャルは大息を吐き、胸倉を掴む騎士の手を払い除けるとワーナー副師団長へ向き直った。
「ワーナー副師団長!」
「ハッ!」
「大門を開き、街道の封鎖を解除します。この場を鎮圧後、ワーナー副師団長は総長に報告。そして、第一師団の騎馬隊をオズワルド公爵領の各所へ送り、封鎖解除を各地の代官へ伝達。第一中隊は、巡回中の第五師団ライト副師団長へ伝達を任せます」
「承知しました。モラン師団長、此方を」
「ああ、ありがとうございます」
マーシャルが殴られた時に、飛んで壊れてしまった眼鏡をワーナー副師団長が差し出すと、マーシャルはそのまま胸元のポケットへ仕舞った。
「マーシャル、どうするんだ?」
「……恐らく、私を捕縛するつもりでいたのでしょう。そして、貴方を救った英雄になるつもりだったのだと思いますよ」
「っ! そんなこと――」
「勿論、させません。貴方は、ワーナー副師団長の側に居てください」
隣に並んだエドワード警備隊隊長に小声で答えると、マーシャルは特務師団の騎士達が立ち並ぶ場所を通り過ぎ、警備隊員へ歩み寄る。
「第一師団師団長マーシャル・モランです。警備隊隊長エドワード・アシオスと街道の状況を確認してきました。危険は去ったと判断し、正門の封鎖を解除します。正門を開きなさい!」
「承知しました!」
不安そうに成り行きを見守っていた警備隊の隊員達が、マーシャルの言葉を聞き一斉に動き出す。そして、隊員が壁に取り付けられた装置へ手を翳し魔力を流し込むと大門がギシギシと音を立てゆっくりと開いていく。大門が開き始めたことで、民衆の関心は広場の騒ぎから大門へと誘導された。
「僕、冒険者ギルドに知らせてきます!」
「私は、商業ギルドへ行ってきます!」
「俺は、裏門側の商店区に言ってきます!」
「じゃあ、私は宿屋を回ってきます! 大門が閉じて困っている人達が泊まっていたんです」
「僕は、貴族街へ知らせに走ります!」
警備隊本部で会話した新人隊員たちが、マーシャルに駆け寄り報告していく。其々に「お願いします」とマーシャルが声を掛けると、新人隊員たちは嬉しそうな表情で散っていった。
「貴様! こんな勝手なことをして、どうなるか分かっているんだろうな! お前達も何故、こんな奴の言うことを聞くんだ!」
大門脇へ移動したマーシャルを追ってきた騎士がまくしたて、近くにいた警備隊員たちにも食ってかかる。
「貴方たちは、一から十まで説明しなければ、理解できないのですか? 総長も、街道に危険はないことをご存知です。心配は無用と言われたのでは?」
「ぐっ……。それでも、貴様がエドワード王――」
「私は警備隊隊長のエドワード・アシオスだが、貴殿は私を誰と混同しているのだろうな?」
ワーナー副師団長と共にいたエドワード警備隊隊長が、騎士の真後ろから言葉に被せるように発言した。その後ろには古参の警備艇隊員たちも並んでいる。既に、ワーナー副師団長の姿は大門前広場からなくなり、ノーザイト要塞砦騎士団へ向かったことが窺がえた。
「それ以上、余計な口を開くとオズワルド公爵が貴殿の言う王太子殿下とやらに咎められるんじゃないか?」
「そ、それは! このような男を第一師団の師団長に据えたオズワルド公爵が判断を間違われたのだ。そ、そう、任命責任というやつだ。咎められたとしても仕方がない!」
「なるほど。しかし、私には貴殿の行為のほうが、色々と間違っていると思えるんだが……。それとも、貴殿は私の方が間違えていると言うのか?」
怒気で赤く染まっていた騎士の顔が一瞬にして真っ青になった。本人であるエドワード警備隊隊長に、そうまで言われると騎士も反論することが出来ず、低く唸るばかりである。全てを見守っていた特務師団の面々も大半の顔色が悪い。
「それに、貴殿は私と共に調査に向かってくれた第一師団のモラン師団長に言い掛りを付け、更に民衆の前で暴力をふるい、罵声を浴びせた。周りの騎士たちも、仲間がモラン師団長に暴力を働いているのに止めようとしなかった」
視線を特務師団へ向けると、エドワード警備隊隊長はわざとらしく溜息を吐いた。
「ハァ……。なんでこんな大騒ぎになったんだろうな。私は少しでも早く、皆の不安を解消したかっただけだった。民も冒険者達も商人達も困っているのだから、一刻も早く大門を解放できるようにするのが、私達の務めだと言うのに」
「エドワード警備隊隊長が、民衆を思うばかりに先走って、お一人で街道の安全確認へ向かったのが、一番の間違いだったのですよ。私が偶々警備隊へ顔を出したから、先に知ることが出来ましたがね」
「一人で外に出たことは、悪かったと反省しているよ。みんなにも、迷惑を掛けて悪かった」
「そんな! エドワード隊長自ら、危険がないことを証明してくださったのです。迷惑など思うはずがありません!」
マーシャルの隣に並んだエドワード警備隊隊長の言葉に、警備隊の隊員たちは、感謝の気持ちを込めて敬礼をする。
「エドワード警備隊隊長、良かったですね」
「ああ、感謝する」
マーシャルとエドワードの遣り取りに、残っていた民衆も出鱈目だったのかと去っていく。
「収拾が付かなくなったのは、どちらだろうな?」
「さあ、どちらでしょうね?」
「てっ、てっ、撤収だ!」
二人の会話に、ようやっと分が悪いと理解した騎士が声をあげ、特務師団の騎士たちも、大門前広場から引き揚げていく。エドワード王太子本人に、ここまで言われるとマーシャルの捕縛どころではなくなったということだろう。そんな特務師団を見送り、エドワード警備隊隊長は大きく息を吐き出した。




