006
「人に害はありません。僕が手に何も持っていない理由は、この腕輪です」
「腕輪?」
「この腕輪が収納になっています。荷物も武器も、討伐した魔物の素材も、この中に収納してあるので、手に何も持つ必要がないんです」
「収納⋯⋯腕輪型のアイテムバッグだと?」
「はい。とりあえず、素材を出します」
ウィルは数歩下がると、オークの牙と魔石を取り出して見せる。ウィルが最初に戦った魔物だ。夜になると、アンテッド系の魔物の方が多くなり、素材としては骨や魔石が多かった。
「これは、オークの魔石です」
ウィルの手の中に素材と魔石が現れたことで、エドワード達も目を見開く。彼等も、簡易的なウエストポーチ型、小袋型のアイテムバックは見たことはある。そして、所持している。しかし、ウィルが所持しているタイプのアイテムバッグを見たことがある者はいなかった。
「こっちは、オークの牙です」
しかも、持ち主は年端もいかぬ少年である。確かにウィルが言う通り、秘密にしておいた方が無難だとエドワードは目を細め、ウィルを見た。
「……盗んだ物じゃないんだな?」
「冒険者になれば必要になると言われて、保護者から渡されました。この収納は、僕が死ねば消滅するし、僕以外には使えないものだそうです」
つまり、ウィルから取り上げたとしても、誰も使うことが出来ないアイテムバッグといえる。
「保護者? 親じゃないのか?」
「……親なんですかね? とても大切にしてもらってましたけど、血の繋がりはないんです」
ウィルの『魂の入れ物』である器を生み出したのは、フォスターだ。それを親と呼ぶのだろうかと、ウィルも返事に困る。
エドワードは、保護者と血の繋がりがないと聞かされ、フォスターのことを身寄りのない子供を引き取った親切な人物と勘違いをしていた。
「その保護者は、どうしたんだ?」
「いるべき場所に帰りました。一緒に居られなくなったんです。それで、一人で生きるためには、お金が必要となるから、ノーザイト要塞砦の冒険者ギルドで冒険者として登録しなさいと言われたんです」
「なるほど。確かに、魔境の中から生還出来る程の腕があるなら、冒険者として生きていく素質はあるだろうね。……それで、その保護者とやらは、大丈夫なのかい?」
エドワードが、ウィルのことをノーザイト要塞砦騎士団の騎士から報告を受けたのは、三時間ほど前である。
ウィルがノーザイト要塞砦を見つけた頃、ノーザイト要塞砦騎士団 第三師団の騎士もウィルの存在を魔境内部で発見していた。
そして、魔境からノーザイト要塞砦に向かっている者がいると、ノーザイト要塞砦騎士団から警備隊の本部に報告が届いたのである。
其々、警戒態勢を取るよう指示が出されたのだが、次に入った情報で、ほとんどの騎士が撤退した。第三師団の騎士が、向かってくる者は、人族の少年が一人と報告したのだ。ただし、何処から魔境を囲む壁の内側に侵入したか不明で、第三師団の騎士達は忙しくしていた。
万が一の備えとしてカタパルトやバリスタなどの大型兵器を操る騎士と、魔術陣を扱える第一師団の魔法士達は待機していたが、ハロルドが騎士達の元へ向かい、撤退の準備をしている。
エドワードは、警備隊の同僚やノーザイト要塞砦騎士団の師団長らが止めるのも聞かず、魔境へ続く門で少年が来到着するまで待っていた。人族の少年ならば、自分でも勝てると軽く見ていた。
「(まさか、これ程とは……)」
しかし、砦に辿り着いた少年を見て、それが己の慢心であったことに気付いた。武器も持たず、ただ立っているだけの少年。それでも、隙がないとエドワードは感じていた。そうして見ていると、今まで、首を傾げていたウィルが口を開く。
「……何が、ですか?」
「保護者は、魔境の中にいても大丈夫なのかと思ったんだ。危険な場所だからね」
「……(……フォスターが、見られたら困るって話してたし、空間転移術のことは言えないよね)」
前に立つ青年たちに話す内容を考えて、ウィルは小さく嘆息すると、真っ直ぐエドワードを見た。
「僕、一人ですよ。保護者とは、それ以前に別れましたから」
嘘はついていない。フォスターと分かれたのは龍の住処で、アルトディニアに降りたのはウィル一人だ。
「……そうかい」
一方、エドワードも存在しないと知っていて、この質問を投げ掛けていた。第三師団の騎士が発見したのは、少年一人。この道は、真っ直ぐと魔境へ続いているし、人の住める地ではない。大体、この魔境内部からウィルが現れた時点でおかしいのだ。
「規則で、陽が昇るのまでは、砦の中に入れることは出来ない。だが、この周辺はノーザイト要塞砦に張られた結界の影響で、魔物が現れることは滅多にないから安心していい。テントを持っていなければ、こちらから貸し出すことも出来るが――」
「そこの火のそばで、朝になるのを待たせてもらいますから、必要ないです」
エドワードの言葉を遮るように、ウィルが取り出していた素材と魔石をアイテムバッグへ収納して、焚き火のそばへ移動する。その様子を見ながら、エドワードはマーシャルとガイをノーザイト要塞砦の中へ帰るように指示を出した。
渋々という感じで、彼らが門の先へ姿を消すとエドワードは、ウィルへと向き直る。エドワードは、ウィルの装備が気になっていた。
「それも、マジックアイテムなのかい?」
「なんのことですか?」
「君の装備品だよ……君なら、持っていそうだと思ったんだ」
「それは、どうでしょう? ところで隊長さんは、帰らなくていいんですか?」
「危険はないと思うけど、君の監視をしなければならないからね」
「それが、隊長さんが残った理由ですか?」
「そういうことだよ。それと、その隊長さんというのは止めて欲しいな。エドワードで構わない」
「⋯⋯アシオスさんは、貴族ですよね?」
「そうだね。だけど、砦では名前で呼ばれてるんだ。ここでは、貴族の肩書なんて役には立たないしね」
「わかりました。なら、エドワードさんと呼ばせてもらいます。僕のことは、ウィルと呼んでください。ウィリアムと呼ばれ慣れてないんです。敬称も必要ありません」
ウィルの名を呼んでいたのは、師匠である最後の龍王とフォスター。そして、仲の良かった龍王の眷属たち。勿論、ウィリアムと呼ぶ者は存在していなかったし、ウィル自身がウィリアムであることを知らなかった。
「ウィルか、分かった。私も敬称は必要ない」
「僕が、隊長さんを呼び捨てですか?」
「私が許可したんだ。誰にも文句は言わせないさ。それと二人の時は、敬語も要らない」
ウィルは猛反対したのだが、結局エドワードに押し切られ、二人でいる時だけ敬語は使わないという約束に落ち着いた。但し、敬称を外すことは拒否し続けた。
「仕方がない、敬称は諦めるよ。ところで、ウィルは私の部下になる気はないかい?」
「エドワードさんの部下って、警備隊の隊員ってこと?」
「警備隊じゃなくて、私の部下だよ。ウィルなら、充分やっていけると思うんだ」
「エドワードさんは、僕のことを買いかぶり過ぎだと思う。それに、僕の武器は特殊だから」
「特殊な武器? 見せてもらっても構わないかい?」
「構わないけど……」
ウィルは戸惑いながら、龍刃連接剣を取り出す。
龍刃連接剣の全長は、ウィルの肩ほど。塚頭は龍の頭を象り、その口腔には二つの龍宝玉が隠されている。塚頭は紅く、刀身は蒼い。鍔は黄金色で左右に魔石が埋め込まれていた。
「これが、僕の武器だけど……」
エドワードは、龍刃連接剣が取り出された瞬間、目を見開いた。ウィルの纏う空気が変わり、本能的に勝てないと悟ったのだ。それは、エドワードの持つスキル『心眼』に起因している。エドワードには、ウィルの魔力が見えていた。
「凄い……」
エドワードを驚かせたのは、それだけではない。龍刃連接剣を取り出したウィルに反応して、耳に填めた装飾品が赤く光を帯びた。そして、その装飾品がウィルの魔力を制御している。それは、制御しなければならないだけの魔力を、ウィルが抱え込んでいるという証拠だ。
その魔力が、ウィルの持つ龍刃連接剣と共鳴するように溢れ出している。どうやら、耳の装飾品は魔力を抑え込もうとして、赤い光を発している様子だ。エドワードは、興奮を抑え、平静を装って口を開いた。
「っ……。それは、剣かい? 見たところ、鞘もないし、刀身は鋭く磨かれているわけでもない」
「……魔剣、だよ」
「それも、ウィルの保護者から?」
「うん。出会った頃に、身を守る術を学ぶように渡された」
「何を学んだんだ?」
「……魔法剣士だから、魔法と剣術だよ」
「魔法の属性は?」
「……火と水」
ウィルは、途中からエドワードの探る様な瞳に警戒して、言葉を選び会話をしている。話した内容は、聞かれても構わない事柄だけに留め、嘘は話さないようにした。
耳に着けている制御装置に気付かれたことを、エドワードの視線からウィルも悟る。そして、エドワードがウィルに対してスキルを使用していることも見抜いていた。
ウィルも魔力は、隠すことが出来ない。フォスターもウィルの魔力量を制御する必要はあっても、魔力自体を隠す必要はないと、その手のマジックアイテムは創らなかった。
魔力を感知できる者は、他種族が主で人族には少ない。人族だと、スキル持ちや魔力に過敏な者程度。他種族に関しては、知られてもどうということはないというのが、フォスターの考えだった。まさか、こんな身近にスキル持ちの人族が現れるとは、恐らくフォスターも考えていなかったのだろう。
「……凄いな」
エドワードは、再び同じ言葉を呟く。ウィルは、自分自身の価値に気付いてない。そう感じたエドワードは、尚のことウィルを自分の手元に置きたくなった。
「(多少、強引な形になるが)……武器を見せてくれたお礼に、今から私の屋敷に連れて行ってあげるよ。そうだ、そうしよう。そのまま、私の部下になればいい」
ウィルは、龍刃連接剣を収納すると溜息を吐き出す。
「隊長のエドワードさんが、規則を破っちゃ駄目だよね? それに、僕は冒険者になるためにノーザイト要塞砦へ来たって話したはずたけど」
「ちょっとしたコネがあるから、規則を破っても構わないさ。それに冒険者より、私の部下の方が、ずっといい仕事だと思う。私の部下になってくれれば、それなりの地位もやれるからね。暮らしも保障するよ」
エドワードは、ウィルの手首を掴み、門へと歩き出すが、エドワードの言葉を聞いてウィルは足を止めた。
「逃げないって約束するから、離してよ」
「本当に逃げないかい?」
「冒険者ギルドに行きたいから、逃げない。朝まで門が開くのを大人しく待ってる」
「だから、屋敷に連れて行くと言ってるだろう? 私の部下になれば、金の心配など必要がなくなるんだ!」
連れて行かれたが最後、嫌でも部下にさせられる。そう感じたウィルは、エドワードを説得することは諦めて、標的を別に切り替えた。
「僕には、警備隊の指揮を執る隊長が自ら規則を破ることが正しいことだとは思えません。お二人は、どう思われますか?」
ウィルは、エドワードから視線を門へと向ける。声を掛けられ姿を現した二人を見て、エドワードが目を見開くが、ウィルは無視した。
「確かに、その少年の言う通り、褒められる行為ではありませんね。エドワード隊長、少年の腕を離してあげてください」
「だが……」
「隊長。総長に言いつけますよ?」
「そ、それは……。クッ……」
エドワードがマーシャルと呼んだ青年が口を開くと、悔しげにしながらも、エドワードはウィルから手を離す。
「まったく……。こういった状況は、流石に予想していませんでしたねえ」
マーシャルとガイが、エドワードの指示に従った振りをして、見えない位置からウィルとエドワードを監視していることに気づいたのは、龍刃連接剣を取り出した時。彼らの気配が、僅かに動いた。
「帰らなかったのか?」
「エドワード隊長を一人置いて、私達が帰れるはずがないでしょう?」
彼らは、能力的にエドワードより格上である。だからこそ、エドワードの暴走を止められるのは、彼等しかいないとウィルは思ったのだ。
「……痛みがあるようならば、魔法薬があるが必要か?」
「大丈夫です」
ウィルの赤くなった手首を見て、もう一人の、ガイと呼ばれていた青年がウィルに声を掛ける。ガイの言葉にウィルが断りを入れると、ガイは子供にするようにウィルの頭を撫でる。
「すまないが、規則は規則だ。朝まで中へ入れることは出来ない」
「はい、わかっています」
ウィルは、エドワードの視線を感じながら、これは徹夜になりそうだと考え、溜息を吐き出すと門の片隅に座り込んだ。