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「何をやっている!」


 扉の前で、平然とサットドールの目前に立つウィルに、ガイは怒鳴りつける。しかし、それでもウィルは動こうとしない。そんなウィルに焦りを感じ、ガイは手に持ったロングソードで、サットドールへ斬りかかろうとした。


『……テ……ケテ……タス……。タスケテ……』


 その間にも聞こえてくる声に、ウィルは必死に耳を傾け続ける。そのウィルの真横を横切るガイの剣先を、具現させた龍刃連接剣で受け止めてまでも。


 ガキンッ


「なっ!」


 ぶつかり合う刃が火花を散らし、己の剣が止められたことにガイは愕然となった。能力(ちから)こそ解放しなかったが、全力で打ち込んだのだ。それこそ、騎士ならば吹き飛ばされる程の勢いで。


「駄目」

「何故、止めるっ!」

「ガイ。マーシャルもアレクさんも、この子たちに剣を向けちゃ駄目。剣をおろして、殺意も向けないで。この子たちは何もしないから」


 ガイが言い募っても、ウィルはサットドールから視線を外さない。いくらガイが剣を押し切ろうとしても、ウィルは不動のままだった。


『オネ…………タス、ケテ』


 ウィルの後方に立つマーシャルやアレクサンドラも異変に気付いたが、自分達の間にいるエドワードを優先せざるえない状況では、どうしようもない。状況的には、最悪といっていい。いつの間にか、サットドールは応接室の内部にも具現し始めたのだから。


「……クッ。メリッサめ、何体、具現させるつもりだ」

「恐らく、室内が埋まるまでは具現させるつもりなのでしょう。ですが、ウィルが手を出すなということは、何かがあるということです」

「チッ……」


 次々と具現するサットドールは、アレクサンドラ達と間合いを取り、近寄ろうとしない。ただ、立っているだけだ。だが、何時動き出すか分からない。気を抜けない状況に、アレクサンドラは舌打ちをした。


 扉の前に立つウィルは、そう極端に広い部屋ではないというのに、アレクサンドラの位置からでは既に視界に入らない。


「どうしろと言うのだっ!」

「動かないで。それだけでいいよ。彼女は僕に会いに来ただけ」


 ウィルの元にいたガイは、相変わらず戸惑っていた。廊下にもサットドールが具現し、見渡す限り埋め尽くされた状態だというのに、ウィルは顔色一つ変えず、目前のサットドールと対峙し続けている。それどころか、そのサットドールを逃がさないように手を掴んでいるのだ。


 ウィルは掴んだ手から、自分の魔力をサットドールへ送り込んでいた。もう、メリッサも大精霊のノームにもは真面に話す力も残されていない。それでも、ウィルに伝えたいことが、彼等にはあったのだ。それを手助けする為に、ウィルは惜しみなくサットドールへ魔力を渡す。


「(遅くなって、ごめん。……君は、メリッサさんは、何を助けて欲しいの? 教えて欲しいんだ。僕には、まだ見えていないものがある。だから、教えて……)」

『……オネ……ガ……。オワラ……セテ……。クルシミ……カナシミ……ゼツボウ……ヒトリ……ボッチ……。マジ……オチル……マエ……ノーム⋯⋯オトシ……タク……ナイ。……キミハ……キボ……ウ……ワタシ⋯⋯コロシ⋯⋯ノー⋯⋯スクッテ⋯⋯』

「(……やっぱり、メリッサさんは…………)」


 ただひたすらに、サットドールの内なる者へと問いかける。そして聴こえてきた声に、ウィルは目を大きく見開いた。


『…⋯タスケテ……アタシ……キエテ……カマワ……ナイ。……メリッサ……アタシノ……ダイジ⋯⋯タスケ……オネガ⋯⋯』

「(……それが、君の望み? 君は消滅してしまうかもしれないのに?)」


 そう答えた瞬間、流れ込んでくる映像。それは、ノームが見続けていた過去。メリッサの痛ましい過去の記録。新しいものは、数日前の記憶だった。


「っ! ⋯⋯うん」


 その映像は僅かな、そして断片的な物。そして、最後に流れ込んできた、彼女(メリッサ)の想い。こんなにも悲しい気持ちになったのは初めてで、ウィルは、ただ目の前のサットドールに頷く事しか出来なかった。


「(ノーム、メリッサさん……)……わかったよ、その依頼を受けるから。だから、僕が見つけるまで、お願いだから無理はしないで」


 掴んでいたサットドールの手を離すと、彼女はスッと消滅する。それを起点に、周りのサットドール達も次々と消滅していく。


「消えていく……?」

「……サットドールは、彼女たちは、僕と話したかっただけ」

「ウィル、泣いて……?」


 ガイがロングソードを鞘に仕舞うと、ウィルの龍刃連接剣も光の粒子となって姿を消していく。ウィルを見ると、俯いているが、その頬を透明な雫が伝っていることにガイは気付いた。ウィルは、それを乱暴に拭い、掌を開いて見せた。


「サットドールは、これを届けに来たんだ」


 全てのサッドドールが消滅すると、マーシャル達も扉へと集まった。そして、ウィルの掌へと視線が集中する。


「紙、ですね。見せて頂いても?」

「……うん」


 マーシャルへ紙切れを手渡すと、ウィルは一人ソファへと戻った。その後を追い、ガイもソファに腰掛ける。アレクサンドラとエドワードは、マーシャルと紙切れを見ているようだ。


「何故、戦わなかった? 何故、俺を止めた?」

「ノームにもメリッサさんにも戦意がないから。それに、ここで戦ったりしたら、大変なことになる」

「戦意がない?」


 そう。マーシャルが応接室へ戻った頃から、扉の前に存在していた気配。サットドールだと気付くまで時間は掛からなかった。そうウィルが伝えると、ガイは頭を抱え込んだ。


「何故、言わなかった?」

「……皆が臨戦態勢になるのが、予想できたから。僕は言ったよね? サットドールは何もしなければ、何もしてこないって。どうして⋯⋯こんなのあんまりだ。酷すぎるよ。なんで⋯⋯」

「ウィル?」

「……お茶のセットは、後から片付けるから置いといてくれればいいよ。ごめん、身勝手かもしれないけど、今はあまり人と話したくない。心配しなくても特別依頼は遣り遂げるから。二人と、約束したから」


 ソファーから立ち上がり、応接室から続く書斎への扉へ向かおうとするウィルの腕をガイが掴み引き寄せると、簡単にガイの胸へとウィルの身体が倒れ込んでくる。


能力(ちから)を使ったのか?」

「ううん。……僕の魔力をあげただけ。……やっぱり、僕が考えてた通りだったんだ」

「先程、魔人化と言っいていたな? メリッサ嬢が魔人化しているというのか?」


 ガイが問い掛ければ、ウィルは素直に答えた。弱り過ぎて、会話すら儘ならないメリッサと大精霊に魔力を与えるため、サットドールの手を掴んでいたことを伝える。


「ここにいる皆も、色々と間違えてる。全部、間違いなんだ。全部、彼奴等の所為⋯⋯彼奴等がメリッサさんをノームを貶めた。赦せない⋯⋯どうして」

「ウィル?」


 そして、聞けた内容と見せられた映像にショックを受けていた。勿論、此処にはウィル以外にノームの声を聴ける者は存在しない。まして記憶となれば、送られたウィル以外知ることは出来ない。


「……サットドールから何を聴いた? 俺達が一体何を間違えてると言うのだ?」

「…………」


 ガイが問い掛けても答えようとしない。歯を食いしばり嗚咽が漏れぬようきつく口を結ぶウィルの姿に、ガイは、ソッとマーシャルへ目配せをするとウィルを抱き上げて応接室を出た。


 ウィルが抗議の声をあげてもお構いなしで外へ向かい、愛馬にウィルを乗せると自分も愛馬に跨り駆け出した。馬が駆け出すとウィルも諦めたのか、抵抗しなくなる。


「少し跳ばすぞ」


 そう告げると、ガイは塀沿いに馬を駆けさせる。ガイが向かったのは、街の端にある古民家だった。ニゼルモに住まう者達との連絡場所として使われている古民家は、普段使われていない。騎士団の官舎へ連れて行くことは難しい。そうなると、近場で休めそうな場所は限られてくる。ガイは、そのまま古民家に隣接する厩舎へ飛び込むと、ウィルを抱き抱えて愛馬から下り、古民家へ向かった。


「ここは俺が借りている古民家だ。祖父の村に住まう者達が街へ来た時に使わせている」

「ニゼルモ⋯⋯」

「ああ、そうだ。あの村にも商隊が出向いてくれるのだが、中々不便で物が足りなくなる。そういった時には、街まで村人が出て来なければならない。しかし、泊まる場所がないと困るから、家を借りてあるのだ」


 説明をしながら、ウィルをソファへ座らせ、ガイも隣へ腰掛けた。


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