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「ウィリアム君。依頼を受けると本気で言っているのか? 相手はサットドールだけではない。メリッサも充分強いんだ」

「僕は、サットドールと一度遭遇してます。それに、サットドールの強さを考えれば、メリッサさんが手強い相手であることも理解しています。ただ……これはマーシャルやバークレーさんには話したことなんですけど、アレクさんとエドワード様にも聞いてもらいたい事があるんです」

「なんだ?」


 昨日、冒険者ギルドでバークレーやマーシャルに話したメリッサと大精霊の関係性を話す。そして、大精霊が自分から人に攻撃することは無いということも。そこまで話し終わり、息を大きく吸い込んだ。


「僕は、高位精霊召喚魔術を使います」

「ウィル!?」

「オズワルド公爵領に来てマーシャルやガイから話を聞くまで、僕の使う召喚術が高位精霊召喚魔術だってことを知らなかったんです」

「止めろ!」


 ガイは抗議の声を上げるが、それでもウィルが止めずに話し続けると、グイッとガイに腕を掴まれる。ウィルは小さく嘆息して、ガイへ向き直った。


「あのね、ガイ。大精霊を無力化するには、同じ大精霊の助けが必要なんだ。サラマンダーやウンディーネに協力してもらわないと、大精霊を傷つけてしまう。だから、話しておかないと――」

「だからといって!」

「落ち着いてください、ガイ。恐らく、ガイの考えているようなことは起りませんよ」


 ウィルも同意するように頷くと、不承不承といった感じでガイはウィルの腕を離した。ホッと安堵の息を零し、二人へ向き直ると、アレクサンドラは実に愉快そうな顔でガイを見ている。


「なるほど。手放せぬ者が増えたか。いい傾向だ」

「……」


 ガイはアレクサンドラの言葉に答えることはなく黙しているため、ウィルは話を再開させた。


「御師様と保護者と暮らしていたので、本当に知りませんでした。精霊を呼ぶ召喚術は、神殿に住む巫女様が使う召喚術なのだと、ガイやマーシャルに教えてもらいました。でも、僕は精霊と友達になってもらって契約してもらったんです。御師様たちには、友達の精霊に力を借りてるだけで、召喚術としては全然使えていないと言われてました」

「ほう? ウィルの師等は中々に手厳しいのだな」

「あの⋯⋯僕は、神殿に行きたくないんです。ここで暮らしたいから……」

「ウィリアム君は、神殿で暮らすより冒険者として暮らしたいと言いたいのか? 神殿は、高位精霊召喚士に対して、至れり尽くせりと聞いたことがあるんだが……」

「至れり尽くせりってなんですか。僕は贅沢したい訳でも、敬われたい訳でもないんです。Sランクの冒険者を目指すって、さっき話したばかりですよね? 駄目だと言われたら、逃げますからね?」


 最後の逃げるというウィルの発言に堪えきれなくなったのか、二人は笑声を上げた。その様子に驚いて呆然となっているウィルに、アレクサンドラは声を掛ける。


「クククッ。そうか、逃げるか。それは、こちらとしても都合が悪い。オズワルド公爵家の娘として損失は困る。何せ、Sランクを目指せる人材は希少だ。エドワード警備隊隊長も同意見だろう?」

「ああ。私が王になった時、Sランクの冒険者として助けてくれるとウィリアム君は約束してくれたのだから、冒険者でいて貰わなければ非常に困る」

「じゃあ……」

「ああ、心配は無用だ」


 アレクサンドラの返答に、ウィルは喜びいっぱいの顔を見せると、隣に座るガイの手を取った。


「大丈夫だったよ! 心配いらないって」

「あ、ああ。そうだな」


 はしゃぐウィルに気圧されたガイが上擦った声を出すと、マーシャルはその姿を見てクスクスと笑いを漏らす。


「全く、ウィルのことになるとガイは過保護になりますねえ」

「……悪いか?」

「いいえ。今のウィルには、ガイは必要な存在だと思いますよ?」

「それは、マーシャルやハワードも同じだろう?」

「うん。僕にとっては大切な人たちだよ! ガイもマーシャルもハワードも大切な友達!」


 友達と呼ばれ、マーシャルとガイは顔を見合わせる。その前では、エドワードがアレクサンドラに耳打ちしていた。


「この短期間で、ウィリアム君は二人とここまで打ち解けたのか?」


 アレクサンドラにしても、正直ガイとマーシャルのウィルに対する態度は驚きだった。ガイとマーシャルが生涯の友となったのは長年の付き合いがあるからだと、アレクサンドラも知っている。

 マーシャルは他領からの移住者で、ガイは竜人族ということもあり、普段は人を寄せ付けない。二人共、部下の面倒見は良く部下にも慕われているが、それでいて完全に公私を分けている。


 ハワードやベアトリスにしても然りだ。しかし、そのベアトリスも、初対面からウィルに心を許していたように思える。ハワードも警戒している様子はなかった。そこまで考えて、はたと気づく。そして、呆れたようにエドワードへ小声で語り掛けた。


「一番先にウィルに籠絡されたのは、エドワードではなかったか?」

「私が?」

「ならば、何故ウィルを欲した? 側に置きたいと感じたのではなかったか?」

「……ああ、そうか」


 アレクサンドラに問われ、ようやっと言葉の意味を理解したエドワードは長嘆息する。要するにウィルに魅了されてしまったということなのだ。


「そういうことか」

「そういうことだろう。まあ、ウィルが人たらしであることは違いない」


 何しろ、アレクサンドラ自身、ウィルに心を許している自覚があった。色恋のそれではないが、側に在りたいと願ってしまった。そう思わせる不思議な何かが、ウィルにはある。

 勿論、それが全てという訳でもない。ウィルの能力、魔力、人柄が、オズワルド公爵領にとって有益なものと考えていた。


「……ウィリアム君をメリッサと戦わせて、本当に大丈夫なのか?」

「ハワードの話では、メリッサ以上の精霊使いが存在すれば何とかなるという話だったが、な」


 エドワードに問われ、アレクサンドラはウィルに視線をやり、返答する。その視線に気づいたのかウィルがアレクサンドラへ顔を向けた。


「それは、少し違います。僕は精霊と戦うつもりはないんです。マーシャルとバークレー……えっと、今のギルドマスターには話したんですけど……」


 棘のある視線に気付いたウィルはガイを見ると、ガイはムッとした顔で口を開いた。


「俺は聞かされていない」

「うん。襲われた日にサットドールと関わることになるって話したら、無理やりにでもガイは止めてたでしょ? だから、話せなかった」


 ウィルの語った内容に各々が反応する。勿論、一番に反応したのはガイだった。


「あの日から戦うつもりだったのか?」

「だから、戦うんじゃないんだよ。無力化するだけ。みんな、なんでサットドールと戦うと決めつけるの? どうして何もしてこないサットドールと戦わなきゃならないの?」

「何もしてこない? どういうことなんだ? 俺には攻撃してきたぞ?」

「それは、ガイがサットドールに攻撃したから反射で攻撃しただけ」

「俺が攻撃したから?」

「みんな勘違いしてるけど、サットドールは殺意を向けたり攻撃しなければ、本当に何もしてこないんだよ。メリッサさんがサットドールを具現させたのは、僕と接触したかっただけ。あの時は、僕を殺そうとしてた人たちが近くにいたから、そっちに反応したみたいだけど。現にサットドールが攻撃したのは、傭兵団の人とガイだけでしょ?」



 そうでなければ、誰かが雇った可能性のある傭兵を殺すだろうか? 答えは否だ。口封じとも考えてみたが、傭兵ならば他国に逃げる可能性もある。そこまで追うことは、いくらなんでも不可能だろう。


「ウィルと接触するためとな?」


 アレクサンドラの問い掛けに、ウィルは大きく頷いた。ガイの話を聞く限り、ウィルが逃走した後、サットドールはガイを標的としていない。ガイもそのことについては同意した。しかし……。


「メリッサ嬢に、ウィルと接触しなければならない何かがあったということか?」

「そうだよ。あの裏路地で、僕に大精霊を助けてって話しかけてきた。多分、メリッサさんは僕のことを知ってて探していたんだと思う」

「⋯⋯まて。そうだ。確かに、メリッサ嬢はウィルのことを知っている可能性がある」

「どういうことですか?」

「魔法士たちがウィルを旧魔法訓練所へ連れて行ったことを俺に教えたのは、メリッサ嬢だ。それに報告した通り、先日のサットドールも傭兵は殺したが、他の者は傷付けていない。⋯⋯否、今更だが、ウィルを追おうとした傭兵たちを押し留めていたようにも思える」


 ガイは、騎士団詰所でメリッサ嬢に言われた言葉をマーシャルに説明する。


「なるほど。それで第二師団のユアン副師団長が私を呼びに来たのですね。ですが、ウィルとメリッサ嬢には接点がありません。彼女は、どうやってウィルが魔法士たちに襲われていることを知ったのでしょう?」

「そう言えば、その話の直前にメリッサ嬢が空を見上げて何か呟いていたな。確か、あの子は私の……希望だったはずだ」


 小さな呟きだったが、ガイは正確にメリッサの言葉を聞いていた。しかし、ひとつの疑問が解決すれば、再び疑問が現れる。解答を得るための欠片が増える度に、疑問も増えていく。


「メリッサさんにとって、僕が希望? 大精霊を助けるための?」

「恐らく、そういうことだろう」

「ですが、ウィルはメリッサ嬢と面識がありません」


 そうしてガイの話は、その直前の様子まで戻り、メリッサ嬢がアレクサンドラに問い掛けた深淵(アビス)に咲く花という言葉まで遡ることになった。


「そっか。⋯⋯そういう意味だったんだ。やっと、最後の欠片が見つかった」

「何を言って……」

「……深淵(アビス)に咲く花ならあるんだよ。龍葬華っていう花なんだ。古代神と大龍王と龍王の眷属たちが堕とされたことを悲しんだ古代神が、少しでも癒やされるように慰めになるように魔境に供えたと言われる花。ただ、普通の人には決して入れない場所に咲いてる。……そっか。そういう理由だったんだ」

「ウィル?」

「メリッサさんの狙いは、確実に僕だよ。ただ、僕が思ってたより、凄く悲しくて残酷な理由だけど⋯⋯そっか、僕に魔人化を止めて欲しかったから、あの時、最後に殺してなんて言ったんだ」


 一人、納得したように話すウィルにガイが問い掛ける。独り言のように呟かれた言葉に、その場にいた者たちの表情は凍りつく。


「メリッサ嬢が、魔人化だと?」


 しかし、ガイの問い掛けに答えることもなく、ウィルはソファを離れ、応接室のドアを開ける。そこには、見知らぬ女性が立っていた。否、メイド姿をしたサットドールが立っていた。


「メリッサ!?」

「違います。これは、サットドールです!」

「メリッサも随分と悪趣味なことだ」


 エドワードが声を上げて立ち上がると、その前をマーシャルとアレクサンドラが塞ぐ。どんな理由があっても、王太子であるエドワードを傷付けさせる訳にいかない。


 まして、相手がサットドールとなれば、気を抜くことは不可能だ。誰もが剣を取り臨戦態勢に入る中、サットドールの目前に佇むウィルは、何故か丸腰のまま、サットドールを見詰めていた。



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