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「……ハワードに、今のままでは僕の能力を欲する者達に利用されるか、狙われることになると言われました」

「そうだな。確かに、今のままではハワードの言うように、ウィリアム君は狙われ続けることになるだろう」

「その能力を一生、使わずに隠れて暮らすか。それとも、権力者を屈服させるだけの強さを持ち、自由に生きるか。選ぶのは、お前自身だ。そう言われました」

「……そうか」

「だから、僕は冒険者として、最高を目指すつもりです」


 恐らくハワードの耳にも入っているだろう内容を口にする。宣言という訳ではないが、エドワードやノーザイト要塞砦騎士団総長のアレクサンドラにも、ちゃんと話しておくべきだとウィルは考えていた。


 エドワードが王都に帰ってからでは、伝えられない。ウィルが冒険者となってしまえば、アレクサンドラにしてもノーザイト要塞砦騎士団総長であり公爵令嬢なのだから、容易く会うことは叶わなくなるだろう。


「なるほど……Sランクの冒険者か。確かに、それならば貴族や国王の依頼も、容易く拒否できるな。それに、ウィリアム君に手を出そうと考える不心得者もいなくなる」

「ふむ。オズワルド公爵領にSランクの冒険者か。悪くない話だ。励むがいい」

「はい。容易くなれるとは考えていませんけど、目指すのは僕の自由ですから、励みます」


 納得したように頷く二人に気恥ずかしくなるが、ウィルは胸を張って言い切る。少なくとも、FランクからEランクに上がったのだから。


「いや、ウィリアム君ならばなれるさ」

「ありがとうございます。なら、依頼してくださいね?」

「……は?」


 最後に付け加えられた言葉に、エドワードは呆けた声を出した。意味が分からなかったのだろう。その隣に座るアレクサンドラは察しがついたのか、ニヤリと笑みを浮かべた。


「部下は嫌ですけど、依頼なら受けます。今のエドワード様の依頼なら受けられます」

「……フッ、アハハハハ。なるほど、それならば遠慮なく依頼させて貰おうとしよう」

「あ、でも、変な依頼はしないでくださいね?」


 冒険者としてならば、味方であってもいい。寧ろ、味方として覚えていてもらいたい。そういう意図でウィルが話していることを正しく理解したエドワードは不敵に笑うが、それを見て早まったかと不安を抱くウィルであった。


「ならば、私も遠慮なく依頼させてもらうとしよう。早速で悪いがな」

「……アレクさん、ノーザイト要塞砦騎士団の依頼はAランク以上でしょ? まだ無理ですよ?」

「私は『特別依頼』の件で、足を運んだのだ。マーシャル、依頼内容を話せ」

「え?」


 笑みを浮かべたままのアレクサンドラに、ウィルの動きが止まる。紅茶を淹れ、其々に配り終えたマーシャルが、一人掛けのソファに腰掛ける。


「王家にも関わりのある話なので、エドワード王太子殿下がいらっしゃる時に話を済ませておきたかったのですよ。昨晩、ガイが訪問を受けたと窺いましてね。ここならば、話が外に漏れる可能性もありませんから、丁度いいと思いまして」

「ウィリアム君に依頼する件が、なぜ王家にも関わりがある?」

「俺も知りたい。ノーザイト要塞砦騎士団が、ウィルに依頼をするのは難しいだろう? それに、俺は特別依頼の話を聞いていない」


 エドワードやガイも困惑した顔で、マーシャルとアレクサンドラを見ている。どうやら事前に聞かされていた様子はない。ウィルは、特別依頼と王家に関わりのあるという言葉でアレクサンドラの話す依頼の内容は、メリッサ嬢の話だと気づいた。


「先代国王であるベネディクト陛下の側妃シャーロットの娘であり、前任のギルドマスターであるメリッサ嬢の討伐の件です。これを、ウィルに特別依頼として討伐依頼を申請します」

「馬鹿な事を言うな! サットドールの強さは規格外なんだぞ! アレクサンドラも十九年前の事件を知っているだろう! ウィリアム君に死ねと言うのか!」


 マーシャルの話した内容に、エドワードはアレクサンドラに怒鳴り付けるが、当の本人は涼しい顔をしてウィルを見ている。


「マーシャル。俺達ですら手を出せずにいるサットドールとウィルを戦わせると、本気で言っているのか? いくらウィルに戦う術があったとしても、メリッサ嬢の真意すら分かっていないのだぞ。それで戦えと?」

「ええ。ウィルの話では、支障はないらしいですからね。勿論、勝算があっての話です」


 マーシャルとガイも話しているが、こちらはガイが困惑しているといった様子だ。この場にいる誰よりも訳が分からないのはウィルだった。何故、サットドールの使い手であるメリッサの心配はしないのか。サットドールの話ばかりで、誰もメリッサの話はしようとしない。唯一、ガイがメリッサのことを口にしたが、それもサットドールを倒す前提の話になっている。


「ウィル。メリッサの居場所を掴むことも可能か?」

「知らない女性を探すのは無理です。……それ以前に、ちゃんと事情を教えてもらえませんか? みんなサットドールの話はするのに、メリッサさんの話はしようとしませんよね? なんで、誰もメリッサさんの心配はしないんですか? 昨日、冒険者ギルドでギルドマスターがメリッサさんのことを不義の子だと話してました。でも、側妃様の娘なら王女様になりますよね?」

「まずは、ウィルの勘違いを訂正しておきましょうか。メリッサ嬢は、レイゼバルト王国の王女と認識されていません。メリッサ嬢は、側妃シャーロットが、不義密通を犯して産み落とした私生児となされているのですよ。なので、王女としての地位は、確立されていないのです」

「そして側妃シャーロットは、私の伯母上でもあるな。つまり、メリッサは私の従姉だ」


 ウィルは驚愕の眼差しでアレクサンドラへ視線をやる。


「そんな……メリッサさんが従姉って。それなのに、討伐依頼なんて⋯⋯?」

「良いか悪いかと問われれば、良いとしか答えられぬな。ガイもメリッサの真意と言っていたが、約定を破りサットドールを行使したのはメリッサだ」


 アレクサンドラは、ウィルの隣に座るガイへ視線を向け言い放つと、再びウィルへ向かい語り出す。


「でも、メリッサさんは僕を助けようとして――」

「何を考えてサットドールを使役したかなど、今更なのだよ。サットドールを具現させた時点で、誓約書に反する行為とみなされる。犯罪者として裁くと約定にて定められておるのだ。その場にて、殺害することも許可されている。最早、父上や王妃の恩情では逃れられぬ罪だ」


 一気に応接室は、重苦しい雰囲気に包まれる。ウィルは、アレクサンドラの目を見詰め続けていた。何の感情も映さぬアレクサンドラのちょっとした変化も逃さないように。


「アレクさんは、悲しくないんですか?」

「哀れだとは思うぞ」

「そういう意味じゃないんです。アレクさんの従姉なんですよね? 助けたいとは、思わないんですか?」

「助けたい……か。もう、そのような甘いことを言っておられぬ事態になっておるのだ」

「……それでも、せめて捕縛するとか」


 出来ることなら、メリッサを殺したくない。大精霊を助けてほしいと望んだ彼女が悪い人族だとは、どうしても思えない。それが、ウィルの心情だ。全く見知らずの悪いことばかりをしている人族ならば、そんな考えに至らなかった。だが、相手はアレクサンドラの従姉と聞いてしまい、余計に戸惑いが生じる。それにウィルの戦い方は、サットドールの操り手を無力化することであり、操り手自身に害は及ばない。


「僕のやり方なら、メリッサさんを傷つけずにサットドールを無力化できるんです」

「無力化したとて、メリッサが罪を犯したことに変わりない。罪状は変わらぬ」

「どうして、助けられる道があるのに……」


 無力化した相手を殺す必要はない。そう説いても、アレクサンドラは討伐と決め、捕縛することを頑なに拒んだ。


「……ウィリアム君。メリッサが捕縛された場合は、十中八九、王都の広場で火刑に処せられる。そして、その姿は国民に晒されることになるだろう。アレクサンドラも甘いことを言える事態じゃないと話したはずだ」

「火……刑……って……」


 エドワードが肩を落とし、そう告げるとウィルは言葉を発することが出来なくなった。火刑、即ち生きたまま焼かれるのだ。想像するだけで、ゾッと背筋に冷たいものが走る。


「メリッサさんは何も悪くないのに?」

「殺してやるのも、また情けなのだよ」


 今まで何の感情も映し出さなかったアレクサンドラの瞳が僅かに揺らぎ、悲しみの色が現れる。身内なのだから、辛くない筈がなかったのだと、ウィルは激しく後悔した。


「……ごめん、なさい」

「ウィルが謝ることは何もなかろう。それで、討伐依頼は受けて貰えるか?」

「僕で良いのなら、依頼を受けます」


 はっはりと言い切ったウィルを見据えてアレクサンドラは大きく頷き、エドワードはウィルの言葉に目を見開いた。


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