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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
ひとときのやすらぎと忍び寄るもの
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「ん……んんっ……。……あれ?」


 フォスターに眠れと言われ、そのまま宝玉を握り締めて眠ってしまったウィルは、目覚めると自分が何をしていたのか思い出し、宝玉を見詰める。


「うーん。フォスターと話をしてて……それから⋯⋯」


 ウィルにはフォスターから光の加護を与えられ、身体がポカポカしてきた辺りまでしか記憶がない。フォスターが、他の神から光の加護を譲ってもらったと話したのは記憶している。ソファに座った状態で目覚めたウィルは、宝玉を収納へ仕舞い、首に僅かな痛みを感じながら、両腕を突き上げ軽く伸びをした。


「まさか、他の神様から強奪した……とかじゃないよね?」


 温和で物腰も柔らかく見せているが、フォスターの本質は苛烈と言える、らしい。実際、ウィルの前でフォスターが本性を見せたことはない。だが……。


「御師様が教えてくれたフォスター神と、僕の知っているフォスターは違い過ぎるんだよね」


 手短に身支度を整えながら呟く。ウィルが緑龍から聞かされたフォスター神とは『古代神』と呼ばれ、アルトディニアを創世した神の一柱で、他の神々からも崇められる存在であるということ。ここまでは、神々からも聞かされて知っていた。師である緑龍から聞かされたことは、気位が高く人前に具現したことは一度もないということ。


 それ故に、古代アルトディニアの人族たちが暴走を起こした時、神々は人族よりフォスター神の怒りを鎮めることを優先させるしかなかったのだと緑龍から聞き及んでいた。フォスター神は、創造を司るだけではなく、アルトディニア自体を破壊することも可能な神なのだと。


 三年もの間、フォスターと共に生活したが、厳しい一面を見せることはあっても苛烈と言われる姿をウィルは見たことはない。


「そういえば神様たちは、どうしてフォスターのこと人族嫌いって勘違いをしてるんだろ? フォスターは人族が許せないだけで、人族自体は嫌いじゃないのに……。それとも、それも僕に隠してたのかな?」


 今まで気にも留めなかったことだ。食堂へ向かいながらウィルは首を傾げた。


「人族嫌いかあ……。うーん。でも、僕の(うつわ)には神の祝福(のろい)が最初からかけてあったしなぁ」


 フォスター神の祝福(のろい)。不老と肉体の強化のことである。不老を付与したのは『時を司る神』ロッツェ。肉体の強化は、フォスター自ら手掛けたと、ロッツェから聞かされた。

 ウィルの師匠である緑龍も、フォスターの闇は深いと断言していた。祝福と言えば聞こえは良いが、ウィルの師匠である緑龍曰く、アルトディニアの大地に暮らす者にとっては猛毒となるだろうとのこと。


『不老の祝福か。人族の精神は、永き時間を生きながらえるほど強靭な精神ではないのじゃ。一度闇へ堕ちてしまえば終わりじゃしのう。不老、それは人族にとって紛れもなく呪いじゃろうて。闇へ堕ちぬためにも其方は精神を鍛えねばならぬのう。それとのう、神の祝福は別の意味もあるんじゃよ。命を与えられたばかりのお主は、それを話すには早すぎる故、そっちはお預けじゃな』


 一目見て、ウィルの(うつわ)に掛けられた祝福を見抜き、そう漏らした。人族の寿命は、百年でも長い。不死ではないから、いずれ死ぬ。それでも若さを保ったままとなれば、何百年、何千年と生きることになるやもしれぬ。そう緑龍に聞かされたウィルは、ゾッとなったことを覚えている。知人や友人は亡くなり、自分だけが生き続ける世界。想像もつかない世界だ。


「本当に厄介な祝福だよね。定住できないんだからさ」


 同じ場所に何年も住み続けることは、不可能だ。なにせ、歳を重ねることが出来ないのだから。見せかけを弄っても、長くて五年が限度だろう。

 溜息を漏らし、定番となりつつある野菜スープとサラダ、固焼きパンを準備し始める。朝食後に飲む紅茶の準備も忘れてはいない。


「あー……うん。これ以上考えるのは、止めておこう。どんどん悲観的になってく。神様が考えてることなんて、人である僕に分かるわけないんだから」


 ウィルが朝食を作ることに専念しようと意識を切り替えると、外から人の気配がすることにようやっと気がついた。呼び鈴を引く訳でもなく、玄関の前に居る。昨日の今日で、オーウェンが来るはずもない。


「誰だろ?」


 敵意は感じない。寧ろ、戸惑っているように感じられる気配に、ウィルは首を傾げる。この家に来て二日も経っていないのだから、早々来客があるはずがない。それでも、玄関前の気配は動くことなく留まっている。仕方なく朝食の支度を諦めて玄関へ向かいドアを開けると、そこには、意外な人物が立っていた。


「その……朝早く、すまない」

「エドワード王太子殿下? どうして……」


 警備隊の隊服に身を包んだエドワードが、困った顔でウィルを見ている。


「すまない。出来れば、その敬称を外してくれるか。そのことが街の民に知られれば、私は王都へ帰らねばならない。訪ねてきたのは、ガイにウィリアム君の家を教えてもらったからなんだ」

「あ、はい。じゃあ……とりあえず、中に入ってください」

「いいのか?」

「良いも悪いも、ここじゃ目立ちますし……」

「そうか、ならば遠慮なく入らせて貰うよ」

「どうぞ。まだ、引っ越したばかりなので、何のお構いも出来ませんけど」


 ガイが家の場所を教えたということは、もうエドワードは無害だと判断して、ウィルは家の中へ招き入れた。早朝でも人通りが無いとは言い切れない。それにノーザイト要塞砦警備隊の隊服は、ノーザイト要塞砦騎士団の騎士服と同様で目立つのだ。

 応接室にエドワードを案内すると、ウィルは食堂へ向かい朝食後に飲もうと準備していた紅茶セットと沸かした湯をキッチンワゴンへ乗せて応接室へ戻った。


「お口に合うか分かりませんけど……」

「いや、有難く頂こう」


 ウィルが、二人分の紅茶を淹れてソファへ座る。するとエドワード王太子は、どことなく緊張した面持ちでウィルを見た。


「まずは、私がウィリアム君に対して行なったこと、私の部下であるカーラが起こした事件について謝罪させてほしい。済まなかった」


 昨日といい、今日といい、何故ここまで謝罪を受けなければならないのかとウィルは頭を痛ませる。確かに、エドワードが発端となったと言われれば、それは間違いではない。実際、エドワードがウィルに執着しなければ、起らなかった悲劇もあった。恐らく、そのことに気付いているからこその謝罪なのだろう。だが、全てがエドワードの所為とも言い切れない。


「エドワード様の件についての謝罪は受け取ります。でも、カーラさんの件に、エドワード様は関係していないです。あれは、カーラさんの独断で行ったことでしょう? 受け取れないです」

「いや。それでも、私の部下が起こしたのだから……」


 そう言って、エドワードは下げた頭を全く上げようとしない。


「さっきも言いましたけど、あれはカーラさんが勝手に起こしたことでしょう?」

「だが、カーラを止められなかったのは、私の管理がなっていなかった所為だ」

「だから、それは関係ないって言ってるんです!」


 頭を下げ続けるエドワードに、ウィルは怒鳴るように言い返す。それに答えるようにエドワードの声音も大きくなっていった。


「関係ないはずがないだろう! 同じ敷地内にいたにも関わらずカーラの所業に気付けなかったのは、私の怠慢だと言っているんだ!」

「部下を四六時中見張ってる上司が、どこにいるっていうんですか! そんな上司が本当にいたら嫌ですよ! 同じ敷地内ってことは、建物だって別なんでしょ? なら、尚のこと無理じゃないですか!」

「当たり前だ。カーラは部下といっても女性なんだぞ! 同じ建物で暮らせるわけがないだろうっ!」

「だったら、益々エドワード様は関係ないじゃないですか!」


 白熱してくる口論に終止符を打ったのは、この場に居るはずのない人物が発した、どこか呆れたような声だった。


「久々に顔を合わせたというのに、お前達は何をやっておるのだ」

「アレクサンドラ!」

「アレクさん!」


 アレクサンドラの後ろには、マーシャルとガイの姿もある。二人がアレクサンドラを家に案内したのだろう。呆然としているウィルとエドワードを見ていた三人だったが、マーシャルがアレクサンドラをエドワードの隣に案内して、ガイがアレクサンドラの後ろに立ったことで硬直していた場が動き始めた。


「ウィル、紅茶セットを使わせて貰いますよ」

「あ、うん。茶葉の予備は食堂のテーブルに出したままになってる。ティーカップは食器棚にあるよ」

「分かりました」


 マーシャルが、キッチンワゴンを押して応接室から出て行くのを見送り、ウィルはアレクサンドラへと視線を向ける。


「えーと。どうして、アレクさんが?」

「うむ。迷惑をかける詫びを、先に済ませておこう思い立ってな。だが、どうやら先客が居たようなので、待っておったのだが、随分と話が逸れ始めたので介入することにしたのだ」

「迷惑をかける詫び⋯⋯?」

「まあ、それは後で構わぬ。先にエドワード警備隊隊長の謝罪を受け入れるがいい」


 アレクサンドラの言葉に、ウィルはグッと言葉に詰まる。頭を上げたエドワードも、再び謝罪の体勢に戻ってしまった。ウィルにとって、あまりにも恥ずかしく話し辛い内容だが、仕方なくあの日の事情を皆に披露することにする。


「カーラさんのことを謝られても、本当に困るんです。だって、僕はカーラさんのこと、覚えてないんです。エドワード様と会った日の前々日からオズワルド公爵領に来る準備をしていて、魔境に来た日も明け方には起きて準備して、魔境の中だなんて知らなかったから、人が通るのをお昼まで待ってて、誰も通らないから仕方なく走り出して、それで辿り着いたのが夕方だったんです。ただでさえ寝不足だったのに徹夜もして、もう眠たくて、どうしようもなくて。僕が覚えてるのは、エドワード様の横でガイとハワードが話をしているぐらいまでだから、エドワード様に謝罪されると、凄く罪悪感があって」

「⋯⋯は? 覚えていない?」


 ウィルの言葉にエドワードは頭を上げ、ポカンとした顔でウィルを凝視する。ウィルは恥ずかしさで顔を赤くしながらも、頷いてみせる。


「はい。目が覚めたら、騎士団の医務室だったので。ハロルドさんから、こんなことがあったんだって感じで教えてもらっただけなので⋯⋯。カーラさんが怒った理由も全然わからないんです。⋯⋯僕、どうやら凄く寝穢(いぎたな)いらしくて」

「うん? 今なんと?」

「ええと、寝起きが悪いんです。無理やり起こされると機嫌が悪くなって⋯⋯その、酷い時には手や足が出たりします」


 小さくなっていく声に、アレクサンドラの後ろから笑い声が聞こえてくる。ソファーの後ろに立っていたガイが、アレクサンドラの前に出てウィルに並んだ。


「ウィルの話は、本当です。リーガル子爵令嬢が剣を振り上げた時も、半覚醒状態で本能的に受け止めていました。まぁ、寝起きは確かに悪いです。数日でしたが、その様子を見ています。口も悪くなれば、寝惚けた状態で色々とやらかしがあったことも事実です」

「そう、なのか?」

「う。恥ずかしいですけど、本当です。⋯⋯あの、こんなこと僕が言うなんて、凄く烏滸がましいし余計なお世話なのかもしれません。僕は、本来なら、お目もじ⋯⋯じゃない、(えつ)を賜ることも叶わない身分ですけど、王太子であるエドワード様が軽々しく頭を下げちゃいけないと思います。国を纏めなければならないエドワード様が……王となるべき人が、他の人たちに軽く見られたらどうするんですか」


 必死に言いたいことを纏めながら言葉にしていることがエドワードにも伝わったのか、しっかりとウィルの目を見て言葉を聞く。そうして、ウィルがエドワードの答えを求めると、一息吐いて口を開いた。


「確かに、そういう考え方もあるのだろう。だが、私は王太子である前に、一人の人族だ。私が、愚かな過ちを犯した時、人として間違いを起こした時は、たとえ尊き存在であろうと謝罪すべきだと考えている。それで、私を侮り、軽く見る者達には、どう思われようが構わない。そうした行いは、いずれ己に還るものだ」


 エドワードの雰囲気がガラリと変わり、ウィルを見る視線も厳しいものになる。今まで優しげに見えていたものが、全く別物になったようにウィルには感じられた。


「(これが⋯⋯王威)」


 ゴクンと生唾を飲み込んだウィルは、エドワードの座るソファーの元へ向かい、そのままスッと跪き、頭を垂れる。確かに己の言う言葉にも理はあるが、エドワードの言葉にも理がある。


「今回の件、謝罪を受け取らせていただきます」

「そうか、受け取ってくれるか」

「はい」


 ここまでの姿を見せられたなら、ウィルも納得せざる得ない。少なくとも、エドワードは平民だから、貴族だからという考えは持っていない。ちゃんと謝る人なのだとウィルは自分を納得させた。


「うん。じゃあ、ウィリアムくんも立ち上がろうか。改めて、私はエドワード・アシオス。ノーザイト要塞砦警備隊隊長だ。エドワード王太子殿下に似ているかもしれないが、間違えないでくれよ?」

「はい、わかりました」


 優しく微笑み、手を差し出すエドワード警備隊隊長の手を取り、ウィルは立ち上がる。ウィルの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。



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