053
注文していた品物を元庭師が届けに来るまで、オーウェンはウィルが作った生活雑貨の数々を見ては、ウィルに疑問を浴びせ、ウィルはオーウェンに説明をしながら、逆に改良点を見つけ出し、さながらキッチンは研究所のような様相を見せていた。
元庭師が届けにきた品物をウィルが受け取っていると、オーウェンが帰り支度を始める。外は、もう夜の帳が降りていた。
「え、もう帰るの?」
「流石に遅くなり過ぎると、マソン副師団長にも迷惑をかけるからな」
「そっか。一緒にご飯でもって思ってたんだけど……」
「気持ちだけ受け取る。ありがとう」
オーウェンは、ノーザイト要塞砦騎士団を辞めることが決まっている。ワーナー副師団長が次の副師団長補佐に引継ぎを行なうことになるが、それでも書類の片付けが終わっていないからと、ウィルに説明してノーザイト要塞砦騎士団へ帰っていった。
キッチンに出したままになっていた生活雑貨類を収納に戻し、ウィルは、早目の夕食を済ませると家の片付けを再び始める。
「そういえば、書籍棚を押し込んだままだった」
昨日、家具屋に注文して届けられた書籍棚は、配達員に玄関ホールにある小部屋、錬金部屋へ運びこんで貰ったのだ。
書籍棚は、玄関ホール用、自室用、錬金部屋用として書籍棚というより、収納として購入した物が多い。実際に書籍棚として使う物は自室用だけだろう。
錬金部屋へ入ってみると、購入したばかりの書籍棚で室内は占領されている。
「(これだけ綺麗に詰め込むの、作業員さん達も苦労したんだろうなあ……)」
大小の書籍棚から錬金部屋用の書籍棚を除き、収納していく。そして、ふと思い出したように、ウィルはまじまじと腕輪を見つめた。
「(この収納の名前も、決めなきゃいけなかったんだったよね。何にしようかな? 腕輪じゃないし、腕時計……リストウォッチだったかな。時計はクロックで……。でも収納だし。だけど、見た目は腕輪だし。うーん、どっちを重要視するかな?)」
ウィルは悩みながらも、書籍棚の移動を始めた。先に玄関ホールへ置くと、自室となる予定の部屋へ向かう。既に置き場が決めてあり、サイズも合った書籍棚を購入している。
「(安直だけど、ストレージクロックとか? 長いから駄目だよね。いっそのこと、そのままストレージだけでもいいのかなぁ。簡単には思いつかないよ)」
フゥと息を吐き出して、ウィルは何もない部屋へ入る。広々として寂しげである自室。そこへアイテムボックスから取り出した書籍棚を取出して、決めていた場所に置いた。大小合わせて三つの書籍棚を置くだけで、生活感が出て部屋の印象が変わるのだから不思議だ。
「(本棚とテーブルセットとベッド。他に必要になる物は何だろう? 龍の住処で使ってた部屋も同じ感じだから、これでいいのかな?)」
自分が住みたいと考えていた家よりも遥かに広く大きな家に、ウィルは小さく吐息を漏らす。不満がある訳ではない。しかし……。
「広い家で、ひとりぼっちは、ちょっとやだな」
声に出すと、ウィルは余計に寂しく感じられた。今まで三年間は、フォスターが不在の時は、緑龍と過ごしてきた。龍の住処には、野生動物が、龍王たちの眷属が、精霊たちが住み、完全に一人きりになることなど、皆無だった。
ノーザイト要塞砦は、魔境に近いことも影響しているのか、精霊の数が少なく、野鳥も多くない。夜になると、とても静かになった。人は大勢住んでいるが、各々の生活がある。知り合いは幾許か増えたが、寂しいからと呼べる相手ではない。
「⋯⋯櫻龍や白龍に会いたいなぁ。還縁の場に行けば、会えるのかな」
還縁の場でなくてもいい。せめて、近くに⋯⋯大神殿の跡地なら。そこまで考えて、ウィルは大きく頭を振った。
「流石に……行っちゃ駄目だよね。魔境に勝手に入るのは、良くない。だから、今なら使っても怒られないよね? 昼間のお礼も言いたいし、いいよね?」
ウィルは応接室へ戻り、ガイの選んだソファに腰掛ける。落ち着いた色合いの敷物が敷かれ、重厚で大きな三人掛けソファが対面で並び、一人用のソファが二脚。センターテーブルも巨大で、このサイズなら大人数にも対応できるだろう。壁にも大型の収納棚が並べられている。
「(お酒飲むって言ってたし、ガイの応接室にも同じような棚があったし……。完全にガイの応接室と一緒になってる。そういえば、玄関ホールの応接セットは、ハワードが選んでたよね)」
玄関ホールにある応接セットは、見た目こそシンプルだが、材質に拘ったのか、手触りの良い布で作られ座り心地の良いソファだった。敷物も明るい色合いで華やか物だ。
「(二人とも完全に好みに拘ってるよね)」
クスクスと笑いながら収納から、虹色に光る宝玉を掌に具現させる。それは、緑龍から譲り受け、フォスターが術式を込めた通信装置だった。
「ええと、確か話したい相手をイメージして魔力を流し込むんだよね?」
『ええ。その通りですよ?』
「わっ! ……もう。驚かさないでよ」
いきなり聞こえたフォスターの声に、ウィルは危なく宝玉を落としかけ、慌てて握り締める。はたして宝玉自体、割れる物なのか疑問はあるが、落とさずに済んだことにウィルは安堵の息を吐いた。
『ふふふ。ようやく連絡をくれましたね。ずっと待っていたのですよ?』
「えっ。待ってたの? ……ごめんね? 今、忙しくない?」
『ウィルと話をすることは、私にとって一番大切な仕事です』
「他にも大事なお仕事が、たくさんあるでしょ?」
フォスターのクスクスと笑う声に、ウィルもつられるように笑顔になった。それからウィルは、今日のお礼とアルトディニアへ降りてから、今までのことをフォスターに話していく。
フォスターは、神界にある水鏡からウィルを見ていた。全て聞かずとも知っているのだが、余計な言葉を挟むことはせず、ウィルの声にジッと耳を傾けている。
そのフォスターの近くには、同僚達の姿があり、言葉も出せず驚きの顔で皆、フォスターを凝視していた。フォスターの普段と全く違う言葉遣いと浮かべる笑みに驚愕したのだ。古代アルトディニア暦から知る者達ですら、呆然とした顔でフォスターを見ているのだから、余程珍しいことなのだろう。
それらを一瞥して、フォスターは徐に立ち上がると、ある同僚の隣へと移動し、そしてウィルに聞こえないように術をかけて口を開いた。
「ルース。ウィルに、お前の加護を授けろ」
「……へ?」
「我に、二度も言わせる気か? 其方の加護を与えよと申したのだが?」
「っ……。そんなことしなくても、彼は人族としては最上級に――」
「やれと言っている」
やはり何時ものフォスター神だと認識する一方で、有無を言わせぬ口調と圧力に、ルースと呼ばれた者は屈するしかない。
フォスターは古代神。最上位の神であるため、ルースのような新参の神では逆らうことは難しい。助けを求めるようにルースは周りへ視線を向けたが、他の同僚たちは『逆らうな』という視線を返してくる。諦めてコクリと頷けば、フォスターは満足そうに片笑みを浮かべた。
「ウィル。光の術式を使ったようですが、身体に違和感はありませんか?」
『どうして、知ってるの?』
「その器は、私が創ったのですよ? 綻びが生まれれば、すぐに分かります」
実際は『見ていた』が、正解だ。自分の能力をウィルに分け与えたことで何らかの変化が起こることを予想していたフォスターは、アルトディニア大陸を映し出す巨大な水鏡を創り出し、ずっとウィルの行動を見ていたのだから。
ウィルが使った、光の魔法。『光の守護 結界領域』は、魔術陣と呼ぶほう的確だ。しかも、僅かな適正しか待たないウィルが使用するには、器に負担が掛かり過ぎていた。それでも成し得ることが出来た理由は、ウィルが持つ魔力の特性と器に刻みつけた知識の賜物だろう。僅かな適正を、魔力が補完的役割を努めることで魔術陣を刻んでしまう。但し、無理に底上げをすることにより、器に悪影響を与え、魂も傷つけてしまうのだが。
「ウィルのことですから、使うなと言っても聞かないでしょう?」
『ごめん。たぶん使うと思う。どうしてもやりたいことがあるんだ』
「そう言うだろうと思っていました。ウィル、貴方に光の加護を付与しましょう」
フォスターは優しい口調とは裏腹に、ルースへと鋭利な視線を向ける。そんな視線を向けられたルースは、小さく嘆息すると呪文を唱えて手をフォスターへ翳す。そうすると、その手から光り輝く球体が現れ、フォスターへ吸い込まれていく。
「その宝玉を通じて、ウィルに力を送ります。少しの間、目を閉じて動かないでくださいね」
ウィルは、フォスターの言葉の意味が分からないまま、指示に従うことにした。フォスターが動くなと言う時はジッとしていた方が安全だということは、ウィルの身に染みている。言われたことを守らず動いたために、散々な目に遭ったことがあるのだ。
ウィルは少しの間、ソファに寄りかかり目を閉じていた。すると掌に乗せている宝玉から、暖かい何かが身体の中へと沁み込むように広がっていく。
「(……なんだか、とっても温かい)」
身体の芯から温まるような感じに、ウィルは深く深呼吸をする。
『もう、目を開けて動いても構いませんよ』
フォスターから許可が下りて、ウィルは目を開けて宝玉へと視線を向ける。
「何をしたの? なんだか、すごく身体がポカポカするけど」
『言葉のままですよ。ウィルは光の属性を操るのが苦手だったでしょう? それらを使えるようにしたのです』
フォスターの話す内容に違和感を覚えて、ウィルは首を傾げる。ウィルの使う魔法属性は火と水に特化していた。
確かに、光も多少は扱える。ただ、人は使える属性が生まれながらに決まっているのではなかったかと不思議に思い、フォスターへ疑問をぶつけると簡単に答えが返された。
『私では光が扱えませんので、他の者に力を貰いました』
「もらった、って。それは良くないことなんでしょう? 他の神様に怒られない?」
『私を叱ることが出来る神がいるとしても、私を止めることはないですよ。それより、ウィルの器が壊れなければいいのです』
「……ハァ」
思わず宝玉に向かって、ウィルは嘆息した。神界で初めて出会った時から、このような調子だった。ウィルの器に掛けられた神の祝福にしても『時を司る神』から、ウィルの器に与えられたものだ。
「僕に光の加護を与えてくださった神様に、ありがとうございますと伝えておいてね」
『私には、感謝の言葉をくれないのですか?』
「勿論、感謝してるよ。フォスター、ありがとう」
『ウィルは素直でいい子ですね。しばらくすれば、その力もウィルの器に馴染むでしょう。それまでゆっくり眠りなさい』
「うん⋯⋯そう、する」
その言葉を最後に、ウィルの意識はぷつりと途切れたのだった。




