052
話を終えた二人は家を出て、商店区へと向かっていた。草取り用の道具が欲しいと話すウィルに、オーウェンが専門店を紹介することになったのだ。
「元々、庭師が始めた店らしい。鍛冶屋とも取引があるようで、道具なども色々と品揃えが良いと聞いたことがある。花や樹木の苗木だけでなく、野菜や薬草の苗も扱っている」
「それだと、街の庭師さん達も助かるね。でも、なんで専門店のこと知ってたの?」
「店主を、貴族街で見掛けることが多々あって、気になってな。モラン師団長に訊ねると教えてくださった。ところで、ウィルは何を植えるつもりで専門店に行きたいと?」
「メインは薬草だよ。依頼を受けて外に出ると、魔法薬が必要になるでしょ? それと自分で料理を作るから、ハーブや野菜もあったらいいかな」
消費量の多い魔法薬系の材料となる薬草がメインとなるが、出来ることなら他の薬草も育てたい。
家の近辺にある店で、ウィルは魔法薬に付けられている金額を見て驚いた。低度の体力回復魔法薬でさえ銅硬貨五枚する。薬を作る身としては、ぼったくりじゃないのかと思ったほどだ。しかし、オーウェンに話すと、オズワルド公爵領は安い方だと答えられ、余計に仰天する羽目になった。
「王都では魔法薬に限らず、薬草自体が倍の値段するからな。一番の理由は流通量だ。どうしても手に入りにくい。そうなると相場が上がる」
「育てればいいのに」
「安全に育てられる場所が少ないから仕方がない。だが、ウィルが魔法薬を作れるとは予想外だった」
ウィルの話を聞く限り、錬金研究所に勤める者達と同等。若しくは、それ以上の知識があるようにオーウェンには思えた。魔法薬に関して専門外と言う者もいるが少数だ。錬金には、薬草の知識も必要な物がある。
「あ、お肉屋さんだ。あっちは、何だろ?」
「ウィル。頼むから、私から離れないように歩いてくれないか」
「え? どうして?」
「見失いそうで、正直言って怖い」
昨日の事件があり、街道へ続く大門は閉じられている。人通りはあるが、何時もに比べると少ない。が、人通りが多いことに変わりはない。そんな中、慌てて追いかけるが、ウィルの背丈が小さいため、人混みに埋もれてしまうのだ。
「む……。色々と見て回りたいのに」
「今日は行き先が決まっているだろう? 店は逃げたりしないが、遅くなると帰りが大変だぞ」
「わかった」
渋々頷くウィルに、こういうところは年相応なのかとオーウェンは苦笑する。それから、しばらく歩いて目的の店に到着した。目を輝かせて店先に並ぶ品々を手に取っているウィルの隣で、オーウェンも庭弄りに使えそうな道具を吟味し始めた。
「うーん、どうしよう」
「どうしたのだ?」
「作りたい物が出来ちゃって、材木と、木材を切る道具が欲しいんだ。そういう物も置いてあるのかな?」
ウィルの作りたい物は、草取り用の椅子だ。知識の中にある物は収納があり、タイヤが付いている。だが贅沢は言えない。木製のタイヤで座れる台があればいい。そう考えると良い案に思えてくる。雑草とは戦いなのだ。
「店主に訊いて来よう」
そう言うと、オーウェンが店の奥へ入って行った。ウィルは、その場でスコップや草かきを見ている。道具の多さに迷ってしまう。そうしているうちに、オーウェンが帰って来た。のこぎりも材木もあるようだ。纏めて買うなら自宅まで運んでくれると話す。
「でも、お金のことを考えると……少し苦しいかも」
「ならば、私と折半しよう。その代わり魔法薬を安く売って欲しい」
「え? 元々オーウェンからお金を取るつもりはないよ?」
「それならば、尚更の話だ。ここの代金は私が払う」
そこからオーウェンの動きは早かった。必要と思われる道具を店主に選ばせ、ウィルの言ったのこぎりや材木もウィルに選ばせる。いくらウィルが抗議しても聞かず、夕方に家へ届けるように店主と話を纏めてしまった。
「仕事辞めるんでしょ? 今からお金が必要になるのに、無駄遣いしちゃ駄目なんだよ?」
「それはそれ。これはこれだ。使う道具があれば、薬草を植える時間も短縮できる。そうすれば、私も無駄に魔法薬を買わずに済む。合理的だろう」
「確かにそうだけど、そんなに早く育たないよ」
「だが、後々は買わずに済む」
買い物を済ませた二人は、言い合いをしながら帰路についていた。やはりウィルは納得出来ないらしくブツブツと文句を言っている。
「私が代金を払ったのは、私自身のためだ。私は、治癒魔法が全く使えない。そうなると、魔法薬に頼るしかないのだ。大体の騎士や冒険者は、魔法薬が高価でも必ず持っている。それが自分の命を守る最善の手段だからだ」
「分かった。もう文句言わないよ。その代わり、当分は無料ね。対価分を渡したら魔法薬一瓶銅貨二枚で売るよ。それでいい?」
「銅貨三枚だ」
「えー。普通は、安い方が喜ぶでしょ!」
オーウェンは、ウィルの言動に頭が痛くなってきた。オーウェンは、王国錬金研究所に勤めていた時期があり、薬草も扱ってきたからこそ、ウィルの提示する金額では、材料費にもならないと理解している。
「(お人好しにも程があるだろ。そもそも、ウィルが薬草を育てる労力が金額に含まれていない)」
ウィルの話では、保護者代わりと御師様という人物たちと一緒に生活していたと話していたことを思い出し、その二人が過保護に育てたのだろうかとオーウェンは唸る。
「どういう育ち方をすれば、こうなるのだ」
「ん? どういう意味?」
約束したことを守り、オーウェンの隣を歩くウィルは顔を上げて訊ねた。
「いや。独り言だ」
「ふーん。まあ、いいや。それより引っ越しは何時頃になるの?」
「三日後には、移れる」
本来ならば、引継ぎや面倒な手続きがあるのだが、マーシャルがウィルを優先させたことで、煩わしい手続きなどは残り二日で済むとオーウェンに告げたのだ。
「引継ぎや残務は、ワーナー副師団長がしてくださるそうだ」
「なんだか僕のために、ごめんね」
「ウィルが謝ることはない。私が自ら選んだ道なのだ。ワーナー副師団長も快く引き受けてくださった」
ウィルは項垂れながらオーウェンの隣を歩いている。コロコロと変わる感情豊かなウィルを見て、オーウェンはクスリと笑った。
「(この素直さが、師団長や総長、皇太子殿下に好まれる理由だと本人は気がついているのだろうか? ……ウィルには、人を惹き付ける何かがあるのかもしれない)」
クラーク・トマの捕縛後。執務室で捕縛に使用した光の束縛魔法について散々説明をさせられた後、オーウェンは総長とエドワード王太子に、散々ウィルのことを質問をされた。どうやらラクロワ師団長だけでなく、モラン師団長やクレマン師団長も『保護対象』であることを理由に、ウィルのことに関して話すことを頑なに拒んでいたらしく。
まさか、自身が所属する師団の師団長が語らないことをオーウェンが語る訳にもいかず口を閉ざすと、総長と王太子は強制的に教えろと言い放ったのだ。一人の少年、それも数時間の出来事を訊き出すために、エドワード王太子が勅命を下されたことに、オーウェンは心底驚愕させられたのだ。
「どうしたの?」
先日の出来事を振り返るうちに、オーウェンの足は止まっていたらしい。隣を歩いていたウィルは、数歩先で立ち止まってしまったオーウェンに声を掛ける。
「ああ、少し考え事をしていた」
「危ないよ?」
「ああ、気をつける」
その後は、二人で他愛のない会話を楽しみがら家まで辿り着き、ウィルはオーウェンに家の案内をした。広い家だが、一人で住むには広い家であって、大勢で住むとなれば妥当な大きさだろう。
実際、オーウェンが暮らすことになり、二階の客室は残り二部屋。今はどの部屋も荷物がないため、広々とした空間であるが、家具や荷物を運び入れたならば手狭になる可能性もある。
マーシャルが物置部屋に使用していた部屋も、共用スペースとして使う予定だとオーウェンに語り、二階の部屋割りを伝えると二人は応接室へと戻った。
「この扉は、書斎か?」
「うん。マーシャルは書斎にしてたみたい。書斎と寝室は、僕が使えばいいって言ってくれたけど、ちょっと広すぎるかな」
「なるほど。書斎から寝室へ行けるのか。書斎から応接室とも行き来が出来るのは便利だな」
マーシャルは、家に入って直ぐの部屋を寝室として使用していたと、ガイから聞いていた。仕事柄、返って来る時間が不規則で、深夜に帰ってきてそのまま寝てしまうことが多かったらしい。
「ホールにある小部屋は、どうするんだ?」
「あの部屋は、錬金部屋にする予定だよ。魔法薬とか他に錬金術で道具を作る場所が必要だから。あ、オーウェンも遠慮なく使ってね」
「ウィルは、魔法薬だけではなく、錬金術も出来るのか?」
魔法薬のことは、店に行く途中ウィルから聞かされたオーウェンだったが、錬金術自体は初耳だった。ウィルはオーウェンを見ながら首を傾げている。
「一応、基礎だけ? 後は自分で勉強するように言われてる。話していなかった?」
「私は聞いていない。ウィルは、錬金術でどういったものを作るのだ?」
「生活用品。後は薬品関係だね」
「薬か。固定化や安定化の調合薬が作れるか?」
安定化は一般的だが、固定化の薬剤は調合が難しい。国立錬金研究所で、先ず習得させられる調合薬のひとつでもある。
「作れるよ。どうして?」
「王国錬金術研究所の研究員でさえ、調合薬の精製を習得するまでかなりの時間を要するんだ。ウィルは、何歳から錬金術を習ったんだ?」
「えーと、十二歳から」
「やはり、早くから学んだ方が良いのだろうか?」
「うーん。無理強いは良くないだろうけど、興味があるなら早くてもいいんじゃない? 僕は勉強するのが楽しくて早く教えてもらったけどね」
ウィルは、冒険者ギルドに十五歳と申告してあることを思い出し、その歳をいう。オーウェンは、ウィルの言葉を聞いて何かを考えている様子だったが、顔を上げるとウィルへ視線をやった。
「ウィルが作ったマジックアイテムは、この家にあるか?」
「うん。あるよ」
オーウェンを食堂に案内すると、オーウェンは感嘆の声を上げる。そうして、ウィルが作った物のひとつにオーウェンは近付く。
「かまどのようだが……。私の知る物と少し違うな。普通、魔晶石が三つ取り付けられているだろう?」
「これは、簡易式かまどだよ。使う魔晶石は、ひとつだけでいいんだ。魔晶石にゆっくり魔力を込めてみて」
「なるほど。込める魔力量によって火の調整が出来るのか」
一般家庭にまで魔晶石が普及したのは『魔晶石には魔力を蓄積する特性があり、また補充することが可能である』と研究で発見されてからだ。魔晶石は、耐久性が優れており、一度購入すると五十年は持つ。錬金研究所に魔晶石を持って行けば、職員が魔力を補充する。研究所が遠い街や村では、魔法薬屋で魔晶石に魔力を補充してもらえる。そのお蔭で、魔力の少ない者や全く無い者も、家庭用のマジックアイテムが使用できるようになったのだ。
但し、魔力がない者でも使えるように工夫が必要で、コンロなどは火の調整が難しい。その為、火力を弱火・中火・強火と三段階に決めて三つの魔晶石が使用されることになった。
ウィルの簡易コンロは、ひとつの魔晶石で火力の調整まで行えるが、魔力量が多い者用と言っていいだろう。コンロについて説明を終えたウィルは、オーウェンをひとつのボックスへと案内した。
「次は、これかな」
「アイテムボックスか?」
「ううん、違うよ。この魔晶石を使うんだ。まずは火の魔晶石ね」
赤みが強い魔晶石を取り出したウィルはボックスの脇にある窪みへ魔晶石を取り付ける。そしてボックスの蓋を開けてオーウェンへ振り返った。
「手をボックスの中に入れてみて」
「中が温かい」
「うん。食べ物とか温かいままにしておきたい時に使うんだ。今度は氷の魔晶石ね」
「冷えて来た」
「僕はお水を冷やすのに使ってる」
ニコニコとした顔で答えるウィルに暫しの間、呆然となるオーウェンであった。




