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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
ひとときのやすらぎと忍び寄るもの
51/132

051


 小さくなっていく箱馬車を見送り、ウィルはトボトボと家路を辿る。マーシャルから伝えられたオーウェンの来訪は、ウィルに衝撃を与えていた。クラーク・トマと面識がなくとも、たとえ罪人であっても、オーウェンの兄であることに変わらない。


「オーウェンに謝らなきゃならないのは、僕の方なのに……」


 ウィルとしては、クラーク・トマの捕縛をオーウェンが承知していたと教えられても、気持ちが重かった。


「どんな顔して会えばいいのさ」


 ポツリ呟いて、ウィルは家の門を開ける。マーシャルは、この家に八年ほど住んでいたとウィルに話した。家自体は、マーシャルが手入れを人に依頼していたので、痛んでいる場所は無い。しかし、庭の手入れまでは行き届かなかったらしく、庭の花壇は草が茂り枯れた花の残骸がそのままになっている。

 暫くの仮住まいとしても、このまま放置するわけにいかず、思わず溜め息が漏れる。それに、なんとなくだが、このまま屋敷のような家に住むことになりそうな気がしていた。それならば、荒れ果てた花壇や畑を活用する方が良い。短期になったとしても、薬草の苗を育てておけば、引っ越し先へ持っていくことも可能だ。


「……とりあえず、庭の草取りからかな。お客さんが来れる状態じゃないや」


 朝食は抜いてしまったが、冒険者ギルドで焼き菓子を貰って食べたおかげで、お腹は満たされている。オーバーウェアを脱いで収納すると、早速ウィルは作業を始めた。

 まず手始めに、花壇から枯れた花の残骸を抜き、裏庭へ集める。草に埋もれていて分からなくなっていたが、かなり大き目の花壇があった。それに、草抜きの最中、ハーブの生き残りも見つけることが出来た。


「これだけ花壇が多ければ、色々育てられる。畑は、後から手入れをするとして……。とにかく、草の片付けだけは済ませよう」


 淡々と作業を進めて、なんとか花壇は片付いたが、裏庭は手を着けていない。ずっと屈み込んでの作業は、若いウィルでも辛いものがある。腰を伸ばして空を見上げると、何時の間にか陽が真上にあり鐘が鳴った。


「もう、お昼なのか。お腹空いたかも……」


 正面は見れる程度まで片付いたため、収納から家の鍵を取出す。


 レザーグローブを外すと目に飛び込んでくるフォスターの紋章にも、だいぶ慣れ始めていた。それこそ、最初の頃は誰にも見られないように、コソコソと手を洗っていたウィルだったが、今ではサッと手洗いを済ませることが出来る。レザーグローブは、光魔法で綺麗に浄化して収納した。


「朝食用に卵サラダを作ってたから、それをマフィンに挟んで、後はソーセージと丸鳥の野菜スープにしようかな」


 そのまま食堂へ向かい、ウィルは手早く昼食を作り上げる。下拵えを済ませてあったこともあり、短時間で昼食の支度が整い、それをトレイに乗せると、玄関ホールのソファセットまで運んで、ゆっくりと食べ始めた。食堂で食べなかったのは、大人数用のテーブルだと少し寂しく感じられたからだ。


「そう言えば、何時頃に来るんだろう? マーシャルに訊いておけばよかった」


 窓から外へ視線をやりながら呟く。ウィルは卵サラダサンドを食べながら、午後の予定を考えることにした。

 オーウェンの来る時間が分からない以上、家を空けることは出来ない。ウィルとしては、ガーデニング用のツールが欲しい。なければ作るしかないのだが、貴族街には立派な花壇があった。それを考えると、街の何処かに庭師が居るのかもしれない。と、なれば道具も色々と揃っているはずと考えたのだ。午前中は、黙々と草取りをしていたが、道具があると何かと便利で作業効率も上がるだろう。


「とりあえず、オーウェンが来るまでは庭の草取りだね。その後、商店区まで買い物に行こう」


 ウィルは、午後にすることを決めると、残りの卵サンドを丸鳥スープで流し込むようにして食べ、キッチンへ戻って食器を片付ける。再びレザーグローブを身に着けて、庭に出た。

 

 昼からは、花壇周りの草抜きだ。大きな草は生えていないが、細々とした草が所々にある。花壇から枯れた花の残骸が消えたたことで、逆に目立つようになってしまった小さな草を丁寧に抜いて行く。正門の近くから順を追って抜いて行くと反対側へ移ろうとした時だった。


「草むしりの最中か? 休みの日なら、俺も手伝うが……」

「うわっ!」

「クククッ。やっと驚かせることが出来たな」

「ハ、ハワード?」


 何時の間に近付いたのか、ウィルの真後ろにハワードが立っていた。ハワードは驚いて尻もちをついたウィルの姿が可笑しかったのか笑っている。


「お、驚かさないでよ!」

「これで気付かれるようならスキルの問題だから、試してみたかった」

「匂いがしなかった……。ハワードって、ホントに気配遮断が上手だよね。遮断系スキルも数が多いけど、索敵系も種類が多いから、その所為もあるんじゃないかなぁ。盗賊系スキル、暗殺系スキル、斥候系スキル。その系統のスキルだよね」

「なるほどな。そこまで必要なのか。まあ、ウィルに気付かれなくなれば、他の者に気付かれることはないさ」


 立ち上がり、ズボンに着いた草を払い落としたウィルは溜息を漏らす。


「もしかして、それの確認にきたの?」

「それもある。……が、マーシャルから伝言を頼まれた。オーウェンが来るのは三時だそうだ」

「三時……」


 腕の時計へ視線を向ければ二時半だ。今更買い物に行く時間もない。


「伝えに来てくれてありがとう。今は仕事中?」

「ああ、任務に向かう道すがら立ち寄った」


 ハワードが向けた視線の先へとウィルも目を向けた。大通りに近い位置に、小さく騎士たちの姿が見える。部下を待たせている様子だ。


「忙しいみたいだね。時間があれば、お茶でも出せたんだけど無理そう」

「そうだな。また近いうちに立ち寄る」

「うん。怪我には気を付けてね」

「ああ、そうしよう」


 そう言うと、ハワードは背を向けて門の外へ出て行った。ウィルはハワードを見送ると、反対側の草抜きを諦めて、今まで抜いた雑草を集め、裏庭へ運ぶ。オーウェンの来る時間まで、それほど余裕はない。

 全てを片付けると家へ入り、お茶とお菓子の準備を始める。お菓子は龍の住処に住んでいた頃、フォスターが作り置きしたものだ。それをトレイへ盛り付ける。

 丁度湯が沸き茶葉を計り終えて、ティーポットを温め始めたところで外から音が聞こえた。キッチンから出て、玄関ホールの窓からウィルが外を見ると、門扉の前に人影がある。

 何故、入って来ないのだろうと、ウィルは人影をじっと見て理由に気付き、慌てて外へと飛び出した。


「ウィル!」


 家からウィルが出ると、その姿を見つけたオーウェンが声をかけてくる。ウィルは急いで門扉へ向かった。


「オーウェン。その袋……」


 ウィルが急いだ理由、それはオーウェンの手荷物にあった。


「ああ、これか。モラン師団長から、ウィルは焼き菓子を好むと窺ったので買ってきた」

「お菓子は、大好きだよ。でも、これ全部買って来たの?」

「ああ。気が付いてくれて助かった」

「鍵を掛けてないのに、立ち往生してるからびっくりしたよ」


 オーウェンの持つ袋の数は十個はある。その半分を、ウィルが引き受けて、家へと案内する。そのまま応接室へ案内すると、オーウェンはテーブルの上に袋を置いて肩を回し始めた。


「お菓子も多くなると、馬鹿に出来ないな。肩が凝った」

「そんな無理しなくて良かったのに。こんなに買ったら、お金もかかるでしょ?」

「そんなこと気にする必要はない。よく弟にも買って帰るのだ。しかし、広い家だな」

「うん。元々、マーシャルの家として使ってたみたい。僕が使うのは、一階だけ」


 ようやっと落ち着いたのか、オーウェンは腕を回すことを止めてソファへ腰掛けた。真剣な顔をするオーウェンに、ウィルは紙袋をひとつ手に取って話し掛ける。


「話したいことは、僕もあるんだ。でも、せっかくオーウェンがお菓子を買ってきてくれたんだし、先にお茶にしようよ。それからじゃ、駄目かな?」

「……お茶か。そうだな、時間はあるから支障はないが、手伝わなくていいのか?」

「お茶は、もう準備してあるから平気だよ。座って待ってて」


 それだけ言い残すと、ウィルは応接室を出て吐息を漏らす。あの日と変わらぬ態度に、多少安堵していた。キッチンに戻り、早速オーウェンが持ってきてくれたお菓子を取り出して、トレイへと並べていく。そのお菓子とお茶セットを、キッチンワゴンへ乗せて応接室へ戻った。


「お待たせ」

「そんなに待っていないが」

「こういう時は、お待たせって言うでしょ」


 ウィルは、テーブルにお菓子を乗せたトレイと取り分け用の小皿を置いて、お茶の支度をする。先に支度を済ませておいたおかげで、スムーズにお茶を淹れることが出来た。お茶を淹れたティーカップをオーウェンの前に置き、ウィルは自分の分を注ぐとソファへ腰掛ける。


「随分と本格的だな」

「そうかな? 教えてもらった方法で、淹れてるだけだよ」

「そうなのか。頂いてもいいか?」

「どうぞ。口に合うといいけどな」


 オーウェンがお茶を飲むと感心するように頷く。


「うん。香りもいいし、味も濃すぎなくて美味しい」

「良かった。マーシャルほど上手く入れられないから、まだまだ練習が必要だよ」

「モラン師団長のお茶は、頂いたことがないが……。そんなに美味いのか?」

「うん。とても美味しいよ」

「そうなのか。……それじゃ、お茶の話は此処までにしよう。このままじゃ、謝罪させて貰えそうにない」


 困ったようにオーウェンが言うと、ウィルは体を小さく揺らした。ティーカップをテーブルに置いて、オーウェンを見詰める。


「オーウェンが謝罪する必要があるのかな? それだったら、僕の方がオーウェンに酷いことをしてるよ。オーウェンのお兄さんは死――」

「ウィル、それは違う。クラーク兄上の件は、ウィルに御礼を言わなければならないくらいなのだ。あのままクラーク兄上が罪を重ねていれば、トマ家全員が厳罰に処される事態になっていた」

「っ……」


 ウィルも、オーウェンの言っていることの意味は理解している。クラークは横領だけでなく、殺人も犯していたのだから。


「クレマン師団長から、クラーク兄上が総長の執務室に居ることを聞かされて、憤りも覚えたが正直に話すとホッとしたのだ。ウィルには不謹慎だと言われるかもしれないが、これで漸く終わる事ができると安堵した」

「それって、横領のこと?」

「いや。それについては、情けないことに知らなかったんだ。俺もジョナサン兄上から聞かされた話だから詳しくは知らないが、クラーク兄上は嫡男ということで義母上から随分と甘やかされて育てられたらしい。気付いた時には、自分が一番偉いと信じて疑わない人となっていた」


 気付いた時は、もう矯正も出来ない状態になっていた。社交界で問題を起こし、流石に不味いと無理やり父親が村へ連れ帰ったが、次期当主となれば社交場に出なければならない。その度にクラークは問題を起こし続け、とうとう現当主である父親は心労で倒れてしまったのだとオーウェンは語った。


「オーウェンは、どうして帰らなかったの?」

「帰ったさ。俺もジョナサン兄上も。そして何度も父上と話した。その度に、次期当主はクラークであって、お前達ではない。だから口を出すことは許さないと拒絶された。しまいには、余計な口を挟むなら村に戻ることも許さないと言われ、私達は何も言えなくなってしまった。姉上たちは早々に他家へ嫁がされ、ジョナサン兄上は爵位は近い内に剥奪されるだろうと言い捨て、国立錬金研究所へ戻られ、帰ってくることはなくなった」

「そんなことが⋯⋯」

「ああ。……私もジョナサン兄上と同じ国立錬金研究所へ入ったが、弟や村人が心配でオズワルド公爵領へ帰って来たんだ。だが、父上は病床にあっても私と会うことを拒まれた。情けないことに、私はクラーク兄上や義母上から弟や村人を庇うので精いっぱいだった」


 だから、総長の執務室の前でクレマン師団長に横領の話を聞かされて、やっと終わると安堵したとオーウェンは寂しげに笑った。


「こんなことに巻き込んで、本当にすまなかった」

「そんな。オーウェンは悪いことしてないよ。クラークさんが悪いことしてただけで、オーウェンは何もしてない」

「そうだ。何もしていない。だからこそ謝罪しなければならない。家のこと、村のことを、オズワルド公爵様に伝えるべきだったのだ。そうすれば、もっと早く決着がついていた。……何時か立ち直ってくれるだろうと、反省してくれるだろうと、甘い考えを抱いていた自分が情けない」

「オーウェン……」


 膝の上に置かれたオーウェンの拳は、固く握りしめられている。声を掛けようにも言葉が見つからず、ウィルは項垂れてしまった。


「村は、オズワルド公爵領へ戻される。私達としても、その方がいいと考えている。恐らく、村人はトマ家を憎んでいるだろうから」

「そう、なんだ……」

「次兄のジョナサンが、弟のことは国立錬金研究所で見習い錬金術士として引き取ると言ってくださった。俺は、全ての後始末が終わったら、騎士を辞めて旅に出るつもりだったんだ」

「えっ? オーウェン、居なくなっちゃうの?」


 驚いてウィルが顔を上げると、オーウェンは頭を振った。


「否。モラン師団長に止められた」

「マーシャルが止めたんだ。良かった」


 ホッとした顔を見せるウィルに、オーウェンは硬い表情を解いた。


「残務処理を済ませた後、此処に住まないかと提案をされた」

「此処に……。って、この家に?」

「ああ。旅をするぐらいなら、冒険者としてウィルとパーティを組むのはどうかと言われた」

「僕と、パーティ?」


 ウィルはギルドでのことを思い出していた。一人がいいとバークレーと話していた時、マーシャルは何かを考え込んでいた。


「その話、何時したの?」

「昼にお会いした時だ。どうかしたか?」

「今朝ね、ギルドマスターに知り合いを作れと言われて……」


 今朝の出来事を搔い摘んでオーウェンに話すと、納得したような顔を見せる。


「なるほど。それでモラン師団長は、私に冒険者の話を持って来られたのだな」

「ごめんね」

「謝ることはない。私としても有難い話だ。騎士団を辞めることは、クラーク兄上が捕縛された時に決めていた。いくらモラン師団長から降格処分で済ますから残れと言われても、身内に犯罪者がいれば、流石に居辛いものがある」


 そこまで話すと、オーウェンは応接室を見回した。ウィルもつられるように応接室へ視線を巡らせる。


「私も此処に住まわせてほしいのだが」

「いいの?」

「ああ。行く当てもなかった。私で良ければ、手伝わせてほしい」

「嬉しいよ。こんな広い家に一人って凄く寂しかったんだ。ありがとう」


 ウィルに視線を戻したオーウェンが頼むと、ウィルは微笑んで返した。


「じゃあ、今度は僕の番。任務の邪魔をして、ごめんなさい。オーウェンに任せておけば、誰も死ぬことがなかったかもしれないのに⋯⋯僕が余計な事を言った所為で、沢山の騎士さん達にも迷惑をかけちゃったし。本当に申し訳ありませんでした」

「謝罪は受け取る。だが、ウィルの行動は、ある意味正解だったんだ。取調べ中に見つかったのだが、魔法士たちは毒物や爆発物を所持していた。何に使うつもりだったのか想像もしたくないが、私が救援を求めていたら、確実に使われていた。そうなっていたら、負傷者も多く出ただろう」

「そんな⋯⋯そこまで」

「だから、自分をそんなに責める必要はない。ウィルは、私にとって恩人なんだ」

「オーウェンさん、ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」




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