047
一方、ガイから伝言を頼まれたハワードは、二人が食卓を囲む時間になっても総長の執務室で、マーシャルとアレクサンドラの三人で話をしていた。否、一度解散したが、事態が動いたのだ。
「冒険者ギルド王都支部から派遣されたと思われる護衛の冒険者たちの遺体も、先程街道沿いで発見されました。現在、オズワルド支部のギルド職員に護衛の遺体確認を行わせています。メリッサ嬢の遺体は発見されず、依然として行方は掴めておりません」
「……報告、ご苦労」
騎士団詰所は、騒然としている。本来ならば、第二師団師団長であるガイ・ラクロワも呼び戻さねばならない事態だったが、昼間の襲撃の件がありウィルからガイを引き離すことは賢明ではないと、マーシャルが判断。第二師団は、第一師団の指揮下に入り、現在もガイはウィルの護衛続行中となっていた。
「残された遺体の損傷を見る限り、襲撃者は刃物や鈍器などを使用した模様。また遺体発見現場の痕跡から、少なくとも二十名ほどによる犯行かと思われます。近くに野営した後も確認されているので、待ち伏せと見ていいでしょう」
「ふむ。それは、令嬢たちを待ち伏せていたのか。それとも、メリッサを待ち伏せていたのか」
「その件に関しては、事件を引き起こしたと思われる傭兵団が全員死亡していますので、不明です」
同日にノーザイト要塞砦を出発した箱馬車は、カーラ・リーガル子爵令嬢、デイジー・ハバネル伯爵令嬢、そしてギルドマスターのメリッサ嬢の乗った三台。マーシャルが、ノーザイト要塞砦警備隊に出発記録を確認したところ、前後一日箱馬車の通行記録はない。そして、ノーザイト要塞砦警備隊の到着記録によると傭兵団が到着したのは今朝の鐘が鳴る直前だった。つまり、大門が閉じられる直前ということだ。
「そして、商店区の裏通りで発見された遺体は十八体は、アッカーソン公爵領を拠点とする傭兵団『黒竜隊』の者達です。こちらも傭兵ギルドのオズワルド支部を通してアッカーソン支部に問い合わせ中です。傭兵たちの死因は、全て撲殺。十中八九、ガイの報告通りサットドールの犯行でしょう。メリッサ嬢を捜査対象に含めますか」
「致し方あるまいな。サットドールを操れるのは、メリッサ以外に存在しない。恐らく、どこかに身を潜めておるのだろう」
アレクサンドラは長嘆息を漏らし、執務机の上へ視線を向ける。机の上は、既に報告書の束で溢れ返っていた。
それは、明朝の出来事だった。
ガイとウィル、そしてハワードが官舎を出立した時刻。ノーザイト要塞砦警備隊から街道沿いでノーザイト要塞砦騎士団の騎士が殺害されていると、マーシャルのもとに一報が入った。報告では、商隊の護衛役を務めていた冒険者たちが、遺体を食い荒らしている魔物と遭遇したらしい。冒険者を数人その場に残して、商隊は慌ててノーザイト要塞砦へ戻ってきた。
マーシャルが第一師団、第二師団の騎士を率いて向かった先には、巡回中だった第五師団が先行して到着しており、探索を開始していた。冒険者たちが発見した遺体は、一昨日、王都に向け出立したハバネル伯爵令嬢のデイジーを乗せた箱馬車と騎士十名。そして、犯行に及んだ賊と思われる者たちの遺体が十二体前後。魔物に食い荒らされていたため、はっきりとした数は判明しなかった。
しかし、ノーザイト要塞砦警備隊と第一師団、第二師団、そして第五師団が見つけた遺体は、彼らの遺体だけではない。リーガル子爵令嬢カーラの箱馬車と護衛達も発見されたのだ。
そして日が暮れる時間になって、別な場所で前任のギルドマスターであるメリッサ嬢を護衛する者の遺体と、空の箱馬車が第五師団の騎士達に発見されたのである。ハワードは、マーシャルの元を訪ね、ようやっと全ての事情を知ることが出来たのだ。
「特務師団の連中を足止めをしていたのは、三時過ぎだ。若手の騎士だったが、ウィルを何処へ隠しただの、庇い立てするなら捕縛すると喚き出したり、随分執拗だったな」
街には、時を知らせる鐘がある。朝六時、九時、昼十二時、三時、夕方六時 夜九時の計六回鳴らされる。十二時の鐘が鳴る時間は、ウィルと共に家にいた。大門の近くで鐘が鳴ったのだから、三時を過ぎていたはずだ。
「……奇妙だと思いませんか?」
「特務師団の動きか」
「ええ。私が街道の調べを終えて帰って来たのは六時の鐘の後、夕方です。なぜ、その前に捕縛すると言い出したのでしょうね?」
「俺が特務師団の連中に訊ねても、上からの指示だとしか答えなかったな。四六時中俺達といるウィルが、どうやって犯罪を起こすことが出来るのか問い詰めると、慌てて引き返して行ったが」
ハロルドは特務師団の詰所から出てこないが、他の者たちは何度も総長の執務室へ直談判に訪れている。その理由は、随分と荒唐無稽な作り話だった。
「私の所にも来たぞ。お前達が自分達の失態を隠すためにウィルを庇っているのだと申す者もいれば、ウィルはお前達の手先で邪魔者を消させたのだと申す者もいた。どうやら、私もお前達の仲間らしい」
クククッと笑い、アレクサンドラはマーシャルへ視線を向ける。
「まあ、メリッサの消息不明という一報が入ってからは、大人しくなったが……。どうやら老害共は、ウィルに公衆の面前で恥をかかされたと御立腹のようだ」
「屋内訓練所でハロルドが起こした件ですか」
「ああ。我々しか居なかった場を『公衆の面前』と申したぞ」
「講習の面前も何も、あの件を言い触らしたのはハロルド本人でしょうに……」
フゥと息を吐いて、マーシャルは手元にある書類を見詰めた。メリッサ嬢が街を出たのは、昨日の夕方とノーザイト要塞砦警備隊の書類に書かれている。そして、見つかった箱馬車の内部は争った形跡があったとも報告を受けている。と、なればメリッサ嬢も襲われた被害者となるのだが、街でサットドールが確認された。しかも、命が奪われたのは傭兵という話だ。大勢の傭兵を倒す力がありながら、何故箱馬車ではサットドールを使役しなかったのか疑問が残る。それに、襲われた傭兵達はウィルを狙っていた可能性があった。
「サットドールとは、どのような物なのですか?」
「ふむ。ハワードは見たことがあったな?」
アレクサンドラに話を振られ、ハワードは首を傾げる。
「俺は実物を見た訳ではありません。メリッサ嬢に隷属させられている精霊を見たんですよ」
「精霊を隷属……そんなことが出来るのですか?」
「出来ないとは言わない。だが、俺達が最も嫌う遣り方だ。あれでは精霊は、いずれ消滅する」
メリッサが隷属させている精霊は、土の大精霊ノーム。隷属とは、精霊を無理やり捕え、その力のみを引き出す遣り方だとハワードは説明した。
ハワードはドライアド、ベアトリスはウンディーネと友好関係を築き、契約をして力を使わせて貰っている。神殿にいる巫女たちも友好関係を築いた上で、契約をして精霊と共に力を使うのだ。
「恐らく真名で縛り付けているのだろうが……」
「断ち切ることは出来ないのですか?」
「難しいだろうな。この国の巫女ですら叶わなかったと聞き及んでいる。メリッサ嬢以上の精霊使いならば可能かもしれないが、巫女が敵わない以上、俺やベアトリスでは無理だ」
精霊使いと聞いて、マーシャルはウィルの話を思い出していたが、黙してハワードの話を聞くことに徹する。
「メリッサ嬢の使うサットドールは、恐らくノームの力で生み出した土人形だ。見た目は人間と変わらないが、その威力は一体で騎士十名以上になる。生み出すのも崩すのも武器を持たせるのも自由自在で、同時に何体生み出せるのかも分かっていない。ガイでも敵わないようだ。戦った本人が、そう言っていたからな」
そこまで話すとハワードはアレクサンドラへ視線をやる。そして溜息を漏らした。
「後は、ご自分で話してください。俺が話せるのは、ここまでです」
「そのようだ。マーシャルは王都出身なのだから先代国王ベネディクト陛下の側妃シャーロットの醜聞を聞いたことがあるだろう? そのシャーロットの娘がメリッサで、シャーロットは私の伯母上である。分かったか?」
アレクサンドラの口調は刺々しい。マーシャルは、側妃シャーロットの醜聞について思い出していた。醜聞と言うのは、半ば無理やり側妃となったシャーロットが一年も経たぬうちに不義密通を犯して投獄されたことだろう。しかし、側妃シャーロットはオズワルド公爵家の出身ではなかった。そうなるとオズワルド公爵家から別な家へ出され、そこから側妃になったのだろう。
「……随分と面倒なことをなさって、シャーロット様は側妃になられたのですね?」
「先代の公爵が反対したそうだ。その反対を押し切り、伯母上の御友人だった伯爵婦人の伝手で、他家の娘となって側妃になったと聞かされておるな」
「メリッサ嬢が城から出されたということは、前国王の血は継がれていないということでしょうか?」
「……側妃も前国王も、相次いで亡くなられた。真実を知る者は生きておらぬしな。まあ、何かしらの思いがあったのだろう。メリッサが問題を起こしても、今までは父上とデメトリア王妃が隠蔽してきたが……。この間の件で、諦められたのだろう。『罰するも止む無し』と判断なされた」
アレクサンドラは溜息を漏らし、机上の書類を手に取った。
「十九年前、メリッサがサットドールを操り、王都騎士団の騎士を死傷させた折に、約定させられた誓約書だ。この項目の中に許可なくサットドールを行使した場合、犯罪者として裁くことも盛り込まれていてな。詳しく知りたくば、読むといい」
その書類を受け取ったマーシャルは書類を読み進めていく。その文面には、メリッサが反抗した場合は殺害するもやむなしと書かれていた。驚いて顔を上げるマーシャルに、アレクサンドラは再び溜息を漏らす。
「騎士に、メリッサを捕えられると思うか?」
「……ハワードの話を聞く限りでは、難しいでしょうね」
ガイですら手が出せないと判断した相手だ。マーシャルは、自分でも恐らく敵わないだろうと判断する。
「ハワード、貴方は戦えるのですか?」
「無理だな。それに戦うにしても、街では被害が大きくなり過ぎる。サットドールに意思はない。もしメリッサ嬢が無差別と命令すれば街の住民も巻き込まれる」
「……先程、精霊使いの話をされましたよね? 精霊使いの強さは、何で決まるのですか? それに、高位精霊召喚魔術との違いも知りたいのですが」
「精霊使いも高位精霊召喚魔術も、基本は精霊自体の強さと術者の質だな。後は、絆の深さも関係してくる。精霊召喚術の場合は、召喚する際に魔力を使う。高位の精霊を呼び出そうとすれば……。何故、そのようなことを訊く?」
訊いた本人は、途中から何かを考え始めたのか、ハワードの声が聞こえていない様子だ。仕方なくマーシャルが聞ける状態になるまで待っているとノッカーが鳴る。
「特務師団師団長ハロルド・ガナスです」
その名を聞き、ハワードはチラリとアレクサンドラを見るが頭を振り、溜息を吐き出した。どうやら呼び出した訳ではないらしい。
「入れ」
アレクサンドラが、短く入室の許可を出すとハロルドが室内へ入ってきた。マーシャルとハワードに気付くと、ハロルドは二人を睨みつけている。
「何の用だ?」
「部下たちが話している話は、本当ですか?」
「本当も何も、何の話か分からんな」
「総長が、第一、第二、第三の師団長に唆され、殺人犯を見逃そうとしている件です!」
ハロルドがダンッと執務机を叩き、上に乗っていた書類が風圧で飛ばされる。その音で、ようやっとマーシャルが考え事から抜け出したらしい。
「随分と乱暴ですね。折角纏めていた書類が、バラバラになってしまったではありませんか」
床に散らばる書類に手を伸ばし拾い集めるマーシャルに、ハロルドは掴みかかる勢いで突っ込んでいくが、しかし。
「貴方はタスクボアですか」
さらりと躱したマーシャルは、呆れ顔でハロルドを見る。当のハロルドは止まることが出来ず、書類棚へ突っ込み書本が床に散らばっていた。
「ハロルド。お前は、私の執務室を破壊するために来たのか」
アレクサンドラの声に、ハッとなりハロルドは姿勢を正した。
「違います。俺は総長を唆そうとする――」
「唆されたつもりはないが?」
ハロルドの声を遮り、アレクサンドラが口を開く。
「私は、私の信念でしか動かん。大体、特務師団の騎士は呼びもしないのに、何度も仕事の邪魔するように執務室を訪れているが、其の方は師団長として謝罪もないのか」
「っ! それは総長を思っての行動です!」
「ほう? 私を思ってと申すか。未だ我が亡き次兄ハーバードを総長と呼び、次兄ハーバードと自らを街を救った英雄と吹聴し、特務師団こそ第一師団に相応しいと住民に囁き続ける者等が、私のことを思ってとは片腹痛いわ」
突き刺すような視線をハロルドへ向け、アレクサンドラが傲然と言い放つ。その覇気に圧され、ハロルドは数歩後退した。
「そ、それはごく一部の騎士の話で、俺自身は総長を尊敬しています!」
「しかし、その一部の騎士に言われて、此処に来たのだろう? 違うなら申してみよ」
「……」
アレクサンドラの言葉は図星で、ハロルドは返答が出来ない。執務室を訪れていた者達と、ハロルドを唆し執務室へ来させたのも同じ者達だった。
「疑問があるんだが、訊いていいか?」
「なんだよ」
「俺は商店区で、特務師団にウィルを捕縛するから引き渡せと言われた。それが三時頃の話だ」
「それがなんだと言うんだ! 殺人犯は一刻も早く捕縛する必要があるからに決まってるだろ!」
「ああ。まあ、それは分かるんだが……。まだ、街道沿いで殺人があったとしか情報がない時点で、どうして特務師団はウィルを犯人だと考えたんだ? 何故、特務師団はカーラ嬢とデイジー嬢、メリッサ嬢が殺害されたことを知っていたんだ?」
ハロルドは、ハワードの言葉を理解出来ないでいるのか呆けた顔を見せた。実際、マーシャルもスキルを発動させてみたが、本当に何も知らない様子である。ハワードの言葉に気になる点があったが、とりあえず後回しにしてハロルドに問いかける。
「ノーザイト要塞砦警備隊が第一師団へ知らせに来たのは、街道沿いでノーザイト要塞砦騎士団の騎士が殺されているということだけです。つまり第一師団が街へ帰って来るまで、彼女たちが殺害されたという情報はなかったはずなのですよ。それとも他から何か情報を得たのですか?」
マーシャル率いる第一師団とノーザイト要塞砦警備隊が帰還したのは、六時が過ぎていた。第五師団は、そのまま周辺の警戒にあたっている。
「そんなのハワードが時間を間違えていただけだ! そう決まってる!」
「俺が間違えていたとしても、奇妙だと思わないのか? 第一師団と第五師団しか知り得ない情報を、特務師団の騎士が知っていることを――」
「何が奇妙だ! ブフォル副師団長が言っていたぞ。お前たちは口が上手いから、俺を騙そうとしてくる。だから、絶対に言うことを聞いてはダメだって!」
「…………」
そうまで言われると、ハワードも反論する気持ちがなくなる。呆れ果てたのだ。それはアレクサンドラもマーシャルも同じだった。
「ハロルド。ブフォル副師団長に、何を言って来いと言われたのですか?」
「俺は、ガイ・ラクロワ。マーシャル・モラン。ハワード・クレマンの退団を総長に求めるっ。それで、オお前たち三人はオズワルド公爵領から追放だ。俺が進言すれば総長は分かってくれるって、そうブフォル副師団長に言われたんだ」
「笑う気にもなれん。ハロルドよ、少しは自分の頭で考えろ。今お前が上げた名前を持つものは、私が師団長に任命したのではない。父上、つまりオズワルド公爵家当主であるサリエル・オズワルドだぞ」
ハロルドはアレクサンドラに言われても考えが及ばないのか、首を傾げている。
「我々は、オズワルド公爵自らが選ばれた師団長なので、総長には辞めさせる権限がないのですよ」
分かり易いようにマーシャルが教えると、ハロルドは納得出来ないのかマーシャルを睨みつけている。
「これで分かっただろう。私に求めても無駄だ」
「何か方法が、あるはずです!」
「一つ訊くが、三人が無理やり退団させられた場合、他にも退団する者が続出するだろう。そうなると街を護る者が少なくなるが、どうするつもりだ」
「は? そんなの俺一人いれば、十分勝てます。俺、新しい魔物を召喚できるようになったんです。凄く強い魔物なんですよ! 特別な力も持ってる凄い魔物ですから、俺だけでいいんです。部下たちも凄いと言ってくれていますから、任せてくださいっ」
アレクサンドラに胸を張って答えるハロルドに、三人は揃って溜息を漏らすのだった。




