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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
ひとときのやすらぎと忍び寄るもの
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「何も笑うことないじゃないか。どうせ、僕は意思疎通が苦手ですよー」


 キッチンで、収納から取り出した丸鳥のモモ肉へキッチンナイフを振り下ろし、ダンダンッと音を立てて切り刻んでいく。


「はあ……。人との距離の取り方って、難しいなあ」


 途中から切り刻んていた勢いはなくなり、ウィルは何とも言えない複雑な表情を見せていた。ウィル自身、人との付き合い方が下手だと気付いている。恐らく生前も、人との付き合い方は得意ではなかったのだろう。そうでなければ、ここまで酷いことになっていない。おまけに、人には話せない秘密があるということも手伝って、悪循環している。


「はっ!……もしかして、こういうのを『ぼっち』って言う? いや、僕には櫻龍がいる! 白龍だって紅龍様だって、御師様だっている! サラマンダーやウンディーネだって、フォスターもいるし……。はぁ。駄目だぁ。人が、一人もいないよ。フォスターは人の形はしてるけど、神様だよ。⋯⋯アルトディニアに降りてから、人を怒らせること多いしなぁ。人付き合いの手引書あるのかな? そのうち、古本屋に探しに行こう。でも、それより……」


 モモ肉に香草と塩を掛けてグニグニとも揉み込みながら、ウィルは先程までの会話を頭の中で整理し始める。特務師団と街で争いたくない理由は、結局聞けていない。

 しかも裏通りで出会ったサットドールという土人形。操る人物について、ガイは頑なに話そうとしなかったが……。


「僕が逃げてガイのことを無視したなら、会いに来たのはやっぱり僕だよね。話しかけてきたし⋯⋯でも、そうなると傭兵はなんで隠れてたんだろ? もしかして傭兵が僕達を狙っていて、サットドールは僕達を守ったってこと? うーん。情報量が足りないや。でも、確かにノームを助けてって言ってたよね。それに、あの、最後の言葉⋯⋯」


 ウィルは、欠片が全然足りないと口にして、今度は全く関係の無い独り言を言いながら調理を進め始め、もも肉を鉄鍋へ放り込んで簡易かまどへ魔力を送る。あっという間に香ばしい匂いがキッチンに広がった。出来上がった料理を皿に盛りつけ、昨日の夜に作り置きしておいた野菜スープと野菜サラダを取り出しテーブルへ並べていく。


「これだとガイは足りないかな。そういえば、まだ牛肉の燻製が残ってたはず。それと羊肉の果実酒煮込みがあれば、何とかなる?」


 ウィルは牛肉の燻製を薄くスライスすると野菜と一緒に皿に盛りつけ、羊肉の果実酒煮込みを簡易かまどで温め直す。その間に固焼きパンを準備してテーブルへ並べていく。

 ウィルの料理は、フォスターの調理を見て覚えた物だ。中々作る機会がなく、上達するまで時間が掛かった。今まで収納から取り出した料理は、元々作り置きをしていた料理がほとんどだ。

 アルトディニアへ降りることが決まった時にフォスターと一緒に作った料理は、手付かずで取ってある。当分は食事に困ることがない量だったが、収納の中の料理は非常食として取っておくことにしたのだ


「豪華だな」

「これで足りる?」

「充分だ。今夜は食事は取れないと考えていたから有難い」

「お酒は、ないけどね」


 浴室から出てきてテーブルを見るガイに振り返ると、ウィルは神妙な顔で切り出した。


「あのさ、僕はガイ達のように人に慣れてない。これからのことを考えたら、慣れていかなきゃならないことは分かるよ。だけど、さっきのような冗談には、まだついていけそうもない」

「……そうか。別に冗談というわけでもないのだが、集団生活に慣れている俺とウィルでは感覚が違うのだな。こちらこそ、済まなかった」

「ううん。誤解されるのが嫌だったから、先に話しておこうと思って」


 そう言って、ウィルは席に座る。ガイも椅子に腰かけ、ウィルらしい献立にガイはクスリと笑った。


「ウィルは、料理が上手いな」

「ありがとう。僕の料理の先生はフォスターなんだ。そういえば、フォスターも食事を作ることが趣味になってた」

「ウィルが美味しそうに食べるからだろう。それにしても綺麗に食べる。テーブルマナーも教わったのか?」

「フォスターと一緒に食べてたから、身に付いたのかもね」


 ウィルと食事をするようになって、ガイは感心していた。実際はフォスターに教えられたわけではなく、ウィルの魂に残された記憶の応用だが、余計な事は口にしない。


 そうして食べていると、ウィルがナイフとフォークを揃えて皿の上に置いた。まだ、半分も食べていない。どうしたのかと気になり、ガイは手を止めてウィルへ視線をやる。


「もう食べないのか?」

「うん。ちょっと、ね。……ガイ、食べながらでいいから聞いて欲しいことがあるんだけど」

「ああ、構わないが……」


 ガイが返答すると、ウィルはテーブルに置いた自分の手をジッと見つめながら話し出した。


「サットドールを操る人のこと、知らない方がいいと言われたけど、考えちゃって駄目だった。サットドールを操る人は、僕が知ってる人か、会う可能性がある人だから話さない。そういうことで合ってる?」

「ああ……そうだ」

「その人に、僕が手を出さないように?」

「それもあるが、正直に話すとウィルに彼女と関わってほしくない。サットドールの使い手には、いい噂がないのだ」

「彼女⋯⋯女性なんだ」


 ウィルは、ガイの返答に小さく溜息を漏らす。自分を襲ってきた相手は、特務師団の人じゃない。かといって、他の師団と揉め事はない。そう考えると、騎士団ではないだろう。他に思い当たるのは……。


「冒険者ギルド関係の人ってことかな」

「……」


 独り言のように呟いたウィルの言葉に、ガイは無言で食事をしている。聞こえているのに返事をしないということは肯定しているようなものだ。


「そっか。なら、先に謝っとく。ごめん」

「……何故、謝る?」

「うん。これは、サットドールに限られた話じゃないけどね。余程の理由がない限り、僕から手を出すことはしない。それは、約束する。だけど、相手が手を出したら、僕は僕を害する者を許さない。能力も無闇に使うつもりはないけど、相手が使って来たら、僕も戸惑わず使う。平凡でいいから、自由に暮らしたいって話したでしょ? 僕は、僕の生活を守りたいだけ」

「っ!」


 ガイは、宣言とも受け取れるウィルの言葉に目を見開く。顔を上げたウィルは、そんなガイを見て硬い表情を解いたが、逆にガイは苛立ちを覚えた。


「それが、相手の命を奪うことになるとしても戦うと言うのか」


 ガイの言葉に、ウィルは複雑そうな表情を見せる。確かに逃げ回ることは出来るだろうが、それでは根本的な解決にはならない。今回のような出来事が再び起こる可能性は高いと見ていいだろう。


「それは、相手が僕を殺しにきても、僕には反撃するなと言ってるの?」

「違う。そのような意味ではない」

「違わない。確かに命を奪わずに済むなら、それに越したことはない。だけど、余程弱い相手でない限り、今の僕に相手を殺さないようにする余裕はないよ。僕を殺しに来る相手には、僕も全力で戦うしかない。大体、命を奪わずなんて強者だから出来ることだと思うしね」


 ウィルの顔が苦笑に変わり、視線をガイから自身の手に合わせた。ウィルの身体に見合う華奢で傷の無い綺麗な手だ。いくら鍛えても、細いままのきれいな手。


「ウィルが戦う必要はないと、言っているのだ」

「うん。なんとなく言いたいことは、予想してる。このまま護られていればいいって、そう言いたいんだよね? 確かにガイやマーシャル、ハワードやアレクさん、皆の力があれば僕を護るのは簡単だと思う」

「分かっているならば……」

「あのさ、ガイは僕がノーザイト要塞砦に来た理由を忘れたの? 僕は、冒険者になるために来たんだよ。⋯⋯それに、皆が僕の盾になるという意味が、どんな意味を持つかはっきりと理解したから、僕は戦いたいと言ったんだ。今回は、特務師団とガイ達の争いに巻き込まれただけだった。だけど、本当にそれだけ?」


 それならば、サットドールを操る人が現れた理由は何だろうか? ウィルが今回の判断を下した一番の理由は、サットドールの件があったからだ。サットドールを操る女性には、ウィルへの害意はない。だが、周りの人に対しては判断がつかない。実際、サットドールはガイに攻撃をしていた。ガイが攻撃の意志を見せたから反撃したともいえる。


 ハワードの言葉が真実ならば、これからもウィルの力を欲しがる者や排除しようとする者が現れる筈だ。オズワルド公爵家の庇護下に置かれれば、確かにウィル自体は安全だ。しかし、逆に危惧しなければならないことも出てくる。


「ガイやハワード、マーシャルやアレクさんが、純粋に僕を護りたいと思ってくれていることは分かる。嬉しいし、感謝の気持ちで一杯だよ。でも逆の……僕を襲う立場から見れば、みんなは邪魔な存在になるんだよ」

「……それは」


 ウィルでさえ思いついたのだ。ガイ達が想定していなかったとは思えない。現にガイは反論して来なくなった。


「サットドールと会って、気持ちが変わったんだ。今朝までは、ハワードが話していたことも、そこまで真剣に考えていなかった。とにかく一人で暮らせるようにならないといけないと、それだけを考えてた。箱馬車の中で二人が話していたことも理解してる。何の利益もないのに保護したり護衛するはずがない。僕に利用価値があるからだってこともわかる」

「確かにそうかもしれないが、それだけではない」

「うん、それも分かってる。たださ、裏通りで僕だけ逃がされて、安全な場所に行かされて、ガイやハワード、騎士さん達が傷ついているかもしれないのに、黙って待っていなきゃならなかった僕の気持ちが分かる? 見てるだけなんて、僕には無理だよ。このまま逃げ続けるのも、護られるだけの生活も嫌だ」


 逃げ続けると聞いて、ガイは他国から来た他種族を思い出していた。人族に攻撃されて、人族に怯えるようになった者。人族を憎むようになった者。やせ細りボロ布をまとい、憔悴しきった様子でオズワルド公爵領へ辿り着いた逃亡者たち。ウィルの姿が、その者達の姿に重なり打ち消すようにガイは頭を振った。


「逃げ続ける生活か。……確かに、それは辛いな。ウィルが決めたのであれば、俺に止める権利はない。だが、その道は大変なことだぞ」

「うん、簡単な道じゃないことは分かってるし、ハワードの言うような存在になれるとは、考えてない。でも、目指すのは僕の自由だと思う。だから、皆には僕が間違えないように見ててほしいんだ。もし間違ってたら、この間の様にぶん殴ってでも、ぶっ飛ばしてでも止めてほしい」

「ウィル……」


 ウィルの言葉に答えようとすると、ウィルはハッとしたような顔をすると見る見るうちに青褪めていく。何事かと慌てて立ち上がろうとすれば、ウィルは頭を抱え込んでしまった。


「うわぁー。何、この自分語り。気持ち悪いとしか言いようがないじゃないか。こんなことまで話すつもりはなかったのに。なんで必要ないことまで喋ったりするの」


 ブツブツと独り言を言い出したウィルに、ガイは笑いを噛み殺す。起因となるのは、やはりウィルの未熟な部分と成熟した部分なのだろうが、差異があり過ぎるのだ。


「いや、勝手に動かれるより、ウィルが何を考えているのか知ることが出来たのだ。悪いことではない」


 今もまだ頭を抱えるウィルに語り掛ければ、腕の間からガイへウィルは視線を向けた。その視線と目が合い、ガイは笑いを堪えることに失敗する。


「クッ……。クククッ、ハハハハハ。すまない。堪えていたのだが。クククッ」

「もう、いいよ。原因を作ったのは僕だし。……って、そんなに笑うとこじゃないから!」


 言い訳を聞いてガイが余計に笑い出すと、腕を外したウィルが顔を見せる。青かった顔色は恥ずかしさから赤くなり目には涙を浮かべている。ガイは笑いを収めて口を開いた。


「ようやく顔を見せたな」

「……あ」

「俺も口は上手くない。説明するより先に手が出てしまうような男だ。それで良いと言うならば、いくらでも力になろう」


 ガイが笑い掛ければ、それに答えるようにウィルも笑顔を見せ大きく頷いた。心に溜め込んでいた物を伝えられたからか、ウィルは楽しそうに食事を再開した。

 食事が一段落つくと、ウィルはテーブルの片付けを始め、山積みにした皿をキッチンへと持っていく。ガイは、その後姿を何時になく真剣な眼差しで見ていた。


「お前が、その道を選ぶと言うのなら――」


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