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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
ひとときのやすらぎと忍び寄るもの
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 夕方に近い時間帯。一台の荷馬車が、敷地の前に停まった。ウィルが門扉を全開にすると荷馬車は一台ではなく三台であることがわかる。次々と庭に入ってくる荷馬車をウィルが見ていると、一台目の荷馬車から降りてきた青年が駆け寄ってきた。


「お買い上げ有難うございます。ご注文頂いた家具をお届けに伺ったのですが、屋敷へ運び込んでも宜しいでしょうか?」

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 その青年は、家具屋でハワードと共にいる姿を見かけた作業員だった。ウィルは、その作業員から視線を門扉へと向けたが、諦めたように作業員を家の中へ案内する。


 家具の設置も依頼されていると聞いて、ウィルは作業員へ指示を始める。家具を選んだ者に合わせて家具が積まれていた。一番多いのは、ガイの選んだ家具だ。


「一番前の荷馬車に積んである家具は、この応接室に運んでください。二台目の荷馬車に積んである家具は、玄関ホール用です。三台目の荷馬車に積んである家具は、半分は応接室の向かい側になります。後、三台目に積んである書籍棚は、まだ部屋の準備が終わってないので、玄関ホールの右にある小部屋へ運んでください」


 日が暮れていく中、作業員たちが急いで荷解きを進めていく。作業員に声を掛けられる度、ウィルは呼ばれた部屋へ向かう。その合間も、玄関ホールの窓からウィルは門扉の先を見ていた。それを繰り返し、辺りが暗くなった頃、ようやっと全ての家具を家へ配置し終わる。


「こちらにサインをいただけますか」

「はい。……っ!」


 最初に声を掛けてきた作業員が、ウィルに納品書と受領書を挟んだ紙ばさみ手にして声を掛けてくる。その用紙の上に置かれた小さな紙を見て、ウィルは顔を上げた。

 その小さな紙には、第三師団長は無事であること。任務で詰所に帰ったことが記されていた。第二師団長は戦闘後の後処理のため、まだ帰れないとも書いてある。


「これ……」

「大丈夫ですよ。後、サインは、ここにお願いします」

「あ、は、はい」


 作業員に指差された場所に、ウィルは慌てて名前を記入する。その作業員は、ウィルが署名したことを確認すると、その紙ばさみを受け取って、ウィルの耳元で自分が第三師団の騎士であること、任務中であることを告げ、ウィルから離れた。

 任務中の騎士は、最初に話し掛けた時から、ウィルが門扉の先へ視線を向けていたことに気付いていた。作業の合間を縫って、外を見ていることも。


「こちらこそ、お買い上げありがとうございました。それでは、失礼します」


 ハワードに特務師団の動向を報告したのも、この騎士だ。あの場で起ったことをウィルに話そうにも、他の作業員たちの目があるところでは動けない。それで、受け取り用紙と一緒にメモを差し出したのだ。気休め程度にはなるだろうと。


「……こちらこそ、ありがとうございました」


 どうやら、作業員の思惑は正しく。ウィルは、安堵した顔で作業員を家から送り出してくれた。




 しかし、それから二時間経っても彼らは戻ってこない。ハワードは詰所に帰ったと紙に書かれていた。ならば、ガイはどうしたのだろうとウィルは不安になる。


「どうして、帰って来ないの?」


 しかし、確認を取る術はない。特務師団の騎士がウィルを捕縛しようとしているならば、ノーザイト要塞砦騎士団へ近付くことは出来ない。不用意に探索スキルを街全体に広げることも出来なかった。


「どこに行っちゃったの?」


 小さな声で呟くウィルに、返事はない。一人でいるには広すぎる家だった。不安になっていく気持ちを抑え、玄関ホールのソファセットに腰掛ける。窓越しに街の灯りを見続けるうちに、ウィルは眠りに落ちていた。







「……ウ……ィル。ウィル!」

「……ガイ?」


 肩を揺すられたウィルが、無理やり眠りから覚まされて、最初に目に飛び込んできたのはダークグリーンのセラフィナイトの様な不思議な輝きを放つ瞳だった。


「怪我は……していないようだな。目を覚まさないから、心配したぞ」

「……ガイ。怪我……怪我しない約束だったでしょ!」

「ああ、これは俺の血ではない。安心しろ」

「安心しろ、って……。特務師団の騎士さん達と戦闘になったの?」

「いや。違う」


 血塗れになったオーバーウェアを脱ぎ捨てるガイを、ウィルはソファに座ったまま見上げる。ウィルが見る限り怪我はしていない。だが……。


「眼、御師様と一緒になってる」

「ああ、すまない。少し能力を使ったからだ。驚かせたか?」

「何で驚くの? 御師様と一緒で綺麗な眼だよ?」

「っ!」


 ガイは、ウィルの何気ない一言に息を飲む。大抵の者が、縦に長い瞳孔となったガイの眼を見て恐れる。同族の者でも恐れる者がいる。それをウィルは怖がりもせず龍王と同じと言い、奇麗だと言った。ガイは身体に張り巡らせていた力を解き、大きく息を吐き出す。


「遅かったけど、そんなに手強い相手だったの?」

「ああ。ウィルが逃げてくれて助かった。アレの狙いはウィルだったのだろうが、別な標的を見つけて移動したのからな」

「別な標的? 僕が逃げた後、何があったの? あれ……人形だったよね? それもメイドさん」


 ウィルが回避した相手は()()()()ではなかった。そして、あの『声』の持ち主でもある。魔力の塊で作られたメイド型の人形。だからこそ、驚いて足が止まり掛けた。。


「それは……知らない方がいい」

「勝手な行動はするつもりはないよ。でも、あれの正体を知ってるなら、それだけでも教えて欲しい」

「……あれは、サットドール。土人形だ」

「サットドール。土人形、そのまんまの名前なんだね」


 ウィルは、ガイの言葉に考え込む。ガイの話では、サットドールは精霊を隷属させている者が、その精霊の力を使って操る人形で、更に操る者の意思によって土に戻るらしい。だが、ウィルが見た限り、あの人形は魔力で出来ていた。確かに精霊の力は感じたが、精霊の力は使われていない。純粋な魔力で出来た人形だ。あれだけの数を作り出せる術者の技量と魔力量に疑問が湧いた。


「操ってるのは、特務師団の騎士さんなの?」

「違う」

「特務師団じゃないんだ?」

「そうだ⋯⋯だが、ウィルが知る必要はない」


 その者のことを考えると苛立たしいのか、随分と酷い顔をするガイに、ウィルは小さく溜息を漏らす。はっきりと違うと答えたのだ。そのサットドールを操る人物に、心当たりがあるのだろう。知らない方がいい相手となると、知り合いか、今から知り合う可能性が高い人物と結論に達して、もうひとつの謎を口に出した。


「サットドールは分かったけど、じゃあオーバーウェアについている血は、誰の血? 人形なら、血は出ないよ。特務師団の人でもないんでしょ?」

「この血は、傭兵達のものだ」

「傭兵⋯⋯」


 サットドールはガイへ向かった後、何故かガイを追い抜いて、別な小道に居た傭兵たちを襲い始めたらしい。傭兵たちは、襲撃の相手は子供じゃなかったのかと喚きながら、次々と殺されてしまったとガイは語った。


「もしかして、サットドールが見つけた別な標的って、傭兵?」

「ああ。サットドールは俺を無視して、あの界隈に隠れていた傭兵たちへ向かっていった。中規模の傭兵団だったが、全滅だ」

「全滅……」


 傭兵が言った『子供』というのは、間違いなくウィルのことだろう。時を同じくして現れた相手が敵同士ということがあるのだろうかとウィルなりに考えてみるが、分からない。


「サットドールを相手に仲間割れは難しいよね。そうなると、偶然? それとも他に理由があった?」

「わからない。どうにか助けられないか試みたが、彼方此方に隠れていた傭兵を全て殺してまわったからな」

「ねえ⋯⋯元々、サットドールに僕たちを襲う気がなかったとしたら? 僕の逃げた方向にも人形が居たけど、殺気もなかったし、襲われもしなかったよ?」

「否、恐らくそれはない。俺が聞いた話では、サットドールは無差別に人を殺すらしい。全く、サットドールのお陰で傭兵を雇った人物も不明になってしまった。遅くなったのは、その後の処理に時間が掛かったからだ」


 傭兵の遺体を警備隊に引き渡し、ガイが事情を話しているとハワードも駆け付けた。そしてハワードに伝言を託し、ノーザイト要塞砦騎士団へ向かって貰ったのだ。


「うーん。本当にそうなのかなあ。でも、怪我がないなら、もういいよ……。これからどうするの?」

「今夜は、この家に泊まるしかないだろう。だが、食材も何もないな」

「僕のテントがあるから、食事とベッドの心配はしなくていいよ」


 ウィルは玄関ホールの中央まで歩くとテントを収納から取り出す。魔力を込めて張ったテントにガイを招き、自分もガイの後から入った。


「屋敷の中に、家か。奇妙な気分だ」

「うーん。普通は外で使う物だしね。その感覚が普通だと思う」

「そうか」

「オーバーウェア脱いでも、血の臭いが凄いね。ガイ、着替えはないけど、浴室で身体の血を洗い流して。ガイには狭いだろうけど、身体を洗う態度なら十分だと思う。服は、後で洗うから、これに入れておいて。服はないけど、バスローブならあるから、それを着て出てくればいいよ」

「否。服なら予備がある。大丈夫だ」


 空間魔法で広げられたテント内にある扉を開くと、小さな浴室が現れる。これもフォスターがウィルの記憶から創ったものだ。


「これは……?」

「ええと、それは……。浴室兼トイレ?」

「何故、俺に訊く?」

「フォスターが創ったから、まだ名前がないんだ。名前は自分で考えなさいって言われてて……」


 日本での名称は三点ユニットだったはずだが、そのまま使う訳にもいかずウィルは悩んでいた。便利な施設だからありがたいが、本当に名称で悩んでいた。


「古代神に言われたのならば、ウィルが考えるべきだな。使わせてもらうぞ」

「ちょっと待って。いきなり脱ぎ出さないで! まだ使い方を説明してないからっ」


 慌てて止めると、ガイが呆れた顔をしてウィルを見下ろしている。上背がある上に、予想以上に靭やかな筋肉が見て取れた。


「男同士なんだ。別に構わないだろう?」

「ガイは構わなくても、僕は構うの! ここの魔晶石に魔力を流して。魔力の量に合わせて熱さが変わる仕様になってるから、最初で魔力を流し過ぎると熱湯が出てくるんだからね。後、これで体を拭いて!」


 顔を真っ赤に染めて、怒鳴るウィルの姿が面白かったのかガイは肩を揺らし笑いを堪えている。ウィルはバタンと音を立てて扉を閉めると、キッチンへ向かった。


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