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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
ひとときのやすらぎと忍び寄るもの
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 無理やり乗せられた箱馬車の中で、いじけるようにウィルは三角座りをしていた。対面に座るガイとハワードは、そんなウィルに苦笑する。

 ウィルが乗せられている箱馬車は、第五師団師団長ダリウス・コンラッドが考案して制作された特別製で、襲撃を受けたとしても箱部分が壊れることのないよう設計されている。そのため、護衛に最も適している箱馬車なのだ。しかし、見た目は他の箱馬車と変わらない。


「目立つのは、嫌なのに……」

「そんなに、騎士団の箱馬車は目立つか?」

「乗り慣れてる騎士さん達には分からないだろうけど、凄く目立つ。ノーザイト要塞砦騎士団の紋章も大きく描かれてるし、白と青紫に塗装されてる箱馬車なんて普通ないからね。荷馬車や幌馬車は沢山あるけど、箱馬車は貴族の所有物とノーザイト要塞砦騎士団の所有物だけでしょ?」

「後は、ノーザイト要塞砦警備隊の箱馬車だな。だが、警備隊も騎士団も箱馬車の台数は少ない。殆どが幌馬車だ」

「警備隊も箱馬車あるんだ。って、幌馬車があるなら、そっちが良かった」

「騎士団の幌馬車は、一般騎士の移動用だ。大きな幌馬車だから街の中では使えん。それに護衛するための箱馬車だ。幌馬車では意味がないだろう」


 呆れ顔で訊ねるハワードに、ウィルは声を大きく反論する。確かに、街中を走っている馬車の中で、箱馬車は少ない。ほとんどが商人の使っている幌馬車だ。


「まあ、今日までは我慢しろ。護衛対象から外されれば、乗る機会はなくなる」

「そうかもしれないけど……」


 ガイに宥められ、ウィルは歯切れ悪く答えた。商店区に入ると箱馬車は速度を落とし、ゆっくりと走り始める。人通りも馬車も増えてきたためだ。


「うわあ……。あれが、正門?」

「ああ、そうだ。大門と呼ばれている。ん? なぜ、格子扉が降りて――」

「凄い! こんなに沢山の人が街に住んでるの?」


 窓から見えた大門に、ウィルは歓声を上げる。魔境へと続く門に対しての印象と違い、遠くから見ても存在感のある立派な扉だ。そして、大門の周囲にいる人の多さにも驚いていた。

 壁沿いには所狭しと屋台が並び、親子連れや年配の人々も大勢いる。勿論、若い人々は、それ以上に多い。商店区と呼ばれるだけあり、店の並びはずっと続いている。


「あ、否。ここにいる全員が住んでいる訳じゃない。商隊の者達や近隣の町や村から、買い物に来る者達もいる。門の手前に荷馬車が並んでいるのが見えるだろう。あれは、他の街や村を回る商隊の荷馬車だ」


 ノーザイト要塞砦は、物流の拠点でもある。この街にあらゆる物が集まり、また他の地方へと流れていくのだ。その為、大規模な商隊が集まり賑やかになる。大門の周囲は、かなりの数の荷馬車や幌馬車が並んでいた。


「それに、町や村を結ぶ辻馬車もある」

「辻馬車! 何処? どこにいるの!」


 いじけていたことを忘れて興奮するウィルに、ガイとハワードは顔を見合わせ笑った。


「こうしている姿を見せられると、二人が子供だと言った理由が、よく分かる」

「そうか。⋯⋯俺は、騎士団の方針が気に入らなかった。ウィルは、まだ親の庇護下におかれるような歳だ。だが⋯⋯やはり、ハワードの意見が正しいのだろうな。ウィルはクラーク・トマの件を全て言い当てた。俺が思い至らなかったことまで、ウィルは言い当てた」

「そうだな。だが、側に居過ぎて見えなくなる側面もある。俺は外から見ていたから、昨晩のような判断が出来た。それだけだ。実際、ウィルという存在が騎士団に利用されている面もある。皆、申し訳ないと思っているが、それこそ騎士団の面々は為政者としての立場もあるだろうからな。なんとも言えん」

「そういうものか」

「そうだな。総長、マーシャルは立場上も相まって表立って守ることは難しい。だから、俺やガイで守ってやればいい。まあ、精神面以外で守る必要があるかは疑問だがな」


 窓から外を見ているウィルの背後でガイとハワードは、昨晩のことを振り返っていた。立ち位置で見える側面が違って見える。ガイはウィルの弱さを知った。ハワードは(したた)かさを見ていた。精神面は幼い子供とあまり変わらない。だが、子供とは時に残酷さを垣間見せる。


「マクレン師団長、どちらの家具屋に向かえばよいのでしょうか」

「ガイ、目的地を教えてくれ」


 御者の騎士に声を掛けられ、ハワードがガイに声を掛ける。ガイは短く目的地を告げると、再びウィルへ視線を向けた。


「ウィル、もう到着する。大人しく座っていろ」

「うん、分かった」


 ガイの言葉に従って、大人しく席に戻る姿を見てハワードがクツクツと笑う。


「まるで親子だな」

「せめて兄弟と言って欲しいのだが……」


 ガイの歳を考えると、兄弟と言うべきだろうが、関係性は親子に近いだろう。ハワードは心の中で、そう呟いた。


 まもなく家具屋に到着して、三人で家具を選んでいく。応接室の家具はガイが選び、玄関ホールに置く家具はハワードが選んでいく。ウィルは自室の家具、書籍棚とキッチン用のテーブルセットを選んでいた。


「玄関ホールにも、ソファセットがある方がいいだろう」

「キッチンワゴンも必要か」


 ウィルが住む家で使えそうな物を選んでいると、外に待機せていた騎士がハワードへ合図を送ってくる。第三師団の街に潜っていた騎士達の情報で、箱馬車の後をつけている者がいることをハワードは知っていた。それが特務師団の騎士であることも、既に掴んでいる。格子扉が降りていた理由も同時に知らされ、ハワードは苦虫を噛み潰したような顔になった。


 ハワードは、チラリとガイに目配せをして外へ出た。


「ガイ。ある程度決まったなら、店主に金を掴ませてウィルを連れて裏口から出ろ。どうやら老害共が動き出したようだ」

「追ってきたということか? だが、街に出してまでウィルに危害を加える理由がない」

「どうやら、街道沿いで殺人があったらしい。格子扉が降りていた理由はソレだ。奴らは、ウィルをその犯人に仕立てあげようとしている」


 そんな馬鹿なことがあるかとガイは声を上げたが、ハワードは頭を振った。


「捕縛してしまえば、どうとでも出来ると考えているんだろう。それこそ、口封じという手段もある。街中では、俺達の方が分が悪い。とりあえず、ここへ向かっている特務の連中は俺たちで食い止める」

「……分かった」


 ハワードは懐から白金貨を取り出し、ガイへ手渡すと選んだ家具を荷馬車へ積み込んでいる作業員の元へ歩いて行く。ガイはハワードと別れ、家具屋へ戻った。


「うーん」


 ウィルは早々に家具を選び終えて、店主の隣でガイとハワードが選んだ家具を見詰め、溜息を漏らしていた。


「こんなに買って、生活費が残るかな?」


 貴族御用達の家具屋と違って、手頃な値段の家具屋だとガイから聞いて安堵していたが、庶民向けと呼ぶには、やけに高級品が目立つ。そして、ここまで量が増えるとウィルの考えていた予算を遥かに超えてしまう。


「選んだ家具の代金は、俺達が支払うから心配は要らない」


 声とともに背後から伸びてきた腕が、店主へ白金貨を渡してしまう。ハワードは、積み込みをしている作業員と何かを話している。そのハワードにガイは声を掛けた。


「今から出る!」

「ああ。こっちは任せろ」

「頼む」


 何があったのかをウィルが問い掛ける間もなく、ガイのはウィルの腕を掴むと店主に断りを入れて裏口へ向かった。


「え? なに? ハワードを置いて帰るの?」

「特務師団に後をつけられていた。どうやらウィルを捕縛するつもりでいるようだ」

「は? 何もしてないのに?」

「何もしていなくとも、捕まえてしまえば理由は後付け出来ると考えているのだろう」

「⋯⋯最悪」


 商店区の裏通りは細く迷路のようだ。ガイに腕を掴まれていなければ、ウィルはすぐに迷っていただろう。疑問符で埋め尽くされる頭の中を振り払い、ウィルは駆けることに集中する。


「街の中で、特務師団と揉めるのは避けたい」

「……分かった。でも、帰ったら理由を教えて」

「ああ。帰ったら、幾らでも話してやる」


 ひたすら裏通りを走り続けるガイだったが、違和感に眉をひそめる。人が全く見当たらない。いくら裏通りといえ、昼間の人が多い時間帯である。裏通りを使う者がいてもいい。それなのに、裏通りに入ってから、全く人影を見ていなかった。


「っ……。罠か! ウィル、ここから出るぞ!」

「罠って、ここで?」


 グネグネと曲がる小道を駆け抜けて、真っ直ぐな道へ出ると走り続けていたガイがピタリと足を止める。ウィルも、直ぐ異変に気付いた。


「どうやら遅かったようだ」

「え……? なんで、人形? 今まで気配も足音もしなかったのに?」


 道を塞ぐ人型の人形たち。それは前方にも後方にも現れる。ガイは人形を見て目を見開き、ウィルは驚いたように声を上げた。


「ウィル……この道を、そのまま真っ直ぐ走れば冒険者ギルドの建物に着く。そこから家まで分かるな?」

「うん、分かるけど……。まさか、僕だけ逃げるの?」

「いいから、立ち止まらず真っ直ぐ走れ!」

「っ!……絶対、怪我しないで帰ってきてよね!」


 ガイがウィルを怒鳴りつけ、剣を抜く。戦わせないということは、朝の話と繋がる相手なのだとウィルは判断してガイの指示に素直に頷いた。じわじわと包囲網が狭まっている。時間的にも猶予はなかった。


「行け!」


 ガイの掛け声に合わせるように、ウィルは駆け出す。幾人かとすれ違い、近付いてくる相手をヒラヒラと回避する。そして、その人形に殺意がないことにウィルが気づいた時――。


『ミツケ……グラ……』

「え?」

『ノール⋯⋯ヲ……』

「ノールって」

『ケテ……タスケテ……』

「っ!」

『ワタシ⋯⋯ヲ⋯⋯コロ』


 聞こえた『声』に、ウィルは驚きで足を止めそうになったが、それでもガイとの約束を守り冒険者ギルドまで走り続けた。


「はぁ……はぁ…………」


 大通りへ出ると、息を整えながら歩き出す。大通りでは、走っている方が逆に目立つ。ウィルは、息が整ってくると気を張り巡らせ、敵の姿がないか確認した。近くに数人の騎士は確認できたが、敵意がないことに安堵する。しかし、油断することなく索敵状態を維持しながら歩き続けた。箱馬車に乗っていて感じなかったが、冒険者ギルドから家まで結構な距離があり、帰り着くとウィルは玄関先に座り込んで、動けなくなっていた。


「ガイもハワードも、大丈夫だよね?」


 鍵は、ガイから受け取っている。しかし、帰って来ない二人の事が気になり、ウィルはそのまま玄関先に座っていた。


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