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ハワードは、二人に見せた紙を胸ポケットへ入れ、テーブルへ視線を向ける。
「さて⋯⋯。次は、どの料理を運ぶんだ? ああ、それとマーシャルから、ガイ秘蔵の酒があると聞かされたんだが、俺も飲ませてもらえないか。久しぶりに飲みたい気分なんだ」
「昨晩の蒸留酒が美味しかったので、ハワードも誘ったのですよ」
要は、食事後に話があるということだ。
「飲みたいとは、珍しいな。あの蒸留酒なら他にもある。ハワードも飲んでいけばいい。ハワードは、この料理を頼む。マーシャルは、そこのキッチンワゴンを使って取り分け用の小皿を準備してくれるか? それと、今作っている物とあわせて持っていってくれ」
「ええ。良いですよ」
お互い頷き合って動き出す。マーシャルは、食器棚から取り分け用の小皿やグラス、水差しを取り出してキッチンワゴンへ乗せていく。
「素直すぎるというか……。本当に隠し事が下手ですねえ」
誰のことと言われなくてもガイには分かった。
「……そうだな」
「気になるようなら、訊き出しますが?」
「今は止めておく。……これで、全部だ」
出来上がった料理を皿に盛り付けて、マーシャルに渡し、木箱から固焼きパンの入った袋を取り出す。それを纏めて籠に入れるとキッチンワゴンへ乗せた。
「水差しをくれ。ウィルは、果実水の方がいいだろう」
「……お酒が飲めるとも思えませんしね。では先に持っていきますよ」
「ああ。頼む」
水差しに、葡萄を半分に切ったものと水を入れ、自分の魔力で、その水を冷やす。子供の頃、ガイが好んで飲んでいた物だ。今夜の食事に合うか微妙だが、何もないのはウィルが可哀想に思えた。
広間へ行くと、ハワードは先に食前酒を飲み始めていた。マーシャルはワゴンに乗せた料理をテーブルへ並べている。
「ウィルは、まだテントの中か?」
「そうですね。様子を見て来てください」
広間の隅に張られたテント。その中にガイが入ると、空間魔法によって広い空間が現れる。前に一度入ったことがあったが、その広さには圧巻された。奥を覗くとキッチンスペースで、ウィルがトレーに料理を乗せているのが目に入る。
「出来たのか?」
「ううん。作り置きしていた料理。野菜サラダと野菜スープ。それと丸鶏の香草焼」
「女性が好みそうな食――」
「ソレ、言ったら怒るよ? 僕は肉肉しい料理より、野菜が沢山入ってる料理の方が好きなの」
既に怒っているではないかと思ったが、ガイは口に出すことはしない。そのかわり、そのトレーをウィルの手から奪った。
「持っていくから、そこを片付けろ」
「片付けは後でする。お腹空いた」
ウィルは野菜スープの入った鍋を持つと、ガイを外へ出るように促す。それに従ってテントから出ると、マーシャルも準備を済ませていた。
「ウィルの小さい理由が、分かったような気がします」
「……ベアトリスが喜びそうな食事だ」
ウィルの作った料理に対する二人の感想に、ガイはクククッと笑った。
「そんなにギトギトの料理ばっかり食べると絶対太る。というか、お腹壊す」
「安心しろ。俺達は仕事柄太ることに無縁だ」
「日頃から厳しい訓練がありますしねえ」
テーブルに鍋を置くと、ウィルは全員分をスープ皿に注いでいく。
「野菜も食べないと体に悪いんだから」
「仕方ありませんね。それでは、有り難く頂くとしましょう」
全く仕方なさそうに見えないマーシャルが、スープ皿を配る。丸鳥の香草焼きは、ハワードが取り分けていた。
「この丸鳥、変わった匂いがするな。薬草か?」
「そう。ハーブがメインだけど、薬草も少し使ってる」
それぞれの支度が整って席に座ると、食事を始める。ウィルは、丸鳥の串焼きとスペアリブをひとつずつ皿に取った。
「そういえば、ウィルはオークを食すことを知らなかったようでしたね?」
「人型の魔物を食べるのは無理かも」
「何の肉を何時も食べているのだ?」
「丸鳥。それから、ムーア牛、羊肉かな」
丸鳥は一般的に食べられているが、ムーア牛は干し肉として食べる事が多い。どちらかと言えば不味い肉に入る。羊肉は普通に食べられているが、魔境があるオズワルド公爵領では好んで食べる者は少ない。魔物の肉が豊富に手に入るオズワルド公爵領では、動物の肉を食べる方が一般的ではないといえる。
「後は、偶にアルミラージとカーバンクルとリザードマンは食べたことがあるけど」
「リザードマンは別として、アルミラージとカーバンクルは美味しかったでしょう?」
「……不味い訳じゃないけど、臭いが無理」
何もなければ我慢して食べるが、個人的には丸鳥が一番食べやすい。そう言ってウィルは香草焼きを食べ始める。ガイ、マーシャル、ハワードの三人は顔を見合わせていたが、無言で食事へと戻った。ウィルの作った料理もガイの肉料理もあっという間になくなっていく。
「三人ともたくさん食べるんだね」
「そうですね。ハワードが一番少ないでしょうか」
「俺も大食いに入るが、ガイやマーシャルには負ける」
ハワードは先に食事を済ませ、蒸留酒を飲み始めている。ウィルは、その隣でガイが作った果実水を飲んでいた。
「そういえば、皆の歳って何歳なの?」
「私とガイは二十五で、ハワードは二十七ですよ」
「そんなに若いのに師団長なの?」
「好きでなった訳ではありませんが、そうですね……」
マーシャルが言葉を区切り、何かを思い出すように口を開いた。
「二年前の話です。ノーザイト要塞砦の主要な都市、ノーザイト要塞砦、ルグレガン、セルレキアが、Sランクの魔物に襲撃を受けました。後の調査で分かったことですが、魔物の襲撃を行わせたのは、王都の貴族が雇った元冒険者で、魔物寄せの香をくゆらせたのです。その元冒険者の遺体も見つかりましたが、随分と酷い有様でしたよ。当時のノーザイト要塞砦騎士団総長は、オズワルド公爵家次男ハーバード様で、激しい戦いの末に命を落とされました。各師団長達も殉死されたり、酷い怪我を負われ、復帰できる状況ではありませんでした」
「あの時は、悲惨だったな。俺達は、王都に呼び出されていたため駆け付けるのが遅れた」
「ええ。それさえも、王都の貴族が仕掛けた策略だったのですから、笑えませんが……。ノーザイト要塞砦へ帰り、すぐに師団を編成し直して、どうにか街は護ることが出来ました。しかし、ノーザイト要塞砦騎士団は、壊滅してしまったのですよ。そのノーザイト要塞砦騎士団を再建したのが、オズワルド公爵本人と一年前に帰って来られたアレクサンドラ様です」
第三王女がデファイラント公国に嫁がれ、第三王女付きの近衛騎士団は解体されることになる。大半は王妃付き、国王付き、王太子付き、第二王子付きの近衛騎士団に移籍したが、アレクサンドラは辞退してノーザイト要塞砦へ帰って来た。そうして、総長の座に就任したのである。
「二年前ってことは、一年間は別の人が総長だったの?」
「そうですね。オズワルド公爵が直々に采配を振るっておられました。アレクサンドラ様がお帰りになられると、すぐに総長に指名なさいましたから帰りを待っておられたのでしょうね」
「その時、今の各師団長もオズワルド公爵から任命された。オズワルド公爵領出身の騎士からは歓迎されたが、王都に関係ある者達からは、随分と厄介者扱いされたな。オズワルド公爵自らが選んだ者を蔑ろにする訳にもいかず、かといって素直に従うのも自尊心が許さない。まあ、若手には好かれているだろうが、それでも色々あるのだ」
ガイがマーシャルの言葉に付け足すように話し、溜息を漏らした。
レイゼバルト王国で設立されている騎士団は、王都とマンスフィールド公爵領、そしてオズワルド公爵領の三つ。オズワルド公爵領は魔境を守るため、マンスフィールド公爵領は、ユニシロム独立迷宮都市との国境にある所為か、多くの迷宮が存在する。王都騎士団は、対戦争用の騎士団として設立されていた。
他種族が暮らすユニシロム独立迷宮都市を毛嫌いしている人族至上主義の貴族は、王都騎士団に入団を希望する。しかし、さほど大きな戦争が起きていない現状では、人員過多になってしまう。
そうして取られた対策が、オズワルド公爵領に設立されているノーザイト要塞砦騎士団に、王都から貴族の三男、四男を入団させるといった無謀な対策だった。その対策は、すぐに頓挫することになったが、そのままノーザイト要塞砦騎士団に残った者達もある程度は存在する。
オズワルド公爵が任命した新しい師団長を厄介者扱いする者達は、その者達だ。勿論、その者達は、ここにいる三人以外の師団長に対しても、同じ態度を取っている。
「第四師団、第五師団、第六師団の師団長も、そういう点では俺達と大差はないな。各々、濃い面子だから、余計に絡まれる」
「ですが、彼らは普段、ノーザイト要塞砦にいませんからね。そういう点では、私たちより恵まれていると思いますよ。それに彼等の師団は、平民出身者が多いですからね。羨ましい限りですよ」
「……色々と大変なんだね」
しみじみと言うマーシャルに、同調してガイとハワードが頷く。ウィルが、どこの世界でも管理職は大変なのだなと感じた瞬間だった。




