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004


 緑龍との別れを済ませたウィルが家へ帰ると、朝食の準備を済ませたフォスターが、ソファで紅茶を飲んでいた。


「随分、早かったですね。盟友には会いに行かなくて良かったのですか?」

「今、櫻龍は大事な時期だから、誰も会うことは出来ないんだ。行っても紅龍様や蒼龍様、番の白竜に追い返されるよ。だから、御師様に伝言を頼んであるよ」

「もう、会えないかもしれませんが、それでもいいのですか?」

「そうかも知れないけど、どちらにしても、今は無理だから。それに、会うことは無理だけど、御師様と話が出来るから皆のことを聞ける。平気とは言えないけど、ね」


 緑龍から貰った宝玉を見せると、フォスターは暫く考えるような仕草を見せ、ウィルに宝玉を持っているように指示を出して呪文を唱え始めた。すると、宝玉の周りに見たこともない文様や文字が浮かび上がっては消えていく。

 ウィルが驚いて、手を引っ込めようとすればフォスターに腕を掴まれ、阻まれる。そのまま、数分経っただろうか。術式が宝玉へ吸い込まれると、宝玉が虹色へと姿を変えた。


「御師様の宝玉に、何をしたの?」

「緑龍ばかり狡いと思いまして、私とも会話が出来るようにしました。魔力を込める時に、私か緑龍を思いながら込めてください。そうすれば、思った相手に繋がります」

「狡いって。……そんなことして、御師様や他の神様に怒られても知らないよ?」


 虹色に輝くようになった宝玉をアイテムバックへ仕舞い、ウィルは食卓へ進む。その後ろを上機嫌なフォスターが追う。ウィルが椅子に座れば、フォスターが給仕を始めた。


 食卓に並んでいる料理は、ウィルの好物ばかり。それも、量的に多めになっている。


「美味しそうだけど……これは、ちょっと食べきれないかも。フォスターも一緒に食べればいいのに」

「朝食で食べない料理は、収納してください。そもそも、神は食事を取る必要がありませんから。まあ、気持ちの問題なのでしょうが、私は必要としないのですよ」


 そう話しながら、フォスターはティーポットやティーカップを取り出して、食後の準備を始めている。

 ウィルは、ワンプレートに纏められた皿を残して、他の料理を収納した。


「そういえば、フォスター。冒険者ギルドで登録するのは分かったんだけど、名前とか年齢とか、生まれた場所とか、どうすればいい?」

「そうですねえ。名前はウィリアム・グラティア、年齢は十五か十六ですかね」

「ウィルじゃないの? それに、一般人に姓はないんでしょ? おかしくない?」

「ウィルは略称ですね。なので、仲の良くなった相手に呼んで貰うといいですよ。グラティアは、ウィルにしか使えません。そうですねぇ……。やっぱり、刻印もしておきましょうか」

「っ!」


 優雅に紅茶を淹れる準備をしていたフォスターが、刻印と聞いて逃げ出そうとしたウィルの右手を捕らえる方が、一瞬早く、フォスターはウィルの右手、その甲に自分の手を重ねた。


「いたっ!」

「動かない」

「っ! ふざけ――」

「てません。本気ですが?」


 重ねられた右手に痛みが走り、ウィルが反射的に手を動かすと、フォスターに身体ごと抑えつけられてしまう。右手からフォスターの神力が流れ込むのを感じて、ウィルも自分の魔力で抵抗する。


「強情ですねぇ」

「やだっ! これだけは!」

「無駄ですよ。今までは、嫌われたくなくて手加減をしていただけですから」

「んなっ!」


 必死に抵抗するウィルの右手の甲に、フォスターの紋章が彫り込まれていく。

 過去にウィルは、フォスターの紋章を手の甲に刻むと言われ、全力で抵抗した過去がある。

 確かにフォスターの紋章は美しく、繊細で、綺麗と呼べる。実際、その紋章が刻印された装身具も身に着けている。


「……出来上がりましたよ」

「やだって言ったのに! これ、恥ずかしすぎるよ!」

「いいじゃないですか。ウィルは、グラティアなのですから」

「グラティアって、何! それ、知らないからね!」

「ああ、説明するのを忘れていました」


 アルトディニアで姓を持つ者は、皇帝、王、そして、それらに付随する貴族が一般的に知られている。

 しかし、それらとは一線を画す姓が存在する。それが『グラティア』だ。グラティアとは、フォスターが生み出した者だけが名乗ることを許される姓。グラティアの子であっても、グラティアを名乗ることは許されない。世襲することが出来ない姓だとフォスターは語る。


「だからと言って、これは酷いよ」

「仕方ありませんねえ。なら、これを。フィンガーレスのレザーグローブです。これで隠せるでしょう?」

「……まさかの確信犯だった」

「それだけ、ウィルのことを気に入っているということですよ」


 右手の甲を涙目で見ていたウィルに、レザーグローブを手渡すと、フォスターは再び紅茶を淹れる準備に戻ってしまう。

 そのフォスターを、恨めしそうに見ていたウィルだったが、小さく溜息を吐き出すとレザーグローブを身に着け、食事に戻った。



「……さっきの話。生まれた場所とか、どうすればいいの? 神界です。なんて、言いたくないんだけど……」

「そうですね。生まれた場所は、オズワルド公爵領の辺境ということにしておきましょうか。龍の住処はアルトディニアと隔絶した空間に存在していますが、位置的にオズワルド公爵領に近いですからね。まあ、オズワルド公爵領自体が辺境ですが」


 フォスターの言葉に安堵するように息を吐き出したウィルは、マフィンを片手にオズワルド公爵領がある国を思い出す。


「……オズワルド公爵領って、レイゼバルト王国だったよね? どこら辺?」

「ええ、正解です。大陸の東側、ガルレキア連合国に面しています」


 フォスターの言葉に、ウィルは大陸の地図を思い浮かべた。アルトディニアは、五つの国がある。

 大陸の形は、龍王が翼を広げた状態を正面から見た姿に似ているとウィルは感じていた。

 勢力があるのはローレニア帝国。大陸の西側の殆どを占めている。左側の翼だ。

 そのローレニア帝国と変わらぬ勢力を持つレイゼバルト王国。それが、右側の翼。フォスターの説明通り、大陸の東側にある。

 その間に挟まれるようにガルレキア連合国とデファイラント公国、ユニシロム独立迷宮都市が存在する。頭部に位置する大地は、今はアルトディニアから失われた龍の住処であった。

 浮上した龍の住処は、尾の先に近い世界を隔絶した位置で固定されているとフォスターから聞かされている。


「ガルレキア連合国に面して……魔境の近く?」

「正解です。魔境を守っている人族が、オズワルド公爵ですよ。ノーザイト要塞砦の街へ行ってもらいます。そこにオズワルド公爵もいるはずです」

「会う機会なんてないと思うから、関係ないよ」

「おや、そうなのですか? その割には、貴族に詳しいようですが?」

「僕の記憶を見たなら、理由も知ってるでしょ? 貴族制度は学校で習っただけ。そもそも、僕が生きていた時代の日本には、貴族制度はないの。日本に存在する天皇陛下は国の象徴であって、上下はない。まあ、生活面においては上下が激しかったけど、身分に差はないよ」

「立身出世に、興味は無いのですか?」

「ない。平凡が、一番幸せなの。大体、不老なのに無茶でしょ」

「長命な種族は、幾らでも居ますよ?」

「それって、エルフ族、ドワーフ族、人魚族、獣人族、竜人族の話でしょ。僕は人族だよ。人族の平均寿命は、八十年程度って教えてくれたのはフォスターだからね」

「無欲ですねえ」

「欲はあるよ。毎日、お腹一杯ご飯を食べて、偶に休めるように働く。そして健康でいること。それが一番だよ」

「それは、欲と言いません。当たり前です」

「しつこいなあ。僕は、それで充分なんだってば」


 不貞腐れたようにウィルが言い返すと、フォスターは苦笑した。フォスターが知る人族とウィルでは違い過ぎる。比べようがないほど、ウィルは無欲に近い。毎日、食事をすることの何所が欲だと言うのだろうか? 偶に休む事も欲ではなく、当たり前のことだ。健康であることも同様。


 フォスターには思い当たることがあった。ウィルの前世。日本で暮らしていた過去の記憶が、現在のウィルに影響を与えているのだろう。


 フォスターによって封印された記憶。封印しただけで、消去されていない記憶が、ウィルの行動に影響を与えているのだ。


 幼い頃に親を亡くし、祖父母の元で育った青年。そんな彼の死因は『過労死』であった。

 養い親である祖父母が暮らす施設費用を捻出するため、掛け持ちで仕事を行なっていた青年。食事も不規則で、金の為に体調が悪くても休むことが出来ない。そんな生活を続けていた青年は、祖父母が亡くなると後を追うように亡くなったのだ。


 そんな生活を続けて、亡くなってしまった青年にしてみれば、確かに欲なのかもしれない。それ故に、フォスターは苦笑したのだ。






 楽しい時間は、過ぎるのが早い。朝食を終えたウィルは、旅支度を整えると外に出た。外では、フォスターが魔術陣を展開している。


「支度が整ったようですね?」

「うん。これって、フォスターが話してた空間転移術の魔術陣なの?」

「ええ、そうです。見てみますか?」

「えっ……。できるかなぁ?」


 三層に描かれた魔術陣は、古代語と紋様で形成されており、回転を続けキラキラと発光している。フォスターに言われ、ウィルは魔術陣の解読を試みる。一層目と三層目の分析は出来た。しかし、二層目に至っては、複雑すぎて、どうやって魔術陣として発動しているのか、それすら理解できない。


「……無理。これ、時空間魔法と重力魔法が混ざってて、解析しきれない。二層目は、別な魔法も混ざってる。これで、安定してる理由が分からない」

「正解です。基礎しか教えていない状態で、そこまで理解できれば充分ですよ」


 ウィルは、降参とばかりに両手を上げる。そんな姿を見てフォスターはクスリと笑った。


「この魔術陣を見られると困ったことになりますから、ノーザイト要塞砦の近くに飛ばすことは出来ません。少し離れているので、魔物が出ます。戦いに備えておいてくださいね」

「うん。……フォスター、今まで三年間、お世話になりました。会えなくなるのは寂しいけど、フォスターは神様なんだから仕方ないよね。これからは、頑張って自分の力で生きるよ」

「そんなことを言われると、神界に攫っていきたくなります」

「それは……困るよ?」

「ふふふ。半分、本気で言ったのですがね。何か困ったことがあれば、宝玉に魔力を込めなさい。収納の中でも会話が出来ないだけで、魔力は込められるように術式を組んであります」

「……うん。そんな状況にならないように頑張る。ありがとう」


 ウィルの姿が、一瞬にして掻き消える。そして、それを見届けたフォスターは、展開していた魔術陣を解除した。


「……さて。我も神界へ帰るか」


 フォスターが小さく呟くと、その姿も一瞬で消え去った。


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