039
ハワードが、ガイの官舎を出て行く姿を見送って、ウィルは隣に立つガイへ視線を向ける。いつも通りの制服だが、上着はガイの自室にあったはずだ。
「その上着……」
「一枚しか支給されていないと思ったのか?」
「うん。朝見た時は、シャツで出て行ったから……」
「任務で官舎に帰る余裕がない時もあるから、執務室に予備を何着か置いてある」
「そうなんだ。後、着替えさせてくれてありがとう。借りた服は綺麗にして返すよ」
白シャツだけでも、充分仕事が出来る男という雰囲気を醸し出している。そこまで考えて、そういえば、自分の周りにいる人物は、全員見た目も中身も凄く優良物件だと、ウィルは今更ながら気付いた。
「マーシャルは美丈夫。ハワードはミステリアス。ガイは、硬派とか孤高とか、そんな感じなのかな」
「いきなり、何を言い出した?」
「あ……。何でもない」
口に出てしまった言葉に、ウィルは思わず自分の手で口を塞ぐ。その姿が可笑しかったのか、ガイはクツクツ笑っている。
「俺が硬派と言ったが、そうでもない」
「そうかな?」
「何故、そう思った?」
歩き出したガイの後ろを追いながら、ウィルは自分の考えを口にする。
「三人とも、容姿が凄くいいのに人を寄せ付けない感じがする。三人の中で、ガイが一番自分自身に厳しそう。その分、他人にも厳しさを求めるような。だけど、人に慕われてそう。マーシャルはスキルもあるんだけど、それだけじゃなくて、普通の時でも頭の中で冷静に色々と計算してそう。その、利益とか損害とか、後は利用できるとか役に立たないとか⋯⋯色々と線引してそう。お腹真っ黒の腹黒さんだし眼鏡だし。ハワードは、謎めいた感じ。教導を受けたいほど、気配を隠すのが上手。自分を見せないのが上手」
「クククッ。マーシャルに関しては、眼鏡は意味が分からないが、ある程度は正解だ。しかし、そういう見方もあるのだな。ハワードは、本人に訊ねるのが、一番早い。俺からは教えてやることは出来ない」
ガイの向かった先は簡易キッチンで、制服の上着を脱ぎテーブルセットの椅子へ置くと、シャツを腕まくりして食材を備え付けの木箱から取り出していく。
「……その木箱。もしかして、収納?」
「ああ、食材の保存が出来る。置き型のアイテムボックスだ」
「見てもいい?」
「構わないが」
ウィルの頭に浮かぶのは、ゲーム上で使われるアイテムボックス。しかし、備え付けの木箱は、随分とお粗末な物だった。
「(何これ? 整理することも出来ないし、中に入る数も少ない)」
ウィルの持つ時計型収納に比べると天地の差だ。
「これ、不便じゃない?」
「便利だぞ。纏めて食材を購入しておける。それに痛みにくい」
「そういう意味じゃなかったんだけど⋯⋯」
ガイに問えば、ドワーフが作るアイテムボックスは、この木箱より性能は良いが値段もいい。人族の錬金術師が作ったアイテムボックスの性能は、凡庸だが普及できる程度の値段で売っているとのことだ。
「(フォスターの人族嫌いって、本当に弊害が出てたんだね)」
フォスターによる恩恵が人族に与えられないがために、物作りが他種族に比べて劣るということ。その結果が、この現状だ。
その間にも、ガイは献立を決めたのか淡々と簡易キッチンで調理を進めていく。その手際の良さにウィルは驚いていた。
「ガイって、貴族だよね?」
「また、いきなりどうした?」
「貴族なのに、料理するのが意外だったから」
「ああ。そういうことか。騎士になる者は、貴族であっても料理をする。遠征や戦争になれば、自分達の食事は自分達で作る。そうしなければ、生き残れないからだ。まあ、それ以前にオズワルド公爵領の貴族は、男女関係なく大概自炊できるぞ」
場合によっては、食材調達もしなければならなくなる。そういう話になり、ウィルは頷いた。今夜の食事は肉料理がメインの様子だ。
「……僕もテントで作ってくる」
「足りないか?」
量的には充分だ。ガイが大皿に盛ったオーク肉のステーキは十枚以上ある。他にも丸鳥の串焼きや、ソーセージ、スペアリブなどもある。
「多めに準備したつもりだったが、もっと作るか?」
ガイが首を傾げてウィルに訊ねてくるが、その手には再び肉が持たれている。
「違うよ。お肉の料理ばかりで胸焼けしそう」
「何を言っている? 肉を食べないと、体力が持たない。ウィルも成長できないぞ」
「野菜も食べなきゃ。それ以前に僕は、成長できないし」
「……成長出来ない?」
しまった、とウィルが息を飲み込んだが、もう手遅れだった。逃げだそうとしたウィルの腕が、ガシリとガイの空いた方の手で掴まれる。全力を出しても振り払えないことに、ウィルは驚愕した。
「俺を何だと思っている?」
「いたっ! 痛いよ!」
「俺の種族を忘れたか?」
力を強められ、ウィルはハッとなる。竜人族のガイは、それほどの力を持っている。そういうことなのだと、ウィルは理解した。逃げることを諦めて、今度は言い訳を必死に探す。
「この間も、そのことで落ち込んでいたな。どういうことだ?」
「それは……そう、もう三年。三年間も、ずっとこのままで、大きくなってないから、たぶん成長期が終わってると思う。幾ら食べても育たないんだよ。食べても、その分は全部魔力に持っていかれちゃうし……」
「……本当か?」
「本当――」
「嘘ですね」
真後ろから聞こえた声に、ウィルは飛び跳ねる。今、一番この場にいて欲しくない人物の声が聴こえたような気がして、ウィルが恐る恐る振り返ると、顔に笑顔を張り付けたマーシャルが立っていた。
「ひっ!」
「人の顔を見て、それはないでしょう? しかも、その反応の仕方は二度目ですよ?」
ウィルが叫び声を上げると、マーシャルは大袈裟な仕草で落ち込む素振りを見せる。しかし、肩を見れば小刻みに揺れていた。笑いを堪えているようだ。
「な、なんで、マーシャルが居るの?」
「ハワードと詰所で合流したので、一緒に来たのですよ」
マーシャルが横に移動すると、ハワードが簡易キッチンへ入ってきた。狭いスペースに大人三人が入ると、ウィルには逃げ場がない。小さくなっているウィルを見て、ガイは小さく溜息を漏らす。
「……ここで食べるには、人数が多すぎるな。マーシャル、ハワード。テーブルの料理を、奥の広間へ運んでくれるか?」
「ええ、構いませんよ。この料理を運べばよいのですね」
「手土産に食前酒を持って来た。先に置いて来よう」
ガイの意図に気付いたのか、マーシャルとハワードは広間の方へ姿を消した。
「理由は言えないのか? それとも言いたくないだけか?」
「⋯⋯言っていいのか、分からない」
「それならば、迂闊な言葉を口にするな。マーシャルほど優秀な者は少ないが、知られたくない情報は完璧に隠せ」
問い掛けに身体を震わせるウィルに、ガイは息を吐き出して説教をする。『言っていいのか、分からない』ということは、神界が関わっている可能性が大だ。それならば、ウィル自身の意思で判断できないことも、理解できる。ソッと掴んだ腕から手を離し、頭を撫でてやると、ようやっとウィルが顔を上げた。
「野菜が食べたいなら、広間にテントを出して取ってこい。……遅いぞっ! 駆け足!!」
「はいっ」
トボトボと歩くウィルへ、ガイが騎士達に号令を掛けるよう言えば、ウィルは駆け足で広間へ向かう。ククッと笑い、残りの調理に取りかかれば、今度はマーシャルとハワードが簡易キッチンへ入ってきた。
「涙目になっていましたよ?」
「第二師団 師団長の号令は、騎士にも怖がられている。単純に怖かったんだろう」
「それにしては、随分と優しい号令でしたがね?」
クスクスと笑いながらハワードに受け答えをするマーシャルに、ハワードは肩を竦めて見せた。そして、真剣な顔になり、胸ポケットから紙を取り出してガイに見せる。
『依頼は特務師団』
その一文だけが、書かれていた。




