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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
ひとときのやすらぎと忍び寄るもの
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 だが、ウィルは警戒したまま、辺りを見回すだけに留めた。カタンと音がして、天井から人影が飛び下りてくる。姿形、声、その全てが、ハワードのもの。それでも、違和感は拭えない。


「違う、見た目はハワードだけど、ハワードじゃない」

「すまない、驚かせたか?」

「……貴方、誰ですか?」

「何度も会っただろう? ハワード・クレマンだ」


 近付いてくる相手に、ウィルは短剣から龍刃連接剣へと武器を持ち替えた。


「ハワードとは会ったけど、貴方とは会ったことがないです。貴方は、誰ですか?」


 ウィルの前に立つ男は、全く殺気は発せられていない。それでも、警戒を怠らずウィルが龍刃連接剣を構えたままでいると、男は溜息を吐いて、指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、グニャリと男の立つ空間が歪み、男の姿形が変わっていく。顔立ちは整っているが、人に紛れ込まれたら見つけることに苦労するだろう。全体的に印象の薄い男だった。


「はあ。……俺は、第三師団 マイヤー副師団長補佐トラビス・ランベール。驚いたな。俺の変幻を見破ったのは、お前が初めてだよ。どうしてマクレン師団長じゃないと分かったんだ?」


 心底驚いた顔で、ウィルを見ている。一番の決め手は匂いだ。ハワードの匂いは、ベアトリスの身に纏う香水に近い。しかし、目の前の男からは、その香りがない。男の体臭が僅かに感じられるだけで、無臭に近いのだ。それに、ハワードと目の前の人物は、種族が違う。


 ウィルは、トラビスの問い掛けに答えることはせず、そのまま警戒を続けたまま、口を開いた。


「何故、ここにいるんです?」

「仕事さ。君が悪さをしないように、監視してるんだよ」

「僕の……監視? 悪さ⋯⋯しないよう?」


 その言葉に少なからずショックを受ける。ウィル自身、色々と問題を起こしている自覚はある。だから、監視されてもおかしくない。監視ならば、殺気を発していないことにも納得が出来る。そう納得して、いや自分を納得させて、ウィルは龍刃連接剣を手に持ったまま深く礼をした。


「そう……ですか。ご苦労様です。僕、今日は一日、客室で大人しくしてますから、どうぞ監視を続けてください。お手間とご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」

「お、おい。ちょっと、待った。食い物、どうすんだよ! ちゃんと持って行け!」

「要りません」

「要りませんって、ちょっ! お前、朝から何も食ってないだろ! 身体に悪いって! こら、待てって言ってるだろ!」

「⋯⋯」


 項垂れた様子で謝意を述べ、そのまま歩き出すウィルに、慌ててトラビスが声を掛けたが、まともに聞こえているか、それすらも分からない。


 ウィルへ声を掛けるトラビスを無視して、客室の入口で丁寧にお辞儀をして、部屋に入り鍵を閉める。そして、手にしていた龍刃連接剣を収納すると、ベッドへ腰掛けた。


「悪さ、監視……か」


 ポツリ呟いて、小さく吐息を吐き出した。ベッドに乗せたままになっていた書本を手に取る。マーシャルが買ってくれた、魔物について書かれている書本だ。それをパラパラと捲っていくが、頭には入って来ない。


「(弱いなあ……。そうだよね。騎士の人達から見れば、僕のしたことって確かに悪さになるんだよね。ガイ達は何も言わなかったけど……。うわぁ、なに、このネガティヴモード。うーん、騎士団に居るから騎士さんに迷惑掛けるんだよね? 色々解決したら、さっさと騎士団を出よう)」


「今は、勉強あるのみ! 集中! 集中!」


 ハッキリと声に出してみると、意外とすっきりしてきたウィルは、その勢いで、書本へと視線を落とす。天井で気配が動いていることにも気付いたが、集中し始めると次第に気にならなくなった。

 夕方になり、一度ウィルは顔を上げたが、灯りを点して、再びページを捲り始める。今までは小型の魔物について書かれている書本を読んでいた。次に手に取ったのは、大型の魔物について書かれている書本だ。


 魔物の図と属性、弱点、素材となる部位など細かく説明がされている。大型の魔物はランクが高く、剥ぎ取れる素材も貴重な物が多いようだ。


「(ゴーレムにエント、サイクロプス……トロール……。グリフォンやキメラも居るのか。うーん、コカトリスは会いたくないなぁ。あれって、石化攻撃もしてくるんだったよね? もしものために、石化解除の魔法薬も準備した方が良いのかな? キメラがいるなら解毒の魔法薬も必要か。あ、でも、魔境に入らなきゃ会わないのか。なら、要らないかなあ……)」


 ウィルの考えでは、大型を狩猟するような依頼を受けるつもりはない。薬草の採集や小型の魔物を討伐する依頼でも充分食べていけるだろうと予測を立てている。


 勿論、冒険者のランクも上げるつもりはない。冒険者のランクが上がれば、ノーザイト要塞砦騎士団からの依頼も受けなければならなくなる。冒険者ランクは低い方が、指名依頼も入らない。ゆっくり、のんびり過ごせれば、それでいい。そう、考えた。


「(大型の魔物は、魔境や迷宮から滅多に出て来ないみたいだし、小型の魔物の剥ぎ取りの方が大事だね。今のところ、どちらにも行く予定はないし)」


 書本を持ち替えて、最初から読み返していく。実際に魔物を見ながら勉強した方が早いのか……と考えながら読み進めていると、ガタンと大きな音が響き、ベッドの先に人が飛び下りてきた。


「っ!」


 ウィルは、ベッドから飛び退き、距離を取りながら龍刃連接剣を具現させて身構える。


「大人しく書本を読むのも駄目なんですか!」

「ん? 何の話だ?」

「あ、本物」


 飛び下りてきたのは、トラビス・ランベールではなく、本物のハワードだった。


「本物? 俺は、ガイと一緒に来たんだ。起きてる気配がするのに、ノックをしても返事はないし、鍵も閉まっていたから仕方なく屋根裏から入らせてもらった。だが、本物とは何の話だ?」

「ノック⋯⋯書本を読んでいて気付かなかった。ごめんなさい」

「そのようだな」


 ハワードは、ウィルと話しながら扉に向かい鍵を開ける。開けられた扉の先には、ガイが昼過ぎに廊下へ置きっ放しにしていたトレーを持っていた。


「食べずに廊下へ置かれていたが、何があった?」

「その……ガイとハワードは、トラビス・ランベールさんって知ってる?」

「ランベール……? トラビス・ランベール……?」

「うちのマイヤー副師団長補佐の名前だ。何故、ウィルがトラビスを知っている? ウィルをあいつと会わせたことはないはずだが」


 ガイもハワードも、不思議そうな顔でウィルを見た。


「仕事で、僕を監視してるって。僕が悪さしないように……。ガイがトラビスさんに頼んだんじゃないの?」

「いや。他の師団に依頼をする場合、その師団の師団長に報告する義務がある。俺は、ハワードにそのような依頼はしていない。それ以前に、監視とはどういうことだ?」

「言葉のままだと思う。昼過ぎに目が覚めて、ガイの部屋を出たんだ。そしたら、廊下で妙な気配を感じて……。天井から降りてきたトラビスさんが、そんなふうに言ってた。それから部屋に籠って書本を読んでいたから、何時まで居たのか分からない」


 ガイがハワードへ視線を向けると、難しい顔をして何か考え込んでいる。どうやらハワードが指示した仕事でもないようだ。


「ハワード。調べてくれるか?」

「ああ、俺も気になる。少し待っていてくれ」

「ちょ、ちょっと待って!」


 ウィルは勝手に話を進めるガイとマーシャルを止めた。ウィルもハワードが気にしている理由は分かる。だから止めるつもりはない。それでも、伝えたいことがあった。


「調べるのは、仕事だから止めないよ。勝手に動くことは、僕にもよくないことだって分かるから。ただ……お願い。騒ぎにしないで。きっと、僕のせいで嫌な思いをした騎士さんが沢山いるんだと思う。だから⋯⋯」

「お前は、騎士に比べると充分に子供だ」

「……うん」

「そういうことは、子供が気にすることじゃない。分かったな?」

「ありがとう、ハワード」


 ハワードに、ウィルが感謝の言葉を伝えると、その頭を軽くポンポンと叩いて背中を向けた。


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