036
「彼は私の申し出さえも、撥ねつける少年なのだ。其の方が声を掛けたとて、応じることはあるまい」
珍しく人を寄せ付けない表情を見せる。否、王都では、こちらの表情が、エドワードの通常なのだ。クラークの非常識な振る舞いに、エドワードも腹に据えかねているのか眉間にシワを寄せている。
「……き、き、貴様は、誰だ! 私は、オズワルド公爵令嬢と話しているのだぞ! 邪魔しないでくれないか! 大体、どいつもこいつも私に対して偉そうにしているのがおかしいっ、私は、嫡男だぞっ」
見慣れない人物の言葉。しかもクラークの意見を否とした人物に、あからさまに不快感を見せクラークは激昂する。その言葉に、アレクサンドラとマーシャルは長溜息を漏らした。愚か者であると解っていたが、やはり自国の王太子の顔すら覚えていなかったらしい。
「私の名は、エドワード・アダン・フォン・レイゼバルト……。晩餐会で挨拶をしたが、どうやら記憶にないらしいな」
「エドワード・アダン・フォン・レイゼバルト? エドワード? お、王太子殿下? そんな、なんでこんな場所に……」
民には明かされなかったエドワードの身分だが、貴族には晩餐会の席で挨拶をしている。勿論、次期当主となる者達も招かれ、クラークも出席していた。目をパチクリさせ、見る見るうちに青褪めた顔色になるクラークに、エドワードは短く吐息を漏らす。
「この場にて、一番身分が低いのは其の方だ。少年のことは諦めるがいい」
「で、ですが、折角の才能を埋れさせるのは国としてどうかと……。この国に生まれたのであれば、国のために励むのが民としての務めではないでしょうか? これは、国のことを考えてしているだけであって……」
「魔法研究所も錬金研究所も、平民であっても実力さえあれば、研究員して入所することが認められている。現に魔塔の所長は平民だが、そのことすら知らないのか? 其方の言葉、真にレイゼバルト王国のためともうすか? 其方は先程『トマ家の名が刻まれることになる』と申していた。それが真実ではないのか?」
エドワードに詰問されると、クラークは違うのだと喚きたてる。マーシャルは、嫌悪の情をもよおすクラークの姿を一瞥して立ち上がり、執務室の扉へと向かった。
「……オーウェンは、そのことについて何と言っているのですか?」
「勿論、賛成しているに決まってるだろう! 何を馬鹿なことを言い出すんだ!」
「嘘ですね」
「っ! う、嘘じゃないっ! せ、説得すれば、弟も分かるはずだ!」
スキルを使用する必要もない。マーシャルは振り向きもせずクラークへ返す。そして、マーシャルの手によって扉が開け放たれた。
「クラーク・トマが話した内容は真実ですか? ……オーウェン・トマ」
「いいえ。そのような話は、一切しておりません」
開かれた扉の先には、オーウェンと彼を呼びに向かったハワードの姿がある。オーウェンは、少し前から扉の先で執務室の会話をハワードと共に聞いていた。
マーシャルが横に退き、オーウェンが室内へと招かれる。後ろでハワードが扉を閉めると、オーウェンはクラークへ向かい、ソファに座るクラークの胸倉を掴むと、思い切り引き上げた。
「……クラーク兄上。私とは、真っ直ぐ村へ帰ると約束したはずだ。それが何故、総長の執務室に居る?」
「そ、それは……」
「答えろ。……大体、ウィルを養子にするだと? 誰が賛成などするものか!」
「な、何をバカなことを言っている! その子がいれば……」
普段から鍛え上げているオーウェンの力に、クラークが敵うはずもなく、胸倉を掴まれたままクラークは喚く。オーウェンは、その言葉に手に込める力を強めた。
「クラーク兄上。いいや。……クラーク・トマ。まさかとは思うが、ウィルを養子にして魔塔へ行かせれば、横領した税金を回収できる。とか、言い出すなよ?」
「なっ! ななな、何故、お前がっ!」
弟の口から飛び出した内容に、クラークは目を見開く。その後ろでハワードが、マーシャルの手に紙束を渡した。
「村の税を引き上げ、その二割を不当に着服していた証拠だ。それにエドワード王太子殿下、オズワルド公爵令嬢へ対しての不敬もある。……マーシャル、オーウェンも可とした。後は、お前が決めろ。これだけあれば、確定だ」
ハワードの言葉を受け、マーシャルがオーウェンへ視線を向ければ、強く頷いて見せる。
クラーク・トマの件は、半年掛けて調べ上げていた。トマ男爵が老齢であり、クラークが代理として村の政に手を出すようになり税収が減ったと申告があり、調べてみると民から徴収されている税額は変わらないどころか増えている。不審を抱いたオズワルド公爵領執行部の税務方から報告が上がり、第三師団が秘密裏に動いていた。第一師団が動かなかったのは、トマ男爵家のオーウェンが在籍していたためだ。
「ハワード。ここは、私ではなく総長に言うべきだと思いますがね」
「ハワードからの報告で今回の件を調べろと言い出したのは、マーシャルだと報告がなされている。お前が決めれば良い」
「仕方ありません。クラーク・トマ。横領の罪、エドワード王太子殿下及びオズワルド公爵令嬢アレクサンドラに対する不敬罪で身柄を拘束します」
オーウェンが胸倉を締め上げているクラークへ近付き、マーシャルが告げる。それに合わせるように、オーウェンは胸倉から手を離した。ドサリとソファに落ちたクラークは、敵意を剥き出しにした視線を、マーシャルへと向ける。
「貴様の……貴様の所為だあぁあっ!」
ギラギラとした視線をマーシャルに向け、クラークが両腕を伸ばす。マーシャルは、クラークへ冷ややかな視線を向けたまま全く動じない。クラークの手がマーシャルへ届く前に、オーウェンが立ち塞がるように動き、その手首に嵌められたリングが輝きを増す。
『閃光拘束』
オーウェンの放った光の束縛魔法。それがクラークの両腕両足に巻き付き、その身体を拘束する。そして、クラークは執務室の床に転がった。
「最期まで見苦しい真似をするな」
「オーウェン。……お前が、お前がぁああっ!」
「ああ、私が拘束した。頼むから、これ以上罪を重ねてくれるな」
拳を握り締め、呻くようにクラークに告げると、オーウェンはアレクサンドラへと向き直った。
「私の愚兄が見苦しい姿をお見せしてしまいました。申し訳ありません」
「オーウェン・トマだったか。其の方の光の束縛魔法、初めて見たが見事なものだ。これからも精進しろ」
「……っ! 身に余るお言葉を賜わり、有り難うございます」
「私も初めて見たな。なるほど。その魔法ならば、酔った者も傷付けずに、拘束できそうだ。暗殺者にも使える。是非、私に教授してほしい。光属性は扱えるのだが、私にも使えるだろうか?」
「ええっ! 私がエドワード王太子殿下にお教えするなど、恐れ多くて出来ません!」
オーウェンの後ろでは、廊下に待機していた第三師団の騎士たちがクラーク・トマを運び出している。文字通り、数人掛けて運んでいるのだ。
「マーシャル。補佐は、あのまま放っといていいのか?」
「構わないでしょう。クラークと違って、真面目な青年です」
「そういう問題ではなかったのだが……。まあ、いい。とりあえず、この束縛魔法を解除してくれ。牢まで騎士に運ばせるのは面倒だ」
「仕方ありませんねえ。足だけ解除しましょうか。また暴れ出されても面倒でしょう?」
「おい、何のために縄があるんだ?」
ハワードが手に握る縄を振って見せると、クスクスとマーシャルは笑った。
「申し訳ありません。第一師団では、滅多に縄は使わないのですよ」
『除去』
マーシャルが唱えると、クラークの足から光の輪が消える。その様子を見て、牢まで運ぶことを免れたと騎士たちは安堵していた。
「取り調べはどうする?」
「第三師団に任せます。私は、ハバネル伯爵令嬢の件がありますので」
「アイツは放置でいいのか?」
ハワードは、チラリと奥に居るオーウェンへと視線を向ける。
「寧ろ、第一師団は今後もクラークの件に関わらない方が良いでしょうからね」
「そうか。まあ、確かに疑う輩もいるかもしれないな」
ハワードは残っていた第三師団の騎士を伴い、総長の執務室を出て行く。クラーク・トマの取り調べを行うのだろう。マーシャルが奥へ視線を向けると、エドワードとオーウェンが光の束縛魔法について語らう姿が目に映った。
「さて……私も未処理事項を片付けるとしましょうか」
ポツリ呟いて、マーシャルも総長の執務室を後にするのだった。




