034
一方、ガイの官舎から外へ飛び出したマーシャルとハワードは、貴族牢からアレクサンドラの元へ向かっていた。
デイジー・ハバネルは、あっさりと罪を認めて大人しくしている。二人が彼女の元を訪れる前に、貴族牢をカーラ・リーガルが訪れ、魔法士たちが失敗したことを伝えたらしい。
ウィルが言い出した通り、デイジー・ハバネルとカーラ・リーガルの共犯であった。
特務師団の魔法士たち五人が、冒険者ギルドにある酒場の常連客となっていたこと。ウォルコット・ボレは、カーラ・リーガルにウィルの襲撃を依頼されて、協力者を探しに冒険者ギルドにきていたと。
冒険者登録をするウィルの存在が気に入らず、魔法士たちにウィリアムをやっつけてほしいと話しているところへウォルコット・ボレが現れ、襲撃を手伝えば報酬を払うと六人で話し始めたこと。それらを、デイジー・ハバネルが答えている。
カーラ・リーガルは、魔法士たちが失敗したことを知ると、デイジー・ハバネルにそのことを伝えて、そのまま王都への帰路へ着いた。
「トマ男爵家の三男に手を出したカーラ嬢とデイジー嬢が悪いんだが、完全に貴族の家絡みになってしまったな」
「元々、カーラ嬢とデイジー嬢は王都から来た者ですし、魔法士にしてもオズワルド公爵領出身の者は、いませんでした。単に知らなかっただけだと思いますよ?」
「トマ家は、代々錬金術師になる者ばかり続いていたのに、知らなかったのか?」
「まあ、第一師団の副師団長補佐が、王国錬金研究所の所長が大事にしている弟の一人だとは、誰も思わないでしょうからね」
総長の執務室へ向かいながら、情報を纏めていく。魔法士たちも失敗したことで罪に問われると理解したのだろう。牢で互いに罪の擦り合いを始めていた。
「それにしても、面倒ですねえ」
「仕方がないだろう」
総長補佐の騎士に話を聞かされ、二人は総長の執務室へと向かうことになった。来客が来るという。その客人の名を聞き、二人は溜息を吐く。トマ男爵家の長男とエドワードである。
「第一師団師団長マーシャル・モランと第三師団師団長ハワード・クレマンです」
「入れ」
アレクサンドラの執務室へ到着してドアノッカーを鳴らすと、すぐに入室の許可が下る。マーシャルとハワードが室内へ入ると、応接セットには既にエドワードの姿があった。
「お待たせ致しました。それで、どのようなご用件でしょう」
一人掛けのソファに座るエドワードから少し離れた場所で声を掛けるマーシャルに、エドワードはムッとした顔を見せる。
「……堅苦しい話し方は止めないか? まず、マーシャルとハワードに座って欲しい」
「エドワード様は、王太子殿下で有せられるので、そういうわけには参りません」
笑顔で答えるマーシャルに、エドワードはガックリと肩を落とす。エドワードとしては、半ば同僚のように勤務してきた相手、まして子供の頃から知っている相手に距離をおかれることは、正直に辛いものがある。今は謹慎処分中ということも相まって、変装こそ解いているが警備隊隊長であることに変わりない。
「その取って付けたような笑顔は止めてくれ。私はウィリアム君のことを聞きに来たのだ。だから、警備隊隊長と考えてくれればいい」
「マーシャル。エドワードで遊んでないで座れ。ハワードもだ」
「遊んでいる訳ではありませんがねえ」
アレクサンドラに呆れたように言われて、二人はソファに腰掛ける。そしてマーシャルは、エドワードへ視線を向けた。
「ウィルならば、ガイがついているので大丈夫ですよ」
「……そうか。怪我はなかったのか?」
「それほど気になさるのでしたら、ご自分で確認なさったら如何ですか?」
エドワードの安堵した様子に、マーシャルは首を傾げた。そこまで気になるならば、自分で確認すればよいのだ。しかし、警備隊隊長という職務に励んでいた時とも様子が違うように見える。それは、隣に座るハワードも感じている様子だ。
「ガイもウィルの見舞いなら、エドワード王太子殿下が訪ねたとしても許すと思うが?」
ハワードも同じようにエドワードに質問するが、当の本人は長溜息を漏らす。どうやら、ウィルを部下にすること自体を諦めているように見える。
「ウィリアム君との接触は、アレク……騎士団総長に禁止されている。それに、私の配下が彼を陥れようとしたのに、どのような顔で、彼に会えというのだ」
「エドワード王太子殿下は、カーラ嬢の共犯ではないはずですが?」
「当たり前だ! 確かに俺はウィリアム君を連れてきて欲しいとは言ったが、襲えなど指示は出していないっ」
噛みつく勢いでマーシャルに言い返すエドワードに、片笑みを浮かべマーシャルは口を開いた。
「見舞いなら総長もお止めにならないと思いますので、普通に会いに行かれたらよろしいでしょう?」
「そうだな。今回の件は関係ないだろうが、前回の謝罪はした方が良い」
「……謝罪して、ウィリアム君は、私を許してくれるだろうか」
「随分と弱気だな」
ハワードの言葉に、エドワードは再び溜息を漏らす。エドワードの変わり様に、マーシャルとハワードは互いを見合った。この数日でエドワードに何があったというのか。
「……総長に叱られたのだよ」
「そうなのですか?」
「ふむ。あのような幼気な少年に懸想するなど何事だと言ってやったな。他人の嗜好に口を出す気はなかったが、さすがに少年はいかんだろう」
アレクサンドラは組んだ手の上に顎を乗せ、ニヤリと笑みを浮かべている。それを見て、マーシャルとハワードは苦笑した。二人には、アレクサンドラが態とそのような物言いをしたのだと分かるからだ。懸想している本人に、そんなことを言われればエドワードも堪えるだろう。
「まあ。ウィルの話は、その辺までにしておけ。問題は、リーガル子爵家とハバネル伯爵家だ」
区切りをつけるようにアレクサンドラが言えば、マーシャルとハワードも意識を切り替える。王都騎士団からリーガル子爵令嬢とデイジー伯爵令嬢に対して、召喚状が届けられたとアレクサンドラは話す。
「随分と早いですね?」
「魔塔の所長から使い魔で届けられた」
「なるほど。そういうことですか」
王国魔法研究所、通称魔塔と呼ばれているのだが、今回の件に加勢しているらしい。何故、これ程までにトマ男爵家の三男が関わっただけで大騒動に発展したのか。それは、現在、王国錬金研究所所長を務めるジョナサン・トマが原因だろう。ジョナサン・トマは、トマ男爵家の次男で近来稀に見る才能の持ち主として、国の中枢や錬金術師の中で有名だ。そして、もうひとつ。弟達を大好きだと公言し、溺愛している人物としても有名だった。
王都や魔塔、錬金研究所で使われるマジックアイテムの殆どが、ジョナサン・トマの作品なのだから、機嫌を損ねるわけにいかない。それ以前にジョナサン・トマと魔塔の所長は、友人関係だと聞く。勿論、ジョナサン・トマの言い分が不当であれば、王都騎士団も魔塔も動かなかっただろうが。
「トマ男爵家……。いいえ、ジョナサン・トマが相手では、ハバネル伯爵もリーガル子爵も分が悪いでしょうねえ」
クスクスと笑うマーシャルに、アレクサンドラは使い魔が置いて帰った召喚状を投げて渡す。マーシャルの遣口に呆れていると言っていい。
「お前が相手では、ジョナサン・トマ以上に分が悪いと考えるが?」
アレクサンドラから見れば、マーシャル・モランはトマ家の人間以上に厄介な人物なのだ。目的のためならば、手段を選ばず非情にもなる。それが最適解であれば、上司だろうが大事な仲間だろうがお構い無しに最前線へと容赦なく叩き込む。魔力も高く、スキル能力値も高い。味方であれば心強いが、敵に回すと厄介な相手となるのだ。
「さて、どういう意味でしょう?」
「さては其の方、ウィルが襲われる可能性を見抜いていたな? それで、オーウェン・トマを護衛にした。違うか?」
「随分と人聞きの悪いことを言われるのですね? 私は偶々執務室に来たオーウェン・トマを、ウィルの護衛に指名しただけですよ?」
如何にも心外だと言う態度を崩さないマーシャルに、アレクサンドラは溜息を吐く。ハワードへ視線を移せば、ハワードも肩を竦めて見せた。
「仮に、マーシャルが態と隙を作らせてウィルを襲う機会を相手に与えていたとしても、それは憶測の域を出ないと思うが?」
「どうもしない。この男を敵に回した時点で相手の負けだ」
「それは、高評価と見なしてよろしいのでしょうかねえ」
実際、ウィルが襲われる件はマーシャルの中で想定内の出来事であった。エドワードはウィルの能力を欲しているだけで、襲うなど有り得ない為、除外。襲ってくる相手は、ウィルの存在をよく思わない者。すなわち、デイジー・ハバネル伯爵令嬢やカーラ・リーガル子爵令嬢、そして特務師団の面々だ。
確かに、デイジー・ハバネルが騎士を攻撃するといった事件を起こさなければ、ウィルの件は起こらなかった。常に師団長がウィルの側にいるだけで、相手は手出しが出来ない。逆説的に言えば、師団長さえいなければ、不穏分子は何を引き起こす。不穏分子を引き摺り出すなら、出来るだけ早いうちが良い。
デイジー・ハバネルが事件を起こし、偶然にもオーウェン・トマが報告に来た。マーシャルは、これを好機と捉えたのだ。上手く利用すれば、不穏分子を引きずり出せると。
マーシャルは、オーウェンならばウィルを任せられると瞬時に考察し判断した。それだけ優秀な部下で、信頼できる騎士の一人だ。ただし、ジョナサン・トマが出てくるのは、本当に想定外だったのだが。
「ジョナサン・トマですか。一度お会いしてみたいものですねえ」
「くれぐれも、ガイにウィルを利用したことを知られないようにすることだ」
「ええ、それは重々理解しています。ただ、言い訳をさせてもらえるならば、私はウィルに仕事をしてもらうとガイの前でも言ってますからねえ。これも仕事のうちと考えてもらいたいものです」
クスクスと笑い、召喚状へと視線を落とすマーシャルを見て、三人はこの男だけは敵に回すまいと心に誓っていた。




