033
マーシャルとハワードは、ソファから立ち上がったままウィルへ視線を向け、ガイは席に着いたままウィルを見ている。いつから聞いていたのか、ウィルは相変わらずソファに横になったままだった。
「……あの人達ね、三人が考えるほど深く考えてないよ。その時々の感情で動いているだけ。そう、きっともっと、単純。ただ、僕が気に入らないから。ただ、僕の存在が邪魔だから。それだけの話……。共通の敵がいるなら、一緒に潰しましょって、それだけの話」
ウィルの口から出される言葉に、三人は顔を見合わせ、再びウィルを見た。
「呪符使いの魔法士は『あの女、余計な事を』って言ってた。別の魔法士は『お前一人じゃ心配だったんじゃないか?』って答えてた。『仲間割れは勘弁してくれ』って言った後、『そっちとこっちの依頼主の意見が一致しただけの話』って言ってた魔法士もいた。六人の魔法士は、直前になって仲間にさせられただけ……」
開かれた眼は、焦点が合っていない。ウィルの視線は空中を彷徨い続けている。その危うさに、ガイは立ち上がりウィルに手を伸ばし掛けた。だが……。
「僕のこと嫌いなのは、構わないよ? 嫌いなら、森の皆みたいに僕のこと、無視すればいいだけなのに……」
「……ウィル?」
吐き出された言葉に、ガイは伸ばしかけた手を止めた。身を護るように体を丸めていたウィルの纏う空気が、ガラリと変わったのだ。マーシャルやハワードも、そのことに気付いたのか、怪訝な顔でウィルを見詰めている。
「どうして、みんな邪魔するの? ただ、静かに暮らしたいだけなのに……。裏でコソコソするくらいなら、何で、僕に直接出てけって言わないの! 要らないって、居なくなれって、消えろって、言えばいいだけだろっ! ふざけんなよっ」
「ウィルっ!」
まるで癇癪を起したように叫ぶウィルの姿に危機感を抱き、ガイはその名前を呼んだ。
「全部、喋っちゃえばいいのに。……ああ。そっか、喋らせればいいんだ」
恐ろしく虚ろな目をしたウィルが語る言葉と放出される魔力に、三人はゾッとなった。ゆっくりとした動きでウィルが起き上がると、その手に龍刃連接剣が具現する。
『探索』
「……いた」
『科人 重責を枷と為し 悔い――――』
『制限魔法!』
詠唱を始めるウィルに、ガイ・マーシャル・ハワードの三人がかりで、ウィルに向け制限魔法を放つ。だが……。
「……ど、して……駄目なの?」
言葉と同時に、具現していた龍刃連接剣が光の粒子となって消える。ウィルに制限魔法が効かなかったことを驚きつつも、ウィル自らが詠唱を止めたことに三人は安堵した。
しかし、ウィルは今もまだ虚ろな状態で何処も見ていない。否、見えているのかも分からない。前に居る三人を見ていないのだ。苛立ちを感じたガイは、ガシリとウィルの肩を掴み、無理やり視線を合わせた。
「いい加減にしろ!」
「…………」
ウィルの身体をがくがくと揺さぶり、目を覚まさせるように怒鳴りつける。
「誰に魔法を掛けようとしたのだ!」
「…………」
「誰だ! 早く言え!」
「デイジーさん」
「マーシャル、ハワード。二人の安否確認を頼む」
ウィルが言い終わるより先に、ガイはマーシャルとハワードに要請する。その言葉に二人は頷き、すぐに応接室を飛び出していく。それを見届けて、ガイはウィルに視線を戻した。
「お前がした行為は、やってはならぬことだ」
「…………」
「分かっているのか!」
ガイが怒鳴りつけると、ウィルは怯えたような視線をガイへと向ける。
「じゃあ、僕は? 僕は、我慢しなきゃ駄目なの? ずっと我慢し続けなきゃいけないの? ああ、人じゃないから虐げてもいいってこと? 僕は、人として未熟だもんね。だから、ぞんざいな扱いでも構わないって――」
「誰も、そんなことは言ってない!」
「僕が化け物だから?」
「化け物じゃないだろう!」
「だって、僕は、僕は……っ……」
フォスターに創られた。それをガイに伝えられず、ウィルは言葉に詰まる。恐れたのだ。
「うぅっ……っ……」
この世界に生み出されて、初めてウィルは拒絶されることを恐れた。龍達に危害を加えられても、無視されても、仕方がないと思えた。だが、ガイ達に拒絶されるのは、何故か嫌だと感じた。
ウィルの目から頬を伝って、ポタリ、ポタリと雫が落ちていく。ガイは、ガタガタと震えるウィルの肩から手を外し、その前に屈むと冷え切ったウィルの手を温めるように、自身の両手で包み込んだ。
「落ち着け。……そうだ。今日したことで、自分が一番悪いと思ったことは何だ?」
「……僕が、オーウェンの邪魔したこと。魔法士の言ったことは嘘じゃないって、オーウェンに言ったから。僕が余計なことを言ったから、魔法士に付け込まれて、オーウェンに怪我までさせた……」
「そうだな。第一師団の騎士は、頭脳戦に特化した騎士の集団だ。その騎士に任せておけば、このような事件にならなかっただろう」
ガイが言い聞かせるように話せば、ウィルは素直に答える。怯える様子もない。
「俺がウィルを殴った理由は、魔力の替わりに使った力がウィルの生命力だったからだ」
「……知ってる」
「分かっていて使ったと言うのか!」
気付かずに使うなら、まだガイにも理解が出来た。しかし、知った上で使ったとなれば話は別だ。怒鳴るように発すれば、ガイの手の内にあるウィルの手がビクリと揺れた。
「だって……だってっ! 他にどうすればいいか分からなくてっ! 魔法士がオーウェンを人質にして、言うこと聞かなきゃ殺すって脅されてっ。あんな場所に、僕が火属性の魔法なんか使ったら、騎士団だけじゃなくて、街にまで火が回るのにっ! 僕の所為で、オーウェンにもガイにもマーシャルにも、ハワードやアレクさんにもっ、全然関係ない街の人達にまで迷惑が掛かるって思ったからっ! 御師様と龍術は使わないって約束だったけど、それでも、何とかしなきゃって……だから……だから……っ……う……ヒック……っ……」
「分かった。分かったから、もう泣くな」
ウィルの手から手を放し、泣きじゃくるウィルの頭をガイの腕で抱え込んで、ソッとその頭を撫でる。ガイの目には、その姿が幼子のように見える。マーシャルが言ったように余りにも不安定なのだ。
身体は少年のもの。能力は大人と同等。しかし、思考が恐ろしく安定しない。ここ数日を共に過ごしたが、揺れ幅があまりにも大きい。
「ごめん。ごめんなさっ……」
ガイの制服をギュッと握り、しゃくりあげるウィルの姿にガイは溜息を漏らす。
紅龍から聞かされ、マーシャルに語らなかった真実。否。語れなかった話を思い出す。
連峰に住む竜人族も同様だが、龍の住処でも人族は忌み嫌われた種族であるという。龍族は、龍王を辱めた人族を決して許していない。いくら龍王が住むことを許したとしても、フォスター神や擁護する龍族がいたとしても、人族の、まして子供には辛い環境だっただろう。
今でこそウィルのことを認めている龍族が多い。父の話では、ウィルがアルトディニアへ降りることを認めていない龍もいるという。人族嫌いの龍に、そこまで言われるようになるまで、ウィルは努力してきたのだ。
「ウィル……龍の住処に住まう龍と、アルトディニアに暮らす者達では違うことをはっきりと認識しろ。龍は強い。だから、ウィルの持つ能力に無頓着でいられる。だが、大陸には色々な人がいる。ウィルの保持する能力を知った者の中には、今回のように排除しようとする者達や、逆にウィルの能力を欲して意のままに操ろうとする輩も現れてくるはずだ。俺やマーシャルが、いつでも側に居てやれる訳ではない。それは、分かるな?」
腕の中で何度も頷くウィルの姿に、ガイは肩の力を抜いた。
「ならば、いい。全てを一度に伝えて、覚えろという方が難しいだろうからな」
「……ごめん、なさっ」
「旧魔法訓練所でも問い掛けたが、それは何に対しての謝罪だ? ただ、謝罪すれば良いと考えているのか?」
「違っ……」
「ならば、謝罪する必要などないはずだ」
いつまでもガイの腕の中で泣き続けるウィルに、ガイは小さく溜息を漏らす。ウィルの旋毛を見ながら、どうしたものかと考えてみるがいい案も浮かばず、とりあえず銀糸の髪を撫で続けるガイだった。




