表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
殺意を向けられた少年
32/132

032


 旧魔法訓練場の外へ出ると、マーシャルは吐息を吐き出す。オーウェンの話した情報と、記憶媒体を見て知った情報を纏めると、魔法士へ依頼した令嬢が絞られた。

 ウィルと接触した令嬢と言えば四人。その内、アレクサンドラとベアトリスの二人は、最初で除外できる。しかし、一番可能性の高い令嬢には、大金が支払えるだけの能力はない。


「……さて、どうしたものですかねえ」


 カツカツとブーツの音を響かせ、駆けてきた道を歩く。奥まった場所にある上、使用不可能になって久しい旧魔法訓練場の近辺に、人影があるはずもない。そんな中を一人で歩く。マーシャルが考えを纏めるには、打って付けの環境だった。


情報集約(プロファイル)


 マーシャルが呟くと、脳裏に映し出される沢山の情報。そこには、ノーザイト要塞砦騎士団に所属する騎士の情報が、ズラリと並んでいる。スキル特化型と、ガイに呼ばれるマーシャルの能力。これこそマーシャルの尤も得意とする分野、情報管理系統のスキルである。あらゆる情報をマーシャルの記憶に取り込み、全てを記録する。そして必要な時に、取り出すことが出来る。


検索(サーチ)


 取り出した騎士たちの情報から、魔法士だけを選び出し、更にその中から性別、年齢と精査していく。それでも該当する人数は未だ多いのだが、そこからは能力値で探し出していく。オーウェンが女性のことを話したと言っていた魔法士は、能力値が低かった。中ほどの魔法士はゴロゴロといるが、低いものは極めて少ない。やはり、その魔法士は、すぐに見つかった。


「……ウォルコット・ボネ。第三師団所属。元・男爵家の四男。三十八歳、破婚歴ありですか。ボネ、ボネ……聞き覚えはあるのですが、オズワルド公爵領で聞いたわけじゃなさそうですね。すると王都絡みですか。さて、出てくると良いのですが……」


裏情報(コンフィデンシャル)


 秘されていたボネ男爵家の情報は容易く見つかった。爵位が剥奪されたのは、八年前。罪状は、奴隷の所持及び密売。ウォルコットの父親が奴隷密売の罪で摘発され、爵位が剥奪されている。


「ふむ。この繋がり方だと彼女等のどちらとも連絡が取れる可能性がありますね。オーウェンの話では、依頼主は二人でしたが……」

「それらのスキルを路上で発動させるのは、如何なもんかと思うが?」


 声を掛けられ、マーシャルは全てのスキルを瞬時に停止させ、小さく息を吐き、木の上へ視線を向けた。


「……相変わらず気配がないですね、ハワード。しかし、良い所で出会えました。貴方にも話を聞かねばならないと思っていたところですよ」


 枝から飛び下り、マーシャルの前まで出るとハワードは頷く。


「ああ、分かっている。事情は、第一師団のワーナー副師団長と副師団長補佐のオーウェン・トマに聞いている。聞きたいことは、ウォルコット・ボネのことだろう」


 朝の会議後、エドワードの屋敷で問題が起こり、手の空いている第三師団の騎士とハワードが出向いて対応していたが、ハワードだけでも至急旧魔法訓練所へ向かってほしいと第二師団のオスカー副師団長補佐に呼び戻されたのだ。

 そうして、ノーザイト要塞砦騎士団に帰還する途中で、巨大な魔力の存在に気付き、一人先行した。旧魔法訓練所へ向かっている途中で、第一師団と第二師団に連行されるウォルコット・ボネと魔法士の姿を見つけ、第一師団のワーナー副師団長と副師団長補佐のオーウェン・トマを呼び止めたのだ。


「俺の掴んでいる情報と関連があるかもしれないが、此処で話せる内容ではないな」

「そうですか」


 ハワードは、二人から大まかな事情を得ていた。そしてエドワードの屋敷で起きている問題にも繋がりがあるとハワードは感じている。たとえ近くに人の気配がなくても、話せる内容じゃない。少なくともハワードの持つ情報は外で話せる類のものではなかった。


「しかし、珍しいことがあったもんだ。何故、第一師団の騎士ではなく、第二師団の騎士が呼びに来た? 情報もマーシャルではなく、ガイからだっただろう?」

「私も総長の執務室に居たのですが、先行で第二師団の騎士とラクロワ師団長が向かっているが、私にも第一師団の騎士を連れて旧魔法訓練所に向かってほしいと、第二師団のユアン副師団長が言伝に来たのですよ。……おや。話をするには丁度いい場所が出来そうですね」


 片笑みを浮かべたマーシャルが振り返ると、ウィルを抱きかかえたガイが走ってくる。


「おい、マーシャル! 俺に教えないとはどういうことだ!」

「言葉のままだったのですが、事情が変わりました。ガイの部屋を貸してくさい」


 マーシャルは、スキルを発動させながら歩いていた。意識したわけではないが、足並がゆっくりとなっていたのだろう。比べてガイはウィルを抱きかかえながらも走って来たのだ。マーシャルに追い着いて当然だった。


「マーシャル、ガイに何を教えないと言うんだ?」


 旧魔法訓練所で起ったことは聞いているが、今の状況に付いて聞かされていないハワードは、困って二人の顔を見比べる。


「それにウィルはどうして気を失っている? あの程度の者達に後れを取るとは思えんが……」

「教えないのは情報ですよ。ガイがウィルを殴り飛ばして昏倒させたので、その罰です」

「なっ! その腕力でウィルを殴ったのか!」


 マーシャルの返答に、ハワードが目を丸くしてガイを見ると、居心地が悪そうにガイはハワードから視線を逸らした。


「とりあえず、移動しましょう。応接室を使わせて貰いますよ」


 ガイの部屋へ行くことは決定事項なのか、マーシャルは先に歩き出す。詰所に帰るより遥かに近く、話を聞かれる心配をする必要がない。ガイは大きく吐息を吐き、その後に続いた。ハワードもガイと共に歩き出す。






 部屋へ着くとガイは応接室のソファーにウィルを寝かせ、毛布を掛ける。ガイとマーシャルで話を聞く、聞かせないと揉めたのだがハワードがガイに加勢した為、多数決で負けたのだ。


「オーウェンは、魔法士に依頼したのは二人の令嬢で、報酬は大金だと話していました。この記録媒体で魔法士は『冒険者のウィリアム』という名前と『華奢な体付きに蒼いオーバーウェア』と口に出して言っているのです。そうなると依頼した令嬢は限られてきます」


 テーブルに置かれた記憶媒体へ、三人の視線が向けられる。記憶媒体の使用回数が三回と限られている以上、安易に見ることが出来ない。しかも、その三回も魔力を込められる回数なのか、最後まで使用することが可能な回数であるのかオーウェンに確認していない。前者であれば、後二回になってしまう。


「令嬢となると、デイジー・ハバネルか?」

「いや。ウォルコット・ボネはカーラ・リーガルと接触している。元々、王都騎士団で魔法士をしていた男だが、特務師団に入団して問題行動の多さで、監視の意味合いもあり第三師団に回されていた」


 マーシャルの前では、ガイとハワードが容疑者として考えられる令嬢の名前を出している。確かに、その二人が一番の容疑者であることに間違いはない。ないのだが……。


「カーラ嬢は、エドワード王太子殿下の屋敷で軟禁されていますが、屋敷内の行動は制限されていません。ウォルコット・ボネとの接触は可能ですね」

「実際、ウォルコット・ボネはカーラ・リーガルと数回、面会している」

「そうですか。しかし、他の五人は特務師団の魔法士でした。この五人は、特務師団の在籍期間を見る限り、ウォルコット・ボネともカーラ嬢とも面識がないはずです」


 ここに着くまでにマーシャルはスキルでウォルコット・ボネ以外の魔法士の情報を暴き出していた。所属師団と名前、家柄。裏情報の有無も全て確認したが、ウォルコット・ボネとカーラ・リーガル。そしてハバネル伯爵との繋がりも皆無だった。


「どういうことだ?」


 ガイが困惑したように訪ねると、マーシャルも横へ頭を振る。


「そこまでは分かりません。ですが、オーウェンに話を聞いていて良かったです。そうでなければ、ハロルド・ガナスも容疑者の一人になっていましたから」


 突然マーシャルの口からハロルドの名前が出され、ガイとハワードは苦渋の表情を見せる。有り得ないと言い切れないからだ。


「……ウィルに関わりのある人物ということか?」

「明確に言うならば、ウィルに恨みや妬みを持つ人物ですね。元々、懸念事項として頭には入れておいたのです。特務師団の魔法士が関わっている以上、ハロルド・ガナスが容疑者として浮上しても不思議なことではないですから。……さて、それより問題の令嬢ですね。ウォルコット・ボネは、デイジー・ハバネルと直接関係ありませんが、ハバネル伯爵とは面識がある可能性が大です」


 ガイもハワードも、マーシャルのもたらす情報に息を飲む。マーシャルは、その二人にマーシャルはボネ男爵の爵位剥奪の経緯を話した。


「八年前、ハバネル伯爵も重要参考人として調べられています。但し、証拠不十分で放免されています。王都騎士団も証拠を消されて、手が出せなかったのでしょうね」


 スラスラと語られる内容にハワードは眉根を寄せた。


「随分と詳しいのだな」

「八年前、モラン伯爵家も参考人として呼ばれたからですよ。此方は、本当に参考人だったようですが。その時に、軽く調査をしましたからね」


 マーシャルは、騎士訓練学校を卒業して十年、モラン伯爵家に帰っていない。しかし、マーシャルを心配する弟や家令からは、定期的に手紙が送られてきていた。その手紙に書かれていた内容だ。

 父宛に届いた差出人不明の封書。それは簡単に言えば、奴隷を密売しているから、取引をしようという誘いだった。勿論、直接的に奴隷という文言は書かれていない。

 民は貴族のためにあるという考えのモラン伯爵であるが、不正は悪と断じる人物でもある。その封書は、すぐに王都騎士団へ届けられ、事件が暴かれることになった。しかし、奴隷を買った側は摘発されたが、売った者は未だに捕まっていない。


「かなりの貴族へ封書が送られていたようです。その時に、ボネ男爵は摘発されました。推測ですが、その件で王都騎士団に所属していたウォルコット・ボネは、王都騎士団に居場所がなくなり、オズワルド公爵領まで来たのだと思いますよ」


 そういった点を考えれば、ウォルコット・ボネはカーラ・リーガルとハバネル伯爵家の双方とも繋がりがあるように見える。


「それに、犯人をカーラ嬢と確定するには難しい点があるのですよ」

「難しい点? しかし、エドワード王太子殿下の屋敷でウォルコットを見かけた者がいるのだ。それでも何かあるのか?」

「ハワード。その者は何時、ウォルコット・ボネをエドワード王太子殿下の屋敷で見たのですか?」

「部下の話では、昨日の昼前だ」


 ハワードの返答にマーシャルは眉をひそめ、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「ウォルコット・ボネの言動と辻褄が合いません。ウォルコット・ボネはウィルのことを『草むしりをするために雇われた冒険者』と言っているのですよ。それはカーラ嬢が知らない情報です。そして、ウィルが着ていたオーバーウェアの色も一致しません」


 デイジー・ハバネルとカーラ・リーガル。二人の持っているウィルの情報に違いがあるとすれば、その点だ。カーラ嬢と出会った時、ウィルは暗い赤茶色のオーバーウェアを身に着けていた。そして、昨日着ていたオーバーウェアの色は蒼。今日も同じ色だ。


「ウィルが冒険者として登録したのは、昨日の夕方です。私とガイで依頼も出してきました。デイジー・ハバネルならば、ギルドの職員なのですから、ウィルの情報と依頼内容を閲覧することは容易いでしょう」

「では、やはりデイジー・ハバネルが魔法士達に依頼したと――」

「ですが、大金は何処から出てくるのですか? カーラ嬢は出せるかもしれませんが、デイジー嬢にお金が出せると思いません」


 カーラは子爵令嬢だが、彼女自身が役職に就いていることもあり収入がある。何と言っても王族付きなのだから。それに比べ、デイジーは働いているといっても冒険者ギルドの職員。そしてハバネル伯爵家の令嬢であっても庶子なのだ。ハバネル伯爵家の家人が、それを許すとは考えられない。堂々巡りになる見解に、マーシャルは長溜息を漏らす。


「……後は捕えた魔法士たちに、直接訊いた方が早いでしょうね」

「急いだ方がいい。カーラ嬢だが、明日にはオズワルド公爵領を出る」


 ハワードの告げた内容にマーシャルとガイは目を見開き、絶句する。ハワードも今朝方、掴んだ情報だ。その件で、エドワードの屋敷へ訪問していた。エドワードから直接事情を訊く必要があったのだ。


「昨日の午後、エドワード王太子殿下から総長へ『オズワルド公爵次期領主セドリックの帰りを待ち、カーラ・リーガルに法の裁きを与える』と申し出があった。しかし、朝の会議後、部下からカーラ嬢が王都へ帰る支度をしているという情報が入ってな。カーラ嬢は、エドワード王太子殿下の話を聞いて、慌てて帰る決断をしたんだろう」


 カーラ・リーガル子爵令嬢が王都へ帰れば、オズワルド公爵家でも容易く手を出せなくなる。勿論、アレクサンドラへの発言は不敬に当たるため、その点で罰することは可能だろう。

 しかし、ウィルに対しての行動は罰することが出来ない。王都には、貴族が平民を害しても罪に問われる法が制定されていないからだ。

 エドワード自身にも迷いがあるのか、カーラ・リーガル子爵令嬢が帰り支度を始めても咎める様子はない。総長もカーラ・リーガル子爵令嬢の件に関して、エドワードに一任すると断言しているため、何も出来ることはなかった。


「それは、また……。エドワード王太子殿下は、随分と思い切った判断をなされたようですね」


 今までもカーラ嬢は度々問題を起こしていたが、これまでの件は全てエドワードが金銭で解決してきた。それを法による断罪としたのは、余程腹に据えかねたのか。


「時間がありませんね。私は急ぎ、取り調べを始めます。ハワードは、総長にエドワード王太子殿下へカーラ嬢の身柄引き渡しをお願いできないか確認してください。ガイは、このままウィルに付いていてください」


 立ち上がったマーシャルは、ハワードとガイに指示を出す。こうなってしまうと一刻の猶予もない。


「容疑者は、カーラ嬢とデイジー嬢に絞られているのですから間に合います。間に合わせて――」

「二人は、共犯なんだよ。魔法士は『令嬢たち』って、言ってた。デイジーさんが情報提供で、お金はカーラさんが準備する。僕は、デイジーさんとカーラさんにとって共通の敵だから……それに、僕のことを化け物って呼んだ人、昨日の夜はギルドの酒場にいたし、ね⋯⋯」


 ソファに横になったまま発せられた声に、三人は動けなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ