031
「捕縛した魔法士たちは、第一師団詰所地下にある魔法阻害装置付きの地下牢に入れておきなさい。彼らは、私が直々に取り調べます」
マーシャルは、第一師団と第二師団の騎士に囲まれ、小さくなっている魔法士たちを一瞥すると、腕に乗せられていたウィルを抱き上げて、ガイへ近寄る。その後ろで早速、騎士が魔法士たちを連行していった。
「私は、彼等を雇った犯人を見つけ出さねばなりません。オーウェンのお陰で、容疑者は絞られましたがね。ウィルは、ガイに任せます。ウィルが気を失ったのは、ガイが殴り飛ばしたからなのでしょう? 傷の治癒は済ませてありますが、ウィルが目を覚ますまで、ガイが責任をもって看てくださいね」
ガイがウィルを殴る瞬間を見た訳ではないが、オーウェンはガイに殴る必要はないと訴えていた。オーウェンの言葉が真実だと分かるだけに、ガイの行動に疑問が浮かぶ。実際、今もまだガイは怒りを抑えた状態だ。
「私が仕事を済ませるまでに、仲直りしてください」
「俺は……いや、俺が探す」
ガイの言葉に、マーシャルは厳しい視線を向ける。
「ガイ。貴方に、魔法士の嘘が見破れるとは思えませんが? 仕事に逃げることは許しませんよ。貴方がすべきことは、ウィルの許しを請うことです。傷の具合を見れば、手加減なしで殴ったことが窺がえます。ただでさえ人に慣れていないウィルが、このような状況に陥って、肉体的にも精神的にも追い込まれていると思わなかったのですか?」
「っ……。そんなことは言われなくとも分かる! だが、ウィルが使った魔法は高威力魔法だ。ひとつ間違えば、この街が消滅するほどの威力だったのだぞ!」
確かに、ガイの言う通り、ウィルの魔力は強大だ。すぐに霧散したため、街に被害は出ていないが、かなりの者達に感じることが出来ただろう。
しかし、マーシャルの持つスキル『看破』が否としている。ガイは、そのことでウィルに怒りを覚えている訳ではない。他に何かがあるのだ。
「それは、建前ですか? 私のスキルを甘く見ないでいただきたいですね。本気で怒りますよ?」
語気鋭くガイに詰め寄ると、ガイはマーシャルの視線から逃げるように顔を逸らした。その顔を追って視線を動かせば、ガイの固く握られた拳から血がポタリ、ポタリと滴り落ちていくのが目に留まり、マーシャルは息を飲み込む。
「ガイ、どうして……」
「ウィルは、途中から魔力を使わず自分の命を使っていた」
「自分の命?」
命と言う言葉に意味が分からず、おうむ返しになれば、ガイはカッと目を見開いてマーシャルに怒鳴る。
「魔力の代わりに、ウィル自身の生命力を使っていたのだ! ただでさえ短い人族の命を、こんな下らないことに使うことを赦せと言うのか!」
「そんな……。そんなことが、可能なのですか?」
普通に考えれば有り得ない。人族が魔力を使い、その魔力が枯渇するだけでも命が危うくなる。それらを無視して生命力を魔力に代える術式といえば、神話や伝説に遺された龍術しかない。
「……まさか、ウィルに龍術が使えると?」
震える声でガイに問えば、眉間に皺を寄せて目を伏せる。ガイにも分からない様子だ。
「ウィルが目を覚ませば、真相も分かるでしょう。とにかく、今は出来ることをするしかありません。私の胸ポケットに魔法薬が入っているので、掌の怪我を治してください」
ガイを急かすように、両腕が塞がっていますからと付け足せば、今度こそガイは大人しく従った。掌に魔法薬を掛けると瞬く間に傷が癒えていく。
「ガイ、ウィルを受け取ってください。殴った理由をきちんと話せば分かってくれると思いますよ」
マーシャルから渡されるウィルに腕を伸ばして、ガイはしっかりと受け止める。しかし、それはとても軽く。
「ウィルが人として未熟であることは、紅龍殿から聞いた。だが……」
「ええ。あまりにも偏っていますね。使用する魔法やスキルは、私達と同等か私達以上でしょう。ですが、精神があまりに幼い気がします、今までの言動や行動を振り返ってみれば、確かに幼子のような様子になることありましたからね」
「幼子……か。確かに幼子だ」
どうにか霧散したガイの怒気に、マーシャルは安堵した。そして、先程まで鬱蒼と草木が茂っていただろう場所をまじまじと見る。
「跡形もなく……という言葉は、こういうことを言うのでしょうか?」
灰色の世界が広がる旧魔法訓練所。一歩踏み出せば、泥の様な感触が足に伝わる。それなのに建物には、煤が付着した様子がない。
「そういえば、燃えたというのに煙も見えなかったですね」
「煙さえ燃やし尽くす魔法だと、ウィルは言っていた」
「煙を燃やすのですか? それは、また凄い発想ですね」
マーシャルは足元へ視線を落とし、しっとりと濡れた灰を見詰める。空は青く晴れ上がっているのだから、鎮火させるために、ウィルが雨を降らせたのだろうとマーシャルは推測する。真後ろに近寄る気配を感じて振り返ると、間近にガイの姿があった。
「……マーシャル、結界領域という魔法を知っているか?」
「結界領域ですか? 結界は、魔石を利用して作る物ですよ?」
「ああ。俺達の常識では、魔石を加工した物で作り出すが、ウィルは魔法で一時的に結界を張ったのだ。だから旧魔法訓練場の一定範囲だけ燃やすことが出来たのだろう」
ガイは話すのを止めて、気絶したウィルに目をやる。
「ウィルの耳飾りを見てみろ」
ガイに言われマーシャルはウィルの耳へ視線を向けた。
「欠けていますね。まさか、魔力が制御出来なくなっていたのですか?」
「制御は出来る……らしい。ただ、この細工が破損すると、細かい作業に向かなくなる。ウィルの場合、普段から魔力を凝縮して使っているらしい。それこそ、俺のシールドを一突きで粉砕できる程に、一度に使う魔力が濃い。恐らく高威力魔法とウィル自身の魔力の濃さに、制御装置の方が先に耐え切れなくなった。それに……この制御装置は、魔力の制御だけでなく、ウィル自身の魔力を喰らうための装置だと紅龍殿から聞いている。これが壊れると、ウィルの魔力が溢れ出すらしい」
同じ魔法でも、魔力を込める量で威力が変わる。初級の魔法であっても、熟練度の高い魔法士が使う魔法は威力が高い。そういう意味では、幾ら持っている魔力量が多くても魔力を込める技術力がなければ意味がないのだ。
「少し羨ましいですね。私には魔力があっても、魔法士としての能力は凡庸です」
「凡庸というが、スキル特化型で魔法を使う機会に恵まれなかっただけの話だろう? 魔力量は人族にしては、多い部類に入る」
「それに関しては否定しません。属性が光と闇ですから使い勝手が悪かったのですよ」
「勿体ないと思うが……。まあ、いい。そういえば、記憶媒体とはどんな物なのだ?」
ガイに問われて、マーシャルはオーウェンから受け取った光球体を取り出す。
「これは、オーウェンが作ったマジックアイテムです。記憶媒体の話は、彼から聞いていたのですが完成していたとは思ってもいませんでした」
「錬金術師なのか? しかし、彼は副師団長補佐だろう?」
「ええ、騎士としても、実に優秀です。王国錬金研究所に在席できるほど技術力が高い錬金術師なのですが、オーウェンも家に色々と事情があるので、それで帰ってきたのでしょう」
掌にある光球体に、マーシャルは少しだけ魔力を込める。すると脳裏に旧魔法訓練場とは違う場所が浮かぶ。そして、その中にウィルが居た。
『うーん。襲ってくる感じはないですよね』
『……少し急ごう。官舎へ入れば、第二師団の騎士が居るはずだ』
ウィルが早足で歩き出すとそれを追うように記憶も動く。記憶媒体は、オーウェンの記憶をそのまま記録していることが分かった。
「これは……」
「どうしたのだ?」
目の前では、ガイが怪訝な顔をして、マーシャルを見ている。
「もう暫く待ってください」
ガイに断りを入れて、記憶媒体に集中する。ウィルとオーウェンは、後ひとつ角を曲がれば第二師団の官舎という場所で道を塞がれた。一人の魔法士が、ウィルに声を掛けている。
『やあ。君が、ウィリアムだろう?』
『私は第一師団 副師団長補佐オーウェン・トマだ。貴殿の所属師団と名を明かせ』
オーウェンが、ウィルの前に出て魔法士を牽制している。
『ははは。第一師団の君は関係ないだろう? 私は、冒険者のウィリアムに訊ねてるんだ。華奢な体付きに蒼いオーバーウェア。言われた通りの外見だったお陰で、簡単に探すことが出来た』
マーシャルが魔力の流れを止めると、脳裏に浮かんでいたオーウェンの記憶も霞んで消えていく。フゥとひと息吐いて、掌の光球体を見詰めた。
「オーウェンの話通り、魔力をかなり消耗しますが、情報は得られました」
「犯人の手掛かりになる情報か?」
マーシャルは顔を上げると、ガイにニッコリと笑って見せる。
「ええ、とっても。ですが、ガイには教えません。ガイはウィルをちゃんと看ていてくださいね」
驚愕のあまり言葉を発することも出来ないガイをその場に残し、マーシャルは動き出した。




