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魔法士たちが騒ぎたした時、第二師団の魔法士がオーウェンに掛けられていた魔法を解除していた。闇属性の縄に縛られ、雷魔法が直撃したオーウェンは体中に火傷を負い、隊服もぼろぼろになっている。魔法士や治癒師が止めるのも聞かず、オーウェンは魔法士の襟首を掴む。
「子供に、高威力の魔法を使わせる貴様らの方が、ずっと化け物だろうが!」
「お前だって見たはずだっ。あれは、人が持っていいものじゃないっ」
「それがなんだっ! 大体な、騎士団の騎士は元々化け物揃いなんだよっ。化け物になれるように努力しないと、守れるものも守れないだろうがっ」
ウィルが呆気に取られていると、オーウェンの怒声で大人しくなった魔法士が、第二師団の騎士によって捕縛された。怒りで痛みを忘れていたオーウェンは、そのままの勢いでウィルも叱りつける。
「ウィルも、魔法士の言葉を鵜呑みにするな! ウィルだけの所為じゃないんだっ」
「は、はいっ!」
オーウェンの勢いに圧され、思わず返事をすると、不意にウィルの頭に拳骨が見舞われた。
「いっ!」
涙目になって振り返ると、ガイが腕を組んで見下ろしている。その顔を見て、ウィルは項垂れた。ガイの身体からも怒気が感じられるが、それよりも睨まれたことが、ウィルは辛かった。
「……ごめん」
「殴られた理由が分かって、謝罪しているのか?」
「僕が勝手な行動をして、オーウェンさんを危険な目に遭わせたから……」
項垂れてガイの怒っている理由とは、別の理由を返すウィルにガイは大きく息を吐き出す。確かに、勝手な行動をしたことは悪い。
しかし、護衛対象を守る任務に就いている騎士は、危険であることを承知した上で、任務にあたっているのだ。ウィルの言葉は、見当違いな回答となる。
ウィルが関わる者は、龍王とその眷属、そして保護する者と少ない。それ故に人として未熟であると、ガイは紅龍から聞かされていた。
確かに、ガイもウィルと接触してから感じていたのだ。警戒心はあるが、他者に対する危機感はない。そして、ウィルの行動が周りに対して、どのような影響を与えるのかを、全く理解できていない。
その能力を使えば、ウィルが強大な魔力を保持していると広く知れ渡らせるだけだというのに、そのことに気づいている様子がない。
ウィルは、余りにも考えが幼すぎるのだ。二度と使い方を誤るなと伝えたばかりだというのに、それすらも忘れている。
「ああ。確かに、愚かで身勝手な行動だ。だが、それだけではない」
「じ、じゃあ、高威力の魔法を使ったから」
「……それでもない」
「うん。だけど、ちゃんと制御できるように龍――――っ!」
ガイに胸倉を掴まれ、持ち上がる状態でウィルは引き寄せられた。
「あぐっ! ……っ」
「たとえ龍力を完全に制御できたとしても、二度と使うな!」
「っ!」
怒鳴り声と同時に殴り飛ばされたウィルは、受け身も取れず、そのまま地面へと転がり昏倒する。
「ラクロワ師団長! 何故、ウィルを殴るのですか! ウィルは、私が人質にされて――――」
オーウェンは、昏倒するウィルに駆け寄ると、自分の膝にウィルの頭を乗せ、ガイへ非難の声を浴びせる。口の中が切れたのだろう。ウィルの口からは、血が流れ出ていた。
「ウィルは魔法士の言いなりにならなくとも、逃げるだけの技量があった。それは、君にも言えるのではないか?」
「っ。確かに言われる通りです。しかし、ウィルは子供で――――」
「オーウェン。第二師団ラクロワ師団長に対して言葉が過ぎますよ」
「っ! ……モラン、師団長」
オーウェンの言葉を止めたのは、駆け付けたマーシャルだった。その後ろに、第一師団の騎士二十名程が並んでいる。その中には、ワーナー副師団長の姿もあった。
「ワーナー副師団長。オーウェンを第一師団の懲罰牢へ連れて行きなさい」
「はっ。オーウェン、行くぞ」
ワーナー副師団長が声を掛けるが、オーウェンは殴り飛ばされて気を失ったウィルを膝に乗せたまま動こうとしない。
「オーウェン!」
無理やりウィルから引き剥がそうとすれば、オーウェンはウィルを抱き締め、マーシャルを睨み上げていた。
「この少年は……ウィルは、私を護ろうとしただけです! 任務を遂行出来なかったのは、私の責任です。ですが! ですが、ひとつモラン師団長に問いたいことがあります。何故、情報が二重に流れていたのですか!」
「情報が二重に流れていた? そんなはずは――」
「いいえ! 魔法士は私に、ウィリアムは草むしりのために雇われた冒険者だとハッキリと言いました。護衛対象ではないと言ったのです。ウィルは……モラン師団長とラクロワ師団長にも仕事をさせてほしいと言ってるのだと言って。……しかし、こんな酷い結末になるならば、私の命を賭してでも止めるべきだった!」
オーウェンを見ていたマーシャルも、怒りを含んだ眼差しのままウィルを見ていたガイも、同時に息を飲む。そして、マーシャルとガイは互いに見合った。ガイの瞳に怒りと困惑が混ざる。そんなガイに、マーシャルは無言で頷き、再びオーウェンを見た。
「オーウェン、情報が二重に流れていた。その言葉に偽りはありませんね?」
「……私の命に懸けて、嘘偽りはありません。証拠になる物も提出できます」
マーシャルを射抜くように見て告げるオーウェンの言葉に、マーシャルは思わず息を止める。オーウェンの腕を掴んでいたワーナーも動きを止めた。
「……誰も命を懸けろとは、言っていません」
「いいえ。私の命は、ウィルに護られたものです。護る対象に護られる訳にいきません。あの魔法士たちの愚行を裁けるならば、喜んで私の命を差し出します。法廷で、私に審判魔法を掛けてください。そうすれば、彼らがどんな弁明をしても、私が嘘偽りを申し上げていないことを証明できます」
オーウェンの『審判魔法』と言う言葉に、この場に居る誰しもが目を見開く。それは、魔法を掛けられた人物の命と引き換えに、真実を立証する魔法である。マーシャルは、大息を吐きオーウェンの腕に身を預けるウィルへと視線を向けた。
「オーウェン。貴方が審判魔法を使うようなことをすれば、オーウェンの命を護ろうとしたウィルは、どう思うでしょうね?」
「話した時間は短いですが、恐らく彼の性格を考えれば悲しむと思います。先程もモラン師団長に、私が怒られるのは嫌だと言ってくれたのですよ」
「ならば、審判魔法と使えなどと言わないでください。貴方の覚悟は、確かに受け取りました。それに、私も優秀な部下を失いたくありませんからね。……オーウェン、ウィルを渡してください」
マーシャルが片膝をついて手を伸ばすと、オーウェンはウィルをマーシャルの腕へと移して、立ち上がる。そして何も無い空間に呪文を唱えながら線を引いて行く。すると、その中央から小さな光球体が現れた。
「モラン師団長、これを……。魔法士と接触する直前から、今までの俺の記憶を残した記憶媒体です。魔法士たちの会話が聞けます。ただ、試作で作った物なので、三回見られればいい方だと考えてください」
「充分です」
「この記憶媒体は、魔力で動きます。魔力はかなり消費しますが、見たい時には魔力を流し込み、止めたい時は魔力を止めるだけです。……それと魔法士たちは、令嬢がウィルを始末するように依頼したと話していました。依頼主は、二人。対価は大金です」
マーシャルは、その光球体をオーウェンから受け取ると、ワーナーへ視線を移した。
「ワーナー副師団長。聞いての通り、オーウェンは大事な証人ですので、害されることのなきよう護衛の騎士をつけなさい」
「承知しました。さあ、行こう」
「モラン師団長、ラクロワ師団長。任務を遂行できず、申し訳ありませんでした」
オーウェンは、その場で一礼すると、ワーナー副師団長と共に歩いて行く。その姿を見送り、マーシャルは第一師団の治癒士を呼ぶとウィルの顔を治癒させた。




