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003


 フォスターの説明は、夕食後も延々と続き――、終了したのは日付が変わる時間帯。それでも、大きな木箱に山積みにされていたアイテムは、半分以上が使い方を説明されていない。

 それらに関しては、当分は必要ない物だから取扱説明書を添付してあるとフォスターから聞かされ、大まかな分け方で(遠出した時用、パーティを組んだ時用というような感じで、フォスター自身が分けていた)収納されている。


 翌日。フォスターが話していた通り、早朝から起こされたウィルは、畑に植えていた薬草やハーブ、野菜と果実類を収穫して、昼からフォスターと共に当分の食料や魔法薬の準備をした。料理はフォスターが作り、魔法薬はウィルが作っていく。


 アルトディニアへ降りる支度は夜まで続き、結局のところ部屋へ戻れたのは、昨晩より遅くなってしまった。ウィルは、書籍棚の本やクローゼットの洋服を収納してしまうと小さく溜息を吐き出す。


「(この世界に来て、三年と少し……。長かったのか、短かったのか……)」


 ベッドに腰かけてガランとなった部屋を見回し、ようやく家を出るのだと実感がわく。

 神々との約束で、用意されていた期間は最長で三年。短ければ、短いほど良いと言われていたが、その三年を過ぎている。フォスターは、半ば強制的に帰還を求められていた。


「(僕の存在って、少しでもフォスターの役に立ててたのかな……)」


 ウィルもフォスターとの生活は長く続くものではないと理解していた。フォスターの治療という名目なのだから。


「(もう、会えないのかな……)」


 数年でも、一緒に暮らしていれば情が生まれる。いずれ、会えなくなると知っていても、それは避けられなかった。この世界で三年しか生きていないウィルだったが、それでも多くの記憶や知識を有している。


「(深入り、するつもりはなかったのに……寂しいよ)」







「ううーん。寝足りない……」


 色々と考えすぎてウィルが眠りについた時刻は、明け方に近い時間となっていた。それでも、常日頃からの習慣で同じ時間に目覚めたウィルが伸びをしていると、部屋のドアが開いてフォスターが入ってくる。


「おはようございます、ウィル」

「おはよう、フォスター」

「今日は、これを着てくださいね。ああ、装備品は机に置きますから、忘れずに着けるのですよ」


 起き上がったばかりのウィルに、フォスターは服を手渡してくる。残りは、フォスターが話したように机に乗せられたのだが、それらを見たウィルは血の気が引いた。


「……フォスター」

「はい。何でしょう?」

「こんな上等な装備を、僕に着ろと言うの? 僕に襲われろと言いたいの?  こんな装備、新米冒険者が来てるはずないでしょ!」


 ウィルの常識ではあり得ない装備品がズラリと並んでいる。ゲームで言えば、ラスボスとも戦えそうな一級品の装備にしか見えない。

 喚く様な声を上げるウィルを不思議なものを目にしたようにフォスターは見て、首を傾げた。


「……おや? これの価値が分かるのですか?」

「いやいや、普通に分かるでしょ!」

「支障はありませんよ? パッと見ただけだと、普通の装備品にしか見えませんから。しかし、おかしいですね? ちゃんと、遮蔽術は掛かっているのですが……」


 今度はウィルが、フォスターの言葉に首を傾げる番だった。フォスターから錬金術では習っていない術名。すなわち、基礎ではなく応用なのだ。


「何、それ。遮蔽って……」

「物の価値を隠して分からなくする為の術ですよ。ウィルに渡したマジックアイテムの殆どに遮蔽術を施してあるのです」

「いやいや、普通に有り得ない。それに、それって遮蔽じゃなくて隠蔽じゃないのかな?」

「別に名前に拘る必要はありません。効果が出れば良いのです」


 ウィルが、そういう問題なのか? と、フォスターに言い出す前に、両手で頭をガシリと掴まれ、ウィルは動けなくなってしまった。


「ほう? 能力学習(スキルラーニング)が発動しているようですね。どうやら、新たなスキルを学習しています。なるほど、道理で一昨日の夜も驚き方が尋常でないはずです。流石、私が創った(うつわ)。いい仕事をしています」


 漸く理解できたとフォスターが、ウィルの頭を掴んだまま頷いている。こうなると、ウィルが幾ら嫌がっても離さない。ウィルは調整モードと呼んでいるが、この頃は減っていたこともあり、油断していたのだ。


「もう、いいから頭を離してよ。そんなに掴まれたら、頭が潰れる!」

「ああ、すみません。つい、力が入ってしまって。ふむ、ならば……」

「今度は、何するつもり?」

「ウィルの持つスキルが着々と増えているようなので、ステータスの可視化を試みようかと思いまして」

「んなっ! そんなゲームみたいなこと!」


 考え始めたフォスターのお陰で、ようやくフォスターの手から抜け出せたウィルは、改めてベッドに置かれている装備品に目を向け、溜息を吐き出した。


 ジョブを魔剣士にしたからか、一昨日の装備品とは少し形が違っている。アーマーが戦いやすいように短くなり、逆にオーバーウェアが長くなっている。どんな素材が使われているのか分からないが、肌触りも良くて軽い。

 つまり、フォスターは一昨日、昨夜でアーマーやオーバーウェアを手直したということだ。神に睡眠が必要かと問われれば疑問だが、疲れるのは変わらないだろう。


「……ありがとう、フォスター。手直しするの、大変だったでしょ。大切に使うね」

「まあ、神界に帰還するとなれば、会う機会に恵まれないでしょうから」


 考え込んでいたフォスターは、ウィルの言葉に顔を上げ、ウィルに微笑みかける。


「御礼を言うべきは、私の方ですよ」

「フォスター……」

「ウィルの魂に触れていなければ、ウィルと共に暮らしていなければ、私は既に魔神へと堕ち、アルトディニアを破壊していたかもしれません」


 二千年という月日は、神にとって短い。しかし、フォスターの心を蝕むには充分な時間だったのだ。

 人々に直接干渉しないという掟を破ってまで、他の神々がフォスターにウィルを与えたのは、フォスターを魔神に堕とさないため。


 しんみりとなった雰囲気を壊すように、フォスターはパンと手を鳴らす。驚いた目で見るウィルにクスリと笑った。


「私が渡したアイテムは、そのお礼です」

「御礼にしては多すぎるから。与え過ぎは良くないって、昨日も言ったはずだよ? 人族に、余計な恩恵は分不相応なの。毒にしかならないよ」

「おや。ウィルは分かっているので、多く与えても支障はないでしょう? それに、必要のないアイテムは、売れば良いと説明したはずです。どこの国も喜んでお金を支払います。高額で売れますよ?」

「そういうのが良くないって言ってるの! 神様からの贈り物を売れるわけがないでしょ! そんな罰当たりな真似できないってば!」


 ウィルにとって罰当たりな行為でも、神殿にて神から下賜された物を売る行為はアルトディニアでは多々あることだ。フォスターが何度かウィルに話していたのだが、それでもウィルには理解できないらしい。


「おやおや。ウィルは嬉しいことを言ってくれますねえ。しかし、これは日本での記憶が影響しているのでしょうか? 随分と貧乏性のような……」

「いやいや。何回も言ってるけど、当たり前の話だから! 貰った物は、普通に売らないって!」

「私から見れば、ウィルの方が普通じゃないのですが?」

「そうだとしても! 僕にとっては、これが当たり前! ……なんで、笑うのさ!」

「いやいや、ウィルは素直で可愛らしいと思いましてねえ」

「もう、いい。フォスターは、ずっと笑っていればいい。笑いが止まらなくなる呪いに掛ってしまえ!」


 ウィルが拗ねると、フォスターは両手で腹部を押さえ、笑い始めた。ウィルは、笑い続けるフォスターの背中を押して部屋から追い出す。追い出されたフォスターは、笑いながら歩き出した。


「クククッ。……こんなに笑ったのは、二千年振りですね。本当に手放すことが惜しくなります。さて、私はウィルの為に朝食の支度をしましょうか」


 ウィルと暮らすまで、料理という物を作る行為すら知らなかったフォスターだが、今では数々の料理を生み出している。『創造を司る神』の名は伊達じゃない。



 ウィルが着替えを済ませ、部屋を出てキッチンへ向かうと、フォスターは既に朝食の準備を始めていた。


「最後ぐらい、僕にも手伝わせてよ」

「これは最早、私の趣味なのですよ。取り上げないでくださいね? それよりウィルは、緑龍に挨拶をしてきなさい」

「あ……そっか。もう、此処には来れないもんね。うん、ちゃんと挨拶してくるよ」


 ウィルの師匠である緑龍は、龍の住処の中央部『鎮守の森』に居る。ウィルの住む家も、その一角にあるが、少々離れていた。


 龍の住処には、最後の龍王の他にも多くの龍が居る。飛龍、土龍、翼龍、……龍王の眷属と呼ばれる古龍たちが住まう森だ。家を出たウィルが龍術を使って中央部へ向かうと、既に広場で緑王がウィルの訪れを待っていた。


『ほほう。装備しておるのは、フォスター神の新作か。よう出来ておるわい』

「御師様、おはようございます。僕には、分不相応な代物なのですが、有難く頂きました」

『なんの、我とフォスター神の弟子なのじゃ。分不相応ということもあるまいて。フォスター神とて、其方を送り出すことが心配なのだろう。アルトディニアの大地には、まだ見ぬ手強き魔物も多いはずじゃ』


 龍の住処にも魔物は存在するが、それでも少数だ。その他にいる生物は、鳥、鹿、猪、兎といった動物である。勿論、地球にいる同種とは多少異なっていた。


「そうなのですか?」

『うむ。決して容易い相手ではない。決して侮ってはならん』

「はい、御師様」


 緑龍の姿は大きく、ウィルの位置からだと頭から前足の部分しか見えない。最初の頃は、その鼻息だけで吹き飛ばされ、指先を動かしただけで、立てなくなっていた。しかし、今は普通に会話することが出来る。


『して、今日が旅立ちの日か』


 短い問いに、ウィルは頷く。


「はい。なので、別れの挨拶にきました」

『ほほう? 其方は師である我を置いて行くと言うか。そうかそうか、ウィルは冷たい弟子じゃのう』

「へ? ええっ! 御師様は、降りちゃ駄目ですよ!」

『何故、ならぬと申すか?』

「だって、御師様は龍王なんですよ? アルトディニアに住む人々が混乱してしまいます。それに、御師様の巨体で街が消滅してしまうかもしれません」

『ならば、ウィルは我と残ればよかろう。ここならば、其方も不自由なく暮らせる』


 緑龍の囁きにウィルは拳を握り締め、地面を見詰める。確かに、自然豊富な龍の住処ならば、フォスターが去ったとしても、不自由なく暮らせるだろう。ウィルは、ふぅとひと息吐き出して顔を上げた。


「そう言って貰えるのは、嬉しいです。でも、やっぱり駄目だと思うんです。僕は不老であっても、人族であることに変わりありません。ここは、龍の住処です。きっと、僕が御師様に会うことを我慢して見ている龍たちもいるはずです」

『ふむ。確かに、其方の言う通りよ。今でも人族を赦せぬ同胞がおることも事実じゃ。しかし、逆に其方を盟友と呼ぶ龍もおる。其方の存在を認める龍達もおる。それでも、行くと申すのか?』

「はい。僕も、アルトディニアを見てみたいです。御師様が見ていた世界とは違うかもしれないけど、御師様たちが守護していた世界を知りたいんです」

『ほほう。そうか……。そうまで言われれば、行くなとも言えぬ。ならば、ほれ。これを持って行くがよい』


 差し出された緑龍の右足に、ウィルの拳と変わらぬサイズの宝玉が載っている。ウィルが手に取ると、緑龍は口を開いた。


『我と話したい時は、その宝玉に魔力を込めよ。さすれば、我に繋がる。其方の居る場所も我に分かるのじゃ。便利じゃろう?』

「……御師様。こんな物を、何時作ったんですか」

『なあに、我の鱗を凝縮して創った物よ。さして時間も掛からぬ』

「もう、いいです。フォスターも御師様もすることが桁違いすぎます」


 ガックリと肩を落とすウィルを見て、緑龍は牙をギシリと鳴らす。その目は愛おしげに細められていた。


『ほほう。左様であるか』

「はい。でも、有難く頂きます。寂しくなったら、使わせて貰います」

『なんの。毎日でも良いのじゃぞ?』

「そんなこと言ったら、駄目なんです!」

『我やフォスター神からみれば、其方は赤子同然じゃ。甘えてよいのじゃ』

「それじゃ、いつまで経っても成長できません」

『ならば、これならええじゃろう。其方の向かう地には、竜人族の若者が居る。人族と共に暮らす竜人族じゃ。困った時は、頼るがいい』

「竜人族ですか? ……でも、竜人族って人族を嫌ってるって」

『そうじゃ、嫌っておるのう。しかし、人族と混じって暮らす者等が居るのも確かじゃ。但し、一見人族と見分けがつかぬ故、見つけ出すのは一苦労じゃろうな。じゃが、見つけられれば、心強い味方になるじゃろうて。其方の話は、紅龍から聞いておるじゃろうし』

「ええっ。人族と見分けがつかないなんて、そんなの無理ですよ! って、紅龍様は、なんで僕の事を勝手に話すんですか!」

『ふぉふぉふぉっ。矢張り、其方は面白いのう』


 緑龍が盛大に笑い声を上げれば、木々の合間から一斉に鳥たちが飛んでいく。その様子を暫くの間、ウィルは見続けていた。静寂が戻り、空から緑龍へ視線を戻すとウィルは口を開く。


「御師様、櫻龍に伝言をお願いしたいんです――」




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